瞳に映る感情の名を知りたくて
【猪の干し肉】 おとぎ話からやって来た英雄が懐で温めていた干し肉 使用すれば一時的にスタミナ消費量が減る。 彼は言う 忘れていた訳では無いと そして獣人と半機械の女性は囁く 酒の摘みに丁度良かったと。
【解呪の石】 祝福の宿る不思議な鉱物の欠片 魔法鍛冶の道具の一つ。 古代より祝福とは呪いを背負う為の呪いであり 教訓であると だがしかし巡礼者達は その先に報いは無いと知っていた 巡礼は始まったばかりであるが故に
寒さも多少和らいで過ごし易くなった今日この頃。
身体を縮ませる事が出来るのも相まって足取りも自然と軽くなる物で、敷地内や王都の通りも早朝は人通りも少なく散歩にはうってつけだった。
朝日によって陰陽の別れる建物をぼーっと見るのは楽しいし、眠そうに開店準備を行う人達を見るのも案外悪く無い。
…さて、今日はコンフェもカーミラも私の遊び相手にはなれない様なのでお一人様を楽しもうかな?
「一人は気楽で良いが…当ても無くフラフラするのもなぁ…」
アレがしたいコレがしたいと、贅沢な悩みに頭を働かせているといつの間にかサルヴァ王国の外へと通じる大門の前に辿り着いてしまった。
「相変わらずでっかいな…私でも壊すのに一苦労するなこりゃ」
「英雄どの! 早朝の巡視ご苦労さまであります!!」
高く堅牢に作られている門に思わず視線が釘付けになっていると衛兵の一人が出入り近くに建てられた監視所から駆け寄って来る。
交代勤務の後半で疲れてるだろうに立派なもんだ。
「アハハ…。 私は唯、散歩していただけだから気にすんな」
「いやしかし英雄殿のお陰で偶然にも早朝の時間帯に衛兵が駆り出される事が減っております故…感謝申し上げます!」
こうして良く敬礼される事が多々ある。 私は唯、散歩しているだけなんだがな…。
何だか衛兵達とも顔見知りになってしまったし邪険にも出来ない。
「今日はパーシーの奴はどうした? 休みか?」
「あ、あ〜…同僚のパーシーは丁度休憩に入りましたが、起こしに行ってきましょうか?」
「あ〜大丈夫大丈夫。 賭け事で私には叶わんのだから諦めなさいと、伝えといてくれ」
「承知いたしました! …また挑んだんですね…彼」
「あぁ…これで30連勝だ。 懲りない愉快な奴だよ」
少し前に大きな酒場で料理のコツを仲良くなった店主に教えて貰っていた際、酔っ払った衛兵。 パーシーに賭け事を挑まれた…勿論私の勝ちだ。
機械に賭け事で挑むなど無謀だろうに、腹を割って話すと意外と面白い奴だ…しかも地理にも詳しく、彼に教えて貰った場所は景観が良くて今の所ハズレ無しだからな。
「そう言えば今日は何方に?」
「特に決めては無かったが…そうだな、【蓋裂き山】の先にある古戦場跡辺りまで行くかもな」
サルヴァ王国から馬車で数時間の距離にある双子山、正確には一つの山が裂けた渓谷の先にある古戦場。 歴史と山の美しさを両方楽しめる場所として旅人に好まれているんだとパーシーから聞いたからな…行ってみるのも面白いかもしれない。
「成る程。 英雄殿、野盗等は半殺しでお願いします。 貴方様ならきっと一撃でバラバラにしてしまう予感がするので」
「ハハッ。 善処しよう…では」
「はい! 御二人方、道中お気を付けて!」
「おう。 …ん? 二人?」
背筋をなぞる嫌な予感に思わず素早く後ろを向くと…。
「ゥフフッ…付いて来ちゃった」
「お、お!? おまっ!?!? おままァァッッ!!!???」
其処には旅人の装いを身に纏うタビィー・オレンジが…立っていた。
◇◆◇◆
【マカダミ平野】
「…で。 どうやって収容所から出て来たんだタビィー?」
「…知りたい?」
喉を駆け上がる困惑と驚きを他所に並ぶ様に門を潜り、暫くの間歩き続けていたが流石に頭に浮かぶ疑問符に堪え切れ無くなって口を開く。
「いや、やっぱ良いや…」
「あらそう…」
彼女を外へと連れ出して数週間が過ぎた。 右腕の酷い怪我…正確には私が負わせた負傷はコンフェの魔法で跡も無く完治し、目が覚めるのを待つばかりであった。
覚醒を待たずに地下に急ピッチで建造された収容所に輸送され、何重にも合金や魔法で封がされる厳重な対応が取られた筈だった…。
…通常の手段では出れない筈だったんだがな。 きっと今頃職員達が慌てふためいているんだろうなぁ。
「右腕は、大丈夫なのか」
「えぇ。 もう私は傷物、今更傷が増えたって何も感じないわ…もう」
「そうか…」
交わせる言葉は短く、そして曖昧で当たり障りも無い…どんな話題なら喜んでくれるだろうか。
ちゃんとした大人ならもっと良い引き出し方があるんだろうが、残念な事に私はナード野郎だから言葉が頭に溜まるばかりで舌が回らない。
「ねぇ色男さん?」
「…何だ? 」
「貴方はどうして…私を助けたの?」
「…そうだな…」
タビィーから投げ掛けられた言葉をゆっくりと、飲み込む様に周りの景色を見やる。
揺れる水面がそのままの形で残る様な小高い丘から窪地のある地形。 点々と生え連なる木々は苔や蔓が巻き付き、草木に紛れて鳴く鳥の鳴き声や道行く私達をじっと見つめる狐や鹿の目線が今は矢鱈と合ってしまう。
「私は唯、そうしないと自分自身を裏切る。 そう感じてな…たから選んだんだよ、君を助けるって」
「その代償を鑑みずに、ねぇ。 貴方はとっても優しいのね」
代償…か。 君が生きているだけで十分お釣りはあったよ。
「もし私がこの星を滅ぼすって言ったらどうするの?」
「そん時はその時の私が判断するだろうな。 まぁ…でも滅ぼして欲しくは無いな」
風が吹き、草原から聞こえる植物のさざ波を聞きつつそう答える。 コンフェやカーミラは私にとって掛け替えの無い大切な人だがタビィーもまた私の大切な人の一人である…選び諦める等、私の自由のルールから逸脱してしまう。
「二兎追う者は一兎も得る事は無いわ…絶対に」
「そうだな」
分かっているさ…それでも諦めたく無い。
「好きに生き、理不尽に死ぬ。 私は其れでも掌一杯の選択肢を捨てずに選び続けるさ」
「なら、その代償を突き付け続けるよ…私は」
「あぁ…そうすると良い、君にはその権利がある。 …但し、最後まで見届け無いといけなくなるよ」
「見届けるか否か、其れは私次第よ。 だって好きに生き、理不尽に死ぬのが人らしい生き方ならね」
蝶が風に揺れる花々に留まり、近くを流れる川の水面から魚が飛び跳ね水飛沫が上がる。 私も得る事が出来るだろうか…何もかも投げ出せる様な本当の自由を。
◆◇◆◇
「あら、道が二手に分かれてるけど…どっちかしら?」
「ちょっと待ってな…地図には何て書いてあったかな」
暫く道なりに進んでいた私達の目の前に2つの道が現れた。 右の道の先には森が見え、左の道を見れば古代の遺構だろうか? 途切れ途切れに城壁が生えており、住宅の跡のような残骸も確認出来る。
「看板でも有れば良かったのだけれど…。 景色の見晴らしは良いから迷子の心配は無さそう」
「ん〜と、地図ぅ…によると右手がリンゴの森で…左手がレレエの町跡だそうだ」
懐から取り出した地図を広げて睨めっこしたが…蓋裂き山への道は多分リンゴの森かな?
