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星姫 〜天の星、地の人〜  作者: 猫様のしもべ
第3章 “星姫”の成せる限り
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第27話 雲に隠れた炎

ーーまた、学園で。


胸の奥で、何度もその一言を反芻していた。


窓の外には、一面の雲海が広がる。

ふわふわの綿菓子のような、雲の合間を縫っていく。

航空機はあまり揺れることもなく、安定して飛行する。


とても広い機内には、サフィールとノエル、数人の護衛しかいなかった。

風を裂く音だけが、静寂の中に漂っていた。


「殿下、少しお休みになられますか?」


向かいの席に座るノエルが、尋ねた。

オレンジジュースを片手に差し出している。


「ありがとう、大丈夫だよ」


そう答えつつも、面倒だな、とつぶやいた。

オレンジジュースを一口飲み、またぼんやり眺める。


海辺のホテルを離れ、まだ数時間。

それなのに、なぜか学園の賑やかさを求めている。


マナの穏やかな声。

ソフィの明るい声。

フィーユの静かな声。

ノエルの呆れた声。


そんな日常を思い浮かべ、小さく息をついた。


これまでは、外交に対して何も思わなかった。

皇太子として期待に応えて、笑顔を浮かべる。

希望もなく、ただ機械のようにこなしているだけ。


けれど今は、“友達”を求める自分がいる。

帰りたいと思う学園が、そこにはあった。


しばらくして、機体がゆっくり下降しはじめる。


雲の隙間を抜けた先。

窓の奥に見えたのは、(そび)え立つ巨大な火山だった。


赤黒い岩肌からは、白い煙が立ち上っている。

周囲には、朱色の街並みが広がっている。

屋根は曲線を描き、建物の随所には金細工が施される。


ーーここが、星焰(シンヤン)連邦国か。


護衛たちも、口々に感嘆の声をこぼす。

熱気すら伝わってきそうな景色に、目を奪われた。


滑走路に航空機が滑り、やがて停止した。


扉が開かれた途端、熱を含んだ風が頬を撫でる。

水分をほとんど含まない、乾燥した空気。

ラニアケアよりも、ずっと暑い。


レッドカーペットの両脇には、大勢の人が待っていた。

無数のカメラが光り、次々に名を呼ぶ声が響く。


「サフィール殿下、こちらを!」

「今回の外交について、一言お願いします!」


絶え間なく向けられる視線と、まばゆい光。

サフィールは柔らかな笑みを向け、ゆっくり歩く。


限りない歓迎の言葉、暖かい笑顔。

けれどその奥に、何を隠しているのかはわからない。

そんな光景にも、慣れてしまった。


サフィールは、用意されていた黒リムジンに乗り込む。

扉が閉まった瞬間、喧騒が遠くに離れた。


窓の外に手を振りながら、石畳の上を走る。


やがて辿り着いたのは、星焰(シンヤン)連邦国の中心。

ーー天焰(ティエンヤン)宮。


まるで、燃え盛るような城。

金の瓦屋根が、波打つように重なっている。

真紅の城壁は、永い歴史を感じさせる。

背後に佇むは、サフィアスで1番大きな活火山。


無数の国旗が、はためいて出迎えた。

星紅(シンホン)門を抜けると、護衛や侍女たちが頭を下げた。


降車した瞬間、再び熱気が包み込む。


「ようこそお越しくださいました、サフィール殿下」


真紅の衣を纏った男性が、(うやうや)しく礼をした。

サフィールは微笑み、宮内へ足を踏み入れた。


紅色を基調とした、長い回廊を歩む。

磨き抜かれた床には、吊るされたランプが映り込む。

壁には、龍と炎を模した金細工が連なっていた。


空を見上げれば、優しい青色が覆っている。

けれど少し視線を下ろせば、燃えるような紅があった。


(……まるで、不死鳥を宿したみたい)


それほどまでに、力強さを感じる。


回廊の突き当たりに、侍女がひとり立っていた。

丁寧に頭を下げると、静かに告げる。


「会談が終了するまで、奥の庭園でお待ちください」


サフィールは、小さく頷いた。


額縁のように鮮やかな曲線を描く、洞門。

たった一歩踏み込むだけで、まるで別世界のよう。


城のざわめきが遠くなり、草花のさざめきが近づく。


竹の小道が、細長く続く。

風の吹くたびに、青竹がさわさわと音を立てる。

サフィールは、静かに歩みを進める。


やがて視界が開け、澄み切った水を抱える池が迎える。

水面に揺らめくのは、純白の蓮。


緑と白だけで彩られた景色は、どこか異次元の美しさ。


天に架けられた虹のような橋が、水上を跨いでいる。

水面下には色鮮やかな魚が泳ぎ、暖かい風が波立てる。


もしも観光で来ていたなら、足を止めていただろう。


微かな甘い香りが、奥から漂ってくる。

神秘的な円を描く洞門を、ひとつ潜り抜けた。


眼前に広がっていたのは、白雲のような鈴蘭。


中央には東屋がひとつ、佇んでいた。

心奪われる景色の中で。

太陽のような真紅が、輝いていた。


(……雲に隠れた、炎みたい)


