第33話 石畳に刺さった一撃
夏休みが明けて、数週間が経つ。
1週間前から始まった前期期末試験も、今日で最後だ。
ガラリと音を立てて、教室の扉を開く。
生徒たちの表情は、不安に満ちているか、自信に溢れているかの二択に分かれてしまっていた。
けれどどちらも、解放感があるのは確かだった。
マナが教室に入ると、聞き慣れた明るい声が飛び込む。
「マナ、おはよう!」
「わっ。おはよう、ソフィ」
勢いよく駆け寄ってきたソフィ。
“氷の力”を持っている代わりに、夏の暑さにバテていたのが嘘のように明るい笑顔だ。
首から提げているのは、いつものカメラ。
以前なら、写真好きだなと思うだけだった。
けれど、今は少しだけ違う。
紙束に貼り付けられたいくつもの写真と、そばに書き添えられた楽しそうな言葉。
写真だけには、収められない想い。
そんなものも、物語にできたらいい──。
そう、静かに語っていた夜を思い出す。
同じカメラなのに、どこか変わっていた。
これが撮るのは、楽しい一瞬だけじゃない。
きっと、胸に抱いた想いも残すのだろう。
「マナ、勉強できた?」
「……神学はあんまり自信ない」
「ふふっ、剣術に自信ないわけないよね〜」
最終日の試験は、神学と剣術。
マナの相手をするために、わざわざ星隊長が鍛錬を積み重ね、休みをとってまで来ているらしい。
あまり嬉しくはないが、頑張らなければとは思う。
少し離れた場所では、フィーユが黙々と勉強している。
姉に負けじと、努力しているのがわかった。
「フィーユ、おはよう」
「……あ、マナ。おはよう」
小さく笑って、挨拶を返してくれた。
そしてまた、神学の教科書に視線を落とす。
マナも椅子に腰かけて、鞄から荷物を出す。
しばらく眺めていたら、先生が扉を開けてきた。
生徒たちは、慌てて席に戻る。
「皆さん、おはようございます」
短く朝礼を済ませたら、いよいよ神学の試験だ。
学園内に澄んだチャイムの音が響くとともに、先生から試験開始の声が落とされる。
生徒たちは一斉に問題用紙をめくった。
◯
神学の試験は、意外と簡単だった。
短い休み時間もすぐ終わり、生徒たちは先生の後ろに並んで、訓練場に移動していた。
だが、マナは心が落ち着かなかった。
(星隊長さん、プレッシャーすごいんですけど……)
まるで燃え盛る炎を前にしているかのような、暑苦しい視線を星隊長に向けられていた。
剣術大会のときも、星隊長は観ていたらしい。
あのときは、サフィールに手加減してしまった。
だからこそ、星隊長にも似たようなことをしようとものなら、確実にバレて文句言われるだろう。
剣術試験は、出席番号順になっていた。
だからマナの前には、サフィールがいる。
「それでは、始め!」
一応サフィールはマナに勝っているため、剣術試験の相手は星隊長となっている。
サフィールと星隊長の戦闘が、始まった。
サフィールも最後まで食らいついたものの──
星隊長は、真正面からねじ伏せた。
続けて、マナと星隊長の戦闘だ。
星隊長いわく、最近は睡眠時間を多めにとって仕事より鍛錬を優先していたのだそう。
それも全て、マナに勝つためなのだとか。
さっさと終わらせてしまいたい。
緊張と恥ずかしさから、そう強く思った。
それが、マナの剣を強くした。
「それでは、は……」
「行くぜ!!」
審判官の言葉を遮って、声を張り上げた星隊長。
合図も待たずして、踏み込んでくる。
油断などしないと言わんばかりの、鋭い太刀筋。
マナは紙一重で避け、剣を滑らせる。
鈍い音が響く。
星隊長とマナの木剣がぶつかり合った。
力を込めるものの、押し返されてしまう──
そう思った、そのとき。
星隊長が、わずかに力を緩めた。
マナは剣を半回転させ、受け流す。
(……さすが、星隊長さんだな)
力では星隊長に敵わない。
だからこそ、技術で戦いたいらしい。
手加減ではなく、公平だ。
ならば、その想いに応えるべきだろう。
マナは一気に踏み込む。
距離を詰め、何度か打ち合う。
直後、星隊長の体勢がわずかに崩れた。
その隙を見逃さない。
背後に回り込み、剣を振るう。
星隊長は振り返ったが──。
マナは、喉元へ剣先を向ける。
「そこまで!」
審判官の声が響いた。
一瞬、静寂が場を支配した。
だが直後、拍手に満たされていた。
「ありがとうございました」
「さすがだ。俺もまだまだ鍛錬するぜ!」
「……はい」
豪快に笑う星隊長に、頭を下げた。
そのとき、星隊長が何かを思い出したように聞く。
「そういや、この後の編入試験に“セレスティア”ってやつがいたんだが、もしかして家族か?」
「あ、はい……」
「ほほう。楽しみだな!」
獲物を見つけた獣のような、笑みを浮かべる星隊長。
その後、残りの生徒たちも試験を終えた。
教室に戻ると、短く終礼が行われた。
生徒たちは、安堵と解放感に満たされていた。
「それでは皆さん、さようなら」
終礼が終わると、教室は騒がしさに満ちた。
「おい、そろそろ編入試験が始まるぞ!」
「剣術大会のときもいた、めっちゃ可愛い子がいる!」
「観に行くしかねぇな!!」
男子たちが猛ダッシュで駆けていく。
