6.居酒屋
その夜、屋敷ではワイバーン撃退を祝う晩餐会が開かれていた。もちろん、話題の中心は「アルとリック」だった。しかし、そこにアルベルトの姿はない。
彼は、表通りから外れたところにある、小さな居酒屋に座っていた。
「主役がこんな場末の居酒屋にいていいのかい。」
年老いた女将がアルベルトの前にジョッキを置いた。
「その歳でまだ地獄耳なのかよ。」
「何言ってるんだい。街中が大盛り上がりさ。聞きたくなくても、耳に入ってきちまう。まったく、いい歳して、やんちゃしている奴に、言われたくないね。」
「あれは、リックが……。」
「街から見える程の刃を打った奴が、なに言ってるんだい。」
アルベルトは顔をすくめた。相変わらず口が悪い。女将が引っ込むと、アルベルトは店内にひとりになった。
今日に自分の動きは、リックの目にはどう映ったのだろうか――。
「俺は、こんなところで埃をかぶって終わりたくねぇ。もっと高みを目指す。」
辺境伯になるリックの誘いを断ったあの時の思いに嘘はなかった。
その足で、王都に戻り、宮廷魔導師団の入団テストを受けた。そこから、研鑽を積み、知識を深めた。さらに、政治も覚えた。だが、高みに上り詰め、臨んだ景色は、あの時の自分が望んでいたものとはまったく異なっていた。
突飛で拙い部分もあった自分の魔法が持っていた、何にも縛られない自由さと獲物を逃さない鋭さは、いつの間にか失われてしまっていた。
今日の魔法だって、かつての自分の二番煎じだ。かつての自分なら、リックに一泡吹かせようとしたはずだ。ジョッキの残りを一気に流し込む。そこで、居酒屋にもうひとり客が入ってきた。
「なんだい、いつからここが祝賀会のメイン会場になったんだい。」
奥から顔を出した女将が、すぐに引っ込んだ。
「やっぱり、ここに来てたか。」
「辺境伯が抜けてきていいのかよ。」
「主役は騎士団だから、問題はない。」
女将が瓶とグラスを持ってきた。
「これだろ。一瓶だけだぞ。」
懐かしい銘柄だった。白竜を封印した日もここでこれで乾杯をした。
「もうこんな強いの飲まねぇぞ。」
「そうかい。」
女将が瓶を取ろうとすると、リチャードが瓶を持った。
「いや、俺はこれ、もらうよ。」
「はいはい。」
女将はまた奥に引っ込んでしまった。
「やっぱり、相変わらずザルなんじゃないか。」
呆れながら、リチャードのグラスに酒を注ぐ。
「いや、俺もお前と飲んだぶりだ。お前も付き合え。」
「明日もあるんだぞ。」
「今日ぐらい、いいだろ。」
そういって、リチャードがグラスに酒を注ぐのを、アルベルトは止めなかった。
「相変わらず派手にやったな。」
アルベルトが皮肉たっぷりに言った。
「いや、かなり衰えたよ。」
「確かに。昔のまんまだったら、勢いで俺たちまで吹っ飛んでただろうな。」
「そんなこと言ったらお前だって、落下位置ずらしたりして、猫を被りおって。」
「安全第一だよ。安全。」
「おお、「安全」なんて言葉を覚えたのか。」
「そうか。大剣をウキウキで引きずってくる奴にとっては、縁のない言葉だったな。」
「そんな顔してたか。まあ、ちょっとは心躍ったが。」
「ワイバーンの大群を見て、満面の笑みだったぞ。よかったな、お前の騎士たちが、ワイバーンに釘付けで。自分たちの領主の方が化け物だってことに気がつかなくてすんだ。」
「なんだと。お前だって、ワイバーンを待っている時はニヤけていたくせに。」
返事をする代わりに、アルベルトはグラスの酒をぐいっと煽った。喉を焼くような感触がとても懐かしかった。残った氷が音を立ててぶつかり合う。続いて、リチャードも一気に飲み干した。
「最近どうだ。」
「まあ、ぼちぼちだ。」
「そうか。」
「そっちは。」
「こっちはこの通りだ。」
再び氷が音を立てる。アルベルトは自分のグラスに酒を注ぎ、リチャードのグラスにも注いだ。長い沈黙の後、リチャードが口を開いた。
「もし、全ての地位やしがらみがなくなったら、また冒険者になろうと思うか?」
「……。」
「いや、ただの妄想だよ。もしわしらが、あのまま冒険者を続けていたら、とふと思っただけさ。」
アルベルトは、再び酒を煽り、勢いよくグラスを机に置いた。
「そんなこと考えて、どうする。」
「なに、ムキになってるんだ。」
「てめぇが、くだらん話をするからだろ。」
「くだらん話って。いやな、レオが結婚して落ち着いたら、俺は当主をレオに譲ろうと思っている。そうしたら、また冒険者に戻るのも悪くないなと、さっき思ってな。」
「そんなに冒険者は甘くないだろ。それに、ハゲのEランクなんて、笑い草じゃねぇか。」
「…… 俺はこの地が好きだ。だが、一ヶ所に留まり続けるのは性じゃない。お前が一番知っているだろ。」
同じ街に三日も滞在していると、次に行こうと駄々をこねる姿を思い出した。その男が、こうやって何十年と同じところで暮らしている。
「お前が王都に行ったのを何度羨ましいと思ったことか。」
リチャードが静かに酒を口に含んだ。その声には、自由を手離して、領地に留まっていた三十年分の重みがあった。沈黙が二人の間を流れる。
「違う。」
アルベルトが絞りだすように答えた。
「何が。」
「結局、俺は王都に縛られに行ったようなもんだ。お前以上に、足先から頭までがんじがらめだ。」
アルベルトは両手で持ったグラスを見つめている。
「じゃあ、やっぱり冒険者だな。」
「なんでそうなる。」
「いいじゃないか。ハゲと白髪が二人、とぼとぼ歩きながら旅をしているなんて、ロマンチックじゃないか。」
なぜかアルベルトにはその光景がありありと想像できた。
「お前の感性はどうなってるんだ。」
「それで、竜とか倒してよ。」
「でかくでたな。」
「そんで、ここに戻ってくるんだ。」
「じゃあ、墓を用意しとかなきゃな。」
「いや、その前にやることがあるだろ。」
「葬式か。」
「いや、白竜だ。」
「ははは。」
ふたりで腹をかかえて笑う。こんなに笑ったのは、いつぶりだろうか。笑いすぎて涙が出てきた。
「いいじゃねぇか。おめぇにしちゃ、いい線いってるぜ。」
「だろ。そんで、封印の跡を今度は俺たちの寝床にしようぜ。」
目じりに滲んでいた涙が、頬をつたう。アルベルトは、それを気づかれないように拭った。
「リック、おめぇ飲みすぎだ。」
「すまんな、与太話に突き合わせてしまって。」
「いや、久々に楽しかった。」
「ばばあ。帰るぞ。」
そして、リチャードとアルベルトは居酒屋を出ると、それぞれの場所へと帰っていく。明日になれば、また宮廷魔術士と辺境伯だ。でも、この帰り道だけはアルとリックだった。
ついに次回が最終話です。明日の19時に投稿しますので、最後まで読んでもらえると嬉しいです。




