↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星姫 〜天の星、地の人〜  作者: 猫様のしもべ
第2章 出逢いの彩る学園生活
PR
21/37

第20話 星に祈りを捧げる夜

7月7日──

星祭りの日が訪れた。


皇立マーラプア学園の、伝統行事。

星祭りは夜のダンスパーティとして、行われる。


太陽が地平線の下へ、降りてゆく。

空には、ひとつふたつと、星が煌めき始める。

涼やかな風が頬を撫で、夜の街に静けさが宿る。


マーラプア学園も、いつもとは雰囲気が違う。

昼間の騒がしさがなく、どこか穏やかに感じる。


「マナ、こんばんは!」

「ソフィ、フィーユ。こんばんは」


1年特級クラスは、女子更衣室となり、華やかな空気に満たされていた。

マナも机に鞄を置き、中からドレスを取り出す。


青を基調としたドレスは、レースがふわりと揺れる。

裾に星の刺繍が散りばめられ、星空を包み込むよう。

胸元にはペンダントが、小さく煌めく。


「マナの髪は、私が結うから!」


ソフィがそう宣言し、マナを座らせた。

慣れた手つきで、髪を梳き、編み込んでまとめる。

星と花が織り交ぜられた、髪飾りでそっと留めた。

その上にいつもの髪飾りも、優しく重ねた。


「完璧!世界一可愛い!」

「えっと、ありがとう」


鏡に映された自分の姿は、ほんの少しだけ、星姫に近づいているようにも感じた。

でもソフィがベタ褒めするので、くすぐったい。


フィーユもすでに、着替え終わっていた。

深い緑のドレスに、彼女の瞳を映えさせる。

普段とはまた違った、可愛さが溢れていた。


「フィーユ、可愛いね!」

「ありがとう。マナもとても……似合ってるよ」


少し、笑顔がぎこちなかったかもしれない。


ソフィは自分の準備を後回しにしていたようだ。

大急ぎでドレスに袖を通し、器用に髪を整える。


薄い紫色のドレスに、ラベンダーの髪飾り。

仕上げにくるっと、一回転して満足気に笑う。


「よし!星祭り、楽しもう!」


学園の大鐘が、時を告げる。

これが鳴らされるのは、星祭りのみなんだとか。

マナたちは扉を開け、廊下に出た。


すると隣の教室も扉が開く。

ここは男子更衣室だったので、正装に身を包んだ男子生徒たちが出てきた。


「か、かっこいい……」


女子と数人の男子が、見惚れる相手。

青い布地に、金の刺繍が鮮やかに映える。

本人は少し不満そうな表情の、サフィールだ。


マナは一瞬、サフィールと目が合った。

けれど思わず、逸らしてしまった。


(まだ、ちょっと気まずい……)


