A:第九話 彼は準備を始めることにした
冬治が中間テストを終えたとき、アルケミストの手によって二人目の犠牲者が出ていた。
「全く、やられましたね」
スーツ男は笑っていた。目は笑っておらず、捕まえたらどうしてやろうかという表情を浮かべている。
「ですね」
冬治のほうも悠長に中間テストを受けている場合ではなかったのかもしれないとため息をついた。
「それで、今度はこうなっていました」
「これ、ですか」
「ええ」
本質へと変えられたのは近隣の小学校の教師。教師が変化したのは作り物と一発で分かる目玉だった。
目玉を掴んだ冬治は首を傾げる。
「ただの目玉ですね」
何の変哲も無い目玉だ。一人目の小説家の駄文を吐き出すタイプライターとは見た目も違っている。
「一体何に使うんでしょう」
「それに関しては分かっています。どうもその小学校の教師、覗き癖があったそうですよ」
「なるほど。だから目玉ですか」
玄関の覗き穴に目玉をつけると、勝手に引っ付いた。
「磁石も何も無いのに不思議だなぁ。しかし、覗きをする先生ですか。けしからんですね」
「ええ、無垢な男子生徒を覗くのが趣味だったとのことです」
「……それはまた返答に困る趣味をお持ちで」
冬治には到底、理解できそうも無い。変な虚脱感を持ったまま、ソファーに腰掛けた。
「ところでTPさんはきちんとアルケミストを捕まえる、もしくは消滅させる方法を考えていますよね」
「ええ、考えていますよ。知ってのとおり、何度か顔を合わせているので対策も立てました。向こうも私の癖やら見抜いているようなので次がお互い、最後の顔合わせになるでしょうね」
スーツの男は冬治が出したコーヒーに口をつけた。いつものように、少しだけ眉をひそめている。
「自信ありげなのはいいことです」
「まぁ、はい。方法の一つとしてはこれなんですけどね」
冬治がスーツの男に渡したのは一発の弾丸だった。
「これは?」
「炎蜥蜴の吐息と書いて、サラマンダー・ブレスと呼びます」
「……は? TPさんはアレですか。病気ですね」
中学生が感染するような病気である。スーツの男に言われて冬治は首を振った。
「まぁ、あくまで作成してくれた面子の計画名称です。本来は……」
弾丸の中には暴走した魔方陣が圧縮されている。その魔方陣は空気中の魔力を一瞬にして集め、熱へと変換。あっという間に周囲を消し飛ばす魔弾だ。
こんなことを言ってもこいつは大丈夫だろうか、魔法なんて何言ってんだといわれるのでいえるわけもない。冬治も知り合いから渡されてそういった説明をされているのだ。
「本来の名前は……局地焦土弾です。直撃したら半径二メートルが名前の通り、焦土と化します。まぁ、まだ奥の手というか、別の考えはあるんですけどね。あ、それ落としたら大変な事になるので気をつけてくださいよ」
今ぶつけたらお互い消し炭です。冬治の言葉に危うくスーツ男は弾丸を落としそうになった。
「すごく危険なものを渡さないで下さい」
冬治に突っ返してスーツの男は言った。
「それで、学園のほうはどうですか」
「探ってますよ。おかげでこれができたんですから」
冊子を見たコルクによって、この弾丸は作られたのだ。
「いや、そうではなくてですね。母から聞きましたよ。彼女と仲良くやっているってね」
「……」
余計なことを。冬治は黙り込んで天井を見上げた。その相手はコルクではない。
「恋人も二人目となると大変ですね。スケジュール管理、どうしているんですか」
にやりと、スーツの男は笑っていた。
こいつ、知っていて言ったんだな。冬治はため息をついた。あの旅館の女将もプロならお客様の情報を流すもんじゃないよといいたくなる。
「水主川焔さんは彼女じゃありませんよ。一学年上の先輩です」
「その割には凄く、仲が良さそうだったと聞きますけど?」
「それでも、です」
「一度起こしに行ったときは最中だったといってましたけど?」
「……」
ばっちり、見られていたらしい。
スーツの男は首をすくめて、冬治を見ている。
