第34話 夜空の下書き
街路樹の葉が、少し色付き始めていた。
朝の空気は夏よりも涼しく、制服の上着が心地よい。
「セフィリア、着替え終わった?」
「うん。大丈夫かな」
扉を開けると、同じ制服姿のセフィリア。
青緑色の瞳に、紺色の制服が映えていた。
10月になり、セフィリアの制服も届いた。
今日から、セフィリアとふたりで登校する。
そう思うと、少しだけ胸が高鳴っていた。
「すごく似合ってるよ」
「ありがとう。一緒に行こう?」
「もちろん」
マナは髪飾りを整え、家の扉を開ける。
まだ少し湿った空気が肌を撫でた。
隣に誰かがいるだけで、いつも歩いている学園への道がほんの少し優しいものに思えた。
セフィリアの足取りは、少し楽しげに弾んでいる。
学園を楽しみにしているのが伝わってきた。
やがて、マーラプア学園の校門が見える。
それと同時に周囲に生徒たちが増えてきて、セフィリアへの視線も数多く集まり始めた。
あちこちで、噂話が飛び交っていた。
「あの子だよね」
「筆記試験は満点、剣術試験は200点……」
「それでいて美少女ってヤバいね」
編入試験の結果は、休暇中に掲示板で張り出された。
マナも、セフィリアと共に見に行っていた。
点数は、予想より遥かに高くて驚いた。
マナは隣に立つセフィリアへ、目を向ける。
彼女は特に気にせず、学園の雰囲気を楽しんでいた。
校舎に入ると、セフィリアはまず職員室へ。
だからそこでいったん別れ、マナは教室へ向かう。
「マナ、おはよう!」
「ソフィ、フィーユ、おはよう」
友達たちに出迎えられ、笑顔で答えた。
けれどフィーユは、あまり浮かない表情だむた
前期期末試験で、フィーユの姉クオーレは、ほとんどの教科で満点を獲得したと聞いた。
廊下でセフィリアの噂が聞こえるたびに、フィーユの鉛筆を握る指に、少しだけ力がこもっていた。
そのとき、教室の扉が開いた。
生徒たちは席につき、先生は教壇に立つ。
軽く挨拶を済ませたら、編入生の紹介だ。
「では、入ってください」
扉を開け、ふたりが教室に入る。
「俺の名前は、スフィーダ・レヴァイス。“星の祝福”はなし、好きなことは森で鍛錬だ」
簡潔に自己紹介をする。
剣術試験での剣技を見るに、きっとたくさんの鍛錬を積んでいるのだろうと、マナは思った。
スフィーダが指定された席についた。
続けて、セフィリアが生徒たちの前に出る。
すでに数名の生徒は、彼女に釘付けだ。
「ボクの名前は、セフィリア・セレスティア。
“星の祝福”はなしで、好きなことはゲームだよ」
“ボク”の言葉に、教室がざわついた。
男女問わず、好奇心に満ちた視線が向けられる。
“星の祝福”がないことに、驚く生徒もいた。
けれどセフィリアは、気にせず席に座った。
名前順のため、マナの後ろの席となる。
「編入生の紹介は終わります。では、皆さん」
先生の声に、教室が静まる。
次の瞬間。
「あと2週間で、天花祭となります」
教室の空気が、一瞬で華やいだ。
生徒たちがざわざわと声をあげ始める。
天花祭──
国内でも有名な、マーラプアの文化祭。
神の国でのみ咲く花を、モチーフにしている文化祭なのだと、入学前の学校見学で聞いた。
午前中は、文化祭の出し物を決める。
誰しもが胸を膨らませてしまうような時間だ。
マナも少しだけ、胸を躍らせていた。
先生が、黒板に大きく“文化祭”と書く。
途端に生徒たちは、一斉に挙手し始めた。
「神魔大戦を演劇で!」
「バーベキュー!もしくは宝探し!」
「闇夜に紛れる霊の狂宴……要はお化け屋敷!」
「犬、猫、うさぎカフェ!」
誰もが個性的な案を挙げていく。
先生はまとめるのに苦労していそうだ。
セフィリアが、突飛な案に首を傾げた。
「編入生のおふたりは何がいい?」
ソフィが、明るく問いかけた。
「……“星の祝福”持ちとかは、能力を最大限活用できるものがいいんじゃないか」
スフィーダが、静かに答えた。
なるほど、と生徒たちが頷く。
