A:第一話 いつわるもの
北羽津市のとあるマンションの一室。一人でヅェンガをやっている青年が一人いた。
白髪で短髪の男だ。普段は鋭い視線をしていないが、このときは違っていた。
集中力を高めて、一点を睨みつけている。
「む、むむ?」
ヅェンガをしている向かい側の席に、一体の人形が座っていた。身長は一メートル五十ほど。整った顔立ちで、目は閉じられている。翡翠色のドレスは大きく胸元が開けられ、その作られた胸の谷間を惜しげもなく見せ付けていた。人形ではなく、ドールと言ったほうが正しいか。その手の方面に明るくない青年からしてみればフランス人形としか認識していない。
「……一人かくれんぼだとお人形と遊べるらしいが、これは信じられないねぇ」
この人形は、ヅェンガをたしなむ。そういってこの事務所に持ってこられたのだ。
だからどうした。そう言ってしまえば話はそこで終わりとなる。
処理をして欲しいということではなく、確認のため。言わば、マニアの所有物自慢に付き合わされているといっていい。人形を持って来た津村という男は地藤グループに関係している奴とのこと。仕事の付き合い上、断れない相手だ。まぁ、冬治自身も話しに食いついたので別に問題は無いだろう。珍しいものに惹かれる人間だっているのだ。
詰まる所、人の形への好奇心。冬治はヅェンガを買って、こうやって一人プレイしていた。冬治はこの人形の由来に関して詳しいことを知らない。少し話すならば、娘を亡くした人形師がその人生をかけて作り上げたそうだ。そして、どんどん所有者を変えて今に至る。
本来はアルケミストの捜索をしなくてはならない。ただ、今は待機しておいて欲しいといわれているため、暇なのだ。
「ん? この人形……今、動かなかった?」
そのとき、チャイムが鳴った。冬治はヅェンガと人形のことを忘れて客を迎えにいってしまう。
―――――
晴天の霹靂と瓢箪から駒。驚き具合が大きいのはどちらだろうか。
「これって……」
冬治が名前も顔も知らない誰かさんの依頼を受けた数日後、既に地藤グループは率先して動いていた。忙しいから助手が欲しいと地藤グループの誰かに言える雰囲気ではなくなったのだ。
忙しく出回っていた地藤グループの一部は、アルケミストが一体どこにいるのか、目星はつけたらしい。それならさっさと捕まえればいい。お得意の人海戦術で余裕だろう。そう思っていたら、テーブルの上に制服を置かれたのだ。
「これ、制服ですよね」
「そうです、羽津西学園の制服ですよ。他の連中に先駆けて、私がアルケミストが潜んでいるであろう場所を見つけ出しました」
冬治の目の前に座っているのはスーツ姿の男だった。地藤グループと夢川探偵事務所の間の伝令係といったところだ。他にも伝令係がおり、冬治とその他をつないでいる。しかしながら、横の連携が全く取れていない。お互い、足の引っ張り合いや互いを出し抜いたりを繰り広げているのだ。
目の前の人物の嫌いな食べ物は納豆で、投げつけると非常に面白いことになる。そういった情報も別の伝令係から聞かされていた。
「人間が一人、タイプライターになってしまった。これはゆゆしき事態なのですよ。野放しにしておくのは危険でしょう?」
毎度、目の前の男から頼まれるときはこんな感じだった。
「巨大蟹がうろつくのは危険でしょう?」
「透明人間がうろつく、危険でしょう?」
「吸血鬼……存在自体が危険でしょう?」
「巨大なG。殲滅してくれるでしょう?」
こんな感じだ。さすがにでかいゴキの時は自発的に動く必要があった。探していた猫が危うく食べられそうになっていたからだ。
迷子の猫と侮ることなかれ、冬治は猫を見つけて二十万を手に入れたのだ。黒いGは一匹百万の価値があったそうだ。
「まぁ、俺もアルケミストを捕まえたいという気持ちは同じですよ。ですが、おかしくありませんか」
「何のことでしょうか」
「俺、二十歳ですよ」
お酒は二十歳になってから。そう、冬治はお酒が飲めるお年頃なのだ。そんな彼が学園に転校生として通うのはちょっとおかしい。まぁ、稀に二十歳の学園生を目撃するので問題はないだろうが。
