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星姫 〜天の星、地の人〜  作者: 猫様のしもべ
第3章 “星姫”の成せる限り
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第24話 星の秘めごと

ゆっくりと目を開けると、金色の光が差し込んだ。

薄桃色に染まった、小さな星を呑み込むような暁空。

夜が明けていくのは、どこか寂しく感じた。


窓辺に置かれた花瓶が、陽を受けて微かに揺らめく。

一輪の星染花が、行くべき場所を示すように煌めく。


マナは小さく、息をついた。


夜は眠るに至らず、浅いまどろみに沈んでいた。

何度思考を断とうとしても、何度目を瞑っても蘇る。

胸の奥深くがざわついて、鼓動が眠りを妨げた。


そのとき、扉が静かに開いた。

驚いて部屋の入り口を見ると、セフィリアがいた。


「マナ、おはよう」


眠たそうに目をこすりながら、隣に座る。


昨日、修学旅行から帰って来たときを思い出す。

まぶしいくらいの笑顔で、出迎えてくれたセフィリア。


マナは思い出して、少し微笑んだ。


「眠れなかったの?セフィリア」

「うん、だって心配だったから」


窓の外を見上げる姿に、少し心苦しくなる。


マーラプア学園生が遭遇した、ハウナエレ。

それはメディアによって、国内で大きく報道された。


かつて、たったひとりで大国を救った“龍姫”。

ハウナエレと対峙したとき、何を思っただろう。

大切な人を護るためだったならーー。


(セフィリアは、私を選んでくれた)


過去にたくさんのものを失ったのだろう。

それでも彼女は、マナを信頼し、隣を選んだ。


「私は、誰かを信頼できるかな・・・?」


俯いて、そうつぶやいた。

視線が泳いでいて、でも何かを期待していた。


(信じられるようになりたい・・・)


セフィリアは、少し待って、答えた。


「うん。ボクの知るマナは、いつも誰かを信頼してた」


よくわからなかったけど、それで十分だった。

彼女に二度と失わせないため、何も失わないため。


マナは、部屋の窓を開いた。


            ◇


車輪が地面を転がる音が、やけに大きく響く。

ノエルが数回、口を開こうとして何も言えずにいる。


サフィールは、窓の奥に広がる空を見つめた。


当たり前だけれど、星はひとつも見えない。

こんなにも、意識して眺めたのは初めてだった。

考えないようにしたいのに。


ーー星姫。


昨晩から、ずっと頭の中で反芻(はんすう)する言葉。

誰もが崇め、願い、畏れる存在。

それが、たったひとりの少女だったなんて。


サフィールも、薄々気づいていた。

強すぎる剣術、助けを求めた星獣、外さない髪飾り。


それも、いつも見ていたから気づいたのだろう。


(なんで、目が離せないのかな・・・)


心配しているから?

監視しているから?

それとも、別の何かがーー?


そのとき、車が止まった。

星森の入り口に立ち、ひとつ深呼吸をする。


森の静寂が、まるで“試す”ような圧がある。

何度も来ているはずなのに、音が足りない気がする。

星屑のような光が、降臨するような神聖さがあった。


(まるで城の中にいるように、緊張する)


