観測記録 整理調書
【鹿ならざる者】 動物が深淵に侵された姿 普段は動物の様に振る舞う 一度でも山に踏み入れた人間を食い殺さんと迫る。 森の静寂は警告であり 安易に動くべきでは無い 人の呻き声に近付いてはならない 奴らは人の様に 或いは動物の様に迫り 生者の魂を渇望している。
【聖解の錫杖】 煌びやかな宝石が嵌め込まれた錫杖 聖職者ミユリが携えていたソレは己の家系を 偉大さを知らしめる為に散財を重ねた そして愚かにも貧民に説法を説いた 彼女は死ぬ瞬間まで理解しなかった 弱者が望む救いを 或いは無視していたのだろう 人とさえ思っていなかった 人々をまるで人間扱いしてやっていると言う傲慢を 薄汚れた短刀を背に刺され 下水道で死に絶える瞬間まで。
【ヘラルド・RF・ガトウ】 人間種。 彼、若しくは彼女。 死して尚、何を想い誰を愛するかは観測しなければ分からない。 今の観測状況から伺えるのは彼が精神的に不安定であり非常に他者に惚れ易く、無意識的な依存が強い事。
然しそれは悪い意味では無く、寧ろ好転反応に近いかも。 きっとそれは誰かを頼れる強さを得つつあるのかも知れない。
【コンフェ・ドール・ベルカ】 獣人種。 灰色の体毛に頭髪、高身長である彼女の身体は傷が無い場所の方が少ない。 神名を賜った彼女も又、使命と言う呪いに縛られた呪縛者なのかも知れない。
最近彼女は大雑把に束ねていた髪を短くしている。 それは機械の組み立てで邪魔になるとか旋盤に巻き込まれない為と言う建前があるものの、ヘラルドに短く編んだ髪を触らせたがっている様だ。
性格や心理状態は今の時点では伺い知れない。 彼女が両親の遺骨の無い墓を見て何を感じ、何れ程の激情を秘めているのだろうか。 何時かは知る事が出来たら…と、言うのはこちら側の希望的観測だ。
一方、聖職者としての彼女は勤勉であるが故に悲劇的である。 人の罪を赦す為に身体に刻まれていく傷は時折痛むのか、夜な夜な泣きながら彼に泣き付いて背中をさすって貰っているみたいだ。
彼女にとって彼は自らの存在を揺るがせる様で、私設の監視部隊を動かしている。 それは何も彼を疑っている訳では無く、自らの側を離れてしまう事に酷く怯えている様だ。
…あの娘には秘め事が多く、把握し切れない…本当に二十代の娘が抱えていられる物か? まるで何度もやり直しを繰り返し、最適解を精神の消耗を代償になぞっているみたいだ。
【カーミラ・ウーニクス】 この星で現在観測出来る異星人。 ヘラルドも正確には異星人だがそれは置いておこう。 彼女は観測している者達とは全く異質な存在で、道徳観や倫理観の価値が地球とは違うのが自らの身体を機械に置換しているのがいい証拠。 左右2本、計4本の触手は手と武器を兼ねている様で触手の形状が刃の性質に変える機能を持ち合わせている。
ヘラルドの機械化が悲劇なら彼女は日常的な物となっている辺り、相容れない存在なのかも…だからと言って分かり合えないとか、滅ぼさなければならないと言う話では無いのは確かだ。
自らの同胞が犯した罪が今も星に住む全ての人間を苦しめている事を自覚し、何もかもを抱えなければならないと言う強迫観念に縛られ、時折建物の隅で蹲っている。
恐らく全ての者達の目に、憎悪の火が宿っているのでは無いかと恐れている様だ。 実際の所は未知の技術の扱い方を知っている凄い人と言う認識しか無いのだが…彼女がそれに気が付く日が来ると良いな。
ヘラルドとの関係性ではお互いに存在感の類似性部分で依存しており、お互いに異星人である為に2人でしか分かり合えない部分があるから。 復元したゲーム機を仲良く無言で没頭する2人の姿も見えるが、もしかしたら普通に気が合う友達と言うのが2人の共通認識なのかも知れない。
又、ヘラルドとコンフェの背丈と体格が良過ぎる為に彼女が小さく感じてしまう。
…この星の人間は誰も良い身体を持っているものの、ヘラルドが惹き寄せる人達が例外なだけである。