「TPさん。ふたまたは非常に危険ですよ。スケジュール管理から、デート場所の思い出、記念日の相違に致命的な証拠の隠滅などなど。人としての総合能力を問われます」
やっていることは男として、最低の行為と思われる。
「ちなみに私の最高人数は五人で維持期間は四日です。ばれた結果、刺されましたけどね」
冬治は目の前のスーツの男が一時期殺傷事件で入院していた事を思い出した。あの時は確か、でかい蟷螂に襲われたのだと言っていた気がする。
「敢えて、ふたまたという茨の道を進むのですね」
「進みません。一本道です。俺はどろどろとしたのはごめんですよ」
実際はコルクともそういった仲良しではないので一本道かどうかも分からない。
「冗談はこのぐらいにしておいて……TPさんはアルケミストの犯行数、どう見ますか」
「数的な問題ですか。私は実際、もう少し多いと思いますよ」
駄文を吐き続けるタイプライター、覗き穴に引っ付く目玉……これらは特殊でしかも、溶けた瞬間を他人が見たために犯行が発覚している。これが空き缶の見た目だったり、椅子の見た目に変化していたのなら気づけるものも、気づかない。
「そもそも、本質って何でしょうね」
分かったところでどうなるわけでもなかった。万物融解液を使用されたとき、何に変化するのか分かる程度だ。
「客観的に見た自分、でしょうか」
スーツ男はあくまで持論ですけどとつなげる。
「小説家の作品はどれもこれも、平凡なものばかりでした。可もなく不可もない」
「……それはあくまであなたの主観でしょ」
ええ、そうです。スーツ男は笑った。
「それで、駄文を吐き出し続けるタイプライターです。恐らく小説家にとって、客観的に見た自分がそうなのでしょう。そして、あの目玉もそうです」
未だに覗き穴に引っ付いている目玉を指差して、スーツ男は続けた。
「まぁ、噂はどうであれ教師としては優秀だったと聞きます。そんな噂……覗きのことですね、嘘っぱちだと弁護する人も居ましたよ」
「客観的だと、印象がぶれますね」
「ええ、他人が客観的に見たら、まず間違いなくばらばらの意見ですよ。あの小説家と教師の一から十まで知っている人は一人を除き、いません」
「自分自身って事ですか?」
一度頷いて話は続く。
「心の奥底で無意識のうちに見た客観的な自分。それが、アルケミストの言う本質なんだと私は思います」
持論は所詮、独りよがりだ。スーツの男が言うように正しいというわけでもないだろう……アルケミストに確認するまでは。
「TPさんの本質って何でしょうかね」
「え」
ふと、静かになった事務所にスーツ男の声が響いた。
「俺の本質ですか」
「はい。噂では学生の頃から非日常を渡り歩き、異世界へと飛んで戻ってきたと聞いています。本質が元から変わっていたとしても……不思議じゃありませんよね」
「アイデンティティを崩壊させるようなこと、言わないで下さいよ。じゃあ、聞きますが、あなたはどうなんですか」
「私ですか? 私は当然、決まっていますよ」
スーツ男はサングラスを冬治に渡した。
「これ、ですね」
「……」
今度万物融解液が手に入ったら目の前の人物にかけてみようか。冬治は半分冗談、半分本気でそんなことを考えるのであった。
「あ、そういえばコルクさんにちょっかい出していませんよね?」
「ええ、大丈夫ですよ」
アルケミストとコルクの容姿が似ていることは地藤グループに伝えてあった。それを踏まえて、手を出さないようにと釘は刺してある。
「ま、夢川さんが消えない限り……手は出しません」
「俺は逃げたりしませんよ」
「失礼、この世から消えない限り、彼女にちょっかいは出さないと誓いますよ」
こいつ、納豆をぶつけてやろうかと考えてやめた。時間の無駄だからだ。
―――――――
中間テストが終わって、夏を感じさせる気候になった……というよりももはや夏だ。十年前の夏ぐらいの温度で、暑い。これで序の口ならもう今年で地球は駄目かもしれない。
「雨、降らないかなぁ」
「降らないだろうよ」