ほんの少し、かっこいいと思ったのかもしれない。

けれど同時に、あの日言えなかった言葉が、胸の奥に残されていた。


マナたちは言葉を交わさず、廊下を歩む。

夜の学園は少し不気味にも、感じる。

けれど夏の暑さも穏やかで、過ごしやすい。


1階のガラス扉をくぐった先には、中庭がある。

夜の闇の中、一際輝く中心のクリスタル。

植えられた花壇や木は、星灯が飾り付けられている。

足元の石畳は、微かに光を放っている。


「わぁ……幻想的だね」


マナは思わず、そうつぶやいた。

ソフィやフィーユも、目を奪われている。


端に置かれたステージには、管弦楽部が並ぶ。

演奏するのは、穏やかなダンス曲。

木の下や隅っこに、人の輪ができている。

踊りたくない人は、教室から見るだけもできる。


管弦楽部が、音楽を奏で始める。

何人かの男女が、ペアを組む。

ダンスのパートナーは、その場で決められる。


「とても綺麗だね」

「うん。ソフィは踊らないの?」

「私は写真を撮ることにとても忙しいのよ」


ソフィはカメラと三脚を、セットする。

マナはほのかに笑ってしまう。


その時、周りからわぁっと声が聞こえた。

学園で1番の美少女、クオーレがダンスを踊る。

視線も拍手も、全てが彼女に集まる。

その様子を、フィーユは静かに眺めていた。


けれど、俯いてしまった。


「マナ、ソフィ。わたしは教室に戻るね」

「……わかった。また後でね」

「うん。2人は楽しんで」


フィーユはそう言い残し、教室へと歩んだ。

何も、かける言葉が見つからなかった。


あの日のあと、4年生の剣術大会が行われた。

そこでクオーレは、優勝を収めた──。

どんな言葉を、視線を、向けられたのだろう。


マナはほんの少し、息をついた。

空を見上げると、小さな星々が煌めいている。

手を伸ばそうとした、その瞬間。


「踊らないんですか?」


なんだか、久しぶりに聞いた気がした。

金の刺繍が、月明かりに照らされる。

いつの間にか、サフィールが隣に立っていた。


マナは少し息が詰まり、声が出せなかった。

その瞳は剣を交えた日と同じ、綺麗な碧色。


「……殿下」


サフィールはいつもと同じ、丁寧な笑顔。

けれどどこか、視線が泳いでいるように見えた。


少しだけ、沈黙する。

柔らかな音楽だけが、2人の間を流れた。


本当なら、おめでとうと言うはずなのに。


「セレスティアさん、僕と一曲、いかがですか?」


マナは一瞬、言葉を失った。

疑問が浮かぶより先に、胸が少し跳ねた。


そっと差し伸べられた手が、微かに震えていた。


カメラにしがみつくソフィに、思わず視線を向ける。

迷う感情の逃げ場を、求めるように。

けれどソフィは、グッドポーズだけ返した。


「……私で、よければ」


かなり小さな声で、答えた。

サフィールの手に、自分の手を重ねる。


星へと伸ばそうとした手は、人の手を握っていた。


それがなんだか嬉しくて、笑みが溢れてしまった。

サフィールもまた、優しい微笑みを浮かべた。


「ありがとうございます」


会場の中心へと、ゆっくり歩む。

隣の存在に視線が集まり、少し気恥ずかしい。

けれど不思議と体が、軽かった。


とても、静かだった。

まるで2人きりの空間だけ、切り取られたように。


サフィールは視線を逸らし、小さく、声をかける。


「……マナさん、とても、綺麗ですね」


褒め上手な皇子とは思えないほど、声が硬かった。


マナは胸がきゅっと、熱くなるのを感じた。

考えるより先に、言葉が溢れた。


「殿下も、お似合いですよ」


マナはそれを言ってすぐ、顔を赤らめた。

もう少し表現をぼかすべきだったかもと、思う。


けれどサフィールは、嬉しそうに笑った。


「……ありがとう」


いつもの丁寧語が、今だけ、なかった。

それだけの会話なのに、心のモヤが晴れた気がした。


手を引かれて、ぎこちなく一歩踏み出す。

柔らかな音楽が流れ、星灯が小さく揺れていた。

石畳を移動するたび、コツン、と靴音が夜に溶ける。


くるりと回り、ステップを踏む。

サフィールの丁寧な導きに、体が自然と動く。


「殿下、剣術大会の時……すみませんでした」

「謝らなくていいですよ」


ずっと、胸につかえていたこと。

サフィールの優しさに、甘えてしまった。


それでも彼は、笑顔で答えてくれる。


「僕は、あの試合が好きです」


マナは俯きかけた顔を、あげる。


「なぜ……?」


思わず、答えを求めてしまう。


サフィールは一瞬、視線を落とした。

そしてまっすぐ目を見つめ、言った。


「あなたの想いがまたひとつ、わかったから」


胸がドクンと、音を立てた。


その瞬間、音楽が止まった。

サフィールも、そっと手を離す。


ほんの少し、心細くなったような気がした。

さっきまで繋いでいた手が、急に遠く感じた。


「……ありがとうございました」


ドレスの裾を持ち上げ、頭を下げる。

サフィールも胸に手を当て、礼をした。


それぞれ反対方向へ、歩いていく。


マナは、ソフィの隣に戻った。


「マナ、可愛かった!写真100枚は撮ったよ!」

「撮りすぎじゃない?」

「だってあまりにも可愛くて!」


ソフィが撮った写真を見せてくれた。


そこに映るのは、手を取り合う自分と、サフィール。

高性能カメラが、頬の赤らみまで収めている。


「殿下には見せないでね」

「え〜?あとでプリントして渡す予定だったのに〜」


口を尖らせるソフィの隣で、マナは空を見上げる。

夜はまだまだ長く、星は輝き続ける。


ほのかな夜風が、髪を揺らした。


手を伸ばさなくても、星はそこにある。

マナは心の中で、ふと思った。


(このまま“星を見上げる側”でいたいな……)


いつか、“見上げられる側”になってしまわないかと、不安に胸が痛くなる。


でも今日だけはせめて、見上げていたいと、願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。