「世界の軋轢」1 ─ 王都の威光 1
天と地の騒ぐ「夏至の日」が明けました。晴天輝く暑い日が続いているのですが……。
真っ直ぐに続く「王都の威光」街道を、奇怪な輓馬が大きな荷車を引いていきます。
─「王都の威光」─
空は晴れ渡り、雲ひとつ無い。
暑い日が続いている。
白く輝く石畳が敷かれた、何処までも長く伸びる道がある。草原の中を彼方まで続く、整備された街道である。
この道は「王都の威光」と人々に呼ばれていた。
ゴロゴロと音を立てて、大きな荷馬車が街道を突き進む。
その枠組みは全き黒鉄の磨かれた板で形造られ、広い荷台は、人の膝丈ほどの高さまで厚い堅木板で囲まれている。
車輪は四つ、鉄製の軸に取り付けられ、人が両腕で抱え込める程度の大きさしかない。無数の輻と外枠も黒鉄で作られ、外周には幾重にも、含浸樹脂で固められた厚革が巻かれていた。
荷台の最前部には馭者台が設けられ、その先には、巨大な輓馬が繋がれていた。いや、馬のような獣といった方が正しいかもしれない。何より巨大であり、長く伸びた毛が全身を覆い垂れ下がっている。四肢は太く、動くたびに石畳を踏みつけ、重い足音を響かせる。
広い荷台には、荷物の代わりに大柄で浅黒い肌の男が乗っていた。
着込んだ薄手の革鎧と無垢の麻生地の胴着は見た目質素だが、肩に纏った長衣は銀糸絹で織られ、飴色の揉み革で縁取りがされ、紋章を象った刺繍が目立つ豪華な物だ。
「暑いなぁ。まだ、掛かるのかなぁ」
真夏の日差しは容赦がない。
男は荷台に置かれた大きな布嚢に半身を預け、不規則な揺れにぐったりしながら弱々しげに声を上げた。
「先は長いです」
荷台より一段高い馭者の席から、返事がある。
焦げた土色の布衣を巻きつけた、荷台の男よりひと回りは小柄な若者が蹲っている。やたらと広い鍔の帽子を被り、これまた銀糸絹で織られた背布を垂らしていた。術師然とした姿には違いないが、魔術使いに付き物の「魔操杖」は見当たらない。
「御威光が弱まった街道が、こんなに酷いとは思わなかった」
「いつも手入れの行き届いていた国威の街道です。これほどまでに霊力が届いていないとは……」
「この床板の『保冷呪陣』の効きの悪さよ。関所に着くまでに、体がコンガリ焼けちまいそうだなぁ」
荷台が振動するたびに男は袋からずり落ちて、合鉄製の荷台の底板にベッタリと伸びていく。
「先ほどもお話ししましたが、用度処の知り合いに頼んで、なんとか調達した荷馬車です。ああ、乗用馬車は出払っていて無理でした」
「こっちもお仕事なんだけどなぁ。ちょっとはひんやりしてる気がするから、我慢できるけど」
「この仕事で使うといったら、これすら出してもらえないですよ」
「まあ、貴族が好んでやるお勤めじゃないからね……」
男の声はどんどん小さくなっていく。
荷馬車が急停止した。
荷台の男は、床を滑って布嚢に頭を突っ込む。
「出ましたよ。今度は魔獣の親子です」
「いてて。制動緩衝器も効きが悪いなぁ」
「道を半分塞いでいます。退く気はなさそうです。こちらを捕食しに動きそうですね」
「魔獣って何系?」
「蟲神の多肢妖の類です。多分毒持ちですね」
「じゃあ、刻んでから焼くかぁ」
ダン!