今年の梅雨は空梅雨で、あまりの暑さに体育が屋外から全て屋内に変更になった。プールが解放される日も近いが、そうなると冬治はぼろい身体をクラスメートに見せる必要が出てくる。
「あぁ、ロッカーイベントのにほい……」
「はぁ? なんつった?」
「あつぃ……って、言ったよぉ」
現代のもやしっ子には辛いんだとぶつくさ言っていた。体育会系にも充分暑くて辛い毎日であるものの、彼らはガッツと青春で耐えているのだ。
「幸雄、頑張れよ。職員室はもうそこだ」
職員室へと続く廊下を幸雄と肩を並べ、冬治は歩いていた。二人の手には二年全生徒分のアンケートが握られている。
「さすがに授業中達磨さんが転んだはまずかったね」
「……巻き添え食らっただけだよ、俺は」
ヘリウムガスで声を変え、長閑女史が黒板を向いている間にだるまさんが転んだを決行。長閑女史がぎょっとして振り返ったときにはヘリウムガスの詰まった缶が冬治の鞄から落ちたのだ。幸雄が投げて、冬治の鞄に当たって落ちた。
俺は違うんですと冬治が裏声で言った為に幸雄が笑い、犯行が発覚に至る。幸雄の腕に存在する全てが罪の重さ、冬治の分はとばっちりの重さだ。
職員室の中へと入る。冷房が彼らを迎え入れてくれたが……用事が済むと同時に職員室の扉は再び閉ざされた。
「最近さ」
冷房の力を浴びて、ほんの少しだけ幸雄は元気になっていた。好奇心に目を輝かせて、冬治のことを見ている。
面倒くさいことなんだろうなぁと思いつつ、友達なので返事をするしかない。
「何だよ」
「やけに焔先輩と仲がよくないかい?」
幸雄の言葉に冬治は黙り込んだ。
すぐにそんなことはないと言い返さねば怪しまれると分かっている。しかし、黙っているしかない……何せ、幸雄の言うとおり事実だから。
「それに関してだがな」
中間テスト明け、焔がしょっぱな冬治にやったことはクラスメート前での抱きつき行為。本人は正気にすぐさま戻っていやちがうんだいまのはてがすべっただけなんだほんとうなんだしんじてほしいと叫んでいた。
「偶然なんだ」
そんな言い訳を息もつかせぬ早口で言ったのだ。手が滑るわけねぇじゃん。滑るなら足じゃんという冷静な誰かの突っ込みで看破され、顔を真っ赤にした焔は逃走……冬治に男好きの噂がたちそうで……たたなかった。これはコルクという彼女の存在が大きい。男が好きなら彼女が居るわけないという常識的な意見が勝ったのである。
だが、焔のほうはそうもいかない。男好きだという噂がたった。元が女なので何ら問題なさそうである。まぁ、男として通しているのでへんな噂がたつのも仕方ない気もするが。
一部の女子生徒が感極まってカップリングに勤しんだのは又別の話である。
「夢川君」
「あ、金城さん」
「げ、コルクさん」
冬治と幸雄の前に、コルクが立ちはだかった。見た感じ、ご立腹だ。
「ちょっときて」
「……はい」
周囲からの視線はコルクが居たために問題はなかった。
いくら周囲からの視線は避けれても、避けられない相手は存在する。厄介なことに、冬治のなんちゃって彼女、コルクは焔のことが好きである。コルクとしても、まさか自分のなんちゃって彼氏が恋敵になると全く思っていなかった。彼女はそこまで鈍いわけではないので、焔の行為にぴんときたのだ。
「あのさ、あれってどういうこと?」
「どういうことってどういうことざましょ」
屋上まで連れてこられて、冬治は直立不動で緊張していた。口調がおかしいのは相手を和ませるためである。
「ふざけないでっ」
ボケに走ってみても、相手を怒らせるだけだった。和み成分が足りなかったらしい。リラックスできるお茶の葉や、心を落ち着かせる音楽が必要だ。いっそのこと、トランキライザーの使用も悪くないだろう。
もっとも、一時的なものなので根本を解決しないとコルクは怒ったままである。
「ものすごく、恋する乙女みたいな顔、焔先輩してたよね。全力でやってとお願いしたけどさ、まさか男をホの字にさせるなんてどういうつもり?」
古い表現を使うなぁと冬治は心の中でため息をついた。
「は、はは……いや、あれ、だよね」
