第19話 剣を持ち、強さを競う 後編
〜前回のあらすじ〜
マーラプアの一大行事、剣術大会が幕を開けた。
次々に試合が行われ、限られた者のみ勝ち残る。
そしてとうとう、マナの出る準決勝が近づいてきた。
剣を振るうだけなのに、心が重くてーー。
昼ごはんを食べ終え、友達と別れる。
マナはお母さんに、そっとペンダントを渡した。
階段を降りて、廊下をゆっくり歩く。
緊張なのか、不安なのか、手に汗が滲む。
剣が手から滑り落ちそうになる。
「お昼休みが終わりました。皆様、ここからが本番ですよ!」
司会の明るい声が響き、会場から歓声が聞こえる。
天高く昇った陽が、だんだんと降り始めた。
一歩、また一歩と、会場の中央へ歩みを進める。
奥に見える人影は、俯きがちだけれど、逃げない。
司会が声高らかに、名を読み上げた。
「準決勝!フィーユ・ラピュセルVSマナ・セレスティア!!」
観戦客の歓声が、ドーム内を満たした。
マナは剣を握るものの、構えることができなかった。
ただ目の前の存在を見つめ、声を出せずにいた。
心の中に、ひとつの迷いが渦巻いていた。
胸の奥に“手加減”というひと単語が浮かぶ。
その瞬間ーー
フィーユは静かに、口を開く。
震えない声で、揺れない瞳で。
「マナ、わたしは本気でやるよ」
マナは自分の考えを、否定した。
そして剣を強く握り、構えた。
手加減された勝利は、フィーユにとって最大の否定。
優しさじゃない。
フィーユを、見下すのと同じだ。
「準決勝、第1戦ーー開始!」
深く息を吸って、前へ飛び出した。
キィンッと耳を突き刺すような音が響く。
フィーユの剣は、真っ直ぐだった。
迷いなく、隙間もなく、斬り重ねる。
力任せでも、諦めでもない、剣裁き。
(速い・・・し、強い)
マナは半歩後ろへ退がり、剣を持ち直す。
砂埃が軽く舞い、戦場の雰囲気を思わせる。
フィーユは地面を強く蹴った。
アニメで観るより、ずっと濃い剣の音。
その剣先に、勝たなければという思いはなかった。
けれど、勝てないという諦めでもなかった。
(優しくないけど、逃げてない)
マナは深く踏み込み、真正面から剣をぶつける。
甲高い音と共に、衝撃が腕から伝わった。
その剣撃には、いくつもの重さが乗っていた。
フィーユが背負ってきた、悲しみも、虚しさも。
比べられた痛み、背けられた眼差し、独りの時間。
全部、強く振られたこの剣に、乗っている。
だからこそーー
マナは、剣を振った。
躊躇いも、迷いもない、一撃。
“友達”に真っ直ぐ向き合った。
「なんか、暖かいね・・・」
観客が固唾を飲み、1人がつぶやいた。
マナの剣先は、フィーユの胸の前で止まった。
風も、声も、全て止まったように感じた。
「・・・勝者、マナ・セレスティア!」
司会の声が、ドームを包んだ。
フィーユの振り上げられた剣が、ゆっくり降りる。
マナは何を言ったらいいのか、わからなかった。
ただ手を伸ばして、固まっていた。
「・・・ありがとう」
フィーユは小さな声で、つぶやいた。
それでも、伝わる言葉だった。
会場が柔らかい拍手に包まれる。
フィーユは少しぎこちなく、背を向けた。
マナだけが、何も言えなかった。
席に戻り、疲れた体を癒やす。
冷たいお茶を飲んで、飴を口に放り込んだ。
準決勝、第2戦はサフィールが勝った。
相手方もかなり強かったが、さすがは皇子。
マナはそれを見届けて、席を立つ。
「さぁ、剣術大会もいよいよクライマックス!」
司会の声が、逃げ道を塞ぐ。
“手加減”の一言が、より鮮明に思い浮かぶ。
相手は皇子なのに、勝ってしまったらどうなる?
聡明なサフィールに、「星姫」だと気づかれない?
また、友達に怖がられない・・・?
