2.白竜の封印
その白竜は、国境のすぐ向こう側を棲家にしており、時折、山を越えて、この辺境伯領に来ては大きな被害を与えていた。そのため、領地は貧しく、人々はいつ来るかわからない竜に怯えて暮らしていた。
レオの歳を過ぎた頃、25かそこらの時、俺たちが白竜の飛来を聞いたのは、ちょうど王都に戻ってきた時だった。
ヴィリエ領はリックの実家だ。緊急でドラゴン討伐のために冒険者たちが集められていたが、俺たちはそれを待たずに、聞いたその足でヴィリエ領に向かった。ダンジョンのラスボスを前にしてもヘラヘラと笑ってばかりいるリックの表情が強張っている。酒に酔うたびに白竜を倒してやると豪語していた男は、どの冒険者よりも白竜の恐ろしさを知っている。彼の故郷のことを思って、柄にもなく、心配でもしているのだろうか。
「怖いのかよ。」
「ああ。」
即答だった。リックの素直すぎる答えに、一瞬立ち止まりそうになった。
「らしくねぇな。」
「まぁな。」
「じゃあ、なんで行くんだよ。」
「さぁな。でも、行かなきゃいけないんだ。」
ふざけているようで、本心を隠しきれていないリックの返事が彼の余裕のなさを語っていた。
「確かに。だって、お前が白竜を倒すんだろ。」
「そうだな。」
勢いはなくなったものの、リックは顔を上げずにいる。
「なんだよ、しおらしくなりやがって。辛気ぐさい。そんな面してりゃあ、ゴブリンにでも負けちまうぞ。」
「うるせっ。」
「ほら、さっさと行くぞ。俺たちなら、白竜だって逃げ出すさ。」
「てめぇ。」
そこで、やっといつものリックが戻ってきた。
そして俺たちは、三日でヴィリエ領に着いた。
そのまま、領主館に行くと、そこにはリックの親父はおらず、母親が血相を変えて迎えてくれた。そこで事情を聞くと、泣いて止める母親をふり切って、俺たちはリックの親父たちに合流した。
前線は悲惨な有り様だった。白竜が通っただけで村は半壊し、基地となっていた洞穴には負傷者があふれていた。白竜と戦った者たちの多くは治癒魔法が効かないほど大きな傷を負っており、複数のうめき声が絶えずあがっていた。その中に、リックの親父の姿もあった。近寄ってみると、利き腕がごそっと持っていかれている。それでも、どうにか意識を保ち、騎士たちに指示を出していた。
その姿を一目見るなり、リックは洞穴から全速力で駆け出した。
「バカっ。」
いくらあいつでも、このまま単体で白竜につっこめば、命を捨てにいくのと同じだ。俺は咄嗟にデバフ魔法を放ち、リックを洞穴から少しいったところで捕まえた。
「止めるなよ。」
「てめぇのドラゴン退治ってのは、犬死にしにいくってことだったのかよ。」
俺はリックの頬を思いっきり殴った。
「……っ。」
殴った手に治癒魔法をかける俺を無視し、リックは脇にあった大岩を蹴りとばした。
「くそ。くそ。くそ。」
蹴るたびに亀裂がどんどん大きくなっていく。ついには、大きな岩は割れてしまった。涙で顔をぐしゃぐしゃにした、相棒の肩をつかんだ。
「犬死にじゃなくて、倒しにいくんだろ。」
そこから頭を冷やしたリックと作戦を練り、白竜へと立ち向かった。正直、もう細かいことは覚えていない。身体を磔にするような竜の眼、一瞬でも気を抜けば死に至る緊張感、吐息だけで砕ける岩壁、竜に払われ落ちていくリック、必殺技が全く効かなかった時の絶望感、俺を庇うリックの背……。
いくつかの記憶の断片が順序もわからぬまま、頭のなかの引き出しに雑に仕舞われているだけだ。
それも歳を取るにつれて、その山が段々と小さくなっている。もうどうして学院で耳にしただけの古代魔法が使えたのかさえ、思い出せない。始めの頃は、酒場で吟遊詩人が語る「白竜討伐」を聞くたびに小っ恥ずかしくなって逃げ出していたが、今は他人の冒険譚を聞いている気がしてならない。
