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星姫 〜天の星、地の人〜  作者: 猫様のしもべ
第3章 “星姫”の成せる限り
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第23話 闇を照らす星光

山麓から、数多もの影が駆け上ってくる。

まるで、黒い津波のように押し寄せる。


ハウナエレーー

魔族に操られた魔獣たちが、群れを成し襲いかかる。

規模に差はあれど、ときに国を滅ぼす厄災となる。


床が微かに揺れ、机が音を立てる。

遠くから、木々の折られる音、獣の咆哮。


先生が声を張り上げた。


「落ち着いて!山荘の中に留まって!」


けれど、落ち着けるはずもない。

これでもまだ、たった13歳そこらの子どもたち。

未知と、計り知れない力の恐怖に抗えない。


震えて互いに抱き合う子、涙を流し怯える子。

マナは息を呑み、窓の外を見つめた。


白く霞んだ森の奥深く、赤い輝きを放つ眼が蔓延る。

窓ガラスがひび割れ、天井に吊るされた灯が揺れた。

楽しかったはずの昼食は、一瞬にして地獄へ変わる。


ぎゅっと服の裾を握る。

誰かの泣き声、響く轟音、建物の割れる音。


嫌でも、あの日の記憶が蘇る。


呼吸が浅くなって、胸が冷えて、手が震える。

助けたい、でも怖がられたくない。

その瞬間、腕を掴む暖かい手があった。


「マナ、大丈夫?」


ソフィの優しい手だった。

いつも明るい笑顔の彼女も、声が震えていた。


「・・・うん」


隣にいるフィーユも、表情を強張らせている。

無意識なのか、祈るように手を組んでいる。


サフィールはすでに、状況確認を始めていた。

ハウナエレは、いつどこで起こるとしれない。

特に動物の多い山などでは、シェルターがある。

普段の柔らかな笑顔は消え、皇子らしい鋭さが光る。


「先生、みなさんをシェルターへ。窓際は危険です」


落ち着いた声と、的確な指示に数人が我に返った。

マナも思わず、すごい、とつぶやいていた。

けれど同時に、“星姫”の不甲斐(ふがい)なさに苦しくなる。


けれど、先生の鋭い声が響いた。


「窓から魔獣が・・・!」


パリンと、高い音が鳴った。

鳥型の魔獣が、窓を突き破ってきた。


その瞬間。


騎士団よりずっと早く、動いた影があった。

マナは剣を握り、魔獣を叩き斬っていた。

不安に怯える生徒たちに、歓声が走った。


「さすが、ラニアケア1の剣使いだね!」

「怖くて忘れてたけど、最強が一緒だった!」

「ありがとう、マナ!」


マナは思わず、ほっと息をついた。


誰かを護れたこと。

力を怖がられなかったこと。

ありがとうと、言われたこと。


それだけで、胸の奥に刺さって凍りついた小さな棘が、溶けるような気がした。


ところがーー


津波のような闇が、不自然に揺れた。

山荘を取り囲むような赤い眼が、左右へ退いた。

まるで何かを、迎えるかのように。


喉がひりついて、肺が狭まるような圧迫感。

肌を撫でる悪寒が、近づいてくる。


先生たちが、剣を構えた。


「生徒たちを、護れーー!」


頼もしい声に、重なるように。

窓ガラスが弾け飛んで、床に散らばる。


ひとつの影が、静かに現れた。


長いマントのような、黒く染まった霧を纏う。

コウモリよりずっと大きくて、鋭い翼。

歪んだ笑みを浮かべ、瞳だけが濃い紫に輝く。


人のかたちをしているのに、人じゃない。


誰かが小さく、つぶやいた。

今にも消えそうな、弱さを隠した声で。


「魔族・・・?」


空気が一瞬にして、凍りついた。

安心が霧のように、かき消された。


先生たちですら、一歩退いてしまう。


魔獣とは、比べものにならないほど格が違う。

知性を持ち、人を(あざけ)り、災厄をもたらす。

神々との戦争を生き抜いた、ほんの数体のうちひとり。


魔族はゆっくりと視線を巡らせる。

そして、ぴたりとマナに向いて止まった。


ーー見抜かれた。


髪飾りで染めた、髪や瞳も意味をなさない。

偽りの姿など、彼らの前には仮面にすぎない。

そう告げるような、冷たい視線だった。


背筋が冷えた。

魔族の口角が、不気味なほど吊り上がる。


「魔神様の敵、見つけた」


低く落ちるような、選定するような声。


剣を握った騎士が、飛び出した刹那。

マナに向けて、黒々しい腕が振られた。


放たれたのは、禍々しい闇。

それは槍のように、一直線に宙を抜ける。

マナが剣を掲げた瞬間、空中で止まった。


闇は弾けるように、空気を侵し、瞬く間に円を描く。


「マナ!!」


マナは、動かなかった(・・・・・・)