「何、あれって」
困ったときに良く使う常套句。あれという言葉を持ち出してみても意味は無い。
「あれだよ、あれ。何でコルクさんはそう思うのかなって。焔先輩は男だよ? それに、常識人でもある。すぐにいつもの焔先輩に戻るって」
けじめはつける的な雰囲気はあった。あっただけで、達成されなかったのだろうか。
「……本当に?」
根拠は無いが、大丈夫だ。そう力強くは言えなかったりする。しかし、ここで多分という言葉も不適切、火に油を注ぐこと間違い無し。
「男の子と男の子だとちょっと色々と無理でしょ。それに、俺はそっちの気はさらっさらないから」
「それはそうだけどさ……まぁ、確かにそうだよね」
焔先輩が女の子で良かった。冬治はちょっとずれた感性でため息をついた。
「……夢川君、眼を見てよ」
「うん? 了解」
じっと冬治と見つめあった末、不本意ながら……といった様子でコルクは認めてくれたらしい。
「わかった、信じるから」
「ありがとう。じゃ、俺もう行くね」
これで山は越えたかな。心の中でため息をつき、冬治は屋上からさっさと逃げ出すしかない。
コルクと、焔の気持ちが落ち着くまでは両者とも会いたくなかった。しかし、前者とは嫌でも会わなくてはならず、後者も頻繁に冬治に会いに来るのだ。これがコルクに会いにきてくれるのならまだ、いいかもしれない。
どうしてこうなってしまったのだろうか。アルケミストも捕まえられず、二人目の犠牲者発生、周囲と何だかこじれそうな関係だ。
こりゃ、この学園からエスケープも入れておかないとな。
コルクと同じ見た目であることを知ったのだ。充分な収穫だ。相手の顔、形を知ってしまえば後は簡単だ。コルク自体に監視を付けさせれば可能だろう。
「……コルクさん」
「何?」
少し不機嫌な彼女に冬治は真面目腐った顔で言った。
「あのね、そっちも大事だとは思うんだけれど……アルケミストの方も早く捕まえたいんだ」
「わかってる。この前だって特殊液を作るの手伝ったよ」
「うん、それはありがたいんだけどね。相手が居ないと使えないから」
仕留めてさっさと退学しよう。そうしてしまえば投げ出したとも言われず、逃げたといわれることも無い。仕事自体は終わらせているのだから。
それ自体が逃げ行為だと気づきつつも、やるしかない。コルクの恋愛を助けることも、焔の想いに答えることも無く、ついでに言うなら優奈の友情にもいい感じのひびが入るに違いない。
「……矢崎さんも怖かったもんなぁ」
優奈は冬治に何もいっていない。焔が抱きついてからこっち、、どこか言動に棘がある。無言で腕をつかまれたときはものすごく、眼で何かを訴えかけていたのだ。
「思い出すと辛いから、やめておこう」
どうせここは仮住まいだ。湧き出る自分の疑問にせっせと言い訳を積み重ね、アルケミストへの想いを募らせるしかない。
「くそ、全部あいつが、あいつが悪いんだっ」
どうやっても、黒々とした想いばかりが募ってしまう。
「……そういえばさ、ちょっと思い出したことあるんだ」
冬治が黒々とした気持ちを溜めていると、コルクが真剣な表情を見せる。
「思い出したこと?」
「思い出したのは場所だけどね。そこで実験をやってた気がするの」
それらしい場所は地藤グループでも探っていたりする。しかし、どれも天井が落ちてきていたり、既に道具も残っていないような場所ばかりだった。いたとしても人型のどろどろとした化け物程度であった。
「そっか、俺を案内することってできるかな?」
「だーめ」
「え、何で?」
「だって、私が場所を教えて、もしアルケミストが居たら捕まえるでしょ」
「そりゃあ、ね。俺の目的だから」
そのことは伝えてあるし、何を今更だ。
「……そうしたら、逃げるでしょ」
「……」
黙りこんだ冬治を見て、コルクはため息をつく。
「その前に私とデートして焔先輩のことどうにかしないとね。私の思いに決着がついたら……ちゃんと案内してあげる」
冬治が逃げることを察したのか、先に釘を刺されたのだ。
「嫌だといったら、もう、知らないからね」
