第21話 修学旅行の始まり
「行ってらっしゃい、マナ」
少し俯き気味に、手を振るセフィリア。
笑顔を浮かべているけれど、指先は少し震えていた。
何か言おうとして、声にならず口を閉じた。
マナは笑顔で、手を振り返す。
絶対に帰るから、安心してね。
そんな想いを込めて、言葉を紡いだ。
「行ってきます」
マナは学園へ向けて、歩み始めた。
◯
マーラプア学園の前には、バスが4台停まっている。
特級クラスのバスは、最後尾だ。
バスの周りには、数台の護送車が待機する。
マナは先生に挨拶し、荷物を預けた。
そして小さめのリュックを背負い、車内へ。
すでにソフィやフィーユ、サフィールたちがいた。
「マナ、おはよう!」
「おはよう、ソフィ、フィーユ」
「楽しみだね、修学旅行!」
修学旅行ーー
学生なら、ほとんどの人が胸を躍らせるだろう。
バスの車内は、さまざまな会話が飛び交っていた。
お菓子はいくつ持ってきた?
本当にゲーム持ってきたの?
夜は部屋で菓子パしようね!
期待に胸が膨らむ生徒たち。
先生がいないうちに、秘密の計画を立てる。
マナはふと、通路を挟んだ隣の席に目を向ける。
そこには、笑顔でノエルと話すサフィール。
マナに気づくと、手を振ってくれた。
「楽しみですね、セレスティアさん」
「はい」
サフィールの言葉には、嘘偽りないように感じた。
修学旅行は、皇子にとっても嬉しいものなのだろう。
しばらくして、全生徒がそろった。
先生が点呼を取り、バスのドアが閉まる。
わくわくが胸を支配する中、いよいよ出発だ。
バスが高速道路に乗ってからは、自由時間。
お菓子も食べていいし、車内で映画も流れる。
生徒たちはみんな、大はしゃぎだ。
普段は小言の多い先生も、今だけは目を瞑る。
マナも少し、楽しさを感じた。
「マナ、お菓子交換しよう!」
「いいよ、フィーユもどう?」
「わたしは、お菓子を持って来れなかったから」
遠慮するフィーユに、ふたりは声を合わせた。
「なら、私のお菓子をあげる!」
少し心を揺さぶられたのだろう。
フィーユは遠慮がちに、手を伸ばした。
窓の外の景色が、だんだんと移り変わる。
ビルの聳え立つ街中から、木々の生い茂る森へ。
2時間と少しの時間を経て、山中のホテルに着いた。
特級クラスのバスが到着した。
生徒たちはバスを降り、荷物を手に取りホテルへ。
「すっごく豪華なホテルだね」
「え、あ、確かにそうかも?」
マナの一言に対し、ソフィが少しどもった。
公爵令嬢にとっては、豪華が“普通”なのかも。
フィーユは少し、ぎこちなく見回していた。
チェックインを済ませたら、部屋へ向かった。
マナたちの部屋は、4人部屋だ。
サフィールだけ、特別な部屋を用意されている。
荷物を置き、整理したら外に出る。
「それでは、森の散策へ行きましょう」
「「「はい!」」」
生徒たちは、明るい返事を返した。
ノートやシャーペンなどを手に、歩き出す。
6人の行動班を組み、森の中へ。
マナ、ソフィ、フィルミナ、フィーユ、サフィール、ノエルが班になっている。
さわさわと柔らかい音を鳴らす葉。
枝の隙間からは、星の欠片のような光が注ぐ。
揺れるたびに形を変え、夏の陽を和らげる。
涼やかな風が、肌をそっと撫でていった。
ーー静かだな。
夏なら定番の、蝉の鳴き声が聞こえない。
小鳥のさえずりも、カエルの合唱も響かない。
それこそ肝試しにぴったりなほどの、静寂だ。
「蚊に刺されないのはいいけど、ちょっと不気味〜」
「そうだね。動物たちもいないなんて・・・」
真面目にレポートを書いているフィーユ。
けれど、動物がいなくては観察する対象も限られる。
足跡や、落ちている羽だけを観察していた。