ただひとりを隔絶するように、広がる闇。

そこであれば、視線など気にせず力を使える。


けれど、彼はそんなこと知る由もなかった。


ーーいや、知るために動いたのかもしれない。


「殿下ーー!?」


先生よりも、騎士よりもずっと速く。

マナに手を伸ばしていた。


帷は降り、ふたりを冷たく包み込む。

誰かの泣き声も、揺らめく灯も、すべてを絶つように。

闇のドームが、完成した。


重くて、暗くて、冷たい。


光が入らないのに、突き刺す気配だけはある。

僅かな輪郭さえも、視界の端には映らない。

目を開けているのか、閉じているのかも、わからない。


息を吸うたびに、まるで泥を飲むような不快感。

手を握るたびに、まるで霧を掴むような虚無感。


「・・・マナさん?」


すぐ近く、息遣いさえ聞こえる距離。

柔らかい声だけが、暗闇の中で位置を保つ。


「・・・殿下、ご無事ですか?」

「はい。マナさんも無事で、よかった」


いつもの、イタズラっぽい笑みを思い出す。


瞬間、氷柱(つらら)のような鋭い視線が走った。

サフィールは、バリアを展開した。

闇の中でも、光の膜だけは姿を現していた。


パキン、と澄んだ音が響いた。

闇の奥から放たれた、黒い斬撃が微音を立てる。


激しい衝撃が、バリアを砕いた。

光の欠片となって、散っていく。

サフィールは小さく、息を呑んだ。


「っ・・・!」


暗闇に覆われている中、敵だけが視認できる。

どこから攻撃が来るのかも、わからない。


マナは歯を食いしばる。


ーーやっぱり、ひとりだったなら。


星光で照らせば、敵の位置を暴き出せる。

星の力を使えば、魔族程度すぐに倒せる。

“星姫”であることを、隠していなければ。


誰もが期待し、崇め、畏れる存在。


もし知られれば、“マナ”の生活は終わる。

友達も失い、普通は潰え、全部壊れてしまう。


けれど、休む間もなくニ撃目が襲う。


「くっ・・・!」


サフィールの声が、少し苦しげに聞こえた。

頭上から迫った槍のような闇を、受け止める。


バリアは、展開された瞬間に軋み、砕ける。

光の欠片が、星屑のように煌めいた。

闇の衝撃が、彼の肩を掠めた。


サフィールの身体が、少しふらつく。


「殿下!」


マナは手を伸ばし、そっと触れる。

熱を持っているのか、少し熱かった。


まだ浅い傷だろうが、このまま続けばーー。


息を整えながら、彼は微笑もうとしていた。

苦しげな声で、言葉を紡ごうとした。


「僕が護ります」


心臓が跳ねて、けれど同時に痛んだ。


どうして、そんなふうに言えるの。

素性もしれないのに、偽り続けているのに。

護られる資格なんて、あるはずもない。


脳裏に、幼き日見た光景がよぎった。


ーーお母さん、かわいそう。


また、何かを壊したら。

また、誰かを傷つけたら。

また、拒絶されたら。


闇の向こうから、魔族の嗤う声が響いた。


「よく耐えた」


生徒たちの声は、何も聞こえなかった。

隙間もなく、一筋の光さえも通らなかった。


「だが、もう終わりだ」


一瞬、音が消えた気がした。

時間がゆっくりになったような。


近づいてくる魔族の気配、腕を伸ばすサフィール。


逃げたい、諦めたい、捨てたい。


でもーー


彼まで失うのは、嫌だから。


