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星姫 〜天の星、地の人〜  作者: 猫様のしもべ
第3章 “星姫”の成せる限り
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第25話 皇女との出逢い、皇妃との再会

じりじりと照りつける日差しが、とても暑い。

眩しいくらいの陽の光に、思わず目を細める。

蝉の鳴き声や、昨日過ぎ去った積乱雲が遠くにある。


マーラプア学園が夏休みに入って、数日。

マナたちは、家族で旅行に出かけていた。


海に面した、美しい観光名所アイラナ。


新幹線に乗り、数時間かけて到着した。

セフィリアが、明るい笑顔をみせる。


「マナ、ほら早く行こうよ」


声は落ち着いているけれど、瞳は煌めいている。

まるで何かを楽しみにする、子どものようだ。


マナは微笑み、手を引かれるまま歩く。


視線の先には、どこまでも青く澄んだ海が広がる。

陽光を受けた水面は、夜の星を散りばめたように瞬く。

ゆらりと輝いた白波は、揺れるたびに形を変える。


少しだけ塩の香りを含んだ風は、優しく髪を撫でた。

観光客の笑い声が、遠くから流れてくる。


マナは小さく息をついた。


最近はずっと、気を張りながら過ごしていた。

でもせめて旅行中だけは、心から楽しみたい。

マナたちは、ホテルに移動した。


海沿いのリゾートホテル「プテリュクス」。

白と青を基調として建てられた、豪華なホテルだ。


冷房の効いたロビーは、とても心地よい。

磨き上げられた床には、シャンデリアの光を反射する。

ふわふわのカーペットの上を歩き、ソファを探す。


そのときだった。


「殿下・・・?」

「セレスティアさん?」


よく見知った金髪が、目に飛び込んだ。

目を丸くするマナと、瞬きするサフィール。


けれど、いつもの皇太子ではなかった。

可愛らしい少女の手を握り、護衛も数人いた。

まさか、旅行先で会うなんて思わなかった。


「どうして、ここにいるんですか?」

「・・・家族旅行みたいな、感じです」


サフィールは、少し視線を逸らした。


彼の後ろに、少女がぴたりと隠れる。

淡いクリーム色の髪に、透き通った碧眼。

幼いけれど、美少女だ。


サフィールが、挨拶するように促す。

少女は、おずおずと前に出た。


「は、はじめまして・・・!」


ぎこちないながらも、美しいカーテシーを見せる。


「わたしはラニアケア皇国皇女、ルティアナ・レヴァ・ラニアケアです」


ほんの少し、震える声だった。

けれど、一生懸命に皇女として振る舞っている。


マナは慌てて、頭を下げる。


「私は、マナ・セレスティアです」

「ボクは、セフィリア・セレスティア」


セフィリアは、落ち着いた様子で挨拶した。


お父さんも、緊張したように名乗った。

続けて、お母さんも名乗ろうとした、次の瞬間。


「サフィール、ルア〜」


かなり高い声が、ホテルのロビーに響いた。

お母さんの、動きが止まる。


思わず振り返った、そこ。


ルティアナと同じ、髪と瞳を持つ美しい女性がいた。

お母さんの表情が、驚きで固まった。


穏やかな笑みを浮かべる女性。

上品な歩き方で、自然と周囲の視線を集める。

お母さんは、小さくつぶやいた。


「メリア、ちゃん・・・?」


女性は、大きく目を見開いた。

ラニアケア皇国皇妃、メリア・レヴァイス。

ーーお母さんの、元親友だ。


「マヒナちゃん!?」


気づいたときには、皇妃はお母さんの手を握っていた。

けれどマナは、少し服の裾を掴んだ。

明るい表情に、どこか陰を感じてしまった。


「本当にマヒナちゃんね!また会えて嬉しいわ!」

「え、ええ・・・」


お母さんは、戸惑ったように笑う。


かつては確かに、親友だったのだろう。

皇妃の雰囲気や、嬉しそうな声から伝わる。


けれど今となっては、片や皇妃、片や平民。

圧倒的な身分の差を前にして、昔のように、親友として接していいのか迷っているのがわかった。


それでも皇妃は、気にしていないようだった。


「何を悩んでいるの。昔みたいに笑ってほしいわ」

「・・・ありがとう」

「ふふ、もちろんよ」


ふたりは顔を見合わせ、柔らかく笑った。


まるで学生だった頃に戻ったような、優しい雰囲気。

それはふたりが築いてきた、絆の証でもあった。

マナはほんの少しだけ、羨ましいと思った。


軽く挨拶を交わし、それぞれ部屋に向かう。

荷物を整理したら、海で一緒に遊ぶことにした。


服の中に水着を着て、いざ、海へ。


「マナ、魚捕まえられそうだよ」

「捕まえちゃダメだよ、セフィリア」

「えーもったいない」


セフィリアの冗談っぽい本音に、笑う。

当人は残念そうに、魚を手放していた。


底が見えるほど、透き通る美しい海。

たくさんの魚が泳いでいるのに、まったく近寄らない。