荷台が鋭い音を立てて沈み込んだ。
日射は、もはや凶器に近い熱で降り注ぐ。
男は、細身の棍棒を縦に割って薄く広がる刃を挟み込んだような奇妙な剣を、布で拭き上げる。
「真昼間から、あんな魔獣が街道に入り込むなんて、世も末だなぁ」
「保守管理の妖精が、気配すらありません」
「ここまで薄汚れた威光街道なんて、今まで見たことがない」
「……すでに百二十二号線では、道中で崩落があったとか」
「まだ新道だろ、あれ。造られて五百年も経っていないはず」
荷台が前後に振れて、再び止まった。
男が棒剣の柄に手を掛けて言う。
「今度はなんだ?」
「見えませんが、ベヒーロゥが見つけたようです」
「不可視の怪異か。やれやれ」
男が半身を起こす。
馭者台の若者が左腕を伸ばして、それを制した。
「熱気で道先の景色が揺れるので、紛れているつもりかも。……ああ、人の亡霊に何か憑いてますね」
「斬れないじゃないか。燃やせもしないぞ」
若者が右肩を動かし、焦げ色の布がはためいた。
荷馬車の車輪がゆっくりと回り出す。
「憑き物の正体がわからないので、思い切り散らしました」
「それがいい。怪異まで流れているなら、この道は完全に『転換路』統制が取れていないな」
「メルタル宝珠との接続も切れていますね」
「白い石が敷かれた、ただの道ってことか。荷台の補助機工が利かないわけだ」
「太古から続く王都の威光が、ここまで壊れるものですか?」
「さあな」
それきり二人とも押し黙る。
暫く、長閑な時が流れていった。 街道の周囲に、林や草原が見えなくなってきた。代わりに湿った黒い土と濁った水溜まりが増えてくる。
湿地の中に沼が点在し始めた。
突然、馭者台の若者が腰を浮かせる。
同時に荷台の揺れが激しくなる。車軸が軋み、車輪から嫌な音がし始めた。
「ベヒーロゥ。速度を落として。路面が悪い」
輓いている馬獣が微かに首を曲げた。
「こりゃ、舌を噛む、な」
「敷石が、こんな……」
「ちょっと止めてくれ」
何度目かの急停止。荷台から男が飛び降りる。
すぐに片膝をつき、腰をかがめて石畳を撫でる。
規則正しく配置され敷かれた仄白い石板が、擦れた表面に泥をこびり付かせていた。
「万年敷き」と称えられるこの街道は、古代より大陸全土の文明を支え、時代ごとに改良され続けてきた。
メルタル合金を基材とする合煉霊能物質で造られ、霊力の脈動を転換路として構造化している。人と物を運び情報を伝え、防衛まで担う、社会基盤の要でもある。
その自律整備の御業が途絶えている。
「この先の路肩に車両が見えます」
「なんだ。盗賊か何かか?」
「いえ。荷台に乗ってください。急ぎます」
「罠かもしれないぞ。用心し……!」
地響きが轟き、荷台の車輪が何度か浮く。
巨大な輓馬が、鼻息荒く猛進する。
荷馬車全体が撓み悲鳴を上げる。
囲み板の取っ手にしがみついた男は、ただ歯を食いしばった。
「ああ……」
馭者台の若者が声を上げ、そしてため息をつく。
荷馬車の速度が落ちた。
近づくにつれ、その車両が貴族の「方室馬車」だとわかる。濃紺に塗られ、扉や窓枠は真鍮で補強された、爵位級の家柄の持ち物に違いない。
ただし、片側の車輪は吹き飛び、車室後部は叩き潰されていた。
梶棒や繋ぎ革は毟られ、曳き馬の姿はない。
馬車は道の路肩まで引き摺られていた。その先の沼地まで這い跡が続いている。
「もう止まれ。それ以上近づくな」
「……蛇か百足の巨妖でしょうか」
「わからん。生存者の反応はない。中に遺体があっても、今は弔えない」
若者は帽子の鍔を上げる。
石畳は泥水で汚れ、擦られ、何箇所も目地から石板がずれ、浮き上がっていた。
「路肩の楔石が、割れています」
「大事だが、手立てはないんだ。今はこの道を先に進むだけ」
「記録はしておきます」
「そうだな。……いや、もっと詳しくわかるかもな」