【スネイル・マーシェル】 人間種と森人種の混合。 オールバックと眼鏡が似合うこの人は多忙により、神経質な様子が垣間見えるが今や一人の娘を溺愛する父親だ。 最近反抗期に入り始めている事実から目を背け、高価な品を買い与えようとしているようだが…それは悪手だぞパパさん。
熱心な贖罪信奉者で大規模な犯罪組織の首領だったが、妻のアナトリアとコンフェ・ドールとの邂逅を切っ掛けに組織を自らの手腕で健全な事業に移行し、緑花複合商社へ統合させた。
傭兵や医療品関係の部門は嘗ての組織の名残と言う訳だ。
【アナトリア・マーシェル】 人間種と森人種の混合。 元の所属は魔導協会本部の最上級幹部だったが、子供を触媒とした深淵への対抗手段に賛同しなかったが故に命を狙われ、一時は生死の境を彷徨っていた所を贖罪信仰の聖女であるコンフェドールに救われ、スネイルと共に彼女の懐刀となって闇夜に蠢くろくでなしを叩き潰していた。
巷では目付きの鋭い愉快な三人組として名を馳せていた事もあった様で、国民から信頼される一端を担っている。
…最近夜中に甘味を貪っていた所を娘に見つかって悶絶していた。
【アナスタシア・マーシェル】 スネイルとアナトリアの秘蔵っ子。 鷹の目の様な鋭い目付きは一部の職員達にファンが出来る程の魅力を携えており、母譲りの魔法と魔術の才覚と父親譲りの肉弾殺法の才覚さえ持ち合わせている。
プラジュナー領にある大陸最大の魔導学園の首席であり、 それ故に弱音を吐き出せない事が唯一の欠点なのかも知れない。
優秀な両親や周りの期待、私なら身体が竦んでしまう。 本当に強い子だ…羨ましい。
私にもそんな強さが欲しかった。
【セレンディ・ジャイト】 ?種。 メラニズムの少女とアルビノの少女の姉妹。 メラニズムが姉のセレンディでアルビノの妹がジャイトだ。 間違えない様に気を付けないと…。
この姉妹は何処か普通の人とは違う視界で他者を見ており、人間性…魂の形を見ている節があるようだ。 彼との最初の出会いの際の反応からしてその可能性がある。
姉妹がコンフェに忠誠を誓うのは契りより深い、魂を賭けた口約束の様だ。
【タビィー・オレンジ】 ?種。 銀と黒が混じる短い髪に猫耳が生えてはいるが頭部は人間種、首から下は獣人種の骨格。 星に眠る神秘を利用した遺伝子混合実験の被害者であり、最初の獣人種である。
首から下は獣人で人間の頭部に獣の耳が生えている不完全な状態ではあるが当初の実験段階では成功として扱われ、繁殖実験の名目の元で身に余る屈辱の限りを受けた後に多臓器不全で死亡した記録だけが残っている。
執念か憎悪か…或いは呪いか、私などでは測りかねる。 恐らく答えとして、彼女はヘラルドの前では魔法文字から編み出したネオンの様に光る目と口では無く、素顔の目と口で見て喋る事が答えだろう。
首が自由に取り外し出来るのは恐らく呪縛者としての身体的特徴なのかも知れない。
…質問したら彼女は答えてくれるだろうか…。 いや、彼以外には答える事は無いだろう。
【グウィン・タワーズ】 人間種…では無い、最も古い種かも知れない。 今の所彼が兜を外した姿は観測出来ていない為、声色から推測するに恐らく男性? 正確な年齢は分からない…が、少なくとも純粋な年齢差は統合年齢で誰よりも高齢なヘラルドよりも遥かに高齢な者の一人。
憤怒の騎士としての一面が人格の大部分を占めるものの、戦闘狂である一面とそれらを終わらせたがっている姿も見受けられる。
一時期は贖罪の聖女と共に行動していたのは星の終わり、救いも終わりも無い深淵に侵食されたこの星との決着を期待していたからなのか。
何方にせよ、まさか彼もおとぎ話の滑稽な言葉が実現し始めたのは計算外だったのかも…。
【魔力】 理屈も原理も説明しようとすると切りが無い。 大気中に含まれる窒素と酸素の構成諸々とは違う、独立した大気の成分。
血液中を流れるナノマシンの性能を限界以上に引き上げる作用がある様で、後に科学文明よりも魔法・魔術文明の著しい発展の要因になったみたいだ。