地図から目を離して遠くを見ればレレエの町跡の遥か先には火山があり、少し右に視線を動かせば尖った岩山が連なり、正面には巨大な蓋裂き山があり、右手の方にもまた山がある。
…何なら後ろの光景もそうだし、サルヴァ王国のその遥か先にも大陸を二分する山脈…と言うか、もはや壁があるしな。
自然って…凄いなぁ。
「じゃあ右の道を行くのね」
「本当ならそっちに行きたいんだが…」
「ん? 何かある訳?」
「実はだな。 こんな陳情書を貰ったんだ…ほら」
「えぇと…何々?」
地図とは別に紙の束をタビィーに渡すと眉間にシワを寄せてマジマジと食い入る様に顔を紙に近付ける。
「これって貴方…衛兵がやる雑務じゃない!?」
「いや〜アハハ! 物凄い頭の下げ方をされてしまってな…断れんかった!」
衛兵から真剣な表情で貰った紙の束には住民が街道で感じた危険、道から外れた場所にある人の往来の少なくなった場所に住み着く魔物への対処を願う陳情書だ。
深淵が再活性した今、慢性的な人手不足らしく…暇な時で良いので退治、若しくは追い払って欲しいと衛兵の皆さんに頼まれてしまって断り辛かったんだよな。
「断りなさいよ…もう」
「ハハハ…済まんな」
「まぁ…貴方が良いなら私は良いけど。 じゃあ早くレレエの方の道を行きましょ…時間はたっぷりあるんだから」
「おう。 助かるよ」
差し出した紙の束を懐に仕舞い、右手の道を横目に左の道に歩き出す。 少し強く吹いた風が背中を押し、足取りは重くは無い…遠回りもちょっとした冒険だよな。
◇◆◇◆
【レレエの町跡】
過去に整備されていた道も、今や草があちら此方に無造作に生えた道を進みながら草木に紛れて朽ちゆく民家の一部だった物が視界に映る。
何時かは誰もから忘れられてしまう記憶と思い出は今や其れを越え、私に刻まれ…正しく死に、眠れる事を祈るばかりだ。
「そう言えばレレエの町跡には何が住み着いてしまったのかしら?」
「あぁ…それがな。 誰も居ない筈の町跡から沢山の骨の擦れる音がするらしいんだ」
「骨ぇ?」
「一体何だろうな…と、見えて来たなレレエの町跡が」
廃れた道を進み続けた私を待ち構えていた其処は看板は朽ちて土に還りかけ、家々は僅かな外壁と内装を残し、町の出入り口付近で靡く大きな旗は虫食いと汚れで何とも言えない哀愁を風に乗せて揺れている。
「「おぉう……」」
二人揃って声が漏れた、昔は栄えていただろうに…時の流れは残酷だな。
「何だか勿体無いなぁ」
「確かにコレは何かしら住み着いてそうねェ…」
「そうか? 寂れてはいるが別に何かがいなそ――」
特に何かが住み着いて無さそうと言いかけた私の口はレーダーに突然出現した無数の反応によって閉ざされる。
廃墟の暗がり、湿った土を掻き分けて陽を浴びるソレは闇の飛沫を身体からふるい落としながら地上へ姿を現した。
「これはこれは…沢山お出でなすったな!」
「もしやとは思ったけど【スケルトン】が此処まで集まるのも珍しいわね」
「スケルトン? 書物でしか知らなかったがあんな感じなのか」
「魔力の残渣が染み付いた人骨等が独自に行動する。 魔物の一種よ」
暗く湿った土から這い出したスケルトンが刀剣を、携えた盾に叩き付けて威嚇してくるのを尻目にちょっとした疑問をタビィーに向ける。
「彼奴等に意志…と言うか思考能力はあるのか?」
「正直個体差があるから何とも言えないけれど…強いわ。 弱いのはとことん弱いけれど」
《メインシステム。 ティファレト・システムを起動》
魔力が身体の表面を伝い巡るのを感じながら懐から狼嵐の封牢剣を取り出して刀身を顔の近くに、切っ先を向ける様に構える。
「守ってやろうかタビィー??」
「首を刎ねて逆立ちさせるわよ? 」
タビィーの魔力が辺り一帯を包み、身体の周りに魔法文字が漂い渦巻く。
開戦。 スケルトン達はレレエの町を覆い尽くす程の魔力の流れを合図として受け取ったのか、堰を切ったかの如く私達に剣を掲げて突撃して来る。
「「「……ッッッ!!!」」」
声ならぬ声が骨の擦れぶつかる音として大挙して来る切迫した間に私は不思議と冴えていた。
…春風に当てられたか、呆れ返ってしまうな。
「雑兵はお呼びでは無いのだよ。 戦技【穿ち風】」
「全ての者は狂気へと辿り着く。 詠唱…【星への旅路 千の茨なり】」
刀身の全体に硬く結ばれた濡れそぼった布が圧縮された嵐を纏い、魔法文字が地面へ縫い奔る。
「「「!?!?ッ―――」」」
大挙するスケルトンの一団の中央を嵐が穿ち、蛇の様に荒々しくうねる茨が足元から砕く。
「「次…!」」
先走ったスケルトン達が砕け散り、巻き上がる砂埃の中から四体の影が躍り出る。
頭から腰までにボロ布を纏い、手には刀身の長いショーテルの様な曲剣を握りながら死肉を貼り付けた顔には腐り落ちた殺意が張り付いていた。
「「シィィィ…ッッッ」」
「いざ…!!」
足音は静かに、そして軽やかにステップを踏み込み、枯れた死肉から力み声を垂れ流しながら右から左斜め上へと捻じる斬撃を始まりにバックステップからの跳躍斬り、回転斬りや大振りな乱撃を混じえて私とタビィーの魂を斬り捨てんと迫る。
「舞踏会なら他所で…やれ!!」
「おっと! 駄目じゃない…踊り手の足運びに合わせなきゃ、ゥフフフッ!」
真正面から馬鹿正直に攻撃は受け止めない、右へ左へと流す。
タビィーが体術と足捌きで曲剣の斬撃を避けるのと同じ要領。
動作の移りは炎、終わりは水流。 攻撃と反撃は点と線…防御もまた線と点。
区切りはあれど、停滞は有り得ない。
一度でも乱されれば――。
「其処だ。 唯の殺気など、分かり易いものよ」
「貴方達…もう飽きたわ。 詠唱【星影 王たる御魂 裂くは奴隷の楔】」
雑多な乱撃を弾かれて開いた無防備な胴体へ斬り返し、眠るべき骸に戻す。 タビィーの方も又、振り抜き突んのめるスケルトンの側頭部へと雷撃を纏う楔を打ち込む。
「シィィァ゙ァ゙…!!?――」
断末魔を上げ、四肢の骨を地面へ散らすのを一瞥しながら私達は自ら作り出した屍の海を踏み鳴らし前へと足を進める。
佇む最後のスケルトンに対峙する為に。
「aaa…聞こえているか否かは構わん。 戦士よ、眠り妨げられた人の子よ…その軌跡を我が高みの為に簒奪させて貰うぞ」
「貴方その口調…あぁ。 私と同じだったのねやっぱり…」
手でタビィーを制し、前へ出てスケルトンの前に立つ。