「勉学に勤しむのに、年齢は関係ありませんよ。社会に出ても、老人になっても、人生に学ぶことは常に付きまといます。大学受験を頑張って大学に入っても、就職しても向上心の無いものはどこかで落ちぶれます」
これまでも無茶なことをお願いされることが多々あった。その都度、向上心の話をされては身が持たない。一番酷いものは女湯に逃げ込んだ半分魚の化け物を探しに行った時だろうか。その時冬治は難しい決断を迫られたものだ。
どのみち断れるほど冬治の権限は強くない。
「わかりました。潜入だってこれまでそれなりにやってきましたし、やってみますよ」
「さすが。TPさんです」
「その呼び名、何とかなりませんか」
地藤グループのどこかが何かをやらかして、最終的に冬治が尻を拭く。そのため、Toilet Paperという通り名がついたのだ。実に不名誉である。
「いいではありませんか。子どもの頃、あこがれませんでしたか?」
トイレットペーパーに憧れている子供なんて、存在しない。小学生……特に、男子生徒にとってのトイレの個室は恥辱の場だ。皆の前で個室に入ればうんちょまんという仇名をつけられ、後ろ指をさされるのだ。大人しい子どもは本当に戦々恐々とするしかない。ちなみに、冬治は結構喧嘩早かったのでうんちょまんなんて罵ろうものなら金的に一撃を食らわされて相手をふるぼっこするほどの小学生だった。恐ろしい。
「トイレットペーパーに憧れる子なんて、いませんよ。俺が子どもの頃に憧れていたのは正義の味方です」
「夢を叶えられた。そういうことでしょう? 何せ、社会の仇となる存在を消したり、捕縛しているのですから」
これ以上言ったところで話は進まない。目の前の人間は揚げ足取りが大好きで、旗色が悪くなったら話を変えることをいとわない人間だ。そのうち、給与の話をしてくるに違いない。
冬治は話を進めるため、軽く頷いておいた。
「一応確認ですが」
「何でしょうか」
「何でテーブルに、女子生徒の制服が置かれているのでしょう?」
全ての問題はそこにあった。これが男ものなら別に文句をつけるつもりはない。ちょうど、冬治が着たらぴったりサイズだろう大きさだ。
学園に潜入する? ちょろい話だ。アルケミストを捕まえる? これもおそらく簡単だ。
女装、これは難しい。やった事がある人間は尚更そのむずかしさを知っている。校門で警備員さんに声をかけられて連れて行かれたのなら尚更だ。おふざけでやったのなら、まだ助かるだろうが……真面目にやりましたと言われた日には(最近はおふざけでやってもK察さんがお仕事をする)新聞に載ってしまう恐れがある。
「そもそも、共学の学園に女装する必要ないと思われます」
「女装? 何を言っているのですか。その必要はありませんよ」
おかしな人を見る目で男は首をかしげた。では、目の前の制服は何だというのだろう。盗人が自分の戦果を自慢しに持ってきたわけでもあるまい。ああ
「女生徒用の制服で、潜入してもらいたいだけです。化粧とか、ウィッグ等はつけなくて結構ですよ。ただ、私は心の底からこの学園の、女子制服が大好きだから着用している。それを、体現してほしいだけですっ」
いい大人が何故、拳を握りしめてまで熱く語るのか、冬治にはさっぱり理解できない。
「ナチュラルにそれはきついです」
それはただの変態である。これならまだ、きっちり女装したほうが良さそうだった。
「いいですか、TPさん」
「何でしょう?」
スーツの男はごねる子どもをあやす表情になった。しかし、冬治を馬鹿にして楽しんでいるのは明白だ。
「学園の生徒というものは、学園を愛しているものです」
「まぁ、程度の差はあれど、そうでしょうね」
愛していると心の底から言える生徒を見つけるのは難しそうだ。絶対に自分はこの学園に通うのだと気概を持って入った記憶は冬治に無かった周りにはちゃらんぽらんしている連中ばかりだったし、冬治自身も惚れ薬などという怪しい薬を試すような人間だった。
「制服にはその学園の愛が詰められています」
にわかには信じがたい言葉だ。
「学園長が直々にカタログを眺め、実物を取り寄せ、着てもらい、更には自分が着用する……」
「さすがに最後はないでしょ、それは」
「また、制服にはこれが学園の顔なのだという側面もあるのです」
