第一話 貴方に許してもらえたなら
梓紗、最初の難関くるよ~。
楓「分岐点1、この時点で最高の選択のクセに難関も何もないんじゃないの?」
逆で考えろ。最高の選択をしてまだ十分にこの特異点は殺しにかかってるんだから。
楓「はぁ!? 越えられないならまだ分かるけど殺しにかかってる!?」
あの選択したら一番死ぬ可能性あるのは戦闘する紅我や王華でもなく、相手の梓紗でもない。まして美伊奈やシロハでもない。霜月詠夜こそが死ぬ可能性が高い。
楓「なんで? むしろ一番死ななそうだけど」
ヒントを与えよう。梓紗の世界の復元に対する責任は自分がやったという罪悪感と世界の復元が絶対にできないという現実で自殺するなんて比じゃないぐらいの自己否定に変貌していた。
楓「あー、うん。救済者って辛いね……。自分を肯定してくれた貴男が私を否定するなら貴男を殺して私も──ってことか」
うん。この時点で梓紗に付くか答えを先延ばしにしないと梓紗は詠夜を殺す。終盤で梓紗側に詠夜が付いていないと誰よりも真っ先に詠夜を殺しに来る。
楓「かと言って梓紗側に付くと紅我に王華、さらにはシロハ、最悪美伊奈が相手。ぶっちゃけ一人でオーバーキルレベルなんだよね。これ」
そして春を越える為には霜月詠夜の存在は必要不可欠。……もういっそデウス・エキス・マキナでも起こそうか? どう詠夜生かしたら良いんだよ。
楓「その為の、BadEnd。そも、オリジナルは常識に囚われすぎなんだよ」
悪かったな。あいにくこちらは非常識を考慮した上でこちらの常識でしか作品を運営させる事しかできないんでな。
──思えば、その少女はただ一人に愛されたかっただけなのかもしれない
☆
誰かが言った。たとえ巻き戻るとしても、お前にとっては幸福な望んだ世界になると。
誰かが言った。もう一度終われば、BadEndで幕は引き、上の次元の者たちからは見向きもされなくなると。
誰かは言った。何も変わらぬとしてもそれはお前が望んだ事だろうと。
それに幻想である『人形』は────
☆
「もう、大丈夫」
茶髪に赤い目と黒い目のオッドアイが特徴である中学生ぐらいの少女がそう言う。
僕は顔の面影でその少女が誰だか知っている。
神無月梓紗。霜月家の分家、と両親は言うが両親以外は親戚としてつき合っている。
本家の後継ぎとしてなぜ分家があるかは知っている。……胸くそ悪い話だが霜月家として原点にあたる霜月白夜の力を血が薄れる事で消失させぬ為に近親相姦を繰り返したからだ。
不気味な事に一度たりとも霜月家に奇形児が生まれた事はない。僕ですら近親相姦によって生まれたというのに体は普通の人より頑丈だ。
……気味が悪い。なぜそこまで人道を外れる事が普通のようにできているのだろうか。まるで性質が人間とは逆のような気がする。
いや、今はその事は関係ない。
僕は知らないうちにこの世界にいた。もしかして梓紗もだろうか?
「何かあったのか?」
そう問いかけるとまだ少し顔色が悪かった梓紗はしかめっ面をして顔を伏せる。
梓紗が顔を伏せる時は決まって追い詰められた時だ。どうやら俺が聞いた事は梓紗にとって酷く辛い事だったようだ。
「……ごめん」
その言葉に梓紗は驚いたように顔を上げ、動揺したように早口をまくしたてる。
「え、詠夜さんは悪くないから! これはあくまで私が悪くて他の誰も悪くないと言いますかそもそも私がこうなってるのは自責の念にかられているだけでちゃんと許してもらえれば良いだけだしああでも謝る人いないしいやでも詠夜お兄ちゃんも被害者の一人だし代表して許してもらえればいいかという事で詠夜お兄ちゃん許してもらえますかはいどうぞ!!」
「…………?」
「…………」
「…………よく分からないけど、謝る人いないってどういう事だ?」
「────え?」
……何かがおかしい。梓紗が言っている事は梓紗の親の事じゃないのか? 梓紗と梓紗の両親は仲が悪い事は良く知っている。そして人との距離を過剰なほどとる梓紗では自分が悪いとはっきり言える存在は否応なしに距離が近くなる親以外いないだろう。だったら親と喧嘩して自分の非を認めたという事ではないのか?