膝を付き祈る姿は鎧を着込んだ骨だけだと言うのに高貴な力を確かに感じる。
私の声が届いたのか、戦士は静かに立ち上がって此方を見据える…まるで全てを見透かす様に。
「深淵でしか生きられぬ者がいる…貴公らも同じ星を詠みなぞるのだろう。 さぁ…帰結の時よ」
「アンタは一体…」
タビィーが静かに後方へと下がるのを見て戦士は大剣と短剣の二振りを構え、私は片手で握っていた封牢剣の柄を両手で確りと握り構える。
―――先手は戦士。
「散れ…残火よ、戦闘技法拡張【狐火憑き】」
「つッッ…!」
妖火が大剣を這う様に纏い、喉仏を食い千切らんとする猛獣の如く落とした重心から繰り出される突進突きを刀身を使い流す。
…驚異的な速度に驚き、震えた指は戦いを諦めなかったからこそ初撃を流せたが正直危なかった。
「オラァッッ!!」
「グゥッ…!?」
速く重い…今は唯それだけ、反撃の一撃を与えるのは容易い。
突き出された大剣の下からかち上げる様に繰り出した封牢剣の鋭い打撃が兜を歪める。 戦士は寸での所で反応し、短剣で致命傷を逸らしたが故に最小限の損傷で留まったが、普通なら今ので終わっていた。
「aaa…コレで終わりなんて言うまいな?」
「この程度…かすり傷にもならんよ。 まさか我が挑戦者に成ろうとはな…秘められた嵐の鱗片を見れるよう死力を尽くそう…」
互いに間合いを確かめる様に言葉を吐き連ねる。 封牢剣の刃は未だ濡れそぼった布に巻かれている。
「行くぞ! 戦技【バニシェンド・ラー】!!」
「流し流して弾き斬る…ッ!」
再び距離を殺さんと迫る戦士は左手に握る短剣に魔力を込め、宙に出現させた実体を持たぬ短剣を次々と投射した。
「タンタカ…たんとぉッ!」
「何と…。 ならば!!」
弾き、刀身を滑る魔力の短剣は実体の攻撃とは違い、浸透するような衝撃を腕から五臓六腑へと伝わる。
危ない危ない…人の身だったら流れ込み暴れる魔力で皮膚が裂けていただろうな。
「難攻不落とはこの事か。 滾るなッッ!!」
「悪い…が! 連れの目の前でかっこ悪い姿は見せられん…戦技【嵐の刃】!」
出力の増した風を刃に変容させ、横薙ぎに封牢剣を振るい放つ…が。
それを戦士は、仲間達の一部を巻き上げながら横一直線に放たれたそれを跳躍にて回避し、大剣を大きく掲げて振り下ろした。
「中々…重いッ」
頭上から迫る大剣の一撃は弾き捌いた。 だが、その重みは…鍛錬の歳月でしか知り得ない重厚感を痺れた私の指が告げている。
骸骨になっても尚、強者は強者なのだろう。
「私の命はッ! 貴公に届き得たか?!」
「あぁ…! 痺れるよアンタ…カッコいいじゃねぇか!!」
寄せては増える波の様に、戦士の攻撃は…点と線のなぞりは止まる事は無く、土埃を巻き上げながら繰り出される短剣による連続斬り払い、大剣の斜め斬り、横斬り、跳躍回転斬り、そして叩き付け。
私は戦技を出す暇も無く弾き捌き受け流し…金属の衝突音が望郷の念の如く遠い物に感じ始めた刹那…。
「―――来たか…」
「貴公ッ!? ならばこの一撃で屠る!! 」
封牢剣の刃から濡れそぼった布が意志があるかの様に解け揺蕩う。
刃に纏う嵐は鳴りを潜め、穏やかな風と光が刃を包む。
今、春風は私の行く末を祝福する。
「星を彷徨い迷う景雲、心地良い溺死の最中に眠る…朝焼けも夕焼けも山風の夢を見ていた。 戦闘技法拡張【春風一番】…!!」
「過ちの真実、古き都に我等が御魂は呪いの地にて消えん。 戦闘技法拡張【闇の真実】ッッ!!!」
数歩の踏み込み、握る右手で支えて左手の平で押し出す一撃。 戦士の跳躍と回転、大剣に宿る黒紫の炎を伴う振り下ろしの一撃は……。
「届かなかったかァ…ッ」
戦士の上半身と下半身を突き抜ける春風で終わった。
「何とか…なったな」
「ハハ…。 結局、貴公には一撃も傷は付けられなかったか…」
分かたれて湿った土に転がる戦士に近付き片膝を付く。
ゆっくりと白い灰となり消え逝くその他大勢のスケルトンを一瞥し、戦士の胸に封牢剣を仕舞って空いた手を拳にして当てる。
「謙遜はアンタには似合わねぇよ…だってアンタは強かったからな」
「傷一つ無いのに…よく言う…」
「嘘じゃねぇ…本当に。 生まれ変わったら又、闘争を楽しもう」
戦士の身体がレレエの町跡の隙間を縫う様に吹く風に乗って消えていく。
「呪いの地に…有るべき呪いを、戻してくれ。 貴公なら…きっと成せる筈」
「元よりそのつもりだ。 アンタに…贖罪の女神の加護があらん事を…」
「あぁ…姫様。 やっと、嵐が…来ました…――」
完全に灰となり、風に吹かれて消え、拳は宙を切る。
レレエの町跡は陰鬱な雰囲気から年月の眠りに入る。 古い時代の英雄…戦士と共に新しい時代の夢を見るために。
「終わった…ね」
「あぁ…。 然し死者が動くとはな、私の星では有り得ない事だから驚いたよ」
「驚いた? アハハッ! 面白い事を言うのね。 私達は一度死に、然しこうして生きているのに」
「あ、あぁそっか…そう言えばそうだな」
廃墟の隅で待ち惚けていたタビィーが決着の余韻に浸る私を覗き込む様に視線を向けて来る。
魔力で繋ぎ止められた命と呪いに縛られ生かされた命、何方も結局は似ている。 そして機械に保存され機械の身体で生かされた命である私も同じ物か…。
「あの戦い…貴方なら最初の行動次第で一瞬で終わらせられたでしょうに律儀ねェ…」
「まぁ…ね。 でもさ、aaa…楽しい方が良いじゃん! お互い満足出来てWin-Winだろ? ハハハッ!」
「フフッ! ソレもそうね。 じゃあこれからどうするのかしら? お散歩再開?」
立ち上がり、廃墟の隙間から覗く蓋裂き山を見つめる。 …余韻の残響を楽しみながら目的地を目指すのはきっと自由で楽しい筈だ。
途中で引き返す何てとんでもない。
「目に映る全てが真新しいんだ。 なら、飽きるまで見て歩くに決まってるさ…だろ?」
「えぇ。 私達の様な捨て犬にも日光浴は必要だもの」
吹く風に背を押される様に歩き出す。 出口を抜けてから私達は振り返る事は無かった。
…然し、誰かの出立の祝福する声が確かに後ろで聞いたのは紛れも無い事実である。
◇◆◇◆
【パルル丘陵地帯】
少しばかり道を進む私達を待ち構えていたのは小高いなだらかな丘の群がっている地形であった。
「すげー綺麗だな。 何かワクワクしてきた…こう言う地形ってあ〜なんて言ったかな…」
「丘陵地形の事?」