「言われてみれば……」
平日の真昼間からゲーセン通いを制服でしていると一発で連絡が行くものだ。行かないよと言う人は既に周囲から諦められている節が強い。
「そうでしょう? ですから、私はこの学園を愛していますと堂々と着なくてはいけない。つまり、男用だろうが、女用だろうが、そこに関係はありません」
「いや、女生徒用の制服着るのはアウトです」
私は女子用の制服が好きだと言うなら止めはしない。周囲も慣れてくれるだろう……ただ、目立つのは間違っている。普通の学園生ならともかく、偽の学園生になるのだ。極力、変な行動は慎むべきなのだ。
「では、別の見方をしてみませんか」
「別の見方?」
変態から見た自分だろうか。
「そうですよ。女子に学ランを着せる……ありと思いますか」
「それはありですね」
これは個人の趣向になるだろう。邪道だって言う人もいる。上、学ランで下、ブルマ……それで泣いて喜ぶ人も居るのだ。そして、これもまた間違っていると唱える人も居たりする。
「賛同してくれてありがとうございます。つまりはそういうことですよ」
「納得しかねます。それとこれは話が違いますよ」
そういうことってどういうことだ。
冬治はため息をついた。笑っていながら、どこか恨みがましい視線を感じたのだ。
「……あのぅ、もしかして」
「はい、何でしょうか」
「この前、納豆をぶつけたこと……怒っていますか」
スーツ男の右眉がかすかに動いた。どうやら図星らしい。
「はは、まさか。その程度のことで私が怒る訳ありませんよ。そこまで子どもではありません」
「そうですかぁ、俺はさすがに我慢できないので……」
冬治は立ち上がって小さな冷蔵庫へと向かう。
「えいっ」
そこから引き割り納豆を取り出して投げつけてみた。
「ぎゃあああっ」
犬の断末魔みたいな声がマンションの一室で鳴り響いた。平日でなければちょっとした騒ぎになっていたこと間違いなしだ。
「おどりゃ、またやらかしてくれたのぅっ」
懐から躊躇無く、黒くてL字っぽい何かを取り出す。ちょっとした冗談ですよと冬治がいう前に引き金が引かれた。
「あ、あぶなあっ」
一応、断っておくが麻酔銃である。まぁ、目に当たればどうなるか容易に想像はつくだろう。意外と危険なそれは、冬治のいた場所から数ミリ左の柱に痕を残している。
「よくもやりましたねっ」
冬治はすぐさま別室の扉を開け、逃げ込む。これまた同じように懐から蛍光イエローの樹脂製拳銃を取り出した。
「遠慮、しませんよ」
とりあえず撃っておいた。調度品として置かれていたモナリザの複製品の額に針が突き刺さった。
たまにこういうことがあるので、高価なものが事務所においているわけも無い。
「抵抗すんな、この糞ガキっ」
再度発砲。今度は冬治の近くに飾ってあった写真立てを吹き飛ばす。
「当たったらどうするつもりですかっ」
「おどれが腐れもんをなげるからじゃろっ」
どすのきいた声が聞こえた方向に数発打ち込む。派手な銃声は聞こえないものの、誰かがやってくれば餌食になるのは間違いない。
それから数十分にわたり銃撃戦は繰り広げられた。特殊な弾丸のため、馬鹿にならない金が無駄遣いとなった。
「こほん、ではTPさん。アルケミストの捕縛をお願いします。できれば、生きているままで」
「わかりました」
最終的に制服は男子生徒のものがチョイスされたとの事だった。
並びに、事務所や関連施設内への納豆の無断持ち込みは禁止された。この話を聞いたスーツ男の部下が納豆をふざけて見せたところ、彼は行方不明になったらしい。
―――――
「うおおおおっ、すげぇ」
話を終え、客を帰した冬治は部屋の片づけをしていた。ふとヅェンガのことを思い出してその部屋へと向かった。すると、凄い光景が広がっていたりする。
「下から十個まで、一本で支えてやがる」
近くにおいてある人形が動いたような気配は……充分あった。座らせてあったのに立ち上がっていたし、腕なんて万歳している。
「こりゃ、マジモンか……送ってきた人に認定書押して返さないといけないな」
住所は事前に聞いていたのでヅェンガと人形、認定書を箱に詰めておいた。
その後、人形がどうなったのか、不明である。