男が腕を上げ、先を指差す。
若者は顔を上げた。
熱気で揺らめく街道の彼方に、小さく動く人影がある。
さらにその先の地平には、天地を分つ黒々とした森が現れていた。
⭐︎
乾いて白けた石畳に、赤い滴が弾けた。
絹の日除けが震える。幾重にも折り畳まれた淡い色合いの裳服に鮮血が走り落ちる。
シリカセン貴族の男が、女の肩を抱えて支え、息荒く街道を突き進む。
二人とも、灼熱の街道を行く服装ではない。
靴の片方を無くしている女は、左腕に無惨な大怪我を負っていた。麻布の包帯を巻いているが、滲み流れ出る血液は、優雅な裳服をみるみるうちに染め上げていく。
二人のすぐ後ろを、背の低い扈門の侍従が付き従う。
そちらもまた、この場にそぐわない執務服を着ていた。さらに背嚢を背負い、二つの大きな布嚢を肩に担いでいる。
街道の上に、非常時の困惑と緊張が漂う。
「旦那様」
侍従の男が、静かに声をかける。
文官めいた服装のその姿は、体幹を崩さず行進をし続ける頑強な兵士のそれに見えた。
「後ろから馬車が。……あの勢いでは、もう直ぐ追いつかれます」
視線は前を向いたまま、聞き耳だけで探り出す。
「うむ……」
貴族の男は、肩を支えている女の方を向く。被っている日除けで影になった顔は、ただ痛みを堪えていた。
なんとかここまで、歩き続けられてはいる。しかし、傷ついた女はもう限界であろうことはわかっていた。
「カプリナ。もう」
「駄目……です」
女はいつの間にか、落としていた眼差しを道の先に戻している。
「諦めたら……全てが、ふいになって……しまう」
「しかし、カプリナ」
男は、とうとう立ち止まった。
それでも前に行こうとする女を、優しく引き戻し抱きしめる。
「……フェルセン、様?」
「もうよいのだ」
貴族フェルセンは、唖然とする女、カプリナの瞳を覗き込むように顔を近づけた。
「君の命には、代えられない」
カプリナの、男を見上げる瞳がじわりと潤んで、涙が頬を伝った。
音もなく、重い布嚢が石畳に置かれる。そして背嚢もゆっくりと手放された。
「あれは荷馬車ですな。ただし、輓馬は異様……。恐れ入りますが、道の端まで移動してくださいませんか」
侍従は袖を捲り上げる。隠されていた筋肉に汗が滲む。
「荷馬車? 追っ手ではないのか」
フェルセンは抱きしめていた体を離し、女の涙を指で拭う。
「カプリナ。抱き上げるから、右の手で左腕を庇って」
声が甘い響きに変わる。
「あれは、馬ではないですぞ。魔獣? 倒さずになんとかできるかは……」
侍従の言葉に、フェルセンは初めて街道を振り返る。
「壊さずに留めてくれ。後は私が対処する」
その声に余裕はなかった。だが、決意が滲んでいる。
「頼んだぞ」
カプリナを抱き上げ、慎重に道の路肩へと歩き出した。
地響きのような足音と、車輪音が近づいてくる。
侍従の男は、両の拳を握り込んで想念を整える。
─── 叛貴韻唱…
「待ってくれ!」
大声が響き渡った。
韻唱を止めた侍従は、だが警戒は解かない。
馬車の速度が急激に落ちて、ただの荷馬車と視認できるほどの距離で停止する。
荷馬車ではあるが、その所属は王宮に違いなかった。
この領地内でこれを使える者は限られている。領主の直属部隊の他にない。
ただし、この曳き馬の正体はわからない。巨大な農牛の如くがっしりと力強く、それなのに四肢は、豪馬の如く素早く大きく振れる。何よりも太く長い首の先についた頭は、艶の消えた薄い金属で編まれた、異様な形の面覆いが被さっているのだ。
「領境鑑別所の者です。ファークラー領爵位の貴族とお見受けいたします」
荷馬車から飛び出してきたのは、大柄な体に銀糸の見事な外衣を羽織った男だった。
侍従は少しばかり表情を歪め、構えを解いて直立不動になる。近づいてくる男が、王宮鑑別院の地方駐留員だとわかったからだ。
「ああ、助かった……」
