第十一節 つながる世界 ②
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「記憶がない」
「…………」
ふたりで、荒れた花の丘を眺めている。
わたしは黒い木にもたれて、膝を抱えて座っている。ランドはとなりの木に寄りかかって立っている。
「……だから、いろいろ話すとしても、すべて推測でしかない。それも、おれがひとりで考えただけのな」
「……はい」
「気づいたのは……五年前だ――」
ランドが気づいたらこの黒い森の家の前にいて、それ以前の記憶はないらしい。
――つまり、記憶喪失ってこと。
……うん。
さいわい、名前は覚えていて、言葉も話せた。字も理解できて、生活に必要なことは家に置いてあった本で得たらしい。
そう簡単に言うけどさ……。
それで、なんでランドが記憶を失った状態で自分が召喚獣だって気づいたかっていうと、本から知るいろいろな知識――そのなかのひとつ――
召喚獣という存在に、自身がそっくりだったかららしい。
ランドが言うには、最初のころは、身体がもっと召喚獣然としていた。でも、時間が経つにつれて、この森の中で過ごすうちに、身体中から生えていた木の突起、
これもランドの言葉で――ベッドで寝返りを打つたび布団をズタズタにする殺傷能力の高そうなあれやこれ、というか最初はうつ伏せでしか寝られなかった。
が、徐々に剥がれていった。
そのすべてが剥がれ落ちて、今の人の見た目になった。
「……推測とは言ったが」と、ランドは言った。「ハーフだっていうのは、事実だと思ってる」
「うん。間違いないよ。ランドはいま、人だし」
わたしが同じ状況でも自分がハーフだって気づくよ。人のルーツを持っていることは鏡を見ればわかるし。だって、ランドは人だもん。
それから、ランドの住んでる家は、借りているだけらしい。
「……まあ、家の持ち主は、少なくても五年は帰ってきてないけどな」と、ランドは言った。
「……持ち主が帰ってきてないなら、慣れてないから布団ズタズタにしちゃっただけで……もとからランドが住んでた家だった可能性もあるよね?」
「いや。そもそも……」ランドは腕をじっと眺めた。
「もう痕跡すらないけどな。あの体格のまま、この世界で暮らしていたと考えるのは無理がある。あれじゃ街にもいけない。それに……」
おぼろげながら、召喚界にいたという感覚がある。と、ランドは言った。
「感覚……?」
「なんだろうな、記憶……ではない、実感というか。最初は、なぜか、ここで見るものすべてがめずらしかった。だから、ここは異世界なんだという気分が抜けなかった」
「ふむ……それで、五年前までは召喚界にいたかもしれないと?」
「ああ」
「……そうだとして、どうしてこの世界に?」
「……さあな……
まず考えたのは、誰かに喚ばれたか」
「よばれた……? 五年前からずっと喚ばれ続けてるってこと? さすがにないと思う……今も魔力を消費し続けてるってことだから。三つ目の名を持つ英雄だって、そんなこと……」
「……なら、あっちで記憶を無くされるような問題を起こしたかだ。それで召喚界から追放されたか」と、ランドはそっけなく言った。
「……なにをやらかしたの……」
「……憶測だ」
「道をつくる魔力は? 使えないの?」
ランドは、右の手のひらから魔力を出した。でも、それは木の魔力だった。
「見ての通り」
「じゃあ……親は?」どう考えても明るい答えは返ってこなさそうなのに、わたしは聞いてしまう。
まったく記憶がない。と、ランドは言って、
「……いたとして、五年も迎えに来ないんじゃあな。それか……もう、どっちもいないか」と、ランドは目の前の丘を見ながら淡々と続けた。
あ、まずい……。
「なんで、道をつくる魔力でこっちに来ないんだろうか……」と、ランドのつぶやく声。
沈黙。
「……ランド。召喚獣は、喚ばれないとこの世界に来られないよ……」