場所を聞き出すのは実にちょろい。地藤グループの怪しい研究員から思わず自分から喋りたくなっちゃうような薬をもらっていたりする。
いっそ使うか。ごねて後から地藤グループがコルクにちょっかいを出したらそれはそれで目障りである。
「……夢川君のこと、信頼してるんだからね」
「え? そうなの?」
「うん。だって、本当はわたしの事、どこかの研究施設に突き出さないといけないんでしょ?」
「ん? そんなこと言ったっけ」
そんなことは一度も話したことはないはずだった。
ちょっと悩むそぶりを見せて、コルクは静かに口を開く。湿度の高い空気はあめの匂いを運んでいた。じんわりと、コルクの額に汗を浮かばせる。
「スーツを着た男の人から聞いたの。本当はそうする予定を……その、トイレットペーパーさんが邪魔しているって」
あれほどちょっかいを出すなと言っていたのに。挙句、TPのことを話すなんてなんてなぁと冬治は深いため息をついた。
「……別に、コルクさんを捕まえても意味がないからさ。アルケミストに関する記憶は覚えてないんだよね。だったら、不要だよ。時間の無駄だから、捕まえないだけ。女子生徒にかまけているほど、俺たちは暇じゃないんだ」
少々の八つ当たりも含めて軽くコルクを睨んでみせる。
「ぷっ」
「……何さ、笑うなんて感じ悪いな」
「い、いや、だってね。スーツの男さんがこのことをTPさんに話したら照れて悪ぶるって言っていたから……」
今度あったら絶対に何か仕返しをしよう。冬治は心に誓うのだった。
「でもさ、ごめんね」
「何の事?」
「転校初日。あまり目立たないほうが良かったよね」
確かにそうだが、もう遅い。遅いというか、今更である。取り返しなんてつきそうにない。
「いいよ、気にしなくても。俺はアルケミストを捕まえるためにここにいるからね。さっき言っていたこと、手伝うよ」
「うん、契約成立だね」
契約も何もあったものじゃない。
他人の恋路を取り成すクピド役をこなすのもいいかもしれない。記憶を失くしている誰かに対しての、贖罪にはなるだろう。
「ん?」
視線を感じて辺りを見渡す。誰も居なかった。
「気のせいか?」
「夢川君、何してるの? もう行こう? 今日から帰って、焔先輩対策デートだからね」
「はいはい」
「返事は一回」
「了解」
コルクに腕を引かれて、冬治はその場を後にするのだった。
その日の放課後、コルクの言うとおり焔対策のデートを行うことになった。
「いくら男に興味を持っていようと、私が焔先輩を虜にしてあげるんだから」
目が燃えていた。
「その意気だよ、コルクさん」
とりあえずあおっとくか。頑張って応援すると決めたのに、もうどうでもいいやという気持ちが強くなってきていた。
「ん?」
ガラケーがメール受信を伝える。確認すると、焔からだ。
旧校舎の男子更衣室に来て欲しい。たったそれだけの短いメールだ。なぜなら最近送られてくるメールは非常に熱烈なものだからだ。お早うからお休みまで。要約すると会えなくてちょっと寂しいなという内容である。
メールが短いからといって寂しいわけでもなく、自分が発端なので無視するわけにもいかない。
「ふむ、ごめん、コルクさん。ちょっと今日は……待ち合わせにしないかな?」
「待ち合わせ?」
今日は無しで。さっきのやる気と、話し合いのせいでそうは言えなかった。
「そう、待ち合わせ。焔先輩が遅れてきたときのことや、早く来ていたことを考えるのも悪くないよね?」
「……まぁ、確かに」
「んじゃ、場所は駅前。待ち合わせは五時四十五分ね」
今から一時間以上猶予があった。これなら充分時間はある。
「うん、わかった」
約束を終えて冬治は旧校舎へと向かうことにした。無論、焔に会うためだ。会ってどうなるわけでもないだろう……焔の事も、コルクの事も無碍にするわけには行かないのだった。
八方美人は薄命である。刺されるか、精神的にやられてしまうかのどちらかだ。