純白の花の中で、紅緋色のドレスが揺れる。

長い紅髪を払うように、少女は振り返った。

陽光を溶かしたような、金にも近い黄色の瞳。


幼さを感じさせない視線が、こちらを捉えた。

静かで、けれど鋭い空気を纏っていた。


「初めまして、サフィール殿下」


鈴のように、澄んだ音の声が響く。

完璧な礼と、美しい笑顔を浮かべて、少女は言う。


星焰(シンヤン)連邦国の主席令嬢、星玉婷(シンユーティン)と申します」


どこか測るような視線で、まっすぐ見つめる。


彼女の案内に従い、東屋の中へ。

中央には、石造りの卓が置かれている。


そっと椅子に座ると、玉婷(ユーティン)もふわりと腰掛けた。


やがて侍女たちが、茶を注ぐ。

そして白い皿の上に、焼き色のついた煎餅を並べた。

優しい風に流れて、花の香りが漂う。


「……良い香りですね」

星焰(シンヤン)で客人をもてなす際に使われる、茉莉花(ジャスミン)茶ですわ」

「ありがとうございます」


玉婷(ユーティン)は微笑んで、自らも茶器を手に取った。


サフィールも、ひと口飲んでみる。

柔らかな甘味の奥に、ほんの少し苦味が残る。

けれど不思議と、後味はすっきりしていた。


星焰(シンヤン)連邦国の誇る、焰天園ヤンティエンユアンはいかがでしたか?」


問いかける声は、とても穏やか。

けれど、その奥には“試す”ような気配がある。


サフィールは、少し視線を巡らせた。


純白の花、透き通る池、炎とは違う静かな雰囲気。

そして、中央に立つ真紅の少女。


「まるで、雲の上にいるようでした」


サフィールの言葉に、玉婷(ユーティン)は少し目を見開く。


「……さすが、サフィール殿下ですわ」


玉婷(ユーティン)は、鈴蘭をそっと撫でた。


「焰天園は、“天に浮かぶ国”を想像して造られました。白い花々は、雲を模していますわ」

「そうだったのですね」

「ええ。あなたは、それを見抜かれました」


少し嬉しそうに、微笑む玉婷(ユーティン)

先ほどまでの張り詰めた空気が、僅かに和らいだ。


サフィールは、ほっと息をつく。


ほんの少しの沈黙が、東屋に流れた。

小鳥の声音が、静寂に揺らぎを招いた。

玉婷(ユーティン)が、静かに口を開く。


「サフィール殿下は、龍がお好きだと聞きましたわ」

「……はい」


子どもっぽいと思われたかなと、少し視線を落とした。

なにしろ玉婷(ユーティン)は、とても大人びているから。

それこそ、同い年だなんて信じられないほど。


玉婷(ユーティン)は、城の裏手を見つめた。


長いまつ毛が、影を落とす。

ふいに、どこか年相応な寂しさがある気がした。


星焰(シンヤン)山ーー古来は、星脉(シンマイ)山と呼ばれた霊峰です」

「サフィアスで最も高く、炎神龍が住むと聞きました」


古来サフィアスで栄えた、龍の一族。

現代に生き残るのは、たった5体だけらしい。


(人々は敬意を込めて、五神龍と呼ぶーー)


星焰(シンヤン)連邦国に住まう炎神龍も、その1体。

火山の中で、ほとんど静かに暮らしているのだそう。

龍好きとしては、一度お目にかかりたいものだ。


「昔は、私も憧れたものですの」


玉婷(ユーティン)は小さくつぶやき、茶器に視線を向けた。


「……お友達とかと、話していたのですか?」


サフィールは、静かに問いかけた。


いつも龍の話をするときを、思い浮かべた。

そばにいるのは、決まってノエルだけだった。

幼い頃から、ずっと彼は聞き続けてくれた。


玉婷(ユーティン)の指先が、僅かに止まった。

けれど、変わらぬ笑顔を見せて言葉を紡ぐ。


「ええ、とても大切な子がいたんです」


短い言葉だけれど、何かが滲んでいた。


ふと、マナの姿が浮かんだ。

特別な容姿、強すぎる力、そして優しさ。

けれど、“友達”を諦めてしまっていた少女。


そして玉婷(ユーティン)もまた、何かを諦めながら笑っている。


そろそろ、会談も終わりを迎える。

純白の花が、風もないのに揺れた気がした。

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