第18話 剣を持ち、強さを競う 前編
〜前回のあらすじ〜
剣術大会が息を潜め、生徒たちは心躍る。
マナは今大会において、特別枠に選ばれた。
人より程遠い、特別な星ーー。
夜空の名残りは、すでに朝陽に溶かされていた。
涼やかな風が吹き、黒い髪がさらりと揺れる。
「それじゃあ行こっか」
「うん!」
とても可愛い笑顔と共に、マナは扉を閉じる。
剣を腰に提げ、深く息を吸った。
マーラプアの剣術大会は、一般市民も観戦できる。
セフィリアとお母さんが相談した結果、目立たないように行こうという話になった。
お母さんと、セフィリアと共に道を歩む。
隣に誰かいるだけで、剣を持つ手が軽くなる。
「賑わってるね〜」
「ええ、楽しみだわ」
人の声が、重なって聞こえる。
笑い声、呼び込みの声、円陣を組む声。
流されるように、学園へと進む。
露店が並び、応援グッズが売られる。
保護者以外が、チケットを求めて列を成す。
小さな子供は、おもちゃの剣を掲げて楽しそうだ。
だが、人の声が減る瞬間もある。
こんなにも人が多いのに、誰とも肩がぶつからない。
理由はすぐにわかった。
マナたち3人に、視線が集まっていた。
それも主に、セフィリアへだった。
『マナが、すごく遠い存在みたい』
隣にいるはずなのに、どこか遠く感じた。
フィーユの言葉の意味が、わかった気がした。
周りの人たちが、無意識にか距離を取る。
誇らしいはずなのに、どこか剣が重かった。
(でも、セフィリアはここにいる)
セフィリアの笑顔を胸にしまい、前へと歩んだ。
学園のアーチをくぐり、中へ入る。
マナは教室へ行くため、一度別れた。
セフィリアもお母さんも、笑顔で楽しそうだった。
「マナ、おはよう!」
「おはよう」
教室に入ると、生徒たちが遠巻きに眺める。
だがソフィだけ、そばに来てくれた。
相変わらず、カメラと三脚を持参している。
その時、どこからともなく噂が聞こえた。
「なぁ、今日めっちゃ可愛い女の子が来てるってよ」
「マジ?クオーレ様より可愛いのか?」
マナは噂の渦中にいる存在を、すぐ思いついた。
ソフィもどうやら、わかったらしい。
「もしかして、今日セフィリアも来てるの?」
「うん。お母さんと一緒にね」
「やっぱり。すごい噂になってるね」
目立たないように、というのは無理だったらしい。
マナはなぜか、心が少し軽くなった。
自分より“特別”な存在がいるからかもしれない。
マナは剣を机に置き、先生を待つ。
◇
フィーユは俯き気味に、校門をくぐる。
手に持つ剣が、重くてならなかった。
人々の声がただ響き、何度も肩がぶつかる。
今日も朝から、2時間かけて学園へ着く。
フィーユの家は、とても遠かった。
教室の扉を開けると、ソフィが飛びついてくる。
「おはよう、フィーユ!」
「・・・おはよう、ソフィ」
いつも見せる、明るい笑顔。
公爵令嬢で、なんでもできて、「星の祝福」がある。
フィーユにとって、姉の次に身近な“特別”だった。
荷物を置くと、マナが歩いてきた。
「おはよう、フィーユ」
「マナ、今日は頑張ってね」
「・・・うん」
少し顔を曇らせるマナが、とても羨ましかった。
だから、目を逸らした。
特別枠なんて、姉でさえ聞いたことがなかった。
まるで星のように輝く、姉でさえーー。
いつも姉を見上げていた。
天に浮かぶ星を、眺めるように。
今日は剣術大会。
だが、フィーユの親は観に来ない。
別日に開催するクオーレの大会には、行くらしい。
「あ、先生来た!」
ソフィの言葉で、マナとソフィは離れる。
2人のことを嫌いになれたなら、どれだけ楽か。
フィーユは小さく、息をついた。
◇
先生が朝礼をし、説明を始める。
「さてと、剣術大会に関してですが。トーナメントの割り振りがされました」
先生はそう言いながら、黒板に大きな紙を貼る。
マナは準決勝から入るので、誰と戦うかわからない。
みんな食い入るように、その表を見ている。
「うわ、俺終わったかも」
「もしかして殿下に当たった?」
「そうだよ。棄権してもいいかな・・・」
そんな会話が、耳に入った。
棄権すれば、戦うことは避けられる。
先生が説明を終え、校庭へ出るよう促す。
夏が近づき、太陽の光がじりじりと照らす。
仮設で建てられた円状の観客席は、どの席からでも、校庭の中央で行われる試合が見える。
「どう考えても暑そうだよね・・・」
ソフィがそうつぶやいた。
先生に従い、観客席に座る。
一般客や保護者も、続々と集まる。
中央に学園長と、数人の先生が立つ。
マイクを手に持った学園長が、言う。
「1年生の皆さん、そして保護者の皆様。今日この日お越しいただき、ありがとうございます」
学園長は剣術大会の始まりを、軽く話した。
みんながハンディ扇風機を取り出し始めた時、先生がマイクを持ち直した。
「それでは、第122回剣術大会を、開催します!」
その声と共に、学園長は何かを掲げた。
星を模した形の、大きなクリスタル。
その瞬間。
星のクリスタルが、まばゆい光を放った。
観客席を取り囲むように、光の膜が展開される。