「そう! それそれ!」
遠くまで広がる浅い植物や低木の絨毯が敷かれる不思議で綺麗な光景である。
…足が疼くね。
「…そういやお腹空かないか? 」
「藪から棒ね。 確かにお昼時だからお腹は減っているけれど?」
「だよな。 地図によると少し先に野営地跡があるらしいから、そこで食事にしようか」
地図を開いて道を指で辿りつつ、そう言うとタビィーは不思議そうな顔をする。
「貴方その…えっと」
「あぁ…言わんとする事は分かるぞタビィー。 見ての通り私は機械だ」
手で身体を叩くと装甲の鈍く硬い音が響く。
「しかぁし! 嗅覚と手がある。 ならば! するしか無いだろう…料理をッ!」
「は、はぁ…」
地図を仕舞って手を付き、その場でクラウチングスタートの姿勢を取る。
「だからこそ勝負だ。 タビィー…お前が食いたい物、私が衝動的にお前に食べさせたい物」
「わ、私は作ってくれるなら何でも――」
困惑しながらタビィーも腰を落として構え、前を向く。
「野営地跡に先に着いた奴が優勝どぅわぁッッ!!」
「ちょまッッ!?」
地面を蹴り上げ道を駆け抜けて行く、空は快晴で流れる景色には緑の絨毯に風に散る青と白の花弁。
足を動かせば動かす程に高揚感に包まれる。 いつの誰の記憶か、幼少期に夢見ていたTVのヒーローの様に誰よりも速く駆ける夢…それが今叶える事が出来ている。
戦場では無い、大自然の中で夢見ていた事が正に今、実現しているのだ。 嬉しくない筈がない。
「aaa…アハハハッ! オホ、オホホホゥッッ!!」
「はぁッ! …はぁッ! ま、待ちなさい!!」
「待てって言われて待つ奴がいるかよぉッ! aaa…見て! 僕…鳥になったみたいだ!」
獣人特有の足回りから弾き出される脚力で追い上げて来るタビィーを横目に、走りながら両腕を広げて風を切り、目を閉じれば其処は私だけの空が広がる。
耳を澄ませれば風が駆ける私達に囁く…。
「この調子なら私が1等賞だ!」
「はぁ!? 勝つのは私よ!!」
「な、何だ彼奴等ッッ!?」
「何て速度で走ってやがる!? 馬より速いぞ!?」
抜きつ抜かれつ、一番を譲らない私達の姿を見て腰を抜かす旅人を飛び越える。
巻上げられる草花の尾を引き、駆け抜けていると段々と野営地跡が目に映り私とタビィーの足先はより強く地面を抉りより強く土を遥か後方へ蹴り飛ばす。
高揚感で誤魔化せない両足の重みを食い縛り、ゴールへと駆け上り下り…ラストスパートに移る。
「「一番は私だッッ!!」」
両者、飛び込む様に手を伸ばす。
伸ばされた手はほぼ同時に、然しタビィは伸ばした手を自らの頭を掴み…。
「私のっ…勝ち!」
「んなぁッ!??」
…投げた。
それはもう素晴らしい程のフォームから繰り出された投球。
ゴールへと投げ出した私の身体よりも速く通り抜け、地べたを削りながら地面スレスレの低さとなった視線にタビィーの生首が映る。
…か、勝ち誇ってやがる!!
悔しい…! …だがこれで良いのだ。 彼女が楽しそうなら。
「ま、負けた…だと」
「ふん…私の、勝ちよ」
地面に両手を付いて呆然としている私の前に後から追い付いたタビィーの身体が現れ、頭を拾い嵌める。
「アハハッ! まさか頭を投げるとは予想外だったぞ。 完敗だ」
「当然。 だって私強いもん…。 て言うか急にどうしたの?」
「どうしたのかって? 何が?」
「何って…急に走り出した理由よ理由…」
しゃがみ、呆れた様な表情で此方を見るタビィー。 特に理由何て無かったが…そうだな…。
いやうん…建前はあったが本当の理由何て無かったが…。
「まぁ…あれだ。 飯が美味しくなる魔法さ。 動けば腹が減るからな」
「既に空腹なんですけど…」
「じゃあもっと飯が美味しくなるな!」
「はぁ…。 貴方がどんな人か分かった気がするわ…」
身体の土汚れを払い、魔術で隅々を消毒しながら立ち上がって懐から調理器具や机や椅子を取り出して並べていく。
「さて、タビィー。 かけっこはお前さんの勝ちだが…何食べたい?」
「そうねェ…。 いや、ちょっと待って」
「どったの?」
取り出して並べた数種類の包丁を魔術で研ごうと準備していると豆鉄砲を食らった鳩の様な反応をタビィーが見せる。
「いやいや、こんなにどうやって取り出したの!?」
「どうやって? そりゃあ身体の中よ。 この機械の身体は簡単に部品を交換出来る様に設計されている関係上…隙間があってなぁ、物を詰め込むのに便利なんだ」
「身体の体積と出した物の大きさと量が合ってないじゃない」
隙間と言っても元はと言えば操縦席の名残みたいなもんだから意外と収納出来てしまうんだよな。
「そりゃぁ…あれよ、魔法やら魔術やらで小さくしたりしてんのよ。 何なら保温も出来るから野菜も仕舞える」
そう言いながら懐から、正確に言えば腹の中から野菜の入った麻袋を取り出す。
「便利な身体ね。 誰かに頼まれたらピアノでも取り出しそうね貴方」
「君が喜ぶなら何だって仕舞って見せよう…まあ流石に一軒家は入らんがな。 じゃあ準備するから座って待ってて」
「ゥフフッ…。 敗者様のお手並み拝見といこうかしら」
「アハハ…唯の漢料理だ。 余り期待し過ぎないでくれよ…。 まぁ…何食べたい?」
「そうねェ…。 あら?」
椅子に座らせたタビィーに料理の注文を聞こうとした刹那、近くの茂みが音を立てて揺れて何かが飛び出して来る。
「…プギィ?」
「この時期ならさっぱりとした赤身の肉の味が美味しいし…アレで良いんじゃない?」
「鴨が葱を背負って来る。 何て言葉があるが…まさか猪が昼飯になりに来るとはな」
「プ…プギィ!?」
私達の目の前へと出て来た不運な猪が被食者の恐怖に思わず後退り、茂みの中に戻ろうとするので頭を掴む。
「まぁ…そう言うことだ。 済まないがあの娘の血肉になってくれや」
「ぷ、プギィヤィィィィッッ!?!?―――」
◆◇◆◇
用意する物は鍋にお味噌、ネギと大根、牡丹肉である。
確か…綺麗な紅色だから猪の肉は牡丹の花に例えられたと母様が言っていたな。
後は馬なんかは桜肉で鹿肉は紅葉肉だった気がする。
…料理に集中しなくちゃ。
「えっと…ま、先ずは一口大に野菜を切る…切っちゃうのか」
東方の商人から買った料理の本には簡単に出来ると書いてはいるが何か緊張するなぁ…。
「肉は薄切りに…」
肉の形が崩れない様に慎重に刃を入れて。
…1人分はこの位かな?
