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6/38

罠は踏ませるもの

ノルディア使節団の滞在も、残すところ四日となっていた。


王宮ではその日、使節団を招いた春の園遊会が開かれている。


冬を越した庭園には色とりどりの花が咲き、白い卓布を掛けた丸卓には焼き菓子や果実が並べられていた。


楽団の演奏もある。


貴族同士の挨拶もある。


一見すれば、政治とは何の関係もない華やかな催しだった。


もちろん、そんなはずはない。


外国使節が参加する以上、誰と誰が長く話したのか、誰が誰へ先に挨拶したのか、それだけでも意味を探す者がいる。


セラフィーナはアドリアンから少し離れた卓で、年配の伯爵夫人と南部の葡萄について話していた。


「今年は少し出来が遅いそうですわね」


「冬が長かったもの。収穫量まで落ちなければよいのだけれど」


「夏次第でしょうね」


無難な会話を続けながら、視界の端ではアドリアンがノルディアの若い軍人と話している。


エステルは王妃の近くにいた。


先日の噂が訂正されてからも、彼女の態度は何も変わっていない。


セラフィーナへ会えば微笑む。


アドリアンとも普通に話す。


公の場では、むしろ以前より慎重なくらいだった。


賢い。


少なくとも、噂を恐れて不自然に距離を取る程度の女性ではないらしい。


「アルディエール公爵令嬢」


若い侍女が近づいてきた。


王妃宮の制服を着ている。


見覚えはなかった。


それ自体は不思議ではない。


王妃に仕える者を全員覚えているわけではない。


「何かしら?」


「女官長よりお言葉です。先日の外国贈答品について、オルセーヌ公爵令嬢と一緒に確認していただきたいことがあるとのことでございます」


香水の件だろうか。


正式な手続きは終わっているはずだった。


ただし、使節団側と王妃宮で最後に確認することが残っていてもおかしくはない。


「どちらへ?」


「西庭の休憩室でございます」


「分かりました」


侍女が一礼して去る。


セラフィーナはすぐには歩き出さなかった。


伯爵夫人との会話を自然に終え、それから近くにいた自家の侍女へ声を掛ける。


「王妃宮からお呼びだそうです。西庭の休憩室へ行ってきますわ」


「お供いたします」


「途中までお願い」


呼び出しそのものは不自然ではない。


だから従う。


ただし、誰にも行き先を知らせず一人で消える理由もなかった。


西庭へ向かう途中、反対側からエステルが歩いてきた。


彼女にもノルディア側の侍女が一人ついている。


目が合う。


「セラフィーナ様も?」


エステルの言葉だけで十分だった。


「ええ。女官長がお呼びだとか」


「わたくしも同じですわ。贈答品について確認したいことがあると」


「では、ご一緒しましょう」


二人で歩き出す。


それぞれの侍女も後ろについてきた。


西庭の休憩室は、園遊会の会場からそれほど離れていない。


庭を囲む小さな離れの一室で、疲れた客が一時的に休むために使われる。


扉の前に侍女はいなかった。


セラフィーナは足を止めた。


「女官長はいらしていないようですわね」


「先に入って待て、ということでしょうか」


エステルが扉を見る。


「そうかもしれません」


セラフィーナは自家の侍女へ振り返った。


「ここで待っていてくださいな。女官長がいらしたら、そのままお通しして」


「承知いたしました」


エステルも自分の侍女へ同じように命じた。


二人だけで室内へ入る。


扉は完全には閉めず、細く開けたままにした。


休憩室には誰もいない。


窓も開いている。


小さな丸卓の上に、果実水の入ったガラス瓶と二つのグラスが用意されていた。


セラフィーナはそこまで見て、足を止める。


「随分と準備がよろしいですわね」


エステルも卓を見る。


「わたくしたちが来ることをご存じだったのでしょうから、不思議ではないのでは?」


「ええ。そうかもしれません」


呼び出した女官長はまだいない。


給仕もいない。


それなのに飲み物だけが、すでに二人分注がれている。


おかしいと断定するには足りない。


