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episode 03|スキルカード

 ――いつも思う。


 フィリアの才能を、俺は無駄にしていないだろうか、と。


 本来なら王国の宮廷魔導師として迎えられているはずだ。

いや、それ以上の地位を与えられていてもおかしくない。


 だが彼女は、これまで何度も舞い込んだ勧誘を全部断ってきた。

そして今も、当たり前のような顔で俺の隣を歩いている。


 ありがたい。感謝してもしきれない。

――だからこそ、ときどき怖くなる。


 本当にフィリアの居場所は、俺の隣でいいのか?


 そんな考えが頭をよぎった、その時だった。



「ねぇ、レイ。帰り道、ちょっとだけ寄り道してもいい?」



 不意に、フィリアがいつもより少し小さな声で呼びかけてきた。



「ん? 寄り道?」



「うん。……なんかね、さっきから気になる方角があって」



 そう言って、フィリアは森の奥――いつもは使わない方向を指さした。

視線の先には、細い獣道のようなものが一本、夕闇に伸びている。



「……こんな道、あったか?」



 思わず眉をひそめる。


 このメウスト森林には、もう十年以上通っている。

近道も、遠回りも、魔物の巣の位置も大体把握しているつもりだ。

だが、あの細い道に見覚えはない。


 フィリアも、首をかしげていた。



「変だよね。私も初めて見る。

……でも、どうしてだろ。すごく……気になるの」



 普段なら真っ先に警戒するはずのフィリアが、

まるで引き寄せられるみたいにそちらを見つめている。


 らしくない。今日のこいつ、やっぱりどこかおかしい。



「おいおい。罠の匂いしかしねぇんだが」



「……レイがそう言うのも、分かるんだけどね」



 フィリアは胸の前で手を組み、少しだけ困ったように笑った。



「でも……それでも、行ってみたいって思っちゃうの。

 行かなきゃ、いけないような……変な感じ」



 フィリアが自分からこう言いだすのは珍しい。

普段はどちらかと言えば、俺の暴走にブレーキをかける役だ。



「……分かったよ。ただし、全力で警戒していくぞ」



「うん!」



 俺たちは互いに頷き合い、獣道へと足を踏み入れた。


 踏みしめる土は柔らかく、落ち葉が積もっている。

けれど、不思議と獣の気配がしない。

鳥の(さえず)りも、虫の羽音も、さっきまでより遠く感じる。


 世界から、音だけが少し引き剥がされたような、妙な静けさ。



「……やっぱり、変だな」



「うん……でも、怖いって感じじゃない、かな」



 しばらく進むと、木々の切れ間から、小さな開けた空間が見えた。

その中央に――それは、あった。



「……(ほこら)?」



 苔むした石造りの、こぢんまりとした(ほこら)