「鍋…鍋の中に濃い味噌と薄色の味噌を混ぜながら水に溶かす、と」
火を掛けた鍋の中で混ぜ合わせた2種類の味噌に指先に展開した魔法陣から少しずつ水を出し、煮ながら味噌出汁を作る。
「切った大根とネギを煮込んで…」
一口大に切った野菜を煮込む。
野菜の甘い匂いと濃い味噌出汁の匂いが湯気と共に香り立ち、草木のざわめきに揺れる。
「最後に肉を入れて完成。 火が通り過ぎて硬くなる前 に食べるのがオススメです?」
…意外と簡単だったな…っすー…大丈夫だよな?
「出来たよ〜。 熱いから気を付けてね」
「貴方…。 本当に料理出来たのね、正直半信半疑だったけど」
「まぁね! 正直な所、生前の知識や料理本の情報ありきだが…」
机に木製の熊さんの鍋敷きを敷き、鍋を置く。 火が通って良い感じに牡丹肉から脂が溶け、キラキラと太陽光によって照り輝く姿はまるで夕日の映る海の様である。
「タビィーは箸は使えるか? 無理ならフォークとか出すけど」
「箸で大丈夫よ。 何たって私の時代にも普通に使われていたしね」
そうなんだ。 東方の地に日本文化に酷似した文明があるのは知っていたがまさか彼女も知っていたとはな…。
「そりゃあ良かった。 はい、お玉とお椀」
「ありがと…じゃあ、頂きます」
漆塗りのお椀とお玉を渡し、静かに後ろで見守る。
箸を持ちながら手を合わせる所作に先程の発言の真意性の全てが詰まっていた。
お玉で野菜と肉をお椀に装い、
「…ん、美味しいわ。 味噌ダレの中で野菜の甘みと牡丹の脂が絡まってるし…何より赤身が食べ応えがあって美味しい」
「ほっ…」
よ、良かったぁぁ…。 不味いとか言われたらどうしようかと思ったが杞憂だったみたいだ。
味噌様々だな、汁物や付け合わせ、炒め物や焼き、煮込み…無限の組み合わせが存在するんだなぁ…。
東方料理の勉強もしてみたら楽しいかも知れない。
…て言うか美味しいが言葉で2連ちゃん出て来たから頬が嬉しくて攣りそうになるね。
「…お茶が欲しいわね」
「へいへい…」
「フフッ…ありがと」
懐から薬缶と湯呑みを取り出して麦湯を注ぎ、そっと机に置く。
手持ち無沙汰になり箸を置き湯呑みの麦湯を飲む動作、箸で野菜と肉を口に運ぶまでの所作に目が離せない。
近くに金属の図体を引っ提げた私がいる異様な空間を物ともしない気品がある辺り、元は止む事無き身分だったのかもしれない。 …ただ単に礼儀を弁えた良い子なだけな可能性もあるが…。
「…ふぅ。 ご馳走様でした」
「な、なぁタビィー。 味は如何だっただろうか…」
完食し、お椀と箸を置いて手を合わせる彼女に私は思わず突んのめる様に感想を求める。
「ん? えぇ、美味しかったわ。 喋る口しか無いのにやるじゃん」
「誠か!? っしゃぁッッ…!」
お褒めの言葉に思わずガッツポーズをし、小躍りしたくなる気持ちのままに魔法陣を開いて食器を洗い懐に仕舞う。
「食べたばっかりだし、少し休憩してから散歩再開だな」
「そうね。 美味しい物食べて腹が膨れたしね」
そよ風が心地良い。
◇◆◇◆
「…そう言えば貴方」
「どうした? 何が必要か?」
「あ、いやそうじゃなくてね…名前、名前を教えて貰ってなかったな〜て」
野営地跡から少し離れた斜面で暑くも寒過ぎもしない陽気に当てられ、半ば意識が風に揺られている私の側で同じ様に舟を漕いでいるタビィーが寝ぼけ眼のままにそう尋ねてくる。
…そういや自己紹介をすっかり忘れていたな。 私だけが一方的に名前を知っているのは失礼よな。
「あ〜済まん。 すっかり忘れていた…。 私の名はヘラルド。 ヘラルド・RF・ガトウ…。 RFはこの身体を製造した下請の製造所の名前で、ヘラルドが父の姓でガトウが母の姓だから好きに呼んでくれ」
…自分の名前を声に出すってやっぱり歯痒いなぁ、この感情に名前ってあるのだろうか。
「皆からは何て呼ばれてるの?」
「あん? そうだな…ヘラルドって呼ばれてる事が多いかな」
「ふ〜ん…」
以外と下の名前で呼ばれ無いな…、正直父の姓で呼ばれた方が歯痒くないから別に良いけどね。
「じゃあ貴方の事はガトウ…さんって呼ぼうかしら」
「構わないがさん付けは勘弁してくれ、aaa…悪人、犯罪者に敬い何て要らないんだ」
血塗れの人でなし、そんな穢れた私の名は吐き捨てられる様な呼び方で充分だ。
…どうか綺麗な口で穢れた私を唱えないでくれ…。
「ガトウ。 自責は程々にしときなさい、聞き相手が反応に困るから」
「aaa…スマンスマン。 …良し、そろそろ行こうか、目的地まで後半分だ」
「えぇそうね。 このまま陽気に当てられてたら夜になっちゃうし」
足を引っ張る陽気を振り払い立ち、斜面を下って逸れていた蓋裂き山への道に戻る。
背中をそっとなぞる風は別れ惜しそうだ。
「よっこらしょ。 タビィー、手を…」
「あら、ありガトウ…なんちゃって」
「アハハッ。 今のダジャレは面白かったぞ、今度私もそれをネタにしよう」
「い、今の無し! ぁゥ…忘れなさい。 分かった!?」
「へへへ! ヤナこった!」
転ばぬ様に手を貸した彼女が陽気に当てられ漏らした冗談に赤面し、誤魔化す様にポカポカと私の装甲を叩こうとするのを紙一重で避けて小走りで道を進む。
恥ずかしがって追い掛けて来る彼女の表情は最初よりも生き生きとしている気がした。
◆◇◆◇
【ハイデの監視塔跡】
「此処も…私を置いて行くのね」
「…お前の時代ではどんな建物だったんだ?」
丘陵地帯を抜けて鬱蒼とした苔の生えた道、ふと気が付いた様に見上げれば木々の隙間から拳で隠れる程度の大きさだった蓋裂き山、それはもう元の姿の私の巨体よりも遥かに聳え立っている。
そんな情景の道を進んでいるとタビィーは昔を名残惜しそうな声色でトンネルの前で立ち尽くす。
「神々が未だ息絶えぬ時代の…唯の遺産。 深淵を照らす為の火守りが駐留し、監視する為の場所だったの」
「トンネルじゃ、無いんだな」
「えぇ…。 地形は変わってしまっているけれど監視塔がまだ原型を保っているのはビックリ…。 悲劇は…時間だけが癒すのね」
