創造物:とうちゅうかそう
書類の説明の最後に、アルケミストが作ったと書かれてあった。
「冬虫夏草、ですか?」
「うん、そうなんだ。二体のうち、一体は隊員さんが捕まえたらしいけど、もう一体は川に逃げたらしい」
津村の話を聞きながら、冬治はため息をつく。
「ふむぅ」
資料に載っているのはひょろっとした茎のようなものにキリタンポがくっついているような図だった。写真が撮られたのは十二月十日。四日前のことだった。
「動画もあるらしいけどどうする?」
女性受けしそうな顔で、津村は冬治に微笑んだ。事実、女性のお客がやって来た時に冬治ではなく津村がお茶を出した時はありがとうございますが嬉しそうなのだ。冬治の時は事務的な挨拶のみに留まる。
「再生お願いします」
「うん」
葉を擦るような音が聞こえてきて、すぐに暗がりが映し出される。そっちだ、いったぞと男達の声が聞こえて……世界が反転。
「ここでこけたらしいよ。コケでこけたんだって」
今のは津村なりのボケだろうか。津村が何もいわなかったので、冬治はスルーすることにした。いつもだったら突っ込んでいたかもしれないが、先日、お昼ご飯にナンを食べに行ってなんにする? に対して強く突っ込んだ。冬治君がそんなことで激しく突っ込むなんてと泣かれて、津村の心を傷つけたためである。
相当傷ついたのか、出してくれるコーヒーが全てホットからつめたーいに変化していた。砂糖を一つ入れてくださいとお願いしたら氷が浮いていた。
「川に落ちなくてよかったですね」
「本当だよね。今日みたいに雪が降っていたらなおさらだよ……でも」
ちょうど映像では意外とたくましい二本足で川に飛び込む冬虫夏草の後姿が映し出されている。
直後に、水に入る音が聞こえてきた。
「あ、結局落ちたんだ」
「冷たかったって言ってたよ。すぐに出たから大丈夫らしいけど」
探すとなると、川辺か、川の中だ。寒いんだろうなぁと冬治はため息をついた。
「冷たいよねぇ」
「ですね」
津村も同じ事を考えていたらしく、身体を震わせている。
「これ、放電してる何かを川に突っ込んで浮いてきたところを捕獲は……」
「駄目だと思うよ」
「……ちょっと方法を考えてみます」
冬治が再度資料を眺めて、津村が捜索の準備を始めていると電話が鳴った。
「はい、夢川探偵事務所の津村です」
津村が電話対応をしている間に冬治は地図を見ていた。羽津山の結構上のほうで、怪異が良く報告される場所だ。
怪異なんて鼻で笑っちゃうぜといいたいところだが、冬治の仕事の範疇にそういったものも入っている。できれば夕方から夜にかけては山に向かいたくなかった。
「あ、冬治君探索行かなくてよくなったそうだよ」
「え? 見つかったって事ですか」
「うん、見つかったけど……今全員出払っているから捕まえてほしいんだって。ものすごく、大きくなってるみたい」
所詮大きくなっても冬虫夏草は冬虫夏草だろう。キリタンポみたいな見た目で、一体何ができるのか。
「僕もついて行ったほうがいいよね」
虫網を装備して、津村は言った。
「はい、お願いします」
「あたたかい紅茶の準備、しておくね」
やはり機嫌は直っているようだ。給湯室兼台所へと向かう津村の後ろ姿をみながら冬治はほっとするのであった。
「ん? 追加でメールか」
そう思っていた冬治のパソコンに、メールが送られてくる。それを見て冬治はぎょっとした。
「冬治君、入れたよ?」
「……やっぱり、危ないんで、俺一人で行きます」
津村を読んで写真を見せる。ちょっと顔が青ざめていた。
「う、うん、気をつけて行ってらっしゃい」
写真に撮られた冬虫夏草は、鹿を喰らうオオサンショウウオの化け物にしか見えなかった。
―――――――
友達の家のオオサンショウウオが共食いをしたと聞かされたとき、冬治は驚いたものだ。水羊羹みたいな皮膚をしている割に、あんこが好物というわけではないらしい。
