第31話 飾られた誕生日
「セレスティアさん、お迎えに来ましたよ」
玄関から、澄んだ声が響いた。
鏡の前に立っていたマナは、肩を跳ねさせる。
最後にあと1回だけと、鏡に映る自分の姿を確認した。
──大丈夫、髪飾りは外れてない。
何度も何度も確認した。
それでもやはり、心が落ち着かない。
再度鏡を見上げると、ふたつの影。
「で、殿下!?」
いつの間にか、背後にサフィールが立っていた。
幽霊並みに気配がなく、気づかなかった。
早まる鼓動を抑え、深呼吸をする。
「髪飾りの確認ですか?」
「は、はい。どこかで外れないか、心配で」
「……それでも、誕生日パーティに行くんですか?」
マナは、少し目を伏せた。
8月10日は、ソフィの誕生日だ。
クレシェンテ公爵邸では、パーティが開かれる。
マナはそこに、招かれたのだ。
──お泊まりつきで。
夜も、朝起きても、ひとつ屋根の下。
修学旅行のときは、もっと距離があった。
他に紛れてしまえば、あまり気にしないこともできた。
でも今回は、ソフィの家だ。
もし何かの拍子に髪飾りが外れてしまったら。
何もかもが、知られてしまう。
隠していること、嘘をついていること。
もし知ったら、ソフィはなんて言うだろう。
大切な“親友”を、失いかねない。
それでも。
「……行きます。行ってみたいです」
マナは顔を上げて、答えた。
友達の誕生日をお祝いする。
友達の家にお泊まりする。
普通なら、たったそれだけのことだろう。
でもマナにとっては、特別なことに思えた。
何よりも、誘われたこと自体がとても嬉しかった。
だから、危険だとわかっても行く。
サフィールは、ひとつ息をついた。
変わらない微笑みで、マナに手を差し伸べた。
「もし、何かあったら僕が助けますよ」
マナは少しだけ目を見開いた。
星焰連邦国から彼が帰ってきて、気づいた。
少し前までは、誰かを助けることに僅かにためらいがあるように見えた。
でも今は、こうして自然と声をかける。
誰が彼を変えたのか、わからないけど。
マナは微かに頬を赤らめて、小さく頷いた。
「えっと、ありがとうございます」
「もちろんですよ、マナさん」
「えっ、あ、はい」
唐突な名前呼びに、少し動揺した。
でもすぐに、平静を装って鏡から離れる。
玄関では、静かにノエルが待っていた。
マナはボストンバッグを持つ。
振り返ると、髪飾りもつけずに手を振るお母さん。
後からセフィリアも、パジャマで来た。
「マナ、気をつけてね」
「うん、行ってきます」
ふたりに手を振って、家を出る。
家の外に待機していた、車に案内された。
サフィールも招かれているし、どうせなら迎えに行けとソフィに言われたらしい。
少し申し訳ないが、歩きと電車より楽だった。
1時間と少しかけて、クレシェンテ公爵邸に到着する。
車から降りて、1番に目に飛び込んだもの。
柔らかい紫色の屋根と、金の装飾が施された純白の壁。
窓枠には花を象った意匠がされ、正面玄関へ続く階段の両脇には薄紫色の花飾りが並んでいた。
マナには、まるで別世界のように感じられた。
これでも、クレシェンテ家の別邸にすぎないという。
(本邸はいったい、どんななんだろう……)
金色の鉄門を抜けた先には、豪華な噴水。
咲き誇る花々は、まるで今日咲くことを命令されていたように美しく整えられていた。
階段を登ると、大きな扉が待ち構えていた。
緊張しながら待つと、ゆっくり開いていく。
「ようこそお越しくださいました」
紫色のカーペットが、奥まで続いている。
両脇にずらりと並んだ使用人たちは、完璧なタイミングで礼と挨拶を合わせていた。
玄関ホールは、外から見た以上の華やかさがあった。
高い天井には、水晶のシャンデリアが吊るされている。
2階へ続く階段の手すりには、白いリボンと美しい花束が等間隔に飾り付けられていた。
磨き上げられた床は、歩くことも遠慮してしまう。
明るいソフィとは、どこか違った華やかさだった。
直後、階段の上から激しい足音が聞こえてきた。
周りの雰囲気には合わない、高らかな声が響いた。
「マナ、やっと来てくれたのね!!」
「ソ、ソフィ、お誕生日おめでとう」
「ありがとぉ〜!!本気でかわいい〜!」
いつもの制服姿と違い、薄紫と白を基調とした華やかなデザインのドレスを着ていた。
けれど、カメラ片手に抱きついてくる。
戸惑いながらもプレゼントを差し出そうとするマナを、とにかく写真に残しまくっていた。
「お嬢様、殿下にもご挨拶を」
ふいに、落ち着いた声が挟まれた。
ソフィは、一瞬動きを止めた。
けれどすぐに、明るい笑顔を浮かべた。
「うん、もちろんだよ」
ソフィは、完璧なカーテシーで頭を下げる。
普段の彼女とは、似ても似つかない公爵令嬢の姿。
学園で見ていたより背筋が伸びていて、指先まで動きの全てが整えられているようだった。
そのとき。
奥の部屋から、優しげな男女が歩いてきた。
ソフィによく似た男性と、柔らかな雰囲気の女性。
ソフィの両親だった。
公爵という肩書きを背負う男性は、豪快ながらも優しさを感じる笑顔でソフィの頭を撫でた。
「ようこそお越しくださった、お二方。娘も楽しみにしておりましたぞ。感謝申し上げる」