ただ、飲む必要もなかった。


セラフィーナは卓へ近づいた。


グラスは同じ形。


片方が窓側。


片方が扉側。


中身も見たところ違いはない。


甘い柑橘の香りがする。


エステルが窓側の椅子へ座り、その前のグラスへ手を伸ばした。


「エステル様」


その指が止まる。


「はい?」


「女官長がいらしてからにいたしません?」


エステルはグラスとセラフィーナを見比べた。


「どうして?」


「どなたが用意したものか分かりませんもの」


意味を理解するまで、一瞬だけ間があった。


エステルの表情から笑みが消える。


「何かお気づきになったのですか?」


「いいえ」


セラフィーナは正直に答えた。


「ですから、飲まないのですわ」


確かな危険が見つかったから避けるのではない。


安全だと確認できていないものを、わざわざ口へ入れる理由がない。


まして今は、自分とエステルを巡る噂が流れている。


この部屋でエステルに何か起きれば、誰が一番分かりやすい疑いを向けられるか。


考えるまでもなかった。


エステルはグラスから手を離した。


「なるほど」


声が少し低い。


「わたくしは、そこまで考えておりませんでした」


「何もなければ、少し慎重すぎたと笑えば済みますわ」


「何かあった場合は?」


「飲まなかったことを喜びましょう」


エステルが小さく笑った。


先ほどとは違う笑いだった。


「あなたと敵対する方は大変そうですわね」


「まあ。どうしてそのようなお話になるのでしょう」


「褒めておりますの」


「アドリアン殿下と同じことを仰いますのね」


二人ともグラスへは触れない。


セラフィーナは室内を見回した。


椅子。


窓。


卓。


壁際の長椅子。


不自然に隠された誰かがいる気配もない。


部屋そのものへ危険があるようにも見えない。


なら、待てばいい。


一分。


二分。


女官長は来ない。


エステルが扉を見る。


「少し妙ですわね」


「ええ」


セラフィーナも同意した。


本当に女官長からの呼び出しなら、客だけを何分も放置するとは考えにくい。


「侍女へ確認させます?」


「そういたしましょう」


セラフィーナが扉へ向かおうとしたところで、外から足音がした。


一人ではない。


二人か三人。


扉が大きく開く。


「オルセーヌ公爵令嬢!」


最初に入ってきたのは、三十歳前後の男だった。


レグリエの貴族であることは服装から分かる。


園遊会でも一度見かけた。


名前まではすぐに出てこない。


その後ろには若い男と王宮侍従がいる。


先頭の男は部屋へ入るなりエステルを見た。


「お顔の色が……何をお飲みになったのです?」


静かになった。


エステルが何も答えない。


セラフィーナも答えなかった。


男の顔から、少しずつ勢いが失われる。


エステルの顔色は悪くない。


座っているだけ。


苦しんでもいない。


体調が悪いとも言っていない。


それなのに男は、


何を飲んだのか。


と尋ねた。


「わたくし、何かおかしな顔をしております?」


エステルがゆっくり尋ねた。


男の喉が動く。


「い、いえ。ただ、こちらへ来る途中で、オルセーヌ公爵令嬢が気分を悪くされたと聞きまして」


「誰から?」


「それは……」


答えが止まった。


セラフィーナは男の顔を見る。


今、初めて彼を思い出した。


バリエ子爵。


宮廷で大きな役職を持っているわけではないが、北方交易へ関心を持ち、ここ最近ノルディア使節団との接触が増えている男だった。


「バリエ子爵」


セラフィーナが呼ぶ。


「は、はい」


「エステル様は、まだ何も召し上がっておりませんわ」


男の目が卓へ動いた。


二つのグラス。


その視線は短い。


それでもセラフィーナには十分だった。


「飲んで、いない?」


「ええ」


エステルが答えた。


「セラフィーナ様が、用意した者も分からない飲み物は口へしない方がよいと仰ったので」


バリエの顔が強張る。


後ろの侍従が怪訝そうに彼を見る。


セラフィーナは何も追及せず、自分の侍女を呼んだ。


