第四節 ―拠点にて― 歓迎 ➁
ヴァンの問いかけに、カルラの動きが止まった。
机に顔を伏せたまま、一呼吸の間を置く。
やがて顔を上げたときには、もう澄ました表情に戻っていた。
「ふぅ……」
カルラは、何かと決別するように、静かに息をついた。
そして、何事もなかったかのように、話し始める。
「なにかしら……十二番で、待っている……?」
カルラは、首をかしげてみせる。
「おかしいわねえ。そう言った覚えはないのだけれど……?」
その声色は柔らかく、けれど楽しげで――まるで、見透かされたことを面白がっているような響きを帯びていた。
「……下手くそか」
ヴァンは、口角をわずかに上げてそう言った。
「何でもいいけどな……悪気なく受け取ってほしいんだが、ただのお使いで、レイザーが動くわけない気がするんだよな」
カルラは、両手で包んだティーカップにそっと目を落とす。
立ち上る湯気を見つめながら、意味ありげな沈黙のあと――ふふっと、声を漏らした。
「うまくは行かないものね。
十二番戦線にいる人は……まあ……腐れ縁ってやつよね。
リオナの言葉を借りるなら……仲間……かしら?
組織のメンバーに加えてみてはどうかな、とリーダーに話をしたの」
また、沈黙が訪れる。
カルラは、ため息をついたあと、
「……でもやっぱり、リオナには悪いわ……。
あのまっすぐな方を、あれに合わせて大丈夫かしら。失礼がないと良いのだけど……」
そう言って、視線を泳がせる。どこか、部屋の上の方を見ていた。
ふと何かを思い出したように、視線を下ろし――ミナコとヴァンのティーカップに手を差し出した。
「もう一杯いかが?」
ふたりは無言のまま、同時に頷いた。
音もなく立ち上がったカルラは、紅茶を注ぎ終えると椅子に戻り、居ずまいを整えた。
「もてるでしょ?」
「ヘッ?」
ミナコが唐突に言った。さすがのカルラも、思わず声が裏返る。
ティーカップに口をつけかけた彼女の動きが、ぴたりと止まる。
同じ長さに揃えられた前髪と、ティーカップの隙間から覗く、彼女の丸い瞳がさらに丸くなった。
ミナコのあまりの突拍子のなさに、カルラは固まる。
しかし、その硬直はすぐに解けた。
ほんの一瞬であったため、ミナコにはカルラの表情を読み取る間もなく、
「ふふ……さあ? どうかしらね」
はにかんだ笑みを浮かべたカルラは、ミナコの方へそっと身を乗り出し――
「こんな私で? どうして?」
と、片手で頬を支えながら、目だけで笑った。
「もてすぎだろうがっ……!」
ミナコは、過程をすっとばして断言した。こぶしで机をどんと叩き、顔をうずめる。
「なあ」ミナコは顔をかたむけて、ヴァンに言った。
「……俺から言及するのは止しておく」
ヴァンは淡々とそう述べてから、
「……まあ、そういうことか。自分で行かないのかって聞くのは、野暮なんだろうな」
その言葉に、カルラは反応しなかった。
終わらせる気配のない――ミナコは、にやにやとヴァンを見やり、親指でカルラをくいくいっと指す。
「お前は、少しは自分の心配したらどうか。……俺が言うのも大いに野暮だけどな」と、ヴァンが静かに言った。
ミナコがヴァンをぐいとにらむ。声をすごませる。「……あん?」
ヴァンはミナコを一切見ずに、紅茶を飲み始めた。
「プクフッ……!」
その示し合わせたような連携が、カルラの笑いを余計に引き立てた。
「――素敵な寝ぐせでよお」と、ヴァンがしばらく経って言ったとき――
カルラとミナコは、他愛もない会話を続けているところだった。
「いつの話? それ。今まで何してた?」と、ミナコが言った。
「あと、これは、くせ毛! いい加減わかれっ! 知れっ!」
ミナコは顔をふる。彼女のあごの辺りで切り揃えられた茶色の髪が揺れ――左耳の横から伸びて一回転している、特徴的な毛の集合体も跳ねる。
「そうだな、まず、メンバーの話でもするか。最初は……リオナが入ったときか、それがいいな」
そう言ったヴァンは、部屋をぐるりと見回した。「ここの話、してなかったしな。そこにも繋がる」
「聞け、おい」ミナコが椅子から立ち上がり、声をいからせる。「てめえっ!」
「我らが組織が、こんな豪勢な屋敷を得るに至った――」
ミナコの手がヴァンの頭に――
すぱぁん!
と、振り下ろされた。ヴァンは避ける素振りも見せず、微動だにしなかった。
その瞬間――
「キャハハハハハハハッ!」
カルラが、決壊した。
ミナコとヴァンは、何も言わずに顔を見合わせた。
清々しい顔をしている。空気は、どこか満ちたものになっていた。
「なんとなくだが、結構強めの笑いが好きだよな」
机に突っ伏すカルラに構わず、ヴァンは、ミナコに言った。
「たしかに」
「最初、俺に注意してなかったか。ミナコには甘いのか」
「うん」
ミナコはなにやら泰然と、紅茶を飲んだ。
ヴァンは、とつとつと話し始める――。
――話は二年前。
十番戦線の、陽をさえぎる傘の下、ひとつのテーブルから始まる――。