「まさか、焔先輩が俺のことを、なぁ……いや、待て、待つんだ。冬治。思わせぶりでありながら実はそんなこと無かったといわれたときが指差されて破滅だぞ」
ぶつくさ言いながら冬治は焔が待つ旧校舎へと向かう。
旧校舎には当然ながら人がいない。これが告白ならば、おそらく校舎裏辺り……もしくは、もっと別の場所でやるはずだ。雰囲気が今一つで、ホラースポットとして有名だからだ。
「違う理由かな」
別の理由で挙げられること。心当たりが一つある。無論、それは冬治が取りだした拳銃やらなんやらかもしれない。もしくは、体の傷のことだろうか。
「ここを開けば、俺を呼び出した理由がわかるか」
扉を開けて、中にいる焔に聞けば全てが分かる。
「焔先輩、いますか」
「うん、いるよ」
この部屋の中に居るのは間違いないようだ。逡巡することなく、冬治は扉を開けた。
「……」
そして、閉めた。
「冬治君、やっぱり来てくれたんだ?」
扉が開けられ、冬治の腕を掴まれる。緑色の肌をしているわけでもなく、首から上が無いと言うわけでもない。
「な、なんでそんな恰好をしているんですか?」
回りくどい言葉なんて、必要じゃない。焔はスクール水着を着用していた。もちろん、女性用だ。
「似合ってる?」
色々と気にしながら、上目遣い。思わず、鼻を押さえそうになる。もっと凄い姿を温泉で見ているというのにぐっときてしまったのだ。
「に、似合ってますけども。何故にスクール水着っ」
「……ビキニの方がよかった?」
え、そんななだらかボディでビキニって……それはそれでありだけども。
冬治が下らぬ事で迷っていたのが間違いだった。
「おーい、夢川君? おっかしいな、こっちに来たと思ったんだけど」
「うげ、しまった」
つい、そんな言葉を言ってしまう。誰かの策略にはまったわけでもない……コルクの声は幻聴じゃあない。何か用事があって、冬治を追いかけてきたのだろう。
非常にまずいこの状況。狙ったように、ちょうど人間が二人入れそうなロッカーがあった。
「え、なんでコルクちゃんが」
「俺を追いかけてきたみたいですね。一旦隠れないと、まずいですよ」
ロッカーの中に焔を隠す。
「夢川君、ここにいるの?」
更衣室前に立ったコルクは何かをためらっているらしい。もし、誰かと誰かが一緒だったらどうすればいいのか……そんな迷いが見て取れる。
迷うのも、数秒。相手は覚悟を決めたのか、扉を一気に開け放った。
「おろ? コルクさん?」
「ちょ、ちょっと夢川君……何で上半身裸っ」
金城コルクが見たものは、上半身裸の夢川冬治ただひとりだった。一気に顔面へ血液が押し寄せ……すぐさま目を逸らそうとして身体中の傷に気付く。
「え、何その傷」
「ん? ああ、これ、ね。どうせ水泳が近いんだし教えてもいいかな……これは、転んで怪我したんだよ」
「嘘……」
怪我はどれも切り傷関係。右肩にはあざがあった。転んでけがをしたとは到底思えないような怪我ばかりだ。
どんなに頑張って立ち回っても巨大な何かとやりあうと傷の一つはついてしまう。そして、何度もそれを重ねれば傷が思い出に変わるのは仕方のないことなのだ。
「それ、アルケミストにやられたの?」
「はは、違うよ」
ロッカーの中に焔がいる以上、余計な情報を聞かせたくない。幸雄とトイレで話した時もそうであったが……そういう運命にあるのかもしれない。
もっと何かを聞こうとして、コルクは口をつぐんだ。誰かがしゃべることなく、しばらくしてから扉を閉めた。冬治はシャツを着て、ため息をついた。
「……焔先輩、行ったみたいですよ」
ロッカーを軽く叩いて、冬治は焔を引っ張り出す。中で着替えたのか、既にスクール水着ではなかった。
「えっと、傷の話をしてなかった?」
「まぁ、少し。知ってのとおり、脱いだら凄いんですよ」
きりりと表情を引き締めて冬治は笑って見せた。
「その、見せてくれるのなら……見たいな。お風呂のときは恥ずかしくてまともに冬治君を見てなかったし」
そういえば一度裸のお付き合いをしていたのだ。しかし、ここで改めて真っ裸になりますねというわけには行かない。冗談ならまだしも、今ここで脱いだら焔に教われそうだった。