一瞬、貴族の眼差しが険しくなったが、すぐに、震える声が安堵を滲ませ弱々しく発せられる。
血まみれのカプリナを抱えたフェルセンは、そのまま石畳に膝を折ってへたり込む。
「鑑別所官吏のアレクソンと申します。……これは酷い。一体何事ですか?」
「魔物が。……妻に、こんな……」
フェルセンは、哀れな声を出して、意識を失ったカプリナの髪に、ただ頬を当てて戦慄いた。
「すぐに手当をいたします。そのまま動かずに。ノエマ! 救命術を」
馭者台の上にいた、焦げついた切り株に尖り蓋を伏せたような姿に見える人物が、身じろぎする。
カプリナがぴくりと震えた。
フェルセンは目を細める。
「止血と防菌、皮膚組織の収斂、応急処置は施しましたが、疲労は抜けません。体液補給も必要です。馬車にお乗りください」
話しながら、鑑別所の官吏、アレクソンと名乗った大男が立ち上がった。
「関所の施設まで、お送りいたしましょう」
「ありがたい。私はファークラー領院政務のフェルセン・ジグルードだ」
「ジグルード家のお方でしたか……」
官吏アレクソンが口籠もる。
「わかっている。ジグルード家の政務官が、なぜ他領のこんなところにいるのか、といったところだろう?」
後ろの囲い板を引き下げた大男の、目を見る。
「公務だ。アカサス領院に向かっている」
大きなふたつの布嚢を担ぎ上げた侍従は、荷台に乗って袋から敷物を取り出す。
「ああ、こいつは邪魔ですね」
アレクソンが、隅に置いた巨大な棒剣を持ち上げた。
「今の威光街道は危険です。先に進まれるのなら、護衛を手配しなくては」
「急ぐのだ」
貴族は侍従の助けを借りて、カプリナを敷物の上に横たえる。
「ジグルード殿もそのまま腰を落ち着けてください。僅かですが、『保冷呪陣』が効いています。道がこの状態では、常歩進行でもかなり揺れますよ」
囲い板を元に戻しながら、アレクソンが丁寧な口調で話した。
「其方はどうするのだ」
「後から歩いて追いかけます」
「そうか。ならば私もそうしよう。トムコーツ、関所まで先に行け。妻を任せたぞ」
荷台から素早く飛び降りる。政務官の身のこなしには見えなかった。
「ノエマ。ゆっくりでいい。出発してくれ」
アレクソンが声をかけると、荷馬車がギシギシと動き出す。
刃が剥き出しの棍棒を担いだ物騒な格好の大男は、まるで亡霊のように、艶を失った街道に立ち尽くした。
「それで。何をお聞かせいただけるのですか?」
アレクソンは道の先に視線を向けたまま、小声で言う。
「……話はあるが、まずは確認したい」
服の埃を叩いたフェルセンが返した。
「この道を森に進んでいる目的はなんだ」
「あなたと同じ、公務です。人を探しています」
「ほう。……それは、貴族か」
声が微かに震えている。
アレクソンは、遠くへ向けた視線をそのままに口を開いた。
「詳しくはお答えできませんが、ジグルード家の方を探している訳ではありません」
フェルセンの頬を汗が伝う。
「鑑別輪の識能で、あなたとあの馬車のお二人が、ジグルード家門の方々である事は確定しました。あなた方は私の目的ではありませんよ」
随分と離れてしまった馬車の荷台から、強烈な視線を感じ取ったまま、アレクソンは答えた。
「そうか。では、私の話をしよう」
「いえ、もう結構です」
「……ジグルードの話は聞けぬか」
「どのような事情であれ、街道でお困りの貴族をお助けするのは当然のことでして。あ、そろそろ馬車を追いましょう。あんなに離れてしまった」
アレクソンは足早に歩き出す。
ひとつ息を吐いたフェルセンも後を追う。
「ならば、質問に答えよ。あの馭者は何者か。魔杖も持たず、詠唱もなく、一瞬で傷を癒した」
「魔導院の魔術士ノエマです。戦闘魔術の専門家なので、救命術はお手のものです。あ、素顔を見せず、本人からのご挨拶がなかったことは誠に遺憾です。人見知りで日光に弱い変わり者なので、ご容赦ください」