小さな星屑が、膜から零れ落ちる。
「星道具だ・・・!」
生徒のひとりが、驚きの声を上げた。
半透明の膜から、空を見上げる。
陽射しが柔らかくなり、刺すような熱が和らぐ。
神と女神が遺した「星道具」のひとつ。
毎年これを使って、パフォーマンスしているらしい。
1年生が初日なのは、これを見せるためだろう。
「それでは第1試合を行います!」
司会がマイクを手に、そう言った。
相変わらず、神学のアリシア先生だ。
第1試合が始まり、順調に進んだ。
予想していた通り、サフィールとソフィ、フィーユは残っていた。
人が次から次へと、入れ替わっていく。
けれどマナだけは、立つことすらない。
対戦者ではなく、観客だった。
(午後から来ても、よかったんじゃないかな・・・)
そう心に浮かぶほど、何もやることがなかった。
ドームの中は、陽射しこそ軽いものの、少し蒸す。
冷たい水筒のお茶を飲み、扇風機で涼む。
第2試合が始まった。
これもまた、サフィール、ソフィ、フィーユは残っていた。
そして第3試合が始まる。
司会の言葉に、注目が集まる。
「第3試合、第1戦!ソフィ・クレシェンテVSフィーユ・ラピュセル!」
歓声と共に、ソフィとフィーユが中央へ。
マナも目を向けずには、いられなかった。
ソフィは普段の笑顔だが、少し硬いようにも見えた。
フィーユは少し手を震えさせ、力を込めている。
ソフィが水色の剣を持ち、フィーユはただの鉄剣。
もちろん致命傷にはならない設計だ。
司会が中央から離れ、開始の火蓋を切る。
「第1戦、開始!」
その声と同時に、ソフィとフィーユは飛び出す。
キンッと乾いた音が、会場にこだます。
空気の振動が、観客席にまで伝わった。
無駄のない立ち回り、迫るような斬り上げ。
ソフィは半歩後ろに下がり、剣を構え直す。
次の瞬間、ソフィが剣をふるう。
間合いを読んだ踏み込みは、あくまでもフィーユ自身に剣先が届かないもの。
傷つけないように、でも甘くない一撃。
ーー優しい剣技だ。
ソフィの友達への想いと、剣の技術がわかる。
けれどフィーユは、躊躇いなく斬りかかる。
一撃、二撃と斬り込むたび、攻撃が速くなる。
勝たなければ、という思いだけが剣に乗っていた。
ソフィの表情から、だんだんと笑顔が消える。
間合いを保つのが難しくなり、剣先が当たりかける。
それでもソフィは、フィーユを傷つけなかった。
(ソフィ、フィーユ・・・!)
思わず手を組んだ、その瞬間。
フィーユの剣が、ソフィの剣を弾いた。
「・・・!」
フィーユの剣先は、ソフィの胸の手前で止まる。
一瞬の静寂が流れたのち、司会が声を出す。
「・・・勝者、フィーユ・ラピュセル!」
誰かが手を叩き、それに倣うように拍手が起こる。
歓声はなく、ただそれだけだった。
相手がフィーユだから、というのは少ない。
友達同士なのが、伝わってきたからだった。
すぐに回復の「星の祝福」を持つ救護班が駆けつけ、傷を治す。
フィーユは剣を下ろし、ソフィの剣を拾い上げる。
ソフィは一瞬苦笑し、言った。
「フィーユ、さすがだね」
「・・・ありがとう」
2人はそれ以上何も言わず、すれ違った。
毎年、友達同士の戦いは起きるらしい。
でもソフィとフィーユの戦いは、どこか心が痛んだ。
ライバルではなかったから、かもしれない。
マナは胸が締め付けられるような、思いがした。
「戦う」ことの意味が、突きつけられた気がした。
第2試合はその後も順調に、終わった。
観客は第2戦からは、歓声を上げていた。
昼休みに入り、その後は準決勝だーー。
今回は、本編に入らなかった昼休みを書きます。
剣術大会の前半が終わり、昼休みに入りました。
マナたちは3人で、お昼ごはんを食べます。
少し気まずい雰囲気の、ソフィとフィーユ。
先ほどの戦いは、2人の間に小さな傷を残しました。
マナは弁当箱を開けます。
ソフィもとても豪華な弁当箱。
昨日まで笑顔で、弁当を分け合おうと話していました。
けれど漂う空気が、その声を締め付けます。
(セフィリアを呼べばよかったかな・・・)
明るいセフィリアなら、この空気を破れたはず。
マナは少し、心が重たくなりました。
けれどソフィは、笑顔を作りました。
「2人とも、これ食べて!」
誰かを鼓舞することが、ソフィにはできました。
少し硬い声だけれど、なんとか言葉に出ていました。
ソフィの弁当から、ひとつだけおかずを取ります。
それをパクッと口に入れました。
とても美味しくて、暖かく感じました。
それから特に言葉を多く交わしはせず、昼休みが終わりました。
最後に、ソフィが言いました。
「次は、マナとフィーユだね。頑張って!」
マナは小さく、頷きました。
剣を持つ手が少し、汗ばみ、胸に手を当てます。
するとペンダントに、気づきました。
(あ、お母さんに渡さなきゃ・・・)
マナはソフィたちに一言告げ、足早に離れました。
果たして、準決勝はどんな戦いになるのか。
決勝に、サフィールはいるのかーー。
マナは星へ小さく、祈りを捧げました。