マナたちも、噂は耳にしていた。
ソフィが男子に冷ややかな視線を向けながら、言う。
「まぁ気になるのもわかるかも」
「……観に行ってみる?」
「そうだね!」
マナたちは、訓練場に移動した。
そこはもうすでに、大勢の人で埋まっていた。
剣術試験のときよりも、ずっとたくさんの生徒たちが、編入試験を見守ろうと集まっていた。
マナは、人混みの奥に目を向ける。
編入試験を受けるのは、ふたりいる。
(セフィリア……)
そのとき。
わぁっと歓声のような声が響いた。
別の道から、ふたりの受験生が歩いてくる。
前に立っていたのは、少年。
柔らかいクリーム色の髪は、陽光を受けるとまるで金髪のように煌めいて見えた。
森の中にいるかのような、静かな佇まい。
美しい緑色の瞳も相まって、冷静さがあった。
「なんか、皇族みたいな髪色だね」
「うん、陛下に似てる」
「でもクリーム色なのかな」
周りでは、そんな噂話が起きる。
そして、2人目も姿を現した。
途端に、訓練場は静寂に満たされた。
陽光を反射して輝く、白銀色の髪。
青から緑へ移ろうグラデーションの瞳は、天地を映し込んだように神秘的な美しさがあった。
一般生徒として見てみると、確かに特別感がある。
隠すことも、誤魔化すこともしない姿。
思わず見惚れてしまっていたのであろう。
審判官の先生が、我に返って名前を読み上げた。
「まずは、スフィーダ・レヴァイス」
「はい」
落ち着いた声が響く。
片手に木剣を握り、星隊長の前に立った。
見たことのない構えだった。
けれど、隙を感じさせない気迫がある。
「それでは、始め!」
合図とともに、スフィーダが斬り込む。
迷いのない太刀筋。
洗練された剣撃だ。
星隊長も、一瞬目を見開いた。
けれどすぐに、楽しそうに目を細めた。
木剣がぶつかり合う。
乾いた音と、風を切る音が混ざる。
「……すごい」
ソフィが、声を零した。
フィーユも、目を離さない。
実力は、想像以上だった。
けれど、相手はあくまでも星隊長。
数十回の打ち合いの末、剣が弾き飛ばされた。
「……ありがとうございました」
少し悔しそうながらも、静かな挨拶。
生徒たちからは、自然と拍手が湧いた。
審判官が、次の名前を読み上げる。
「次に、セフィリア・セレスティア」
「はい」
直後、空気が変わった。
ゆっくりと前へ歩み出た少女を前にして、誰もが言葉を失ったように黙り込んでいた。
柔らかい髪が、風に揺られていた。
セフィリアは、木剣を手に持つ。
ぺこりと、星隊長に一礼した。
「それでは、始め!」
審判官の言葉が、終わるや否や。
セフィリアの姿が、ふっと消えた。
マナだけが、かろうじて彼女を追うことができた。
あまりにも、速すぎた。
星隊長さえ、反応できなかった。
ほんの一瞬。
それだけで、勝負は終わっていた。
鋭い音が、訓練場に響いた。
星隊長の剣が、空高く宙を舞った。
学園の屋上を超えるほど高く。
生徒たちも、それだけは目にした。
青空を背景にして、回転しながら落ちてくる。
「あっ」
セフィリアが、小さくつぶやいた。
視線を移動させる間もなく、セフィリアは星隊長の腕を引っ張って、数歩だけ横に移動させた。
次の瞬間。
ヒュゥゥ──ドンッ!
風を裂くような音がした。
目線を剣に合わせて、マナは目を見開いた。
木剣が、石畳に突き刺さっていた。
訓練場は静まり返る。
マナだけが、状況を理解できていた。
(みんなの頭に、ローディングマークが見えそう)
セフィリア──
“龍姫”と呼ばれる彼女の力は、底知れない。
家で何度も、手加減してねと言い聞かせたのだが。
もちろん、と言った彼女。
この結果を前に、何を言うのだろうか。
セフィリアは、刺さった木剣の前にしゃがみ込んだ。
「これ……」
柄に手をかける。
ぐっと引っ張った。
「……あれ」
もう一度、力を込める。
だが、木剣は抜けなかった。
困ったように、周りを見回す。
「誰か、これ抜ける?」
一瞬の沈黙。
直後、力自慢たちが我に返った。
柄に手をかけて、力いっぱい引っ張る。
けれど木剣は抜けなかった。
誰が試してもダメだった。
セフィリアは、首を傾げる。
そんな姿に、大勢が見惚れる中で柄を握った。
「うんっしょ!」
今度は、かなり力を込めた。
その瞬間。
ゴッと鈍い音を立てて、剣が垂直に引き抜かれる。
「あ、よかった」
安心したように微笑む。
「あんまり石畳、壊してない」
しばらく、沈黙が消えなかった。
かなり遅れて、ざわめきが訪れた。
「え、どういうこと?」
「星隊長さんが一撃で?」
「ねぇ、銀髪ですごく強いって」
「まさか……」
マナの胸が、ドクンと音を立てる。
けれど。
生徒のひとりが、首を傾げる。
「でも、予言って曖昧だし」
「言われてみれば、目に星もないや」
「それに、さっきの金髪っぽい子も強かったね」
誰もが驚いていた。
けれど、不思議と話題は逸れていく。
まるで大切な印象だけが、ぼかされるような。
マナは、小さく瞬きをした。
(……思ってたより、噂にならないな)
あれほど目立ったのに。
誰も“星姫だ”とは言い切らなかった。
微かな違和感だけが、胸に残っていた。