「王宮医師をお願いします。それから、女官長にもこちらへ来ていただいて」


「ただちに」


「誰もグラスへ触れないように」


「承知いたしました」


今必要なのは、犯人探しではない。


まず飲み物が本当に危険なのかを確かめること。


安全なら、それで終わる。


危険なら、証拠を壊さない。


それだけだった。


「医師まで呼ぶ必要がございますか」


バリエが言った。


声が少し早い。


「飲んでいないのでしょう?」


セラフィーナは彼を見る。


「だからこそ、落ち着いて調べられますわ」


「しかし、園遊会の最中です。騒ぎにすればノルディアとの外交問題にも」


「危険なものではないと分かれば、騒ぎにはなりません」


「そうですが」


「それとも、調べては困る理由が?」


バリエは黙った。


質問しただけ。


答えを決めつける必要はなかった。


王宮医師が到着するまで、誰も卓へ近づかなかった。


女官長も来た。


休憩室への呼び出しについて尋ねると、最初からそんな指示は出していないという。


「わたくしの名を使って?」


「はい」


女官長の顔が険しくなる。


「お二人とも?」


「同じ内容でした」


エステルが答えた。


女官長はすぐ部下へ指示した。


「伝言を運んだ者を確認しなさい。この部屋を今日使用する予定だった者も。飲み物を運んだ給仕も見つけて」


「はい」


王宮医師は二つのグラスと瓶を見た。


まず匂い。


次に少量だけ別の小皿へ移す。


持参した試薬を一滴。


窓側に置かれていたグラスだけ、液体の色がゆっくりと紫がかった。


医師の顔が変わる。


「このグラスには鎮静剤が入っています」


エステルが息を止めた。


「鎮静剤?」


「即座に命へ関わる量ではありません。ただ、飲めば十五分から三十分ほどで強い眠気とふらつきが出るでしょう。体質によっては意識がかなり鈍ります」


窓側。


エステルが座った席の前。


セラフィーナのグラスからは同じ反応が出ない。


女官長が医師へ尋ねる。


「持ち込まれた薬ですか?」


「一般の薬舗でも扱います。ただし処方量を超えて飲ませる用途のものではありません」


エステルはグラスを見たまま動かなかった。


先ほどまでの余裕は完全に消えている。


演技には見えなかった。


少なくとも、薬が入っていたこと自体への驚きは本物である可能性が高い。


それ以上は、まだ分からない。


「これを、わたくしに?」


エステルの声が低い。


「そのように見えますわね」


セラフィーナは断定を避けた。


エステルの席の前に置かれていた。


だからエステル用だった可能性は高い。


しかし誰かが席を逆に座る可能性まで考えていたかは分からない。


事実以上を増やす必要はなかった。


二つのグラス。


瓶。


試薬を使った小皿。


全てが王宮側の手で封をされた。


医師が鑑定書を書く。


女官長が部屋の使用記録を確認する。


侍従が、二人へ伝言を運んだ若い侍女を連れて戻ってきた。


侍女は真っ青だった。


「申し訳ございません。わたくしは、バリエ子爵家の従者から女官長様のご指示だと伺って……」


女官長が眉を寄せる。


「なぜ私へ確認しなかったの」


「園遊会でお忙しいと思い……」


「伝言に、私の印は?」


「ございませんでした」


「今後、私の名で外国使節や王族婚約者を動かす伝言を、口頭だけで受けないこと」


「はい……」


侍女を責め続ける必要はなかった。


失敗は明確。


次に同じことをしないよう、経路を変えればいい。


一方、バリエ子爵は先ほどから一言も発していない。


女官長が彼を見る。


「子爵。あなたの従者が伝言を依頼したと証言が出ています」


「私は知りません」


「先ほど、誰からオルセーヌ公爵令嬢の体調不良を聞いたと?」


「……勘違いだったのでしょう」


「勘違い?」


「誰かが、こちらの休憩室で何かあったと言っているのを聞いて」


「誰が?」


また答えない。


エステルが立ち上がった。


「バリエ子爵」


柔らかな声だった。


だからこそ、その場にいた全員が彼女を見る。


「先ほどから、わたくしは一つ気になっておりますの」


