私の過去
母に喜んでほしっかった
記憶は飛んで、小学校は違う土地に。
小学校の記憶は前半短編的だ。
学校に行くと、休み時間は特別学級の子にいつも髪を引っ張られながら
付き添いの先生と過ごしていた。
帰宅すると誰もいない。電気は紐が短くて自分でどうしてもつけれなかった。
怖くて親が帰宅するまで、布団の中に潜っていた。
弟が二人いたけれど保育園で親と一緒に帰宅することが多かった。
ご飯も朝の母のご飯と給食以外食べることがなくなっていたように思う。
いつの日か両親はギャンブルにはまり家に帰ってこなくなっていた。
最初は千円だけ家に置いて「これでなんか食べて。」と置いて行ってくれていた。
授業参加は誰も来なかった。パチンコに夢中だったからだ。
いつの日か、千円も置いていかなくなり、毎日帰ってこなかった。
次第に仕事のお給料をギャンブルにつぎ込むまで行き、
学校の諸費用も、給食費も払えず、弟たちも保育園に行かず、私に預けるようになった。
気づいたら家の玄関の外には張り紙がいくつも貼ってあった。
子供でも読めるように、「でていけやくびょうがみ」「金なし泥棒」「家賃はらえ」
「出ていけ」「呪いの家」など。
両親は、お金が底をつき、車を売ったりしていた。
それでも借金してもクレジットカードも止められて、買い物もままならない。
両親はスーパーで卵だけ買ってきて、1個の卵を家族5人で食べて食いつないだ。
その間、電気、ガスが止まった。もう少しで水道も止まるころ、
母が私に言った。「あんた今から役所の人が来るから演技してパパに殴られて痛いと泣け。」
実際、父にはよく怒られるついでに髪を引っ張られながら足で何度も蹴られた。
お風呂に入れてやると言われ、当時はよくわからなかったが、お風呂場で
父が私の陰部に指を入れてニヤニヤしながら指を出し入れしていた。痛くて気持ち悪かった。
小学校3年生だったと思う。家族と銭湯に行った時もなぜか父と男風呂に入り、
気まづかった。
母は母で、知らない50代ぐらいの知らないおじさんに私を預けていたときに、
おじさんの膝の上に座るとパンツの中に手を入れてきて、ずっとテレビを見ていた。
泊まることになったとき、おじさんと一緒に寝ることになって、夜中おじさんは
私のパンツを脱がして陰部を舐めてレイプしてきた。
誰にも言えなかった。
後で知ったのは、母がその人から裏でお金をもらっていた。
「ああ、母に売られたんだ、、、、。」と理解した。
話は戻るが、役所に逃げる前に、ちょうど母の母に当たる祖母が窃盗で捕まり、
逮捕され、刑務所に入ることになった。
ここぞとばかりに、まだライフラインが通っていた祖母の6畳のアパートに
家族5人で隠れて暮らすことになった。
ライフラインが止まるころ、母の計画が実行された。
とうとう役所の生活安全課と対面することになった。
私は母の言う通り、大人の職員の前で、泣いて見せた。
幼い弟たちは何もわからなかったのが唯一の救いだった。
無事にシェルターに入り、父とは離婚手続きが進んだ。
新しい家を決めるためいくつか物件を回り、家を決める頃、
母が入院することになった。
当時まだ小学3年生だった私は、大人からこう言われた。
「お母さんはね、お腹に赤ちゃんがいるの。でもね産めないから手術するのよ。」
と答えた。母は昔からいろんな男性と不倫していたので衝撃的だった。
今は父の子か母の子かもわからない。シェルターの近くにあるスーパーに雪が積もっているなか
白い息を吐きながら、急いで歩いて向かった。手の中には200円玉。
いつもは自分の好きなアイスやお菓子を買っていたが、その日は母に少しでも喜んでほしくて
白いくまちゃんのキーホルダーを買って母にプレゼントした。
「…。ありがとね」と母は言い、その晩は眠りについていた。
次の日、起きたら母も弟もいなかった。
シェルターには私一人だけだった。
暇で室内をボーっと見渡していたらゴミ箱の中に白いものが見えた。
昨日母に渡したキーホルダーだった。
人間は生まれて3歳ぐらいまで、光や、音などの刺激で恐怖を感じてしまうため、心と脳を守るために記憶が自動的にシャットダウンする防衛反応があると科学で証明されている。
また、大人に限らず連続的に起きるストレスが積み重なると別人格を作ることや、脳がこれ以上ダメージを起こさないように強制的に記憶が飛ぶことがある。