確かに演劇とかなら、光で演出できるサフィールなどはいいだろうし、ソフィもやりたそうだ。
セフィリアは、少し腕を組んだ。
表情に表れやすく、何か思いついたような顔をする。
「プラネタリウムとか?」
マナは、それに賛同するように頷いた。
星が見られるものは嬉しい。
一部生徒も、自分の案を捨てて同意していた。
マナはふと、フィーユに目を向けた。
彼女は会話に参加せず、ただ静かに黒板へ目を向けて、何かを考えているようだった。
机に置かれたスケッチブックには、小さなイラスト。
描かれていたのは、星型のランプが照らす店内だった。
天井にはレースが垂らされ、奥に無数の星が煌めく。
中央には三日月形の淡く光るチェアが置かれ、窓辺には星座を模した飾りがつけられている。
「綺麗だな……」
マナは思わず、声を零した。
「……ほんとだね。それ、いいんじゃない?」
マナの視線を追って、セフィリアも眺める。
フィーユの肩が、小さく跳ねた。
戸惑ったように振り返り、視線を落とす。
やがて、ひとつ息をついた。
微笑みを浮かべたけれど──
何か言葉を飲み込んだようにも見えた。
「……ありがとう」
「足元にまで星が映る配置になってる。星型のランプも奥行きが出るようにしてるのかな」
「さすがだね……」
フィーユの言葉は、どちらも感謝と褒める言葉だけど、微かに沈んでいるような気がした。
セフィリアが席に戻ると、フィーユはスケッチブックをぎゅっと抱きしめていた。
マナには、何かを胸の内に閉じ込めたように見えた。
「星のあるカフェ、綺麗だろうな」
セフィリアの言葉に、周りが同意を示し始める。
「確かに、めっちゃ綺麗かも!」
「プラネタリウム、カフェ、展示、占い、小さな演劇くらいまでいけそうな気がする!」
「“星の祝福”も活用できそうだね」
フィーユは、少し俯いた。
一瞬だけ、セフィリアに視線を向けて。
マナには、その視線の意味まではわからなかった。
ただほんの少しだけ、前にクオーレへ向けていた視線とどこか似ているような気がした。
賛否を募ると、賛成の人がほとんどだった。
先生は、カフェに丸をつけた。
「では、1年特級クラスの出し物はカフェに決定です」
「よっしゃ〜!」
「では、カフェの名前を決めてください」
教室には、一転して真剣な空気が広がった。
コンセプトに合わない名前では、期待はずれに思われてしまう可能性もあるだろう。
マナも、脳内でさまざまなイメージを浮かばせる。
“星”や“夜”が名前に入るのは必然なはず。
他に必要なのは、カフェらしい柔らかさ。
星はどこか壮大なイメージがあるから。
生徒たちは、周りと会話しながら案を出す。
星灯のカフェ。
夜空に包まれるカフェ。
星影を囲むカフェ。
ふと、スケッチブックと向き合うときだけ、少し柔らかくなっていたフィーユの横顔が浮かんだ。
(これなら、いいかも……)
マナは、勇気を出して手を上げる。
「えっと、“描く”を名前に入れるのはどうですか?」
生徒たちに、一瞬沈黙が漂った。
フィーユは、目を見開いて見つめていた。
直後、明るい空気が戻る。
「いいね、それ!」
「なら“夜空を描くカフェ”とか?」
「めっちゃ綺麗!」
マナは、ほっと息をついて座る。
フィーユの絵から生まれたカフェ。
なら、それを汲んだ名前にするのもいいだろう。
斜め前の席を見ると、フィーユが微かに嬉しそうに目を細めているのがわかった。
これを機に、カフェのイメージはどんどん発展した。
午前中丸ごと話し合い続け、“星の祝福”の活用方法や、店員人数、服のイメージなどたくさん決まった。
ソフィが店員制服を作る、と志願していた。
生徒たちもやる気に満ち、本格的な準備が始まった。
それから数日。
いつの間にか、フィーユの周りには放課後になるたび、人が集まるようになっていた。
彼女は困りながらも、ほんの少し楽しそうに見えた。
(フィーユにとって、達成感のある天花祭になるといいな……)
マナは彼女を見つめ、密かに願いを込めていた。