「良く食べるのか。そんで、アルケミスト製冬虫夏草は瞬時にエネルギーに変えて寄生主の成長を促す……」
相性バッチリングという奴である。鬼に金棒、スナイパーに狙撃銃、変態にブラジャーということだ。
「効くのかね、これ」
現地に着いた冬治は渡された装備に首を傾げる。
「効くと思いますよ……一応、生物ですし」
渡してくれた隊員も微妙な顔だ。新人で探索していたら、オオサンショウウオが襲ってきたのである。
「使ったんだろ? どうだったんだ?」
そういって冬治は対戦車ライフルを見せる。
「え、ええ。でも、身体にぶつけても通用しませんでした」
「じゃあ、俺が使っても通用しないだろ」
「TPさんが使ったら効くかなって」
それは兵器の意味を成してないだろうに。
冬治はため息をついて手榴弾をいくつかと、狙撃銃を一丁担いだ。
「それだけでいいんですか?」
「それだけっていうけど残っているのは拳銃ぐらいなもんだろ。君はここで待機、一般人が入ってこないようにしておいてくれ」
「りょ、了解しました」
冬治が山に入り数分後、別の隊員から連絡を受ける。
「TPさん、目標はこの先にいます」
「ありがとう。寒くて寝てるとか?」
「いえ、熊を食っています」
「熊、ねぇ」
冬治がその場所に着くと、連絡どおり熊を食っていた。後ろ姿は現代によみがえった恐竜の一種と言ってもいいだろうが、頭からは異様なほどでかいキリタンポが生えている。
相手はとっくに冬治に気づいているようだが、些細な肉よりも熊の肉を食べたいらしい。無視している。
食えば食うほど、大きくなるのか……飲み込んだ瞬間から身体が徐々に成長し始めている。皮膚は浅黒く、もはや水ようかんみたいな面影もない。
これが夏休みだったら自由研究用にビデオを覗きこんでいただろう。冬治に自由研究は必要ないのでライフルのスコープを覗きこむ。
「どう見ても弱点はあれだよな……よっと」
銃を構え、冬治は五十メートルほど離れた場所から本体と思われる冬虫夏草を狙う。
トリガーが引かれ、冬虫夏草は吹き飛んだ。
「うしっ」
これで終わったかな。しかし、冬治が安心したのもつかの間。再度熊の肉をむさぼり始めたのだ。
「……あれがなくなったら多分、俺のほうに来るよな」
それを肯定するように、オオサンショウウオは首を挙げた。肉に埋もれてしまった瞳は、冬治の事を見ている。
「まだ肉が残っているうちに……そりゃっ」
手榴弾を上手く熊の肉近くに投げることに成功する。何が飛んできたのか理解していないようで、オオサンショウウオは爆発に巻き込まれた。
「……これで生きてたら諦めるか」
一応、首から上は吹き飛んでいた。元頭である肉塊はあっという間に溶けて、見えなくなった。
身体のほうはまだ動いていた。頭はもうないはずなのに、冬治のほうを向いている。
「おほ、こりゃ無理だわ」
逃げる準備を始める冬治だったが、異変に気づく。オオサンショウウオの右前足が崩れ、それと同時に左前足も取れる。地面に腹ばいになった後、徐々に身体が溶け始めた。
「どんな身体になってるんだろうなぁ」
どれだけの生命がその身体に詰まっているのか、生物が行き着く死にあっという間にたどり着いたのだ。
冬虫夏草を地藤グループに回収してもらい、冬治はため息をついた。
「あんなもの、何に使うんだろうなぁ」
回収したものを何に使おうが、回収した人の勝手であろう。何か問題があればまた冬治が呼ばれるだけである。
「ただいまー」
事務所に戻ってきた冬治は見慣れない段ボール箱に気がついた。
「何です、これ」
「ああ、これ? スーツの男さんが持ってきてくれたけれど、熊のお肉なんだって。珍しいよね」
慌てて冬治は中を確認するが、中に入っているのは何の変哲もない、六百グラムの牛肉だ。
何故だか、キリタンポも一緒に入っていたりするのだった。




