第十二節 調査を終えて
ランドを待っている。
木にもたれて、膝を抱えて座っている。ぼーっと丘の方を見ながら、まとまりのない思考を続ける。
ランド、準備に時間かかるって言ってたからね。
わたしは視線を上へ滑らせる。
あの崖の上にランドの家かあ……五年前、目覚めた場所。
あっ……ここからなら、魔力にのっていけばよかったのでは。いや、木が高すぎてダメか……。でも、そういう魔力の技、ランドは知らないよね……まさか。
いろいろ教えてあげないとね。魔獣戦線のこと。組織のメンバーのこと。わたしの親が経営失敗した宿屋にみんなで住んでることとか。
あの花の丘で暴れまわっていた魔獣、大魔巨獣級だった。ここは七番戦線だから、侵攻の途中でこの森へ入った。
魔獣はこの森の存在を――意識から外れずに――感じ取れるのかな。
――今日は見逃したけど、もし森の外に出たら、狩るから。必ず。
魔獣が荒らした丘のあちこちにへこみがある。紫の花もばらばらになって。
ぼんやりと、わたしが矢を投げた場所を眺める。地面が円形に深くえぐれて、一番大きな痕を残している。自分で言うのもなんだけど……すさまじい。魔獣との魔力による戦闘、その壮絶さをあらためて思い知る。
だって、さっきの戦闘は一発で仕留めて、ほぼ不意打ちみたいなものなのにね。
七番戦線での戦闘でこのありさま。
光の大地がボロボロになっちゃう。と、いつも思っている。
――でも、そうはならないことも知っている。
わたしが見るのをやめて、ここから離れたら――
あの痕は消えて、知らない間に、大地は元の姿に戻っている。
飛び散った花はさすがに戻らないけれど、修復されたあの場所にやがてまた新しい花が生える。
紫の花。
今まで発見されたことのない遺物だったね。
たぶん、この森をさがせばもっとみちのいぶつがみつかるにちぎゃいない……。
――あっ、ねむい……
ねちゃだめだ。
お金のことばかりに目がくらんでいた。遺物を求めることは、光の大地に及ぶ危険を常にはらんでいる。
閉じ込めて正解。わたしも、それにランドも黙って出ていくよ。
とは言っても、ランドはたまに家の確認にもどってきた方がいいよね。持ち主だって帰ってくるかもしれないし。そしたらなにか手がかりが掴めるはず。
たまに帰るときは、わたしも一緒についてこようかな。そしたら、あの木漏れ日の広場で待つかなんかして。
この花の丘も見慣れてきたし、元に戻ればもっといい景色と思えるはず。
できれば、この森がもう誰にも見つからず、ただここに在ってほしい。そう願うよ。
――あっ、ひっそりと修復される世界。どこか、空葬に通じるものがあるよねえ――。
「なあ……。なあ?」。……あれ?
――ランドの声が聞こえる。
――やらかした……。
不覚……。
「っ……」
わたしは立ち上がる。
「お目覚めか」
「……やってしまった。戦士としてあるまじき……」
ランドは何も言わなかった。
「……もう日が暮れる?」と、わたしは目をこすりながら言った。
「いいや。まだまだだ」
わたしは空を見て、「うん……よかった」
となりの木のあたりにいるランドに視線をうつす――。
「ぶふッ!」
吹き出してしまった。ランドが背負っていたのは、丸々と太ったリュック。ぱんぱんに膨れた巨大なそれのせいで、たとえば後ろを見ようと思っても、おそらく見られない。
「ねえ? 本気か、冗談なのかだけ教えてくれる?」
わたしはランドから視線を逸らす。見たらまた笑いそう。
「は? この荷物のことか? 出かけるからな」。なんでそんな得意げな顔ができるの?