とはいえ、本当にそんなことあったのかと思うと、竜の眼と背の古傷がそれが事実だったと俺に告げる。
そして、この封印術だ。
十年ぶりに竜の封印される場所を訪れた。細い谷底を通っていくと、険しい岩壁に囲まれた広場に突き当たる。ここが枯れた川と湖だったことを覚えている者はもう多くはない。
そのぽっかりと空いた空間の真ん中に、樹齢数百年はあるであろう、大樹がそびえ立っていた。しかし、実際は白竜封印の際に生やしたものなので、樹齢30歳ぐらいの新しい木なのだ。根元に白竜が封印されているエネルギーを吸い取って、通常の何十倍もの速度で成長をしている。
俺は、木をゆっくりと見て回り、術の状態を確認していく。
「やっぱり、木の成長によって術の状態がかなり不安定になっている。元の術を修繕しつつ、強化魔法をかけなければいけないな。」
「明日はティオ達も連れて来ましょう。しっかりと受け継いでもらわないといけませんからね。」
ハワード達には、この古代魔法についてすでに伝えてあるが、そろそろ次の世代にも伝えていかなければならない。それに、次に再封印に訪れるのは自分ではないかもしれない。
今回も団長自ら遠方に出向くことに反対する声もあった。だが、白竜への恐れと封印を施した本人ということで、自分も行くことになった。もちろん思い入れはあるし、知り合いも多い。しかし、片道一週間という遠さがタガとなり、自ら行きたいと思う気持ちはすっかり薄れていた。
歓迎の晩餐会は王都での晩餐会にも遜色のない豪華さだった。それだけで、この領地が安定していることが分かる。かつての荒廃した領地とは比べものにならない。
「アルベルト殿、グラスが空いていますぞ。」
こちらの返事を待たずに、斜め前に座った領主が酒の入った瓶を手に取り、もう片手を添え、アルベルトのグラスに酒を注いだ。
「お気遣いありがとうございます、リチャード殿。」
こぼすことなく5分目まで注がれたグラスを、アルベルトは仰々しくリチャードに掲げ、そのまま一口だけ口に含んだ。
「宮廷魔導士団の活躍は、この辺境地まで届いております。連携の取れた攻守で、いくつもの魔物を退治されているようで。是非、お話をお聞かせ願えないだろうか。」
「ハワード。」
どこにいっても言われるお決まりの言葉にうんざりしているアルベルトは、全てハワードに丸投げすることにしている。それに話し上手な彼が話した方が盛り上がる。
領主側の人々は、それを熱心に聞いている。身を乗り出して、話の切れ目を見ては質問をしているレオなんか、完全に少年の顔をしている。あんなんで、来年結婚なんて大丈夫なのか。まだまだケツの青いガキじゃないか。
リックにしたってそうだ。さっきから感心したように聞いているが、過去に対峙した魔物に比べたら、大した相手でもなかっただろうし、俺が連携プレイを推していることを心のなかでは笑っているかもしれない。どうなんだよ。
酒が回ってきたアルベルトは、リチャードを睨みつけた。
そこにティオが椅子を持ってやって来た。
「領主様と導師様は白竜を封印したんですよね。是非、その時の話を聞かせて下さい。」
こういう時、若者はいい。こちらの事情などお構いなしに、ストレートに聞いてくる。
アルベルトは、自分ではなくリチャードに話すよう、持っていたグラスを傾けることで伝えた。
「そうだな。もうあまり覚えてはいないんだが――。」
リチャードが語り始めた。
全7話で、19時に1話ずつ投稿しています。よかったら、読んでください。