梓紗は僕の言葉を聞いた瞬間に笑顔を見せたが僕を見るとその笑顔が凍り表情が曇っていく。
「本当にどうしたんだ!? 梓紗がこんなにへこむなんて、ま、まさか両親が────いや、言うべきじゃなかったな。ごめん」
言葉を紡ぐ途中、ぽろぽろと梓紗が涙を流す様子を見てそれが正解と思うと同時に冗談でも言ってはいけない事だったと悟る。
しかしぽろぽろと涙を流す梓紗はその言葉が違うと言うようにかぶりを振る。
決意を込めて口を開ける梓紗だが僕を見たら声が出ないのか口をぱくぱくとするだけだ。それでも伝えようと深呼吸をし始めた。表情は悲痛に染められ目は涙で腫れて、声は震えている。
「そんなに辛いなら、何も言わなくて良い。何も言わなくて良いから……」
「──でもっ、言わなきゃいけない、事だからっ!」
そう言う梓紗は、懺悔するように、それを言った。
「──私たちの世界が、壊れちゃった……っ!」
言葉が理解できなかった。世界が壊れる? つまりどういう事だ?
空でも崩れて落ちてくるのだろうか。
地でも割れて崩れ去るのだろうか。
星でも一つ降ってくるのだろうか。
わからない。わからない。わからない。
なのにどこかで始めから分かっていたような感覚がする。
自分たちの世界が壊れた? なるほど。だから一番始めから帰りたいと思わないはずだ。だってもう無いのだから。
世界が壊れるなんてものを見せつけられたらから、二日で不可思議な現象に慣れたのも不思議ではない。なぜならもうそれ以上の不可思議で、死の恐怖もこめられた現象を知っているのだから。
ああ、納得した。さしずめ僕たちは世界の崩壊から逃れた唯一の人物なのだろう。
「私が幸福を吸い取ったせいで、きっとこんなことが起きたんだ」
──ナゼ、梓紗ハコンナニモ後悔シタヨウニ懺悔シテイルノダロウ?
いや、梓紗は変な所で責任感がある。生来の幸運が世界崩壊から梓紗を逃したのだろうが、彼女が「世界を救わないと」と、そう思っていたのだろう。だけど梓紗は世界を救うほど御大層な幸運はない。梓紗の幸運などせいぜい最高でも生涯痴漢に遭わない程度だ。むしろ世界崩壊から逃れた分全ての運を使い切ったと言っても過言ではないはずだ。
きっと、梓紗は混乱しているのだろう。世界崩壊とそれから逃れる為に幸運を使い果たし世界の運を吸い取る順番が逆転しているはずだ。
「……大丈夫だ。梓紗は何も悪くない」
「でも!……私は幸運を吸い取って──」
「誰だって梓紗の立場ならそうした! 梓紗がそれを引き起こしたわけでもないんだろ……?」
「あ…………あ…………!」
また梓紗は泣きそうになる。けど悲痛に染まった表情はなく、顔には安堵だけが広がっていた。
「な、泣くなって! あ、ああそうだ、あっちの方向に家があるんだ。そこで休もうな。な!?」
慌ててまた泣きそうになる梓紗の手を掴む。
びっくりしながらも嬉しそうに梓紗が手を握り返す。
僕は梓紗の歩幅に合わせて歩く。
家に着く頃には梓紗は泣き止んで笑顔だった。




