第二十節 今後のこと ③
「ランドはホントに違う世界から来たって感じがする。まるっきり視点が違うもの」
そう切り出した。
「……そうか」と、ランドは静かに言った。
「わたしなりに頑張って説明したつもり。だけど、それでも……わたしだけの話を聞いて、全部を判断するのは、まだ早いんじゃないかなあ」
顔を伏せて靴の先で足元の草をいじくりながら、話を続ける。
「すごい発見をしたって思ってるでしょ。自分は絶対間違ってないって思ってる? ……たしかに、ランドの言ったことは筋が通ってるように聞こえるよ。
でも、わかりえないこと、神のことばっかり考えすぎるのは……なんだか、危ない気がする……。
知りもしないモノに固執して、囚われるのはさ……」
これで、話はおわり。
ランドは黙っている。わたしは、ランドの方を見ることができない。
沈黙のあとに、
「わかった。リオナの意見として聞いておく」と、ランドは言った。
ランドを横目で見る。
「ち。頑固すぎる……」
「心の声か……?」
「……それに、よくしゃべる。最初のイメージと全く違う」
ランドは口をぎゅっと結んだ。
「……ここで無言になる冗談する? ふつう」
「…………」
……まあ、聞き流すぐらいがいいのかもね。わたしは言いたいことを言っただけ。ケンカする気はないんだし。
――ん? ランドって、怒るときあるのかな?
ランドは小さく首をふった。やれやれ、というふうに。
「……はあ。わかった。目の前のことだな?」
「ほんとに伝わってる?」と、わたしは言った。
「……さっき、おれのルーツがどうとか」
――じゃあ、目の前の話。
「うん。ランドのルーツ、一緒に探そうって言ったけど……どうやって探していこうかなって」
ランドはわたしを見た。「探してくれるのか?」
「え? 当たり前じゃん。言ったでしょ」
「……そういえば、そうだったか」
そう言ったランドは――なぜだか――わずかに笑ったようにみえた。
そして、遠くを見て、
「……とはいえ、あては無いに等しいよな」
わたしはランドに向かって手を伸ばし、指で『1』を示す。
「召喚士に会って話を聞く!」
その指に、ランドがちらりと目をやる。
……わたしはすぐに手をひっこめる。「……だけど、問題があって……そもそも召喚士があまりいないんだよね。仮に会えたとしても、この殺伐とした魔獣戦線の戦士。はたして協力してくれるかどうか」
ひと息ついて、話を続ける。
「まあ、わたしたちみたいに組織で動いてるのは別にしてね。一応、同士ではあるけど、そんなに繋がりはないってこと。みんな仲よく友達ってわけじゃない」
「……それなら……そいつが喚んだ召喚獣が、協力的かどうかも関係してくるよな」
ランドは手を広げて、それを眺めた。
「……それに、上手くいったとして、人の体が主となった今では、召喚界への道を通れない」
「……たしかに。まあ……簡単にいくとは思ってないけど……」
――うーん……この広大な草原のように、答えのない場所にぽつんと立っている気分。
わたしが考えていると、
「世界の果て……か」
ランドは、ぽつりとそうつぶやいた。
「それは、最前線を目指すってこと?」
見ていると、ランドは手の甲で口をおさえた。
「……神を確かめに……」
もごもごと、笑って、声を途切らせながら。
……あきれた。
「ねえっ! 笑っちゃってるじゃん! 自覚あるじゃん!」
そう言いながら、わたしは体をランドのほうに向ける。
「やっぱり、ぜんぜん響いてないっ!」
ランドは顔を伏せたまま、さえぎるように手をふって、「いや、違うんだ……」と、言った。
「リオナから、神って言葉を聞いた時から引っかかっていた。神が世界の果てにいるかもってな。……どこにいるか解らないなら、世界を司る象徴は、空の果てにいたっていいんじゃないか?」
わたしは首をかしげる。「……ん? なに? 空の果てって」
ランドは空を見上げた。
「それに、神は太陽そのものかもしれない、とも言う。……だから、何かがつながった気がしたんだ」
「……そうなんだ?」
わたしはそれしか言えなかった。
そしたら、ランドはゆっくりと――けれど、ためらいはなく――顔をこちらに向けてきた。
「おれの還る場所は――召喚界は、空の果てにあるんじゃないかって考えていたんだよ」
「――あっ……」
わたしは思わず目を見開く。
あの広場の光景を思い出す。
空を想うって――。
「……ランドは、あの森の広場でいのりながら、開けた空を見上げて――離れた故郷に、想いを馳せていたの……?」
ランドは、眼下の草原を見つめながら微笑んだ。
「いや、そんな大したものじゃない」
そのランドの横顔を見ながら、ふと、気づいたことがあった。
あれ? かえる――場所……?