「……あの姿は、『深呪流』の道士か」
「そう聞いております。腕は確かですね」
「ユニオベーラ人は初めて目にする。ああ、素顔は見えていないが。鮮朱の瞳を持つというな」
「真っ白で虚弱なので、本当に陽に焼けるのです。脱がすのはご勘弁を」
「……では、あの馬獣はなんだ」
「あれは『頑馬』の長毛種です。絶滅種なので天然物ではありませんがね」
「鑑別院は輓馬に、魔獣由来の復元種を用いるのか」
「もともと農耕具を牽いていたようですし、妖精化して魔獣とも呼ばれていますが、危険はありませんよ。……今のところ」
唐突にアレクソンが立ち止まる。
異変を感じて、フェルセンもその視線の先に眼を向ける。
白い街道の向こうに森が近づいていた。
そこは、古くからの神々が住まうトクリカの大樹林であり、奥に続く街道の手前には「関所」が設けられている。高い見張り櫓が立つ検問所であるだけでなく、旅人のための宿や厩、市場や鑑別所まで備え、そこで働き暮らす人々も抱える、立派な村といえた。
荷馬車は止まり、馭者である魔術士は、帽子の幅広の鍔を押し上げ、赤い瞳で目の前の光景を見つめる。
関所まではまだ距離がある。だが、そこに何が起きたのかは十分に見て取れた。
街道は、倒れた大櫓の残骸に埋まっていた。
石積みの壁は崩れ、落ちた石塊は、森に沿って左右に伸びる側道にめり込んでいる。千切れた巨木の枝が散らばり、地面には幾つもの穴が抉られていた。
荷台から黒い影が、陽光を遮って飛び出してくる。
焼けた石畳に埃が舞った。
街道に立った侍従トムコーツは、窮屈な執務服の胸の釦を素早く外す。
一瞬背後に首を回し、駆けつけてくる主人と官吏を認めると、両の拳を握って、関所を見据えた。
「関所入り口周辺に動きはありません」
トムコーツは、声がした馬車の馭者台に一瞥をくれる。
「この破壊自体は、数日前でしょう。もしかしたら『夏至の日』かも知れない」
暗い濃淡のある布に巻かれた異形で、鍔広帽を被った不気味な姿に似合わず、静かな乾いた声音は子供のように優しく高い。
「あの瓦礫を退かさなくては、荷馬車では通れません」
侍従は微動だにせず、主人の到着を待つ。
だが一言、馭者に向かって答えた。
「必要であれば、吹き飛ばすまで」
鍔広帽が少し傾き、それきり押し黙る。
背後から駆ける足音が近付いてきた。
「これは酷いなぁ。迂回もできないか」
惨状を目にしたアレクソンが、眉間に皺を寄せて呟いた。
荷台のカプリナに目をやってから、フェルセンも疲れたような声を出す。
「……森聖トクリカに入りさえすれば、街道の事態は好転すると考えていたが、甘かったか」
「旦那様。あの先の街道の状況を探って参ります」
向き直ったトムコーツが主人に話す。
「開けて続いているようであれば、あの瓦礫を撤去すれば進めます」
「そうだな。だが気を付けよ。何がいるかわからない」
フェルセンは、側道の森から沼地へ続く斜面に、巨大な這い跡が幾つもあるのを見つめる。
「馬車を襲った魔物ですか」
「大きな蛟のような獣だ。情けない話だが、突然のことではっきりと姿を認めてはいない。だが、あれが複数いるとしたら厄介だ」
「なら、わたしも行きましょう」
アレクソンは、担いでいた棒剣を持ち直し、柄尻を捻る。 刃が引き込まれ、柄の細い棍棒になった。
「あれは……」
馭者台から、崩れた櫓を凝視していたノエマが声を上げた。
街道に倒れて潰れた櫓の裏から影が動く。
槍を持った兵士の姿が現れた。
「人ですね。守護隊?」
「……関所の守り人だ。倒れたぞ!」
侍従トムコーツが動く。
すぐにアレクソンが続く。
「少しは運が向いてきたようだ」
フェルセンは小さく呟いて歩き出す。
それを、帽子の鍔の影から微かに覗く朱眼が追った。
王都の威光 2 へ つづく。