セフィリアという脅威に、怯えているようだ。


皇族が海の一部を貸し切ったらしく、人影は少ない。

しがらみもなく、自由に遊べそうだ。


マナは水色の、ワンピース型の水着を着ている。

セフィリアは黒色の、どちらかといえば男物の水着。

それでいて可愛いのだから、反則だと感じる。


すると、小さな足音が近づいてきた。


「マ、マナさん。その、一緒に遊んでいいですか?」


振り返ると、ルティアナが浮き輪を抱えていた。

緊張しているのか、少し笑みが硬い。


「はい、もちろんです」


マナが笑顔で、返事をした。


そのとき、手を引くサフィールと目が合った。

かと思えば、互いにすぐ目を逸らした。

なんとなく気恥ずかしくなってしまった。


頬を朱色に染めたサフィールを、気に留める間もなく。

マナは海に入って、海底を見つめた。


(落ち着いて!今は姫様に集中して!)


なんとか自分に言い聞かせ、心を鎮める。


ルティアナは、浮き輪にすっぽりハマる。

そーっと、海に足を踏み入れた。

波打ち際を行ったり来たりして、うまく進めない。


マナは小さく笑って、手を取った。


「姫様、波は優しいですよ」

「は、はいっ・・・!」


時間をかけて、海の中に入った。

幼い身体で、ちまちまと泳ぐ姿にほっこりする。

まるで妹ができたように、楽しんでしまう。


サフィールは、少し不満そうな表情で海に入った。


そんな平和な様子を、母たちは離れた場所で眺める。

くすくすと笑う皇妃が、つぶやく。


「サフィールったら、青春ね〜」


影を作るパラソルが、風に揺られる。

ビーチベッドの横に置かれた、飲み物を手に取った。

ほんのり酸っぱいジュースが、鼓動を抑えてくれる。


隣に寝そべるメリアは、昔と変わらない声。

けれど笑顔は、どこか“完成”されていた。


「最近ね、あの子ずっとうわの空だったの」

「殿下・・・が?」


少し、なんて呼ぶべきか迷った。

皇妃のことは名前で呼ぶのに、皇子は敬称だった。


「ええ。公務中もぼーっと窓の外を眺めてたわ」


マヒナは、少し肩に力を入れていた。

マナの正体を、知られてしまったのではないかと。


けれど、緊張するマヒナとは違い、メリアはただ笑顔で語っていた。


「疲れているのかしらって、休暇を取ろうとしたのよ。そしたらホテルの予約名簿に“セレスティア”があってね」


メリアは、くすっと笑った。


「少し、応援したくなっちゃったわ」

「・・・ふふっ」


マヒナも、思わず微笑んだ。


皇子といえど、マナの前では少年らしさを見せる。

メリアにはきっと、それがわかっていたのだろう。

母としては、喜ばしい限りだ。


ーー母としては。


一瞬、沈黙が流れた。

子どもたちの笑い声と、波の音だけが漂う。


マヒナは、パラソルに隠れた空を見上げる。

心にどうしても、引っかかっていること。

本当は、聞かない方がいいのだろうけど。


けれどーー。


「・・・メリアちゃん」

「なぁに?」


柔らかな笑みを浮かべ、首を傾げるメリア。

昔とは違う、外交的な笑顔だった。

幼さの残る笑みは、もうずっと遠い気がした。


「どうして、皇妃になったの・・・?」


慎重に、ひとつひとつ、言葉を探して。


「優しい家族も、いたのにーー」


その瞬間。


空気が、ほんの少し揺らいだ気がした。

それでも、メリアは笑顔を浮かべた。


「覚えていたのね」


忘れられるわけもない。


優しい旦那さんと結婚して、幸せそうだった笑顔。

可愛らしい息子さんが生まれて、喜んでいた笑顔。

だからこそ、わからなかった。


ある日から、音信が途絶えて。


ーー彼女は、皇妃になった。


メリアは、何かを言おうとした。

息を少し吸って、けれど声にならず零れた。


「ーー森は、子どもを護れるかしら」


静かに、つぶやくように。


潮風が小さな声を、さらっていった。

メリアは、子どもたちを見つめていた。

変わらぬ横顔が、どこか遥か遠くに見えた。


肌白い指が、グラスの水滴をなぞる。

マヒナは、息を呑んだ。


背筋がひやりと凍え、“最悪”が脳裏をよぎった。

けれど、それを言葉にすることはできなかった。

言葉にした瞬間、何かが壊れてしまう気がしたから。


しばらく、ふたりは沈黙した。


メリアは、また完成された笑みを浮かべた。

隠すこと、抑えることに慣れてしまったような。


「なんてね、あまり気にしないで」


まるで、会話そのものを波に流すような。


「お母さま、一緒に遊べませんか?」


ルティアナが、浮き輪を置いて走ってきた。

少し遠慮がちに、海へと誘う。


メリアは、優しい笑顔を浮かべ続けた。


「ええ、私の本気を見せるわよ」


母親らしい、柔らかな笑み。

けれど、何かが欠けていることに胸が締め付けられた。

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