例えば電気やらで熱を生み出すなら最初から自らの力で過程をすっ飛ばして熱を生み出した方が早いもんね。
【ナノマシン】 この星に移住して来た異星人達の技術の一つ。 身体能力の向上、機械化の際の抗体反応の操作を可能とする物だった。
魔力と深淵の余波と作用で遺伝子に癒着する結果となり、何と赤色と黄色骨髄の造血機能に組み込まれていて、人や魔物と後に呼ばれる実験動物は特に顕著であり、生きる3Dプリンターみたいな存在と化している。
乳児期からナノマシン保有量が多いものは稀であり、成人以降でもナノマシン保有量が増減する事が確認されている辺り、魔法・魔術文明は科学文明の派生的で最終的な文明と技術の到達圏なのかも知れない。
【食文化】 言語の翻訳上、どうしても名称が地球由来となってはいるが多少の食材と料理の見た目の差異がある。
魔物や現地の惑星独自の動植物から作られる料理や文化もちゃんと存在する様だ。
仮説として、文化を築ける生命体は一定の資源がある限りは文化や食文化の辿り方が収斂すると考察されている。
…もしもいきなり別の星に飛ばされても文明が発展している星なら腹は満たせるかも…。
【各国の彼に対する警戒】 突然空から緋色と青色の尾を引き、土足で自分達の星に降り立ったのは最大限の警戒に値する物だ。
深淵の対応で一致団結し始めた最中である故に排斥へ舵を切ろうとしたものの、国家を凌駕する組織の長であり聖女が引き込んでしまったので、現在は静観で意見は一致している。
多勢に無勢ではあるが彼と敵対すれば最後、焦土が幾つも出来てしまう可能性があるかも知れない? 兎にも角にも一国家として刃を向けるのはリスクが大き過ぎるし、予測不能だから手を出さないのか?
【呪縛者・デーモン】 両者の違いとしては深淵によって歪められたか、深淵により近い混沌に歪められたかの違いがあると考えられる。
願いや執着、誰かの想いが反映される事例が多く確認されている事から無機物もまた、深淵に侵食される様だ。
付喪神の様な概念に近い?
今の観測視点で分かる事、それは呪縛者やデーモンに変異してしまうのは望まれた状態では無いと言う事だ。
【魔物】 移民船から持ち込まれた実験動物。 元はより過酷な環境に適応し、繁殖力のある動物を生み出す過程で偶然にも魔力適性の高い実験動物を組み合わせた結果、魔物と呼ばれる生命体が誕生したと考えられる。
中には兵器としての運用を期待されて産み出されたドラゴンなる種も存在した。 倫理観や道徳観が根本的に地球とは違う可能性があるが、異星人達の中には懸念を表する人達がいたので良心はあるよ…多分。
【滅んだ企業群】 他所様の星に定住後、急速に母星と変わらない技術を振り撒き始めて争い始めた愚か者共。
深淵の神秘、生命の概念そのものに干渉しようとした結果は滅びの一択であった。
元は環境の狂った故郷を追われた可哀想な者達も命と腹が満たされ、傲慢となってしまったのだろうか?
良い人達もいた事は事実だが悪い人もいたってだけの話だろ、と言えばそれまでの話だ。
【緑花複合商社】 この大陸最大規模の商業組織、元は共同企業体だったがコンフェが裏で血を流し、統括するに至った様だ。
…何方かと言えばカルテル。 首領と幹部会の関係性に近いかも。
主に客層は中流階級を中心に見据えた経営を心掛けていて、野菜・精肉・鮮魚を手頃な値段で販売している。
その他の主力商品として長期間の遠出、遠征などの為の缶詰が多種多様に売られている。
缶詰等、元はこの時代に存在し得なかったが発掘調査によってサンプルが豊富だった為に再現が可能だった様だ。
【太陽の加護とティファレトシステム・イェソド機能】 謂わば電子基盤とアーティファクト群。
魂が記憶する現存の創造性を限界以上までに引き上げ、ナノマシンが実行に移せるレベルまでの命令に変換する。
自称、太陽の王女が授けたのは此の星における心臓であり、ターミナルに縛り付ける物の可能性があるのか?
