5.白竜の残滓
お昼前になり、そろそろ切り上げるかと思っていた時に、それは起こった。魔力というよりは、殺気に近いものが空高くに打ち上げられた。
「しまった。」
「どうしましたか。」
竜の残滓だ。それが封印から漏れて、仲間を呼んでいる。事の重大さに気がついていないレオの声が、アルベルトをさらに焦らせる。
「レオ、リックのところに走れ。ワイバーンの群れが来るぞ。」
突然のことにレオの動きが止まっている。
「おい、レオ!しっかりしろ。走れ!」
肩を揺すったところで、レオが正気に戻り、駆け出した。
そしてアルベルトも、まだこのことに気づいていないだろう部下達のいる、大樹のところへと走った。しかし、バフをかけても、足が思うように動いてくれない。
アルベルトが着いた時もふたりは異変に気づかず、作業に没頭していた。
「導師様、どうされました。」
肩で息をするアルベルトの姿を見て、ティオが駆け寄ってきた。
「ハワードすまん。代われ。」
彼の返事も聞かず、ハワードを押し退け、アルベルトは幹に手をつけた。
綻びのあるところはすぐに判明した。仲間を誘う残滓が噴出し続けている。急いで描き直し、念のために術式全体を確認した後、魔法で岩壁の上まで飛び上がった。
やはり走るのが遅すぎたのか、すでにワイバーンはすぐそこまで迫っていた。
「お前たちは、大樹を見張っていろ。俺は、騎士たちに合流する。」
飛び上がった衝撃でふらついていた足を踏ん張り、下にいる部下に大声で呼びかけた。レオがリチャードに伝えているから、問題ないはずだ。それでも、じっと待つことは出来なかった。アルベルトは足元の悪い岩壁の上を蹴ってみる。これなら跳べる。忘れていると思っていた感覚は、身体の方が覚えていた。胸の動悸をどうにか抑えながら、跳躍しながら駆け出した。
先頭のワイバーン達が射程圏内に入ったのか、翼を狙った大弓や魔法砲が放たれ始める。
一体目のワイバーンが地面に落ちた頃、やっとアルベルトはリチャード達に合流した。
地上では撃ち落され、傷を負って暴れるワイバーンと騎士たちが戦っている。リチャードは前線にはいるものの、自らが剣を持ってはおらず、次々と飛んできたワイバーンへの攻撃の指揮を取っていた。
「遅かったな。」
「うるせぇ。」
「もういいのか。」
「ああ。尻拭いをしに来た。」
リチャードの反応に反して、周りの騎士たちにとって、アルベルトの加勢は予想外だったようだ。彼の名前を呟く声がいくつも聞こえる。
戦況は悪くなかった。日頃の備えのおかげか、後手に回らずに、一体一体確実に撃ち落としている。アルベルトは地上班に合流し、強化魔法と治癒魔法で援護していく。
そこに、一体のワイバーンが搬送中の負傷兵を狙って、急降下してきた。
そこで、アルベルトは風魔法でワイバーンの翼、続いて眉間を撃ち、さらに落下位置をずらした。
「すげぇ......。」
担架に横たわっていた負傷兵が思わず呟いた。彼は、自分の目の前でワイバーンが一人の魔導士によって、倒されていくのを茫然と見ていたのだ。先ほどまで自分を死の絶望に突き落としていたワイバーンが、呆気なくやられていく。その鮮やかな攻撃は、美しくもあった。
昔だったら、眉間に一発でいけただろうか。
懐かしい攻撃方法が頭をよぎったが、今の自分なら選ばない。立ち止まっていた搬送中の兵士たちに先に行くよう促した。
その後も、問題なくワイバーンを倒していく。そうして、やっと終わりが見えかけた時、7、8体のワイバーンが新たに向かってきた。
「くっそ。」
終わりが見えたという希望が失われ、それまでの疲労が一気に騎士たちの心身にのしかかる。
「おい、アル。いいか。」
リチャードが大剣を携えてやってきた。周りの雰囲気とは一線を画し、どことなく嬉しそうにしている。言われずとも、リチャードの考えが読めてしまう。身体の中を高揚感が駆けめぐる。
「この戦闘狂が。一度だけだぞ。タイミングは適当に合わせろ。」
「おう。」
リチャードは騎士団を下がらせる。そして、最後のワイバーン群が射程圏内に入った瞬間、アルベルトはいくつもの風の刃を放ち、ワイバーンの翼を切り刻んでいく。そして、その直後にリチャードに何重ものバフをかけた。
リチャードは、大きく跳躍し、落下していくワイバーンを空中で迎え撃った。地面に落ちる前に次々とトドメをさしていく。自分の役目を終えたアルベルトは他の騎士たちのところに戻ると、皆リチャードの姿に釘付けだった。
「これが、伝説の冒険者アルとリック……」
まさに吟遊詩人が語った英雄譚そのものだった。誰もが恐怖や疲労を忘れ、ただただ見惚れていた。
最後の一体のワイバーンが地面に落ちた頃には、ことはすべて終わっており、最後の一体の断末魔とドォーンという落下音の残響だけが、いつまでも響いていた。
辺りが静かになると、次は騎士たちの雄叫びが空気を震わせた。
「うおおおお!!」
そして、自分たちの長である領主に駆け寄った。
「アルベルト殿は…。」
「……あれ。」
兵士たちの呟きを聞いたアルベルトは、そのまま騎士たちの後ろを通り抜け、部下たちの待つ大樹へと向かっていた。
「おい、アル!」
案の定、リチャードが一人で走ってきた。
「なんだよ。また、新しいワイバーンでも飛んできたか。」
「そういえば、刃数が少なくなかったか。」
「効率ってものを覚えたんだよ。お前だって、斬撃数が増えたじゃないか。」
「そんなもん数えて、暇人だな。」
「その言葉、まんま返してやるよ。」
すると突然、真面目な顔でアルベルトが頭を下げた。
「すまなかった。」
「何がだ。」
「俺の部下のミスで、こんなことに。俺が横についているべきだった。」
「いや、これはミスではない。事故だ。事故原因を作ってしまったことは反省すべきだが、そいつを責めるべきではない。」
「…そう言ってもらえると助かる。」
リチャードはアルベルトの肩を軽くたたいた。
全7話で、毎日19時に投稿しています。もうすぐ終わりが見えてきました。あともう少し、お付き合いください。