屋根の端には、かろうじてかつての装飾らしき彫刻が残っている。

けれど、誰かが最近手入れした形跡はない。


 それなのに、妙に“(すさ)んでいない”。

まるで、この場所だけ時間が止まっていたような、そんな違和感。



「レイ……こんなの、ここにあったっけ?」



「……いや、絶対になかった」



 言い切れる。

こんな目立つものがあれば、真っ先に目に入っているはずだ。


 祠の前には小さな石段。その上に、拝殿(はいでん)のようなスペースがあり――

その中央に、小さな台座がぽつんと置かれていた。


 その上に、薄い板のようなものが一枚。

俺たちは思わず互いに顔を見合わせる。



「なぁフィリア。……嫌な予感しかしないんだが」



「……うん。正直、ちょっと怖い。

 でも……やっぱり、目を逸らせない感じ、かな」



 フィリアの声はかすかに震えていた。

だけど、その瞳は台座から離れない。


 俺は大きく息を吐く。



「……よし。俺が近づく。フィリアは後方で待機。

 何かあったら即座に防御展開だ」



「分かった。すぐに障壁張れるようにしておくね」



 杖を構え直すフィリアを背に、俺は一段ずつ石段を上がった。


 台座の上の板は、近くで見ると金属とも石ともつかない、

不思議な質感をしている。表面には何も刻まれていない。

まるで“これから何かを書き込まれる余白”のようだ。


 罠の可能性は高い。

だが、ここまで来て手ぶらで帰るのも、それはそれで後悔しそうだった。



「……触るぞ。準備はいいか?」



「うん。大丈夫。――いつでもどうぞ」


 フィリアの声を確認し、俺はそっと手を伸ばした。


 指先が板に触れた、その瞬間。


 ぴしりと微かな振動が走り、板の表面に光の線が走る。



「なっ……!」



 思わず手を引こうとしたが、もう遅い。

光の線は蜘蛛の巣のように広がり、やがて一つの形を結んでいく。



「これ……もしかして……」



 背後から、フィリアの息を呑む音。


 俺は目の前の光から目を離せなかった。


 板だったものは、いつの間にか掌ほどのカードに変わっていた。

黒を基調とし、縁だけが淡く光っている。


 ――【スキルカード】だ。


 スキルの情報や内容が込められた、一種の記憶媒体。

使用することで、そのカードに刻まれたスキルを習得できる。



「レイ、それ……本物、だよね?」



「ああ、多分な……」



 喉が渇く。

ごくりと唾を飲み込み、震えないように意識しながらカードを持ち直した。


 スキルや魔法の習得方法は、大きく分けて三つ。


 一つは、今手にしているようなスキルカードや魔導書――

“記憶媒体”を用いる方法。


 二つ目は、修行や鍛錬による、いわゆる地道な習得。


 そして最後に、遺伝や先天的な才能。

フィリアの【神秘的な天眼通ミスティック・クレアヴォイアンス】は、まさにそれだ。


 中でもスキルカードは、最も例が少ない。


 理由は簡単。――希少すぎるからだ。


 この世界のアイテムには、それぞれ1~20までの

【tier】が割り振られている。

道端でいくらでも採れる薬草や水はtier1。

スライムやラットのドロップ品でtier3。

ベヒーモスやドラゴン級の魔物にもなれば、その素材はtier10以上。


 そんな中で、スキルカードは最低でもtier10。

過去には、tier18のカードが発見されたという話もある。


 莫大な時間と修行を必要とするスキルを、

誰でも、一瞬で、習得できてしまう可能性があるのだ。

その価値の高さも納得だろう。


 tier10クラスのスキルカードでも、一枚で一週間は余裕で暮らしていける。

まさに“棚からぼたもち”――のはずだが。



「レイ……カードの真ん中、光ってる……」



 フィリアの声に促され、俺はカードの表面を見つめた。

中央部に淡く光が集まり、文字の形を作っていく。

まるで、今この瞬間、スキルの名前が“刻まれている”かのように。


 浮かび上がった文字列を見た瞬間、思考が止まった。


 そこに刻まれていたのは――


――【二刀流】――



「…………は?」


 自分の声が、妙に遠く聞こえた。


 何度瞬きをしても、文字は変わらない。

 見間違いでも、幻覚でもない。


「に……二刀流……?」


 背後から、フィリアも呟く。

俺と同じように、信じられないものを見ている顔だ。


 十三年。

物心ついた時からずっと口にしてきた、俺の“将来の夢”。


 二刀流を習得して、最強の剣士になる。

その“二刀流”の文字が、今、俺の手の中のカードに刻まれている。



「……はは。なんだこれ。出来過ぎだろ……」



 笑おうとしたが、喉がひきつってうまく声にならない。


 罠かもしれない。

誰かの悪質な冗談かもしれない。


 そもそも、この祠自体が“おかしい”のだ。

さっきまで存在しなかった道。

十年以上通っていて一度も見たことがない祠。

そこに、俺の夢そのものが刻まれたスキルカード。


 ――偶然、で片づけるには無理がある。



「レイ……」



 フィリアがそっと、俺の袖をつまんだ。

その指先は少し震えているように見えたが、次の瞬間。



「……やったじゃん、レイ!

 本当に……本当に“二刀流”のカードなんだよ!!?」



 弾けるような笑顔。

喜びを隠しきれず、胸の前で小さく拳を握りしめて、

子どもみたいに跳ねるような仕草。


 対して、俺の胸には妙なざわつきが広がっていく。


 祠の存在そのものが不自然すぎる。

スキルカードの内容が“ピンポイントで俺の夢”なのも異常だ。


(……これ、本当に偶然か?)


 喜びでいっぱいのフィリアとは違い、

俺の心はまだ現実を飲み込めずにいた。


 俺は深く息を吸い込む。



「……フィリア」



「ん? なぁに?」



 まだ頬が少し上気していて、瞳がきらきらしている。

抑えきれない喜びが全身からあふれていた。


 だが俺が真剣な声色を向けると、

フィリアははっとして、ぱちりと瞬きをした。



「……とりあえず、今日はもう帰ろう。

 ここでこれ以上、変にいじるのは得策じゃない」



「……あ、うん。

 ごめん、ちょっと興奮してたかも。帰ろ?」



 今度はフィリアが俺の袖をそっとつまみ、

ほんの少しだけ歩幅を合わせてくる。

テンションが下がったわけではない。

ただ、俺の不安を汲み取って、少しだけトーンを落としたのだ。


 俺はスキルカードを懐にしまい、祠に向かって一礼した。

誰に向けた礼なのか、自分でも分からない。

ただ、そうせずにはいられなかった。


 夕闇の中、森を抜ける足取りはいつもより重い。

隣ではフィリアが時折、抑えきれない小さな笑い声を漏らしていた。

――嬉しくて仕方がないのだろう。


 胸の中では、不安と期待がせめぎ合っていた。


 十三年前に口にした夢。


 その夢を、今ようやく“手にする資格”を与えられたのだとしたら。


 このスキルカードを使うべきか、使わないべきか。

それを考えるには、少し時間が必要だった。


 懐の奥で、【二刀流】のカードが、

じんわりとした熱を帯びている気がした。







 



 

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