「何でしょう」


「あなたはこの部屋へ入った時、わたくしが気分を悪くしたかどうかではなく、何を飲んだのかと尋ねましたわね」


「それは」


「その時点で、わたくしは一度も体調不良を訴えておりません」


バリエの額に汗が浮かぶ。


エステルは続けた。


「それなのに、飲み物が原因だとご存じだったのはなぜです?」


セラフィーナは黙っていた。


自分が言う必要はない。


本人が気づいたのなら、本人に言わせればいい。


バリエがようやく口を開く。


「私は……オルセーヌ公爵令嬢をお助けしようと」


「何から?」


答えがなくなる。


そこへ、新たな報告が届いた。


飲み物を運んだ給仕が見つかった。


果実水を休憩室へ運ぶよう頼んだのは、バリエ家の従者。


通常なら王宮厨房から依頼票が出るはずだが、


「外国の御令嬢が急に休まれるから」


と言われ、その場で用意したという。


薬を入れた者までは見ていない。


ただ、運ぶ直前にバリエ家の従者が、


「自分が持っていく」


と言って一度盆を受け取っている。


少しずつ、逃げ道が狭くなっていく。


バリエはそれでも、


「私の指示ではない」


と主張した。


王宮警備責任者が彼の従者を探しに向かう。


その間、園遊会の会場からノルディア使節団の外務官も呼ばれた。


外国公爵令嬢を狙った可能性がある以上、隠したまま進める方が危険だった。


外務官は鑑定結果を聞き、深く頭を下げる。


「まず、オルセーヌ公爵令嬢とアルディエール公爵令嬢がご無事であったことに安堵いたします」


「わたくしは狙われていなかったようですけれど」


セラフィーナが言う。


外務官は首を振った。


「同じ部屋へ呼び出された以上、無関係とは申し上げられません」


まともな判断だった。


エステルがバリエを見る。


「子爵は以前、ノルディアとの交易について何度かお話を持ちかけていらっしゃいましたわね」


男の肩が動いた。


「それは外交上、普通のことで」


「ええ。ですからお話は伺いました」


エステルの表情は静かだった。


「ですが、わたくしはあなたへ、このようなことをお願いした覚えはございません」


バリエの顔色が変わった。


「エステル様」


呼び方まで変わる。


先ほどまでの外交相手への敬称ではない。


助けを求める声だった。


「話が違うではありませんか」


室内が静まり返った。


エステルの目が冷える。


「何のお話でしょう」


「あなた方は、アルディエール公爵令嬢が王太子殿下の隣にいる限り、両国の関係は変わらないと」


言葉が途中で止まる。


自分で何を口にしたのか、ようやく気づいたらしい。


ノルディア外務官の顔からも表情が消えた。


セラフィーナは何も言わない。


言わせたのは自分ではない。


追い詰められたバリエが、自分で口を滑らせただけだった。


「続けてくださいませ」


エステルが言った。


声は柔らかい。


「どなたが、そのようなことを?」


「私は……」


「わたくしではございませんわね?」


「……」


「わたくしは、あなたへセラフィーナ様を傷つけろとも、自分へ薬を飲ませろとも、一度も申し上げておりません」


それは、おそらく本当なのだろう。


少なくとも薬については。


エステルの怒りは、相手へ見せるために作ったものには見えなかった。


ただし、


セラフィーナが王太子の隣にいること。


それを問題として語る人間がノルディア側にいること。


そしてバリエが、それを自分への利益へ変えられると思ったこと。


そこまでは新しい情報だった。


誰が最初に何を言ったのか。


まだ分からない。


なら、今はそこまででいい。


バリエは最終的に王宮警備へ預けられた。


従者もほどなく見つかり、薬を入れたことを認めた。


主の命令だったという。


目的はエステルを一時的に眠らせること。


その場へセラフィーナしかいなかったという状況を作り、これまでの嫉妬の噂と結びつける。


重い病気にするつもりはなかった。


少し眠らせるだけ。


それなら取り返しのつかない犯罪にはならないと思った。


バリエが後で語った動機は、その程度だった。


