第22話 確かな違和感
柔らかな朝陽が、カーテンを透かしている。
いつもの騒がしさがなく、山の静寂に満ちていた。
いつもの城とは違って、騒々しさがない。
胸の締め付けられるような、不安や緊張もない。
安心していたのか、よく眠れた気がする。
「ノエル〜、朝ごはんなに?」
「寝ぼけたふりはやめてください、殿下」
「少しくらいいいじゃんね〜」
サフィールは口先を尖らせる。
呆れた表情をする親友に、どこか懐かしさを感じる。
周りを気にせず、ノエルと話せるのはいつぶりか。
思考を巡らせていると、ひとりの少女が浮かぶ。
朝陽に覆い隠された星が、どこか彼女を思わせた。
サフィールは服を着替え、扉を開けた。
自分だけに用意された、特別な部屋。
周りとの距離が、どれだけ広いものかわかる。
朝食は食堂でゆっくり食べた。
生徒たちの明るい声に、どこか安心感がある。
「それでは皆さん、グループごとに乗ってください」
行動班それぞれで、ロープウェイに乗り込んだ。
山頂へ向かい、そこで昼ごはんを食べる予定だ。
なだらかな山なので、あまり寒くはない。
サフィールの隣には、マナが座っている。
窓の外を眺めながら、楽しそうに話していた。
「マナ、ほら鹿だよ!」
「ほんとだ、可愛いね」
鹿を眺める姿に、星獣の森を思い出す。
ソフィから、マナが鹿と仲良くなったと聞いた。
遠くから見つめていた鹿が、マナに話しかけられた途端近寄ってきたらしい。
ーー不思議だな。
ゴンドラに揺られながら、ぼーっと見ていた。
ふと、マナが振り向き、目が合った。
ひらひらと手を振ると、彼女は慌てて鹿に目を戻す。
なぜだろうと考えていると、ロープウェイが到着した。
それぞれ降り、あとは頂上まで歩くのだ。
先生の後ろに並び、なだらかな坂を登っていく。
「ノエル、昔を思い出すよね」
「・・・はい」
「丘の頂上までかけっこして、いつも僕の勝ち」
「殿下は空飛んでズルしてましたけど」
「ズルじゃないよ、僕の力だもん」
サフィールはふっと笑い、親友は呆れた表情。
「天の力」は空を飛ぶこともできる。
幼いころはよく、そうしてズルしていたものだ。
覚えてくれている、それだけで少し嬉しかった。
すると、ソフィが駆け寄ってきた。
「殿下もそうやって、ズルすることもあるんですね〜」
「・・・ニヤけてますよ」
「だって、意外だもんね〜。マナ」
ソフィに手を引かれて、隣に来る。
けれど、キョトンとした表情で言った。
「え、むしろ殿下らしくない?」
サフィールは、少し目を見開いた。
彼女の中で自分は、そんなイメージらしい。
それがなんだか、とても嬉しかった。
「ふふ、相変わらず容赦ないですね」
「あ、すみません・・・心でしか思ってないです」
「心以外のどこで思うんですか」
「・・・頭とか」
とぼけて見せるマナに、笑みが溢れる。
隣でカメラを鷲掴みにするソフィ。
気苦労の止まなそうな、けれど見守るノエル。
修学旅行というものが、楽しいと思えた。
誰かと並んで歩くこと。
何気ない言葉で笑い合えること。
小さな当たり前だけど、自分には一番遠いものだとーーあの日失ったものだと、ずっと思っていた。
その瞬間、陽光が厚い雲に遮られた。
ひと雨来そうな、どんよりした空模様。
「降ってくる前に山荘に行けるといいな」
「さむっ・・・」
マナが軽く身震いした。
確かに陽がない山頂は、かなり冷える。
サフィールは予備の上着を出し、マナに渡した。
「・・・え、いえ、私は大丈夫ですから」
「僕の力を込めました。試しに着てみてください」
陽光のような、暖かい光を込めた。
マナはそっと、それを羽織る。
「・・・暖かいです。ありがとうございます」
「よかったです」
羨ましそうな女子と、一部の男子たち。
それとは対照的に、マナの表情はどこか不安げだ。
声をかけようとした、その瞬間。
