episode 02|天才
修行を再開してから、だいたい二時間。
それでも俺たちは、一度も手を止めることなく動き続けていた。
フィリアの調子がいい。
……いや、正しくは“本調子に戻った”と言うべきか。
「レイ!」
短く名前を呼ぶ声。次の瞬間、体がふわりと軽くなる。
攻撃力アップ、防御力アップ、スタミナアップ、再生能力。
四種類のバフが、ほとんどラグもなく一斉に付与される。
「サンキュー!!」
そのまま一歩踏み出し、目の前の魔物を一撃で沈める。
剣が、刃が、本当に“乗って”いるときの感覚だ。
フィリアはただバフをかけられるだけじゃない。
ヒールによる即時回復、魔力障壁によるバリア。
バッファーとしての性能だけ見れば、俺の知る限り無類の強さを誇る。
そして何より厄介……いや、頼もしいのが――
「レイ!かけ直すね!」
バフが切れる“寸前”に、バフをかけ直してくれることである。
本来、バフ魔法というのは
「切れたら報告して、またかけてもらう」という流れが一般的だ。
というのも、バフをかける側もかけられる側も、
効果が切れるタイミングを正確に把握できないのが普通だからだ。
その原因は、魔法を扱ううえで必ず通る三つの工程――
・吸収(大気中のマナを取り込む)
・変換(取り込んだマナを魔力に変える)
・出力(魔法として放つ)
これらの総称である「魔力コントロール」にある。
問題は、この三段階すべてが“可変的”だということだ。
大気中のマナ量は、時間・場所・天候・湿度……ありとあらゆる条件で変化する。
しかも、人々はマナを視認できないため、
自分がどれだけ吸収しているのかすら曖昧なまま扱うしかない。
吸収がズレれば変換が乱れ、変換が乱れれば出力も不安定になる。
結果として、同じ魔法でも、効果時間が毎回バラバラになる。
もし理論上の“完璧な魔力コントロール”が存在すれば、
すべての工程を正確に行うことで、常に同じ効果時間の魔法を発動できるはずだ。
そして、効果が切れる瞬間に合わせて魔法をかけ直すこともできる。
……とはいえ、そんな芸当はまず不可能だ。
――フィリアを除いて。
【神秘的な天眼通】
フィリアの能力の一つだ。
この能力の一番のヤバさは、
「外界のマナを視認できる」という一点に尽きる。
どれくらいのマナが漂っていて、
今どれくらい自分に取り込んでいるのか。
普通は感覚でしか分からないそれを、フィリアは“目で見て”調整できる。
そのうえ、変換、出力のどれもが正確無比だ。
吸収から魔法の完成まで、普通ならどこかで崩れるはずの工程を、
彼女だけは線を引くように均一に整えてしまう。
その結果、フィリアのかけるバフはほぼ一定時間で効果が切れる。
だからこそ、切れる前に正確に“かけ直す”ことが可能なのだ。
「ナイスタイミングだ!」
バフが重なった瞬間、身体がふっと軽くなる。
俺はそのまま踏み込み、一撃で敵を斬り伏せた。
結局のところ、「バフが切れる前にかけ直せる」強さは“安定性”に尽きる。
平たく言えば──事故がない。
気づいたらバフが切れていた。
報告が遅れて、かけ直しに隙が生まれる。
その一瞬に攻め込まれてパーティ全滅──そんな話はいくらでもある。
それほどまでに、バフの恩恵は大きい。
けれど、フィリアがいればまずそんな事態にはならない。
彼女が【神秘的な天眼通】を持っている限り。
……とはいえ、フィリアが最初からこんな芸当をできたわけじゃない。
俺がフィリアに初めて出会ったのは十五年前。
すでにこの力を持っていたものの、
魔法の“ま”の字も知らない、ただの幼い少女だった。
当時のフィリアは、よく空を見上げては、
『ふわふわがいっぱい飛んでる……!』
などと訳のわからないことを言って、周りを困惑させていた。
今思えば、あれが“マナの視覚化”だったのだろう。
それが、十数年でここまで成長した。
はっきり言う。彼女は天才だ。
神秘的な天眼通を授かったのが偶然なのか必然なのかはわからない。
だがひとつだけ確信していることがある。
もしこの力を“他の誰か”が持っていたとしても──
フィリアほど使いこなせた者はいない。
フィリアは、神秘的な天眼通の本質を理解し、
“魔力コントロールと組み合わせることで真価を発揮する”ことを、
十歳そこらの頃に見つけた。
そこから実戦で試し続け、研ぎ澄まし続け──
ついには今の領域へ到達した。
彼女を天才と呼ばずして、誰を天才と呼ぶ?
「ふぅーー、お疲れー。今ので最後かな?」
振り返ったフィリアは、いつもと変わらない軽い調子だった。
……これだけのことをやっておきながら、まったく自覚がない。
そのギャップがまた、彼女の異才を際立たせる。
「あぁ、お疲れ。今日はこの辺で切り上げるか。」
魔物はもうほとんど狩り尽くした。
空は薄暗く、森の影が伸び始めている。
タイミングとしても十分だ。
俺たちは武器を収め、少しひんやりし始めた風の中を並んで歩き出した。