とめどなく湧き起こる不安、疑問。
けれど試合は、時間は、待ってくれなかった。
「決勝戦、サフィール・レヴァ・ラニアケア殿下VSマナ・セレスティア!!」
正面に立つ、皇子ことサフィール。
ただ真っ直ぐ、こちらを見つめていた。
龍と星のチャームが付けられた、剣。
縦に持って、祈るように敬礼した。
「決勝戦ーー開始!」
声が響いた瞬間、サフィールは踏み込んだ。
マナは半歩退がって、受け流す。
そして剣を半回転させ、斬りあげる。
サフィールは横に跳んで避け、斜めに斬りつける。
ふたつの剣が交わり、音と風だけが観戦客に届く。
けれど彼らが感じるものは、それだけではなかった。
「なんか、違くね・・・?」
マナの剣に対する、違和感。
剣先がどこか、ズレている。
隙もあるはずなのに、決着をつけようとしない。
マナの迷いが、躊躇いが、剣に表れていた。
サフィールは、何も言わない。
ただ青い瞳が、見つめていた。
まるで「自分で決めろ」と言うかのように感じた。
(殿下は強い・・・)
だから、自分が負けたって。
そう、何度も胸に浮かんでくる。
距離を詰めきれず、一歩離れてしまう。
サフィールの剣は、無駄がない。
速くて、正確でーー
マナに時間を与えているようにも、見えた。
観戦席が、次第にざわつき始める。
「あの子、騎士団長に勝ったんだよね?」
「殿下の方も、なんか・・・」
言葉が胸に刺さって、少し痛む。
勝ちたいわけではない。
負けたいとも思わない。
でも、少し怖かった。
その瞬間ーー
澄んだ音と共に、マナの剣が宙を舞う。
サフィールの剣が、振り下ろされる。
(負ける・・・)
避けることもできる。
なんなら剣を取って、反撃もできる。
けれどマナは、その選択をしなかった。
一瞬の静寂が、会場を占める。
「勝者、サフィール・レヴァ・ラニアケア!」
観戦席から拍手が湧き起こる。
けれどどこか遠くて、小さな音に聞こえた。
サフィールが一歩前へ出る。
マナの剣を拾い、差し出した。
マナは何も言わず、それを受け取る。
サフィールは微かに笑い、背を向けた。
チャームが小さく、キンッと音を出しただけ。
(・・・選べなかった)
負けたのは、足りなかったのは、力じゃない。
覚悟だけだった。
少し震える手で剣を握り、会場を後にした。
剣術大会は閉会式を行い、粛々と締められた。
マナはセフィリアたちと合流した。
人の流れが、学園の外へと向かっていく。
ふと振り返ると、星道具で張られたバリアが解ける。
目線の先に、セフィリアがいた。
「マナ、おつかれ」
セフィリアの笑顔が、ただ眩しく感じた。
マナは、うんとだけ返した。
お母さんも隣に立ち、柔らかな笑みを浮かべる。
「よく頑張ったわね、マナ」
優しい一言で、胸の奥にある痛みが和らいだ。
勝ったら、負けたら、どんな言葉をかけられるのか。
不安が深く絡み合って、剣より重かった。
マナは静かで、とても小さく、つぶやいた。
「選べなかった・・・」
ぽつりと声が溢れた。
セフィリアは少し首を傾げ、隣に立った。
ほんの少し、肩が触れる距離に。
「でもマナは、誰も傷つけなかったよ」
セフィリアの言葉に、マナは顔を上げる。
風が一筋吹いて、髪を優しく揺らした。
人の波はもう遠く、周りは静かになっていた。
マナはゆっくり、息をついた。
誰も傷つけなかったし、誰にも傷つけられなかった。
それがようやく、理解できた気がした。
「・・・ありがとう」
「うん」
振り返ると、校庭の上空に小さな星屑が残っていた。
ぱらぱら降り注ぎ、消えてゆく。
マナの脳裏に、友達の顔が浮かんだ。
「ちょっと待ってて。友達と話したい」
「わかった。ここにいるよ」
その一言が、胸に深く沈んだ。
ここにいるーーそれだけで、十分に思えた。
マナは駆け足で校庭へと戻った。
フィーユが1人、静かに帰り支度をしていた。
彼女を迎える人は、どこにもいない。
「フィーユ、少しいい?」
「マナ、どうしたの?」
緑の瞳に、小さな虚しさが映って見えた。
マナは少し息をついて、その目を見つめた。
さっき、フィーユに言おうと思って、言えなかった。
「本気で戦ってくれて、ありがとう」
彼女の剣から、強く伝わってきた。
今まで積み重ねたものを、本気でぶつけていた。
マナの迷いを、打ち払ってくれた。
フィーユは少し俯いたあと、顔をあげた。
「・・・うん」
ほんの少しだけ、微笑んだようにも見えた。
周りに人はほとんどいなかった。
夏の夕方はまだ明るく、陽が照らしていた。
マナたちは、そのまま別れを告げた。
それぞれの帰路につき、家へと歩んだ。
まだ少し迷いは残るけど、剣は軽いように感じた。
(殿下にだけ、何も言えなかったな・・・)
サフィールは迎えの車に乗り、すぐ帰ってしまった。
もうすぐ、星祭りが訪れる。
サフィールの誕生日でもあるその日に、何か話せたらいいなと、小さく思った。
今回は、ノエルの日記です。
6月27日(火)快晴
今日はマーラプアで、剣術大会が行われた。
サフィールは少し、不安そうに見えた。
なので朝食の時に、好きなオレンジジュースを出してみると、とても喜んでいた。
明日はきっと、レアチーズケーキの気分だろう。
学園へ着き、剣術大会が始まった。
前半は順調に勝ち進み、俺はサフィールに剣を向けられないので棄権した。
少し不満そうだったが、仕方ないことだ。
後半戦が始まり、マナ・セレスティアさんも大会に出場した。
やはりとても強く、フィーユさんにも勝った。
そして決勝にて、サフィールと戦った。
だがどうも、マナさんは戦うことを躊躇っていたようにも見えた。
結果、マナさんは回避をせず、サフィールの勝利。
サフィールは陛下に報告したが、いつもと同じ。
「去れ」との一言で追い返される。
サフィールは部屋に戻ってから、何も言わなかった。
けれど少し不機嫌なのは見てとれた。
ぶつぶつと小さな愚痴をこぼしていた。
だからチョコケーキを差し出したら、機嫌が治った。
でも俺はちょっと嬉しい。
サフィールが、俺のプレゼントしたチャームをつけて、戦ってくれたから。
明日も精一杯、支えよう。
お疲れ様、サフィール。
星が安らぎを、与えてくれますように。