わたしはそう言ったものの――じゃあ、ひとの方の親は何してるの、ってなるので、なぐさめにならない。
わたしは、膝を抱く手の力を強める。
記憶を失ったまま放り出されて、元いた世界とのつながりも無くなって、そもそもこの世界に来た理由がわからない。
全部がはっきりしない。
親の行方も知らず、その親ですら、もしかしたらこの世界へ送られることになった要因かもしれない……。
人と召喚獣のハーフ。その最大の疑問が、答えのない複雑な道をつくってる。
孤独――。
「おれは、何者だったんだろうな……最初から……」ランドは腕を組んだ。
あーあ……。
どんよりしちゃった……。
「――あっ!」わたしはひらめいた。
突然思いついたことがあった。
「なぜか話せて、字も読めた。あっちで教えてもらってたんじゃないの? 召喚獣の言葉は、召喚魔力をもってないとなに言ってるか分からないからね。みんな召喚獣語を話すなかでランドに教育するのは大変だったと思うよ。
……だから……何かあったんだよ。大丈夫! それを一緒に探そうよ!」と、わたしは言った。
ランドは、顔を伏せたまま、口を結んで、動かなかった。
――と思ったら、
鼻と口にたまっているものを全部を吹き出すような、笑い……? のような音を出した。
わたしは急いで立ち上がって、首を傾けてランドの様子をうかがう。
ランドは、笑っていた。口のあたりを腕で隠している。
「教育をしたからって……それでなにが、だから、なんだ。何かあって、なんで大丈夫なんだ……」と、ランドは言った。
結構まじめに言ったんだけどなあ。
でも……とりあえずは、よかった。
ランドは微笑んだ。「まあ、いくら考えても答えはでない。それに一緒にいた記憶すらない親のために悩み続けるのもな。……だから、あれこれ気にせず、強かに過ごしてきただけだ」
「したたかに……?」わたしは考える。
――うそだ……。
ランドが強かに生きてきたのはすごく――本当に凄い――認めるけど、気にせずっていうのは強がりだ。さっき話した感じだと、そんなわけないもの。
「……さすがにもう、話しはいいよな?」ランドは木から背を離した。そして、わたしと向き合って、
「これから、おれは、準備をしに行く、さすがに。それで、リオナは待つ」と、変な区切りをつけて言った。
わたしは、思わず笑ってしまった。
「そうだね!」
「ああ。家はあの丘の奥の、崖の上にあるから、時間がかかるかもな」ランドは崖の上のほうを指差した。
「ランド! ありがとう!」
ランドは、無言で首をかしげた。脈絡なかったか。
わたしは笑ったまま、手をふった。
ランドは向きを変えて、右の森の方へ歩き始めた。
ふぅ……。
あぶなかった。仲間になってすぐなのに、どんよりしちゃったね。
……それにしてもランド、こんな不思議な森にいただけあって、いろいろ秘めてるねぇ。
えーと……――
「あっ。そうだ」と、奥の方でランドの声が聞こえた。
見ると、ランドは立ち止まって、こっちを見ている。
「家に来るか? どうせ暇なら。小さい部屋だけど、本棚は圧巻だぞ」
「――ばッ!」いきなり何言ってんのこのひと!
「ばかなの? いきなり部屋だなんて! ……そんなっ……! そんなっ……」
「……は?」ランドにあきれたように笑われた。
「何を勘違いしたのか知らないけどな……。ここにいるんなら、いていいぞ。さっきの広場にいてもいい」
わたしは、
「……待ってる、ここで」
心外だという表情を変えずにそう言った。
ランドが行ったあと、また考える。
――秘めこむランド。
ハーフ。木の魔力。召喚獣。召喚界。追放。親は。道を創る魔力はない。足が速い。あと、いのり。空を想ってる。
――召喚界かあ。いっしょに探そうって言ったけど……見当もつかないね。とりあえず、召喚士に会ってみる?
うーん……なにか、わたしにできること、あるかなあ。