震える指を、ぎゅっと握りしめた。

両手を並べて、一歩前へ歩いて、言った。


「殿下」


サフィールの気配が、揺らいだ。


「・・・信じても、いいですか?」


彼が、いつものように笑った気がした。

迷いのない答えが、すぐに届いた。


「はい」


悩む間も、疑いも、不安もない。


だから。


マナの手のひらに、微かな星が灯った。

闇を吸い込むように、膨れ上がって。


弾けるように、奔流となって溢れた。

白銀にも碧にも近いような、神秘的な輝き。

マナの指先から、円を描くように流れ出す。

闇に塗りつぶされていたドームを、星光で満たした。


濁った空気が、星に灼かれ潤う。


太陽のように照らされた奥、影が佇んでいた。

忌々しげに、視界を遮ろうと腕を伸ばしていた。


「・・・星姫」


一瞬、心臓がドクンと鳴った。


サフィールは、息を呑んだ。

驚きを隠せない横顔には、恐れはなかった。

ただ、倒すべき敵を見つめていた。


マナはほんの少し、ためらった。

けれど、彼の隣に立つことを選んだ。


「ふたりで倒しましょう、マナさん」

「はい・・・!」


魔族が床を強く蹴り上げた。

手のひらで黒い霧が形を成し、剣となる。


先ほどまではわからなかった軌道も、鋭い立ち回りも、星光に照らされた中では鮮明だった。

マナは大きく、手を振った。


星屑の煌めきが、矢のように魔族へ降り注ぐ。

魔族の黒い刃とぶつかり、互いに打ち消される。


「殿下、右から攻撃してください!」

「了解!」


星光が列を成して連なり、ひとつの鎖になった。

星輪が魔族の脚に絡みつき、動きを封じる。


サフィールが横へ回り込み、光弾を放つ。

魔族の背に着弾し、身体がのけ反った。

マナは小さな隙を、見逃さない。


床を思い切り踏みつけ、跳び上がる。


迷いを捨てたいま、縛るものは何もない。

軽やかに、澄み渡った力を収束し、刃を成す。


星光で形作られた剣は、一直線に突き立つ。


魔族の胸を、貫いた。

紫の瞳が見開かれ、声を発することはなかった。

身体は砂のように崩れ、塵のように舞い散った。


一瞬、ドームを静寂が満たした。


次の瞬間、黒い壁にヒビが走った。

支配者がいなくなり、保てなくなったのだろう。

頂点から、黒い粒子が流れていく。


一筋の光が、中央に注いだ。

生徒たちの声が、だんだんと大きくなる。


サフィールは、まっすぐにマナを見た。


いつもの黒髪黒目のマナ。

けれど、先ほどの星を纏う姿は、偽りじゃない。


名残惜しむように、彼は静かに問いかけた。


「・・・また、会えますか?」


皇太子らしくない。

ただひとりの少年のように、小さい声だった。


マナは少し視線を伏せ、それから答えた。


「・・・修学旅行後の休み、星森で待っています」


彼の表情が、柔らかくほどけた。

同時に、黒い破片は最後のひと粒まで、霧散した。


呆然と見つめる、生徒と先生。


ひとりだけ、カメラを揺らして駆け寄った。

安堵の表情と、暖かい腕を広げて。


「マナ〜!」


マナは慌てて、いつもの笑顔を浮かべる。


胸の中では、絶えず星光が揺れていた。

けれどまだ、彼女たちに明かすことはできない。

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