「あまりに刺激が強いので、闇医者か名医にしか見せられません」
「そ、そうなの? そんなに凄い傷が?」
「まぁ、その気になれば魔法でちょちょいのちょい、ですがね」
「え、魔法?」
冬治は首をすくめて更衣室を後にしようとする。
「じゃ、俺は失礼します。用事があるので」
「待って」
焔に引きとめられ、冬治は足をとめた。
「何でしょう」
「……その、さ。コルクちゃんと冬治君は本当に恋人、なのかな」
冬治を上目遣いで見る。期待、不安を混ぜたその視線が冬治は嫌いじゃなかった。
鋭い質問を投げますね。危うく苦笑しそうになるのを抑えて努めて冷静に返答する。
「一応は、彼氏と彼女です」
「それって本当は違うってこと?」
「……さぁ、どうでしょうか。じゃ、今度こそ失礼します」
たった一日、仲良くしていただけで恋心とは生まれるものだろうか。
あり得ないだろう……冬治は首を振って廊下を歩く。コルクとの約束の時間は徐々に近づいてきていた。
旧校舎から教室棟の入り口に続く渡り廊下。校庭から聞こえてくる部活の声に冬治は誰かが走ってきた事に気付いた。
「あれ、矢崎さん?」
「冬治君っ。こ、コルクがっ……」
運動が得意そうには見えない。息を整えるのに数分かかる。
「はい、これ」
どこから取り出したのか酸素の缶を優奈に渡す。
「あ、ありがとう」
「お礼はいいよ。それで、どうしたって?」
「こ、コルクがコルクに……連れさらわれたのっ」
冬治が黙りこんだのを見て、優奈は首を振る。
「冗談なんか、私は言わない。冬治君なら、信じてくれるよね」
「当然。それで、どこで連れさらわれたって?」
「えっと多分旧校舎かな。窓から旧校舎が見えて……コルクが一階から私に手を振っていたの。私は旧校舎から戻ってきて二階に居たんだけどね。声で気付いたから……そうしたら、廊下の端からもう一人のコルクが背後に近付いて麻袋でがばっと」
両手を使用してジェスチャーを見せてくれる。
「こんな風に捕まえちゃって。すぐに消えちゃった」
「……消えた、ね」
さて、どこに消えたのか。
冬治は顎に手を当てて考えてみる。そんなに時間は経っていないだろうが、相手はドロリッ○……いや、飲むゼリィみたいなゲル状生物。隙間さえあれば棚の下だろうと冷蔵庫の裏だろうと逃げ込めるGみたいに予断ならぬ相手だ。
「一体、何が何だか……」
普段冷静な優奈が興奮している。顔も上気していて可愛かった。
冬治は首を振って雑念を隅っこに追いやる。今は興奮している場合じゃない。
「矢崎さん、これから時間ある?」
「う、うん。探すのを手伝えばいいの?」
「そうだよ」
話が早くて助かる。一度頷いて冬治は場所と時間を指定してそこにいるように告げた。
「こうしておけば普通にコルクさんが待ち合わせ場所に来ても問題ないだろ」
優奈の背中を見送って、冬治は優奈から教えてもらった誘拐現場へと移動する。まだまだ夜には遠い時間。暗くもなく、何かを探すにはもってこいの時間だった。
「といっても、あるのは足跡ぐらいかね」
探偵なら、この程度のこと探さないでどうすると客にどやされそうだ。一応、名前は探偵だが冬治は違う。殲滅系の探偵さんだ。思惑なんかが絡んでくると弱い。
「ん?」
「やっぱり、来たんだ」
気配を感じて振り返る。近くの排水溝からゲル状の何かが現れた。弾丸を撃ち込んでもくたばらないのでGよりもたちが悪いかもしれない。
もっとも、日本のご家庭でGに銃器を使用する奥様は居ないだろう。
「アルケミストかい」
ゲルはすぐさま人の形を成して、色を定着させる。見ていて不思議だった。
珍しく、学園の制服を着ていた。それから躊躇なく、アルケミストは肩を露出させ、撫でる……そこには弾痕があった。
「冬治。この前の弾丸は効いたわ。あれ、何?」
錬金術師と自称しているのならそのぐらいはわかりそうだと冬治は笑って見せる。
「便所に置いてあった洗剤を二種類調合したんだよね。そんで、できた液体を詰めた奴だよ」