サフィールも、どこか警戒しているよう。
剣に手をかけたまま、隣を歩いていた。
そのとき、フィーユが声をかける。
「みんな、ちょっと来てほしい」
「どうしたの?」
「ほらこれ、なんの足跡だろう?」
指先が示す地面を見ると、一際大きな足跡。
熊というには少し小さい気もするし、形が違う。
サフィールも、まじまじと見た。
優しい音を立てる木にも、爪痕が残されていた。
足跡は奥まで続いているが、途中でかき消されている。
マナは少し、背筋が震えた。
「あれ、ここどこだっけ・・・」
ソフィが、小さくつぶやいた。
地面を見ていたせいか、進路を見失った。
けれど誰も焦ったりはしない。
「こういうときこそ、ケレポナの出番」
ソフィがそう言って、ケレポナを取り出す。
マップを開けば、現在地もホテルもわかる。
文明の力というやつだ。
「そろそろ戻ろっか〜」
「そうだね。スケッチも取れたし帰ろう」
「うん」
6人は並んで、ホテルへ向けて歩き出した。
マナは森を出る直前、ふと振り返った。
夕陽を受けた森は、どこか暗くて深かった。
まるで森の奥に、底知れない闇があるような。
マナは目を逸らし、ホテルの中へ入った。
部屋でレポートをまとめたら、夕食の時間。
バイキング形式で、並べられたご飯を皿に取る。
飲み物も種類豊富に用意され、ご馳走だ。
「星姫様に感謝の祈りを」
生徒たちの自分に対する祈りを聞き、食事を終えた。
満腹になったら、部屋付きの風呂場でシャワー。
湯船を沸かすことはダメらしい。
あまりゆっくりする間もなく、出た。
夜はみんなお楽しみの時間がやってくる。
「せーの、キャンプファイヤー!!」
掛け声と同時に、炎が灯る。
火花の散る音が、パチパチと響く。
夜なのに空気は暖かく、明るいのに星が見える。
願うように手を組む者、楽しそうに踊る者。
星祭りとはまた違った、楽しさがある。
お菓子を広げ、子どもたちだけの楽園が広がる。
「マナ、手繋ごう!」
ソフィから差し伸べられた手。
そこに自分の手を重ねることに、迷いはなかった。
反対の手を、差し出すことにも。
「フィーユも、一緒に」
「・・・うん」
フィーユはまだ、迷いがあるようだった。
けれど手を重ねてくれ、そのまま他の生徒たちへ。
炎を囲み、ひと繋ぎの輪になる。
楽しい修学旅行の1日目も、これで終わり。
けれど明日もまた続くからーー。
「なんてね!大切な夜イベがあるよ!」
ベッドに座ったソフィが、そう言った。
フィルミナがカメラを持ち、グッドポーズ。
マナとフィーユは、何かを察した。
「もしかして、恋バナ?」
「そのとーり!!」
嬉しそうに手をバタバタさせるソフィ。
マナは少し呆れ、微笑みが溢れた。
「マナ、殿下とはどうなの!?」
「えっ?な、なんで殿下なの?」
「ふふ、なんとなくわかるよ〜」
ニヤけるソフィに、少し焦ってしまう。
鼓動が少し、速くなった。
名を呼ぶ声が、頭の中でぐるぐる回る。
なんとなく、自分でもわかっている。
友情だけではない、別の何か暖かい想い。
でもそれを悟られるのは、少し気恥ずかしい。
マナは軽く手を振って、誤魔化そうとした。
すると、フィーユがつぶやく。
「別に、いいことだと思うけどね」
自分でも驚いたのか、ベッドに潜り込んだ。
マナは少し微笑んで、言う。
「ありがとう、フィーユ」
ほんの少しだけ、心の中で不安に思っていた。
「星姫」が、誰かに想いを寄せてもいいのか。
もしかしたら、相手を不幸にするかもしれない。
それでも、せめて“マナ”であるうちはーー。
窓の外を見上げた瞬間、雲が少し揺らめいた。
何かが目覚めるような、微かな地響きがあった。