ふもとの方に、何かがうごめいた気がした。
生い茂る木々に隠され、よく見えない。
サフィールは、ノエルに耳打ちした。
「もし何かあったら、僕より生徒を護ってね」
「・・・それはできません」
「お願い、ノエル」
真剣な表情に押されたのか、ノエルは静かに頷いた。
ありがとう、と笑顔を見せる。
親友の気持ちもわかるが、優先したいことがあった。
少しして、山の頂上に到達した。
皇都はとても遠く、雲も相まって見えなかった。
ふもとのホテルは、小さいけれど確かにある。
遥か彼方には、天を衝くような巨大な山影が見えた。
隣国、星焰連邦国にある、サフィアス1の活火山だ。
標識が立っているので、その前で集合写真を撮る。
ソフィがお願いし、フィルミナもカメラを構える。
上手く並んで、自由なポーズをとった。
「はい、チーズ!」
パシャリと音がなり、写真が数枚撮られた。
風に遠くからの、鐘の音が混ざる。
正午を告げる、ホテルに設置された鐘だ。
生徒たちは山荘に入り、それぞれの机に腰掛ける。
先生の合図とともに、お弁当を広げ始めた。
暖房が効いていて、とても暖かい。
マナが軽く服を引っ張ると、そっと上着を差し出す。
「殿下、上着ありがとうございました」
「・・・はい」
手渡された上着が、ほんの少し煌めいて見えた。
別に、感情からくる錯覚とかじゃない。
なぜか心で、そう言い訳して鞄にしまった。
煌めく光は、そうーー
まるで、星のように小さかった。
サフィールは、席についてお弁当を開いた。
身に染みつけられた作法。
完璧な立ち居振る舞いと、勉学や運動。
皇太子という立場が、強く思わせるもの。
(あの頃は、ここにいるなんて思いもしなかったな)
親友とこうして、遠く離れた関係になることも。
ゆっくり食べながら、マナたちの会話に耳を傾けた。
「ソフィったら、写真撮ってないで食べようよ」
「ふぁいふぉーふ、ふぁへへふはは」
「言葉になってないよ・・・」
食事を口に放り込み、カメラを連写するソフィ。
公爵令嬢なのに、作法のかけらも気にしない。
その自由さが、少し羨ましかった。
フィーユが作法を気にして、何度も声をかける。
けれどソフィは、カメラを手放さない。
マナは小さく笑いながら、食べていた。
いつもの横顔に、なぜか心臓が軽く跳ねていた。
サフィールは、なんとなくノエルに話しかけてみた。
少しだけ、ちょっかいをかけたくなった。
「ノエル。今日のデザート、チョコケーキだって〜」
ノエルの肩が、ぴくりと動くのがわかった。
サフィールは、ニヤリと口角を上げる。
「・・・そうですか」
「嬉しいのかな〜?相変わらずのチョコ好き〜」
「余計なお世話です・・・」
ノエルの頬を、指でつついて言った。
専属護衛として、丁寧な言葉が返ってくる。
昔ならきっと、もっと笑ってくれた。
今だけでいいから、親友に戻らせてーー。
叶わないことも、不相応だともわかっている。
それでも、小さく願いながら、笑顔を浮かべた。
しばらく食べて、食事の時間が終わる。
先生に合わせて挨拶し、山荘の方々に感謝する。
その瞬間ーー
パキッと乾いた音が響いた。
厚い雲が覆う空に、一筋の光が走る。
雨は降ってこないが、冷たい風が吹きつけた。
途端に、鳥が一斉に飛び立った。
何かから逃げるように、慌てるように。
地面が微かに、震えたような気がした。
足元に薄く霧がかかり、どこからか音が聞こえる。
ふもと側から、影が見えた。
ひとりの人が、焦ったように駆け寄る。
「どうしました?」
ホテルの人は、息切れしそうながらも深呼吸をする。
小刻みに震える手を、ぎゅっと握って言った。
「ハウナエレです!お逃げください・・・!」
一瞬にして生徒たちの間に、悪寒が駆け抜けた。
同時にサフィールの胸の奥が、強くざわめいた。
まるで、これから訪れる変化を告げるように。