天井や外壁から垂れる植物のカーテンが揺れ…風の声が絶えず反響し、点々と薄暗く湿る長い長い空間を、太陽の光が差し照らす。
トンネルは…否、横倒しになって行く先を示す監視塔の跡だ。
「進みましょう。 目的地は此処を抜けた先に有るのだから」
「そうだな行こうか。 ノスタルジーを踏み越えて」
手に持つ地図を仕舞い、止まっていた足を進め、薄暗い空間へと踏み入れる。
今まで歩いて来た道の陽気は消え、タビィーの吐息が薄ら白く風に靡く。 一歩一歩地面を踏む事に足裏に水気が張り付き、爪先が濡れる。
カメラの倍率を調整するとどうやら近くの川から染み出して出来たらしい細い小川が足元の監視塔の石材の隙間に這う様に流れているみたいだ。
《複数の地下水生物を検知…》
「冷たいな。 綺麗だし…お、何だろうこの生き物…真っ白だ」
「小さい生き物がそんなに珍しい?」
道の途中でしゃがみ、足元の隙間に指を伸ばす私の隣にタビィーもしゃがんで足元の隙間を流れる水を見つめる。
「まぁな。 …故郷の星は明けぬ戦火に汚染されてたし、何よりこうやって立ち止まる余裕なんて…無かったよ」
「戦争…ね」
「逃げても逃げなくても居場所は無かったし、死んでも機械の身体に押し込まれた。 だけどさ…慣れちゃうんだよな、ハハハ」
濡れた指先を振るい、太腿で拭い。 立ち上がり、再び薄暗い道を進み出す。
出口はまだ見えない。
「慣れると平気になる、は違う。 そうなんでしょ…。 私もそうだったし、お互いまだソレに引き摺られている」
「あぁaaa…そうだ。 多分だけどさ、私も君もそうなんだろうな」
隣を歩くタビィーは呟く様に言う。
私は否定しないし出来無い。 まだ私の時はテレビに映る戦友達の最期の瞬間で止まってしまっているから。
「でもさ…良いんじゃないか?」
「何が?」
「過去の出来事さ。 aaa…今の私達を形作る忌々しい、大切な記憶だろう」
「実験で今の姿に成り、慰み者として扱われたのを大切な記憶に? 冗談じゃないわ。 今のこの星に住む獣人種に人間種には全て私が、…私の血が流れている…。 気持ち悪いのよ…しかも私と瓜二つの娘までもが現れた」
「色濃く出たんだな血が…」
「この時代を生きるあの娘が悪い訳じゃないのは理解してるけど…嫌なものはイヤ。 だから私は…私はガトウ、貴方を私の物にして見せるわ」
「私を?」
私に果たして其処までする価値はあるのだろうか…?
「あの娘への当て付けにね。 風化する壊れた心を繋ぎ止めるにはそれしかない…今はまだ、それしか思い浮かば無いのよ」
「…そうか。 奪えると良いな私の心をな」
私の心を、か。 深く考えれば考える程、曖昧になるそれはこの瞬間もあの娘の幸せを願っているだろうか? 私自身に問いても答えが出る筈も無い。
出口は未だ見えない。
「貴方…怒らないの?」
「…? 何故怒る必要がある?」
監視塔の内部に設置されてだろう火を灯す台座の残骸が道に続く様に点在するのを見ながら彼女の問いに口づまり、誤魔化す様に台座を指でなぞる。
「だって私は貴方達の幸せを奪う。 そう宣言したのよ」
「…え? そうなん?」
「貴方まさか、今までの会話を理解してなかった訳!?」
横を歩くタビィーが呆れた様に私の顔を見ながら、肩が触れる程に近くに身体を寄せて来た。
「理解はしているぞ? 唯、私が幸せにするべき大切な人が増えたって事だろう。 あの娘達が幸せになる手伝いをして、君も幸せに成れる様に頑張る…そう言う認識だったよ」
「はぁ…。 ガトウ、貴方らしい答えね。 …あと、この台座は魔法文字でしか着かないわよ」
少し足を止めて指先に魔法で火を灯し、台座の受け皿らしき場所に近づけて点火を試みる私の手に、重ねる様にタビィーが手を受け皿へと翳す。
すると魔法文字が水滴が落ちる様に、手の平から零れ落ちて小さな赤い火が灯る。
「おぉ~凄い。 どんどん付いてく」
「照明としては落第点。 まぁ…進む道を示す分には充分ね」
目の前の台座から波及したのか、砕けて原型を留めていない台座や天井や壁面にある台座までも火が灯る。 天井から差す光よりもか細い、然し彼女が言う様に出るべき道を示していた。
…まぁ一本道なんだけどね。
「小さくとも火は眩しいもんだな」
「当然。 古くから火は浄化、希望の象徴よ…正直馬鹿馬鹿しい何て昔は考えていたけど…」
「けど…?」
台座から離れ、私の先を歩き始めた彼女の表情は伺えず。 天井や壁から流れる水の音だけがセンサーに拾われる。
「貴方を見ていたら…もしかしたらそれは眉唾でも無いんじゃないか、そう思えてきたんだよね」
「あ、あ〜…私を見なくともタビィーなら最初から分かってたんじゃないか…。 私は潔白とは真反対に位置する人間だ。 しかも自分勝手な自由を振り回して恥ずかしげも無く相手にそれを押し付けて、どうだ幸せだろう? 何て考えている人でなしだぞ」
私がそう言うと彼女は歩幅を緩めて再び隣に並び、私の左手を何も言わずに傷だらけの右手で握り締める。
…出口は近い。 メインカメラの縁に水滴が溜まり視界が潤む。
「そうね。 でも私も結局の所、自分勝手でさ…貴方に八つ当たりしているだけだし。 自由を目指した代償を、他者に依存しようとしてしまっていた」
進む道に潜んでいた蟹が私達を避け、暗がりに消える。
彷徨い迷う私達とは違い、確かな道を目指して。
「違うよタビィー。 aaa…君は、その身に余る所業を受けてきた。 …君が私やこの星の人達に振り翳す全てには正当性がある」
年月が罪を忘れようとも、決して刻まれた十字架は消えない。
例えその罪を直接犯していなくとも、清算されていないのならば誰かが背負なければならない筈だ。
「振りかざそうとした手を受け止めたのは誰だったかしら」
「分かってる…私だ。 私はあの娘の願いの為に、君を踏み躙った。 楽な死に方が出来るとは思っちゃいないさ…。 しかも私が生き続ける限りそれは繰り返される」
人は人を踏み台にしなければ何も成せないし、幸せになれない悲しい生き物だ。
…私も例外では無かった訳なんだよな。
「…馬鹿でしょアンタ」
