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第二十章:あの男が俺の願い事を知りたがる件

1


浅草から戻ったのは午後過ぎだった。


玄関で靴を履き替える際、宗一郎がスマホをちらりと眺めた。


「部屋に戻る」


「うん」


俺はソファに腰を落とす。テレビはつけず、カーテンは開けたまま、陽射しが床面に降り注いでいる。


十分ほど経ち、彼が廊下から出てきてスマホを手に携え、俺の隣の一人掛けソファへ座った。


2


宗一郎は客室のベッドに腰掛け、スマホを取り出す。

アルバムを開く。今日浅草寺で撮影した写真――雷門の提灯、五重塔の軒先、そして香炉の傍に佇む悠真の一枚。立ち昇る煙に目を細め、手で煙をあおぐ姿が収められていた。


彼はこの写真をタップし、詩織へ送信する。


すぐ返信が届く。

「何をしているの?」


「浅草寺だ。身を清めている」


「願掛けはした?」


宗一郎は一瞬考え、文字を打ち込む。「したよ。知りたいか?」


五秒ほど間を置き、返事が来る。

「何の願い?」


画面を見つめながら彼は一文を綴る。「俺も知らない。本人が話さなかった」


送信後、相手からの返信は途絶えた。

スマホを枕元に置き、立ち上がって部屋を出た。


3


俺の正面へ腰を下ろす。


「夕飯、何が食べたい?」


「昼にたっぷり食べたから、お腹は空いてない」


「なら遅めに外食しよう」


彼はソファにもたれ、肘掛けに腕を置く。スマホにもテレビにも目を向けず、しばらく沈黙が続いた。


やがて口を開く。


「本堂で、何を願った?」


俺は一瞬面食らう。


「……教えない」


「なぜ?」


「話したら願いが叶わなくなるから」


彼がこちらを一瞥し、追及はしなかった。


「そうか」


静かな時が流れ、俺が切り出す。


「神崎さん」


「うん」


「あなたは何を願ったの?」


「こちらも教えない」


「どうして?」


「お前の言葉通り、口にすれば願いが消える」


思わず俺が吹き出すと、彼の口角も微かに上がった。


4


スマホがブルッと震える。

画面を確かめると、詩織からLINEが届いていた。


「今日、どんな願いをしたの?」


俺は二文字打ち返す。「教えない、口に出したら叶わない」


数秒の沈黙の後、メッセージが届く。

「悠真、戻ったらしっかり躾けてやる」


画面越しに、思い通りにいかない苛立ちを孕んだ詩織の怒気が伝わってくる。


5


午後七時、外出する。

運転は宗一郎、俺は助手席に座る。

世田谷から程近いファミリーレストランへ向かった。


彼はハンバーグ、俺はオムライスを注文。

料理を待つ間、彼が尋ねる。「明日は何をする?」


「分からない」


「なら家で過ごそう」


「うん」


料理が運ばれてくる。スプーンでオムライスをすくうと、中のご飯はトマトソースの風味だ。


「美味しい?」


「まあまあ」


彼はそれ以上問わず、黙ってハンバーグをナイフで切り分けた。


6


家に着いたのは午後九時近く。

風呂を済ませパジャマ姿でベッドに腰掛けると、廊下から足音が響く。宗一郎がキッチン方面から客室へ向かい、扉が小さく閉まる音がした。

その後、家中は静けさに包まれた。


7


翌朝。

目を覚ますと、カーテンの隙間から陽光が差し込んでいる。

スマホを取り確認すると九時二十分。誰にも起こされていなかった。


上半身を起こし目を擦り、スリッパを履いて部屋を出る。

キッチンからは音がなく、コンロも冷めたまま。

食卓に置かれたメモ書きにはこう記されていた。

「食材を買い出しに行く。十分で戻る」


字は整っていないが、読み取れる。俺はソファに座って待機した。


8


ドアの開く音が鳴る。

宗一郎がスーパーのレジ袋を提げて室内へ入る。


「起きたか」


「うん、どうして起こしてくれなかったの?」


「昨日疲れていただろう、ゆっくり寝かせてやろうと思った」


冷蔵庫を開け、牛乳・卵・豆腐一パック・昆布を中へ仕舞う。


「朝食は何にする?」


「何でもいい」


「また何でもか。トーストに目玉焼きだ。明日から別の料理を教えよう」


「了解」


9


彼が目玉焼きを焼き、俺はトーストを調理する。

バターを塗ったパンをオーブンへ入れ、フライパンの上で卵がジュージューと音を立てる。

二人並んでキッチンに立ち、言葉は交わさない。


パンが焼き上がり飛び出すと、卵を皿に盛り付け、牛乳を二杯用意する。

食卓に着き、窓から降り注ぐ陽射しが食器を煌めかせる。


「神崎さん」


「うん」


「あとどれくらい滞在するの?」


「あと二日ほど、詩織の帰還次第だ」


「そう」


トーストを一口齧る。サクサクとした食感が心地良い。


「この数日、ありがとう」


彼が一瞬こちらを見やる。


「分かった」


それ以上俺は言葉を続けず、窓外からは正体不明の鳥のさえずりが何度も響いてくる。

牛乳のコップを手に、椅子の背もたれにもたれる。穏やかな空気が満ちていた。


宗一郎と過ごす時間のおかげで、今まで自分の身に纏わりついた貧富の隔たりによる居心地の悪さが消え失せた。


神崎さんとは、いつもこんな感じで過ごせるのが、すごく楽しいです。

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