「便……相当舐められたものね、私も」
むっとした表情で睨まれながらも、冬治は首をすくめる。
「そう言うつもりじゃないよ。俺は、あるものは何でも使うタイプなんだ。お前さんは人の身体をしてないからな。一体何が効くのか……俺がやられる前に突き留めないと駄目だろう?」
オレンジジュース、砂糖水、塩水、塩酸、台所用漂白剤……他にもいくつか試している。ゲル状になるからと言って、弾丸を全て避けられるほどアルケミストの身体能力は高くなかった。女子高生に毛が生えた程度の運動能力なのだ。打ち込む分に問題はない……効果がないのが残念だった。
「ふふ、あなたの言うとおりね。私もそういうタイプだからわかるわ」
「で、俺の前に出てきてくれた理由を聞こうか」
「ああ、そう、知っての通り、本質の無くなった金城コルクは預かったから。見え見えの罠に、はまって頂戴」
アルケミストは笑った。
「来ないとあの子、消しちゃうから」
「……万物融解液とやらで消すと?」
「ううん、そんなものを使う必要もない。あなたとあの子、恋人関係らしいわね。驚いたわ。よくもまぁ、私と同じ見た目のあの子をよくもまぁ、愛せるものね」
告白された時は顔を知らなかったから。それに、事情が色々と複雑なのだ。
冬治が黙っている事に何を思ったのか、アルケミストは口元を歪めた。
「私は本気よ? なにせ、いつだってあの子を消せるんだから。本質の私と、本質の抜けた私。私は言ってしまえば万物融解液にあの子の何割かが移って形成している者だからね。肉体を得る薬を飲んでしまえば、あの子と私の間の繋がりは完全に消える。肉体と本質を失えばあの子は、動かなくなるわ」
どう、凄いでしょ。
アルケミストは胸を逸らし、冬治は重たい息を吐いた。
「悪い、理解できなかった」
「愚かね。今晩、この学園の地下に来なさい。生物室の第一準備室……そこにいけば地下に行けるわ。来ないとあの子を、殺す。あなたがきたら、あなたを殺す……二者択一よ」
そういってゲル状になって消えた。便利な身体である。
「さて、どうしたもんか」
「おーい、冬治っ」
両手を振りながら幸雄が走ってくる。アルケミストは幸雄の気配を察知して逃げたのだろう。
幸雄は優奈と違い、意外と体力があるようで息切れも起こってない。
「ねぇ、さっき金城さんと話してなかったかい?」
「話していたよ。もうどこかに行っちゃったけどさ」
行き先は不明だ。本物、というよりも本質が抜けている方の行方もわからない。もしかしたら地下室に既にいる恐れもある。地藤グループに連絡を取るのがベストだろう。
「幸雄」
「何?」
「売られたケンカって買うべきか」
「うーん、どうだろ。僕はまだケンカを売られた事がないからなぁ。でも、穏やかじゃないよね」
間延びした調子の幸雄に冬治も頷く。幸雄は汗ばんでいるものの、冬治はどこか涼しげだった。
「だよなぁ」
「金城さんと喧嘩?」
「んー、まぁ、そんなところかね」
実際そうだ。相手はアルケミストだが、コルクはコルクである。本質だといった以上、本来のコルクはアルケミストの性質が強いのだろう。
「……絶対に、どSだな」
今も昔もそこは変わらないと思われる。
「え?」
「いや、なんでもない。それで、何かアドバイスってあるか」
「焔先輩と仲良くするからだよ。それに、矢崎さんにも優しいからね……他人にだらしがないんじゃないの?」
自分の歩いてきた道を思い出した。
「まぁ、確かに。そこを突かれると痛いな」
「二人ってキスもまだなんだよね」
「まぁな」
なんちゃって恋人の二人にキスはおそらく出来ないだろう。そして、今はキスどころの話じゃない。
「正直な想いを相手にきちんとぶつけなよ。好きなら好きだって、伝えなきゃ」
そういう話じゃないんだけどな。
幸雄に言う事も出来ずに冬治はため息をついた。まぁ、いいだろう。どうせ話せるような事でもない。
「今晩か」
決着がどうやら着きそうだ。冬治は報告書にどう書こうかと考える。
とりあえず、家に帰って準備を整えることにした。