「…え?」
「貴方は強い私に勝った強い人。 一々、人様の過去に浸る暇があったら全員救ってから浸りなさい」
「う…はい」
御尤も、暗がりに少しばかり心を奪われて勝手に同情してしまっていた。 先ずは自分自身に向き合わないといけないよな…。
「ガトウ。 貴方は私のする事には正当性がある、そう言ったよね」
「あぁ…」
握られた手が湿り、自然と繋がっていた手が離れる。
然し距離感が変わる事は無い。
「なら私が言う事をちゃんと聞きなさい。 先ず貴方はちゃんと他者の為では無く、自分自身の人生を生きる事。 次に貴方が幸せになる事よ、誰かを幸せにしたいならね…。 最後は勝手に同情しない事。 人は慰め合って寄り添う生き物よ、同情される為に生きていないんだから」
「…」
「私から自由を勝ち取った貴方への正当な振り翳し、聞いてくれる?」
私自身の心に言い聞かせてきた誤魔化しはもう通用しないか。
…私が私の為に幸せになり、その幸せの次いでに大切な人の幸せの手伝いをしよう。
「あぁ、勿論! だからこそタビィー…私は成るよ英雄に」
「どんな英雄に?」
「私の幸せに引っ張られて大切な人が笑顔に成る英雄に」
その答えが正しいかは別、私は当てもない自由なそれを目指したくなった。 大義はこの際無しだ。
「ゥフフッ。 貴方らしくて良いじゃない」
「ヘヘッ…だろ?」
長い長い出口が終わり、目が眩む程の明るさにカメラの倍率を絞る。
もうカメラの縁には水滴は溜まっていなかった。
「山…でっけえなぁ…」
「そうねェ…。 私がいた時代では2つに割れてはいなかったけどね」
監視塔跡を抜けるとある程度整備された道では無く、角の削れた砂利が多く混じっており、踏む度に僅かに沈み鳴る音が足裏から聞こえる。
木々も山の近くだからだろう。 川辺まで生い茂り、疎らな生え方だったのが豊かさを感じさせる様に密集していた。
「川って凄い大きな音がするんだな。 幻想的と言うより壮大って感じ」
「あの大きさの川は大河って言うのよ。 氾濫する度に下流を広げ、豊富な栄養を運び出す…謂わば大地の母って奴」
木々の隙間から見える大河は緩やかな流れだと言うのに轟音を静かに響かせていて、それはもう凄いデカい。
…いや、本当に綺麗でデカいからデカいとしか表現出来無いな。
地球の南米辺りならシュノーケリングで最高の観光が…。
いや、この古ぼけたコレは私の記憶じゃないな…。
「aaa…そういや、山が近くに見えると天気が悪くなるって言うけど本当なんかな?」
「それは…ん〜」
幼少期に聞いた様な、聞いていない様な疑問を彼女に何気無くぶつけてみると少し悩んだ仕草を見せ、通り道に垂れていた木の枝を千切り取る。
「多分それは水分が関係してるかな」
「水分か?」
「えぇ」
指から枝へと魔法文字を這わせ、宙に水の塊を生み出すと彼女の意思によって形を変えていく。
「大気中には必ずと言って良い程に水分が存在するんだけれど…目に映る景色は当然、空気中の水分を通して見る事になる」
水の塊が分厚いレンズ状に変化していく程に、其処から映る木々や山は拡大されていく。
「雨や曇りの際は大気中に多くの水分が含まれる。 そうすると私達の前に浮かぶ水の塊から見える景色の様に映るって訳。 …どう? 分かった?」
道なりに進んでいると古い木の橋に差し掛かり、枝と水の塊を橋の下へと放り投げたタビィーがそう聞いてくる。
丁寧で尚且つ分かり易い、先人としての才覚を感じる説明…。 もしやタビィーは教師とか向いているのかも知れないな。
「お前…絶対に先生とか向いてるよな。 簡潔で分かり易いしね」
「え〜? そうかな」
「そうだよ」
地図には蓋裂き山の間から流れる大河の一部が別れ、支流となっている場所を跨ぐ橋。 私達が渡ろうとしている橋を渡って道なりに渓谷を抜ければ、目的地の古戦場跡に到着だ。
「aaa…コレ、俺が渡ったら底が抜ける奴やん…」
「大丈夫でしょ。 …多分」
長い期間雨風に晒されている木の橋には端々に苔が生え、心なしか木の板が水分を含んでいて柔らかい。
「今は縮んでいるとは言え、全身金属だからなぁ」
「少し渡ってみたら? 最悪ガトウなら空飛べるんだし」
「う〜む。 それもそうか」
一旦タビィーには橋を渡るのを待ってもらい、抜き足差し足で慎重に橋を渡っていく。
抜き足差し足で足を進める度に、湿った木の板が沈む。
私の重みで小さな悲鳴が響き、木の板は水分が押し出されて足の形に泡が立つ。
…然し、恐れていた事は起きない。
「だ、大丈夫…そうだな?」
「やっぱ大丈夫じゃん」
「アハハ…。 心配して損し―――」
少しばかり気が抜け、大きく足を踏み出した瞬間。
…底が抜け、腰の辺りまで身体が嵌まる…。
「…うん。 駄目だったわ」
「…そうね」
「おう…。 じゃあ…助けてくれ」
「…」
私達を遠目に見ていた野鳥が笑う様に鳴く。
…ゴールはもう直ぐだ。
◇◆◇◆
【蓋裂き山・渓谷】
渓谷…水流によって侵食された地形であり、嘗ては地球でも屈指の景観と美しさで人気…だったか。
「いや〜助かったよタビィー。 一時はどうなるかと思ったぜ、へへへ!」
「へへへ! じゃ、無いんですけど…橋の全体まで態々直す羽目になったし」
隣を何食わぬ顔で歩いている私に、タビィーは抗議の声を上げる代わりに尻尾で何度も太腿をベチベチと叩いてくる。
悪いとは少なからず思っているさ。 然し、経年劣化で脆くなっていた橋さんサイドに問題があると思うよ、うん。
「まぁ…アレだ。 一日一善って言うし? 橋が以前よりも頑丈になったし、結果オーライでしょ」
「壊した本人がそれ言っちゃ、オーライも糞も無いわよ全く…」
「マジでごめんて…」
彼女を宥めつつ、側を流れる大河に目を向ける。 山の合間を流れる関係上、先程から見ていた時よりも横幅が狭まって流れは速い。
岩を叩く様に濃く、澄んだ青色の水流は宝石の様だ。
其処から少しばかり左右の端々に目を向ければ水底のきめ細かい白い砂、山から溶け出した成分が浅瀬で翡翠の様に太陽の光に揺れていた。
「にしても…綺麗だな」