心臓が暴れるようで、息が浅くなる。

落ち着けようと胸に、そっと手を添える。

けれど、その手が震えていることに気づいた。


知ってしまったら、戻れなくなりそうで。

今すぐ引き返したいけど、足は止まらない。


まるで引力のように、導かれるように。

円を描くような光の中に、足を踏み入れた。

別の世界に迷い込んだような、空気の違い。


巨木の下に鎮座する、星獣ヴァルディア。

掲げられた宝石のような角に、手を触れる者。


黒髪黒目。いつもの“マナ”だ。


けれどその光景は、神秘さを思わせる。

見慣れているのに、夜空に輝く星のような距離がある。


「・・・おはようございます」


どんな言葉を出せばいいかわからなくて、挨拶した。

すると、彼女もぺこりと頭を下げた。


「ノエルさんも、一緒ですか?」


視線が合ったかと思えば、すぐ逸らされた。


「・・・はい。ノエルは、僕が最も信頼する親友です」


サフィールは、まっすぐに答えた。

ほんの少し、目線を下に向けていた。


ノエルは、雰囲気に押されるように黙り込んだ。


マナは、ゆっくりと息をつく。

そして星獣ヴァルディアに、声をかけた。


「ヴァルディア、もし誰か来たら教えてね」


応えるように、ヴァルディアは深く頷いた。

彼女は、ありがとう、と額を合わせた。


静かに振り向いて、サフィールたちを見る。


サフィールは、ぎゅっと手を握りしめた。

喉が渇いたようにひりっとした。

何か、言いたいことがあったはずなのに。


マナは、髪飾りにそっと手を添えた。

指先が僅かに震えて、深く息をつき、目を瞑る。


思わず、息を呑んだ。


怖いなら、不安なら、無理しなくていい。

そんな言葉が喉元まで出かかって、でも言えなかった。


彼女が、選ぼうとしていたから。

明かしてしまえば、家族と引き離されるかもしれない。

友達を、二度と友達と呼べないかもしれない。

自由も、尊厳も、幸せも、奪われるかもしれない。


星森から、音が消えた。

まるでマナを見守るように、光が注いだ。


心臓の鼓動だけが、内側から響いていた。


そしてーー

髪飾りを、静かに外した。


その瞬間。


時間がゆっくり流れた気がした。

緩やかに歪んだような、錯覚に陥った。


解き放たれたように、髪がふわりと広がる。

輝きを宿した銀河という(たと)えが、腑に落ちる。

それほどまでに、淡く揺らめいた白銀色だった。


ゆっくり開かれた、瞳に見惚れる。


碧空に雲が溶けたような、色移ろう瞳。

宿された星は、太陽のような輝きで、月のような静寂。

ほのかな煌めきを称え、底知れぬ深さがあった。


彼女は、微かな笑みを浮かべた。


「・・・改めて、自己紹介を」


畏れとか、驚きとか、敬いとか。

そんなものより、心に強く浮かんだ言葉。


「ーー“星姫”マナ・セレスティアです」


美しい、綺麗、神々しい。

そんな言葉が浮かぶはずだったのに。


ーーかわいい。


それは一瞬だけで、すぐに驚きが包んだ。


星に愛された姫だから、星姫というらしい。

それが納得できてしまうほど、星を纏っていた。


ノエルが、一歩退がっていた。

普段は感情が読めないのに、驚きと畏れが伝わる。

いつもなら何か言いそうなのに、言葉が出ないでいた。

サフィールの袖を、掴みそうになっていた。


そのとき、マナが口を開いた。


ほんの少し目を逸らして、声が出るまで時間をかけた。


「・・・陛下に、報告しますか・・・?」


それは、星姫という名からは想像できないほど脆い声。

今にも崩れそうなほど、子どもらしい弱さがあった。


即答しようとして、一瞬止まってしまった。


仮にも皇太子という立場がある。

友達、家族、国民を護るために“星姫”が必要。

連れて行けるのは、今サフィールしかいない。


それが正しいと、わかっていたのに。


「・・・無理です」


もし連れて行ってしまえば、嫌われるだろう。

もう二度と、話せないかもしれない。


絶対に、彼女を渡したくない。


「連れて行くなんて、できません」


同時に心の中には、最も嫌っていた感情が浮かんだ。


助けてくれるかもしれない。


また、他人任せなことを思った。

自分が何もしなければ、変わることなどない。

今までも、何度幻想を抱いて、打ち砕かれたか。


せめて、ノエルだけでも救ってほしい。


彼女の期待される苦しみも、自己中心的な感情もーー。

分かっていても、願ってしまった。


(これじゃあ、隣には立てないのに・・・)


そんなサフィールの想いも知らずか。


張り詰めていた空気が、ふっと軽くなった。

震えていたマナの指先が、力を失った。


呼吸が戻ったのか、ふいに大きく息をついた。

安心したように、微笑もうとして。

けれどその表情は、少しだけ揺れていた。


「・・・どうして、秘密にしてくれるんですか?」


問いというより、零れたものに近かった。

信頼を確かめようとしているような、小さな声だった。


答えるのには、かなり時間がかかった。


理由なんて、いくつも並べられるはずなのに。

どれも、心の奥にある想いとは違う気がした。

星を宿した瞳には、嘘なんて見抜かれると言い訳する。


絞り出した一言は、とても短かった。


「・・・わからないです」


マナが、少しだけ視線を下に向けた。


理由もない想いで、秘密を守れるだろうか。

そんなことが許されるほど、軽い秘密ではない。

それも、分かっているけれど。


秘密にする理由だけは、わからなかった。


「それでも、友達を失いたくないです」


彼女は、驚くように顔を上げた。

視線が合っても、今度は逸らされなかった。


マナは、微かに笑みを浮かべた。


「・・・それなら、よかった」


さっきまでより、ずっと軽い声だった。


完全に安心したわけじゃない。

心から信頼したわけでもない。


それでも。


笑ってくれることに意味を感じた。


ノエルは、小さく息をついた。

諦めたようにも、受け入れたように見える。

彼にとってはいつもの、親友のわがままだ。


森に僅かな暖かさが戻った。

ヴァルディアも、目を瞑って頷いてくれた。


この選択が、何を意味するかはわからない。

けれど、ほんの少し距離が縮まったと信じたかった。

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