ティファレト・システムはヘラルド自身の身体の情報を参照し、状況や命令によって即座に変異する機能がある様だ。
突然彼が魔法や魔術を扱い始めた原因、それは彼に統合した筈だった人格の一つが示した魔力への独立した適性反応であり、無意識的に表面化した人格がそれらを行使しているのかも知れない。
しかも恐ろしい事に魔法・魔術への高い適性反応を示している人格は一人では無く、大人数になるだろう。
イェソド機能はその内の一つであり、観測視点からは力の入口となっている様に見受けられる。
…人が想像出来る事、それは何時の日か実現出来るとは言うが…限度があるだろ。
【緑花の職員達の生活の質】 悪魔に魂を売るなら緑花の人間に魂を売れ、何て格言が存在する程度には高給取りであり、一度就職に漕ぎ着ければ安泰であるそうだ。
然しその門は狭く、生半可な者では潜れない様で専門技能や筆記の程度が厳しく求められる。 その狭き門を潜れた者と扶養者は充実した福祉、職員割引きでの商品購入や企業負担での住居の提供が待っているのだ…。
但し、情報の持ち出しや裏切りは御法度。 他所様への非礼無礼が確認された場合、親族や血縁関係者が例外無く丁寧に処分される。
…そもそもの話し、職員の全てが誓約魔法によって契りが交わされている。 故に裏切れば即座に頭が破裂する仕組みが完成しているのだ。 …恐ろしい!
【発掘兵器の扱いと誓約】 コレに関しては非常に神経質な問題な様で、複数の大国で構成された国際連合により封印処置が施されている。
一歩間違えれば…一歩間違え無くても人類の争いが泥沼になるのは避けられない為に厳重な法が固められているのだ。
実戦程度の復元修理が可能な緑花複合商社のみに現在は使用が許諾されており、万が一に市場流失や私的の行使が認められれば即座に緑花の職員は首が飛ぶ…物理的に、全員。
…後は贖罪の聖女の契りにより、上記に抵触すれば聖女並びに全ての関係者は身体の内側と外側が裏返り、悶え苦しみ抜きながら死んでいく。
身の丈に合わぬ技術は滅びを招く…それが痛感出来る絶望も観測出来てしまっている。
だからこそ贖罪信仰があり、厳しい誓約が必要なのだろう。
【この星信仰・宗教観】 地球の宗教は心を知る為に、この星の宗教は力を知る為に存在する。
贖罪信仰は約束に絶対的な力を齎す術、その過程で消費される血液を操る術を。
太陽信仰は弱き者達を守る為の力、傷付いた者を癒す術を。
古竜信仰は古の情景を身に宿す為の力、喪われた原初たる古竜の術を。
地球にも魔力が有ればそう成り得る可能性は十分にあるのかも知れない。
【職員のちびっ子達のヘラルドに対する反応】 何か急に現れたカチカチのゴーレム。
いっつも庭の芝刈りしてる。
気が付くと肉焼いてるし、お菓子もくれる。 凄い美味しいと言うと照れるからチョロい。
後は悪戯にめちゃくちゃ協力的。 見つかってお父さんとお母さんに正座させられてた。
管理人の人達に花壇にマンドラゴラを植えていた事を怒られてた。
…コッソリくれるお菓子がやっぱり美味しかった。 また食べたいな…。
◇◆◇◆
【最後に】
体調や気分によって観測出来る場面が変わるのは辛い。 死ぬ前には彼らの生きた証を綴りきって見せる。
私は神様じゃない、都合の良い方向に捻じ曲げない。 彼らの生き様を侮辱する、捻じ曲げた当たり障りの無い事を綴ってはならない。
彼らが月が綺麗だと言う言葉の意味を教えてくれた。 その恩を決して忘れない様にしなければならない。
例えハッピーエンドじゃなくても綴り続けなければならない。
現実が辛くても決して彼らの生き様を綴り続けなければならない。
誰にも理解されなくとも綴り続けなければならない。
自分の為以上に彼らの為に綴り続けなければならない。
病気が再発しても綴るのを諦めずに綴り続けなければならない。
生きる事を諦めてはならない。
綴り綴り綴り…綴り続けなければならない。
【墳墓の大壺】 墳墓で無造作に置かれる 人骨を押し込んだ壺。 割れると生者を追跡し 爆ぜる人間性の塊が飛び出す事がある 此の様な形では報われない だが名を知られぬ死人は 眠る場所を選べない
【貴き者の双曲剣】 聖騎士パムが振るっていた伝承のある 刃が魔力で構成された二つで一振りの曲剣。 特段に特別な品物では無かった 刀身は決して折れず 心が折れても それでも折れず 後に深い闇から這い上がる術を知る幼子は 貴き者の称号を持つ骸となって聖堂に安置された その眠りは貴き者の称号に恥じる事のない姿だったと言う。




