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1.辺境伯領

「見えてきましたよ、辺境伯領ヴィリエ。」


 折り返しばかりの山道が終わり、視界が開けた。馬一頭通るのがやっとだった先ほどまでの道とはうって変わって、門まで真っ直ぐに続く舗装された石畳は幅広く、周りの木々と相まり、辺境伯領の威厳にふさわしいものだった。


「導師さまは、ヴィリエに来られるのは初めてですか?」


 まだ若さの残る魔導士が、隣を歩く壮年の魔導士に尋ねた。


「いや、初めてではない。前に来たのは、5年前… いやあれは10年前か。」

「じゃあ、私が就任する前ですね。」

「そうだったな。ティオ、お前は宮廷に入って何年になる。」

「7年目です。」

「そうか、もうそんなになるんだな。」


 壮年の男は思わず目を細めた。

 10年も経てば、あいつも俺と同じように白い毛が増えてきただろうか――。


 なだらかな勾配が続き、足が少しずつ重くなっていく。前に来たときは、どうだっただろうか。しかし、思い出されるのはもっと古い記憶。




 まだ身体の重さなんて知らず、門が見えるとあいつを驚かせてやろうと塔の先まで飛んで、花火を何発か打ち上げた。赤や青の大輪の花火が空高くのぼり、大きな音をたてて花開いた。すると、俺の到着を察したあいつが、騎士たちをおいて、塔の階段を駆け上がってくる。


「どんな到着の仕方だよ。」

「華やかでいいだろ。」

「てめぇは、ドラゴンか何かか。」


 俺は塔の屋根から、奴の隣に滑り降りた。大輪の花火がパラパラと空に吸い込まれていく。


「だったら、お前は死んでるな。」

「てめぇには、負けねぇよ。たとえドラゴンになってもな。」


 ガチャガチャと騎士たちが遅れて到着してきた。


「降りんぞ。」

「お、やるか。」


 そうして二人は笑いながら駆け出し、城壁のへりから勢いよく飛び降りた。減速せずにそのまま勢いよく落下していく。そして、地面に着く直前になって浮遊魔法をかけた。上を見ると、驚いた騎士たちの真っ青な顔が城壁からのぞいている。その間抜け面に大笑いしながら、奴の家に向かった。




 もはや、やろうとも思わないし、やろうと思っても出来ない。今は、その辺境領の門の前に出迎えのために騎士たちが並んでいた。数こそ多くはないが、鍛え上げられた者たちだということが、動きから伝わってくる。


 しかし、そこに奴の姿はもちろんない。その代わりに、若い頃を思い出させる赤髪の青年が立っていた。


「宮廷魔導士団の皆さま、お待ちしておりました。」


 団長として、彼と形式通りの挨拶を交わし、領主の待つ、屋敷へと向かう手はずとなった。歩き始めると、赤髪の青年が壮年の男の方に近づいていった。


「アルベルト様、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。」

「久しぶりだな。もう、アル伯父さんとは呼んでくれないのか。」

「伯父さん!」


 こちらを責める声は、周りを気にしてか、小さい。それでもさっきまでのかしこまった顔が崩れ、耳がほんのり赤く染まっている。


「僕も、もう22ですよ。」

「そうか。じゃあ、俺もレオとじゃなくて、レオナルド様と呼ばなきゃだな。」

「それは…… それは困ります。レオでいいですよ、伯父さん。それよりも、父が首を長くして待っています。」

「そうか。」


 もう22か。いつまでもガキだと思っていた奴が、騎士を率いるとは、立派になったもんだ。俺たちなんか、その頃は――。


「導師様は、レオナルド様と親しいのですか。」


 隣にいたティオが話しかけてきた。


「彼の父親と、昔ちょっとな。」

「え、辺境伯様と。」

「お前、知らなかったのか。」


 後ろを歩いていた、副団長のハワードが驚いた様子で、話に入ってきた。


「お前、アルとリックを知らないのか。」

「えっ、あのアルとリックですか。アルって...... えっ、導師様って、冒険者だったんですか。」

「ずいぶんと昔だがな。」


 それからティオがアルベルトに色々と尋ねたが、答えを聞き出す前に、見覚えのある大きなエントランスの前に到着した。前に来た時はまだ白かった階段が、味わい深く年を重ねていた。


 レオが一足先に上り、正面の扉を開けた。そこには、ずいぶんと生え際が後退し、髯だけがやたらに立派になった友人が静かに佇んでいた。目が会うと、彼は少しだけ微笑んだ。見たこともない柔らかな笑みに、似合わねぇと思いながら、鼻を軽く鳴らして応えると、小さなため息が返ってきた。


「宮廷魔導士団の皆さま、我々の依頼に応じ、わざわざ遠くからお越しいただきありがとうございます。」


 挨拶をする姿は随分と板についている。しかし、そんな悪友の姿に、いつまでたっても慣れない。立場上、何食わぬ顔で受けるが、本当だったら指さして笑ってやりたいところだ。まあ、奴にとっても同じだと思うが。


「ヴィリエ辺境伯、しっかり魔物の再封印をしていきますので、ご協力の程よろしくお願い致します。」

「こちらこそ、お願い致します。」

「本日は歓迎のための晩餐会を用意しておりますので、準備が整いましたら、再びこちらにお越しください。」

「ありがとうございます。」


 すると、荷解きの指示をしようと背を向けようとしたアルベルトにリックことリチャードが一歩近づいた。


「随分白くなったな。」


 耳元で、懐かしい声がした。


「お前は禿げたな。」


 少しだけ口角を上げ、そして何事もなかったように、アルベルトはリチャードに背を向け、団員たちに指示を出し始めた。


 部下たちに指示を出すと、副団長のハワードと共に、リチャードの執務室を訪れた。壁には歴代の辺境伯の肖像画が並んでいる。その最後に奴のものも加わっていた。こんなところに並びたくねぇと言っていた人物と肖像画に描かれた人物がどうしても結びつかない。


「今回の魔物の再封印ですが、」


 地図を広げ、ハワードが段取りを説明していく。それをリチャードは頷きながら聞いている。果たしてこいつはどれだけ覚えているのだろうか、この魔物を封印した時のことを。そして、その頃の俺たちのことを。


全7話で、これから毎日19時に投稿していきますので、よろしくお願いします。

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