続けて、公爵婦人と呼ばれる女性も頭を下げた。
「マナちゃん、来てくれてありがとうね」
「は、はい。お招きいただき、ありがとうございます」
マナは少し声を強張らせる。
ひとつ間違えれば、ソフィとの関係も終わってしまうのかもしれない──。
そう考えながら、ボストンバッグを握りしめた。
公爵婦人は、サフィールに向き直った。
凛とした笑顔に変わり、美しく礼をした。
「殿下、ようこそお越しくださいました。我が公爵家を今後とも、よろしくお願いします」
言葉以上に、深い意味が込められているのだろう。
周囲に漂った僅かな緊張を、マナは感じ取っていた。
サフィールもまた、マナに見せるものとは違う“皇太子”としての微笑みをふたりにむけていた。
マナは、近寄りがたいような距離を感じた。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。クレシェンテ公爵家には、これからもお世話になることかと思いますので、よろしくお願いします」
聞いているだけなのに、疲れてしまいそうなほど言葉に緊張感が感じられた。
ソフィは、笑顔で感謝を伝える。
両親からの愛情が、本当に嬉しいのだろう。
でも、マナには少しだけ──
それが、慎重に飾られた花のように見えた。
愛情と並ぶほど、“立場”が大きくある気がした。
「そろそろ、誕生日パーティを始めましょう」
案内されたのは、広いダンスホールだった。
中央に淡い紫のテーブルクロスがかけられた、横に長い机が置かれている。
窓際には花瓶が並び、花々が生けられている。
壁には歴代公爵らしき肖像画が掛けられていた。
鮮やかな料理の数々が、机に並べられている。
透明なグラスには大人にワイン、子どもにはジュースが注がれ、銀色の大皿にはケーキや果物が乗っている。
それを囲む人たちも、みなが美しく着飾っていた。
淡い色のドレスを着た女性、礼服をきっちり纏う男性。
大人たちは微笑みながら、静かに会話を交わす。
これが、公爵家の誕生日パーティ。
マナが想像していたものより、ずっと綺麗で、なんだか少し過去に戻ったような遠さがあった。
「マナ、こっちだよ」
ソフィは、視線の中を静かに歩く。
背筋も、歩幅も、表情も何ひとつ崩れない。
(まるで、ゲームキャラみたい……)
ソフィは、机の1番奥に座った。
両隣に公爵と公爵婦人が、腰掛ける。
ゆっくりと、部屋の明かりが落とされる。
ソフィの前に置かれた、豪華な誕生日ケーキに飾られた13本の蝋燭に、小さな炎が灯された。
公爵が、グラスを片手に立ち上がる。
威厳のある、けれど娘を想う声が響いた。
「皆さま、本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます」
長くはないけれど、丁寧な挨拶を述べる公爵。
ソフィは、小さく微笑んだまま聴いていた。
たまにマナに目を向けると、その度目を輝かせていた。
その瞬間だけ、いつもの“ソフィ”に戻った気がした。
挨拶が終わると、星に祈りを捧げる。
彼女は何を願ったのか、少し気になった。
続けて、ソフィが蝋燭の火を吹き消す。
同時にホールには、光が戻って照らされた。
そして、周りからは拍手が巻き起こる。
「ソフィさま、お誕生日おめでとうございます」
「とても嬉しいです。ありがとうございます」
ひとりひとり、丁寧に返していくソフィ。
みんな、何かひとつはプレゼントを渡していた。
豪華な包装紙、花束、年代物の万年筆、髪飾り、ブレスレット、ネックレス……。
どれも立派で、ソフィに相応しいものばかりだった。
誕生日の主役。
嬉しそうに微笑むけれど、どこか“嬉しそうにする役目”を果たしているようにも見えた。
──欲しいものは、もらえたのかな。
一瞬、そんな考えが頭をよぎった。
けれどマナは、それを不思議に思った。
(私だって、彼らと同じなのに)
誕生日プレゼントを選ぶとき、考えていた。
買い物をする店に始まり、値段に至るまで。
公爵令嬢に相応しいものって、なんだろう?
結局わからなかったから、好きそうなものを選んだ。
彼らには、それがわかったのだろう。
流行りのものや、ブランドの店を知っているのだろう。
そう思うと、好きそうなものを選んでよかったと、心の底でほっとしている自分がいた。
他の人たちに続き、マナも前に出る。
「ソフィ、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、マナ!」
「これ、お誕生日プレゼントだよ」
まだ紙袋に包まれているのに、もう写真を撮り始める。
そして、丁寧に、慎重に紙袋を開ける。
中から出てきたのは、小さな写真立てだった。
淡い紫色の縁に、花の飾りがついている。
ソフィに似合いそうだと、買ったもの。
他にもいくつかあるが、それだけは特別だった。
「マナ、本当に、本当にありがとう!」
今日で1番の、輝かしい笑顔を見せるソフィ。
そんな姿に、マナは安堵する。
けれど同時に、少し胸がきゅっと痛んでいた。
その後、パーティは粛々と締められた。