「私が?」
「あぁ…それは無論。 左を見れば澄んだ水の流れ、右を見れば歴史を感じさせる断層の模様、上を見れば壮大な山の壁に挟まれた青空が…もう故郷でも見れない景色がこの道にはそれが…ギュッと、詰まっている」
喜びの歯痒さを隠せず、溢れ出る感情が身振り手振りを誘発する。 彼女がそんな私を見て何を感じているか定かでは無いが、私が気持ち良いのだけは確かだ。
「貴方の故郷は…どんな所なの?」
「それはもう綺麗な星だったと聞いている。 度重なる戦争で…私が人間だった頃には既に見る影も無かったがな」
黄色く淀んでいた地球も昔は地球は青かったらしい。 核戦争が地球を終わらせた訳では無く、火山噴火や制御を外れた企業の技術戦争が地球の環境を破壊してしまったと教科書で勉強した記憶を朧気に私は覚えている。
「死して尚、私達は戦う事を強いられた…。 勿論戦う事を望む者やどんな姿になっても家族に会いたい者もいた、けど…」
「けど? …」
「私は何にも成れなかった。 ずっとずっと迷子で…死ぬ事で何かに成れると信じてきた。 だがどうだ…出来たのは中身空っぽの殺人兵器…笑えるよな」
何も考えず、考えてしまう事を恐れて私は唯、人を殺した。
自業自得だろう。 だからこそ私は目の前に映る人達に償う事にする。
「でも、さ。 タビィー、君のお陰でやっと十字架を全部背負う事が出来た気がするんだ。 …ありがとう」
「どういたしまして…Mr.ネガティブさん」
私は幸せの振りをする。 決して悟らせはしない…誰にも、大切な人が幸せになる為に。
「…あら、蛇だわ」
「ん? おぉ! 私に任せろタビィー。 踏み潰してやる」
急に立ち止まる彼女の視線、その先を見ると大きな緑色の蛇が道のド真ん中を遮る様に立ち塞がる。
でっかいなぁ…シンプルな炭火焼きが美味しいかな?
「ちょっと待って。 あんな美味しそうな物を踏み潰すなんて勿体ないわよ」
「毒持ちかも知れないから私の後ろに…ん? お、美味し…何だって?」
後にタビィーを下がらせようと手で行く手を遮ろうとする、しかし逆に彼女の手に私が遮られてしまう。
「蛇はね…こうッ!」
「おぉ…」
蛇に自ら近付いたタビィーは口を空け、毒牙で噛まんと飛び込んで来た蛇の首根っこを素早く宙で掴む。
掴まれた蛇は理解よりも先に彼女の手首に噛み付こうとするが、却って頭を噛み千切られてしまい、その頭を川へと吐き捨てられる。
放物線を描いて蛇の頭は水流の中に消え、のた打ち回る胴体だけが彼女の手に握られていた。
憐れ…彼女の完全勝利である。
「ガトウ。 蛇は生が一番美味しいのよ」
「そ、そうなんだ…」
胡瓜の一夜漬けを齧る様に食べだした彼女に私は言葉が出なかった。
…次はコンフェ達と同じ量の食事を出さないとな。
岩壁に挟まる切り株が呆れた様に道端に落ちて転がる。
そして切り株に付いた枯れ葉がそよ風に揺れて笑った。
◆◇◆◇
【古戦場跡・咎めの石碑】
渓谷を抜け、聳える蓋裂き山を背に見送りながら川に沿って道は続き続き…続く。
周りを見渡せば古戦場跡は山地に囲まれた盆地であり、防衛の要所であった事を証明する様に至る所にその残渣が残っていた。
死の匂いさえ自然の気配や匂いで薄まっているが、依然として朽ちゆく全てに影を落としている。
…危険と景観、好奇心と嗅ぎ慣れた古臭い気配に旅する者達は惹かれるのだろう、私もその内の一人だ。
「コレは…石碑か」
「此処も…私を置いて行くのね」
「知ってる場所、なのか…」
「えぇ…嘗ては【センの砦】があったの。 深淵の氾濫を食い止める為に建てられた最も古い時代の…ね」
盆地の中の更に中央部にそれは佇んでいた。
巨大な水盆を支える民衆を象る石像、這い蹲り祈る巡礼者。
積み上がる頭蓋骨から覗かせる様に彫られた石碑のその姿が。
「流石に掠れた古代語は読めんな…」
「…それ祝福にして忌々しき深淵の神秘、永き戦に沈みし戦士の御魂が咎に広がらん事を砦の主 ハーフライト・アドラステア・センが此処に望む」
「センが居たからセンの砦か」
「…私の父の名であり、神名でもある。 今の姿の前、私の名はハーフライト・レヴ・セン…だった。 今の名は実験体の時の名称なの」
水盆をなぞり、俯くタビィーの表情は見えず…点々と濡れて出来る染みだけが続いていく。
「前の名を…名乗る気は無い、のか」
「呪いで変質した身体ではもう私は神霊には至れない、それに…」
「それに…?」
指で目元を拭って彼女は此方に振り返る。
「貴方はこの名を呼んで嫌な顔をしなかった。 悍ましい化け物じゃなくて人として扱ってくれた、だからこそ私は今の名を大切にしたい、忘れて欲しく無い…」
「…タビィー」
首筋に顔を埋める様に抱き着いてきた彼女の背は先程より、とても小さく感じた。
「もう私には頼れる人は誰も居ないし、覚えてくれる人も居ない…だからお願い。 私を貴方だけには忘れて欲しく無い」
「あぁ…忘れないよ。 忘れてなるものか…」
抱き締め返し、零れ落ちて水盆に溜まった気持ちを掬い取り飲み込む。 瞳に映る感情は安心か信頼か…何方にせよ私はそれを裏切るのが怖い。
「…置いて行かないでね」
「あぁ…置いて行かない。 少し休憩したら帰ろうか…」
山に囲まれているが為に日は早く陰り、誰が供えた桃色の花が冷たい風に散る。
落ち着いた彼女が膝を付いて祈りを捧げる姿を見つつ、私は身体に残った温もりを忘れられずに手の平を眺めていた。
…冷たい血の臭いが山々へ消えていく。
償いはまだ、始まったばかりである。
【林檎のアロマキャンドル】 名も無い英雄が 呪いと獣性 人の狭間を彷徨う者へ贈ったキャンドル 火を付ければゆったりと林檎の香りが漂う。 彼女は求め 縋った 金属の暖かな手の温もりを そして願った 傍で共に破滅する事を
【古木の化粧箱】 高価で古めかしい化粧箱 持つ者の身分が伺える。 化粧とは何も相手の為にあるのでは無く 寧ろ孤独で気高い者の為にある 或いは唯 孤独の恐怖を塗り潰したい者の為にあるのかもしれない 何時か寄り添う強さが持てる事を願おう