だとしたら――
「ねえ、ランド……?」
声を絞り出す。
「……ランドは、帰っちゃうの……?」
無言ののち、やがて、ランドは口を開く。
「……さあ? 状況しだいでは、そうなるかもな」
「ダメぇえええええーッ!」
わたしは叫んでいた。
ランドを見据える。
だけど、ランドは目を合わせない。顔を伏せて、黙り込んだまま、何も言わない。
沈黙がしばらく続き、それから――
ランドは、「はあー」
と、大きなため息をついた。
そして、ゆっくりと体の向きを変えて、まっすぐわたしを見た。
「なあ? さっきから情緒はどうなってるんだ? 怒って、諭すのかと思ったら、ここに留めておこうとする……
なにより、うるさすぎる」
そこには、会ってから初めて感じた、ランドの微かな苛立ちがあった。
「あ、情緒は最初からおかしかったか?」ランドは、呆れたような顔で言った。
「ひとこと言わせてもらってもよろしいでしょうか!」
「なんだ?」
わたしは呼吸を整える。
「……ランドは、そこまで、帰ろうと思ってないでしょ。それに、よく考えたら……両親のことだって諦めてる」
声を落として、そう言った。とんでもないことを言ってるのはわかってるから。
ランドのまわりの空気が揺らぎ始める。魔力がにじみ出ているのが分かる。あたりを包むのは、明確な怒りの気配。
「言っていいことと、悪いことが――」と、ランドは言った。
もう、なんでこんな感じになってしまったのかわからない。
――あ、わたしのせいか。
それでもわたしは、話を続ける。
「だって、わたしにはちゃんとした確信があるよ!」と言って、ランドの背負うリュックを指さす。
「ランドは空の果てに、故郷があると想っていながら、その大きな荷物を背負って、出かけることをしなかった!
空の果てなんて、わたしには何言ってるのかさっぱりわからないけど、
ランドは気づいたのに、ずっとあのちっぽけな森にいたままでっ!
そこへ行くための、あてのない旅を始めようとはしなかったんだから!
それが、なによりの証拠!」
ここまで言い終えて、ふと、ランドのリュックが目に入る。
「……ふふっ!」口を手で押さえる。
だめだ。リュックがでかすぎて吹き出してしまった。
調子を戻して顔を上げると、ランドはまだわたしを見ていた。
その表情に怒りはなかった。なんか納得して、もう怒ってないらしい。
落ち着いた顔。
ただ黙って、まるで、わたしの次の言葉を待っているみたいに。
わたしは話を続ける。でも、まくし立てるような話し方はしない。
「そんなことしてるから、わたしについて来るしかなくなったんだよ?」と言って、にやっと笑ってみせた。
「あ、わたしたちの組織にね。もう逃げられないよ。
――それで、考えてみたけれど、神も、違う世界の行き方も……やっぱり、答えはでないよ」
わたしは、両手を広げる。青と緑の世界に。
「なにもかも、形而上のことばっかりでわからないから。だから、地道に前を目指す。わたしたちは、戦線の戦士なんだもの」
わたしは腰に手をあてて、少しだけ胸を張った。
「でも、必ず答えは見つかる! なぜなら、そんな気がするから!」
わたしはビシッと手を伸ばして、ランドの方を指さす。
「その結果、ランドが帰っちゃったとしても、わたしが気に入らなかったら連れ戻す! ランドが言ったように、わたしのやりたいようにやる!」
ランドの口元が、わずかに緩んだ。
「……そう来たか」と言って、
「敵わないな……」微笑んだ。
わたしは、一瞬、目をそらす。
――さっきから、柄にもないことばかり言い続けている気がする。
ランドの前だとなんでこうなっちゃうんだろうか。わからない。さっぱり。
それに、まだ言いたいこともあって――
いっそのこと、満面の笑みでやってやろうと思った。自信はないけれど。
またランドと目を合わせる。
「一緒に来てくれたお礼は必ずするよ。なんなら、一生をかけてでも」
わたしは両手の手のひらを合わせて、
「――それがわたしの、祈りだから」
風の魔力を添えて。
ふわりと揺れる髪に、そっと手を添えた。
首なんか少し傾けたりなんかして。
「ねっ?」
そしたら――
「――――――ッ!」
わたしの風に当たってないはずのランドは、まるで、突風でも受けたかのように、目を見開いた。
口をぽかんと開いて、驚きすぎて髪の毛も逆立っているみたい。
ババッと、目を逸らす。その頬が赤くなっているのが見えた。
リュックを背負い直したランドは、わたしから顔を背けて、
「い、行くか……」と言って、すたすたと歩きだした。
「……?」
わたしはやり切った感があったので、何も言わず、ランドの早業をぼーっと眺めていた。
――あっ……!
そういえばランドって、隠しごとできないタイプだったっけ。
あれ……もしかして、効果あった?
へぇー、ふーん……
わたしを二回もどぎまぎさせたおかえしだ、このやろーっ!
わたしは立ち止まったまま、先を行くランドの後ろ姿――ほとんどリュック――を見る。
「ま、コツコツとやっていこうよ」
ちらっと、黒い森の名残に視線を送ってから、ランドを小走りで追いかける。