「……で、そんなに荷物を詰め込めるリュックはどこで買えるの?」
「借りものだ」
「ぶふっ!」わたしはランドの手の荷物を指さす。
「とりあえず、どっちかの手はあけておこうよ。森の外は戦線だから」
「……そうか」
「あっ! こう……」わたしは左肩から対角線に手をおろす。「斜めに背負えるバッグか袋はある? わたしも持つから」
ランドはリュックを下ろして、ごそごそと何かをやりだした。
「……じゃあ、それ終わったら行こうか!」と、わたしは言った。「安全に森を抜けられる道は知ってる?」
「ああ。突然悲鳴あげるような道は通らない」
ランドはリュックと向かい合ったまま、そう言った。
もしかして、結構冗談言うタイプ? そんな面白いことしてる人がなにいってんだか。
そのあと、ランドからそこそこの大きさの荷物を静かに渡された。両手に持っていた荷物は、どうにかしてリュックにひっかけたらしい。
ランドのあとについて、まばらに生える黒い木々の間を抜けていく。
それでも、歪に伸びる木々は、上の方をほとんど塞いでいて、見上げると、わずかにできた隙間からちらちらと光が差し込む程度。
こんな状況でも、あたりは明るくてよく見える。本当に不思議。
「あ」と言って、ランドは立ち止まった。左のほうを見ている。「保存した肉……」
わたしもランドの横で止まる。
たぶん木漏れ日の広場に残してあるジカのお肉のことを言っている。どこに詰め込むの? わたしもう持てないよ? そこに生モノいれたらどうなると思う?
いや……もう、なにも言わない。
何かを察したのか、「……まあ、いいか」と、ランドは言った。
わたしはお腹に手をあてて、「そうだね。わたしも満足して……感謝してる。そのうちちゃんと、上に昇るよ」
「……そうだな」ランドは笑って、また歩きはじめた。
しばらく歩くと生えている木は更にへっていき、遠くに開けた空が見えてきた。
ふう……。調査、終わりだね。
ヴァンになんて言って隠そうかなあ。
手紙でも送ろうかな。
『黒い森の名残はありませんでした』。
そんな一言だけの。
わたしは後ろを振りかえる、当たり前だけど、奥はもう黒くて何も見えない。
あの思い出の木漏れ日の場所。紫の花の丘。
「……ランド? また、来ようよ。あっ……お肉をとりにくるとかじゃなくてね?」と、わたしはランドの背中――リュック――に声をかける。
ランドはなにやら間があったあと、
「そのうちな」
そして、わたしたちは森の東側から、外に出た。
*
「んー! 気持ちいいーっ!」
どこまでも広がる青空の下、わたしは伸びをする。森から見えた空とはやっぱり違うね。
「ああ」となりを歩くランドは微笑んで空を見ている。
「とりあえずこのまま北に進んで、リガに行こうと思うんだよね。着く頃にはさすがに日が暮れるから、今日も泊まることになりそう」と、草原を歩きながらわたしは言った。
「まあ、まずは街道に出よう!」
「ああ。任せる」と言ったランドは、まだ空を見て微笑んでいる。「魔力で進むペース上げるなら、できるだけ合わせる」
――あれ? なんか、ランド変わった?
もう、微笑んでるというよりにやけてない? 空を見るのが好きなのかな。それに、いままで気にしてなかったけれど、空の下で明るいからかな……肌、きれいだね。それに――
「魔力での移動法も知ってるの? ……ランドは天才? 五年の間でどれだけ色々と詰め込んだの」
素直に称賛。
とは言っても、わたしだって二年前は宿屋の娘やってたわけだけども。
「でもねぇ、いい気分だし、まだ歩きで行こうよ!」と、わたしは続けて言った。
ああ。とランドは言った。
「……そういえば、ランドって……いくつなのか分からないんだよね?」
「……さっぱりだな。五歳なわけは無いだろうが」
「じゃあ、わたしと同じでいいよね。なんか、そんな気がするし!」
「……別になんでもいいけどな。リオナは?」
「十八!」
陽の光が穏やかに照らす広大な草原を、ふたりで歩いている。
やわらかな草を踏みしめるたびに足跡が残る。
ただ歩いて、前へ進む。
後ろに、足跡と黒い森の名残をひっそりと残して。
――魔獣の気配がする。