ノルディア側から、


セラフィーナの存在が両国関係の障害になっている。


そういう話を何度か聞いた。


自分が役に立てば、北方交易で有利な扱いを得られると思った。


そこで勝手に一歩進んだ。


誰がどこまで示唆したのかについては、最後まで曖昧だった。


少なくともノルディア使節団は、薬物使用への関与を正式に否定した。


エステル自身も、王宮へ証言書を提出した。


セラフィーナが飲み物へ触れなかったこと。


自分にも飲まないよう勧めたこと。


二人とも入室後、一度もグラスの中身を口へしていないこと。


それらが本人の署名付きで残る。


セラフィーナにとっては十分だった。


王宮医師の鑑定書。


女官長の証言。


給仕記録。


伝言を運んだ侍女。


バリエ家の従者。


エステル本人。


普通に調べれば、セラフィーナへ疑いを向ける余地はほとんど残らない。


むしろ薬を飲ませられそうになった外国令嬢を止めた側だった。


園遊会は予定より早く終わった。


アルディエール公爵邸へ戻る馬車の中で、セラフィーナは窓の外を見ていた。


向かいには侍女が座っている。


今日同行していたのはマルタではない。


彼女を王宮の奥まで連れ歩く段階では、まだなかった。


「お嬢様」


侍女が遠慮がちに声を掛ける。


「何かしら?」


「恐ろしくはなかったのですか?」


「薬が?」


「はい。もし、飲んでいたら」


セラフィーナは少し考えた。


「飲んでおりませんもの」


「それはそうなのですが」


「危険だったかもしれないものを、危険だったと分かってから怖がっても仕方がないでしょう?」


「ですが、あの時点では薬が入っているとは」


「分かりませんでしたわ」


だから飲まなかった。


知らないことと、安全であることは同じではない。


「それに、あの部屋へ入った時には少し不自然なことが重なっていましたもの」


「女官長がいらっしゃらなかったことですか?」


「ええ。それなのに飲み物だけは二人分用意されていた。わざわざ口をつける理由がなかっただけですわ」


侍女が黙る。


セラフィーナは窓の外へ視線を戻した。


罠を見つけた時、自分から踏んで相手を喜ばせる必要はない。


外から眺めればいい。


どう作られているのか。


誰が近づいてくるのか。


何を期待しているのか。


それを見てから、必要な部分だけ残せばいい。


バリエは今日、自分から部屋へ入ってきた。


自分から、


何を飲んだのか。


と尋ねた。


自分から、


話が違う。


と言った。


最後には、自分が何を期待していたのかまで口にした。


セラフィーナは一度も彼へ自白を命じていない。


ただ飲まなかっただけだった。


翌日。


バリエ子爵が当面の王宮出入りを禁じられたという知らせが届いた。


正式な処分は調査終了後になる。


北方交易について彼が進めていた商談も、ノルディア側から停止された。


危険な工作へ関与した人間と取引を続ければ、使節団自身まで疑われる。


ノルディアにとっては合理的な判断だった。


けれどバリエにとっては違う。


助けてもらえると思っていた相手から、真っ先に距離を置かれた。


自分の利益になると思って選んだ一手が、自分の信用も商機も同時に失わせた。


セラフィーナはその報告を読み終え、机へ置いた。


気の毒だとは思わない。


命令されたわけでもない。


脅されたわけでもない。


少なくとも今のところ分かっている範囲では、彼は自分で利益を求めて、自分で薬を使うことを選んだ。


なら、選んだ結果まで引き受けるべきだった。


問題は別にある。


彼が、


セラフィーナがアドリアンの隣にいる限り両国関係は変わらない。


という言葉を、どこで聞いたのか。


ノルディアの誰か。


レグリエの誰か。


あるいは両方。


そこはまだ分からない。


セラフィーナは報告書を閉じた。


分からないものを急いで決める必要はない。


今日分かったのは一つ。


これまで流れていた噂は、社交界の遊びだけでは終わらないかもしれない。


誰かが、白薔薇へ落とした色をもう少し濃くしたがっている。


なら次は、その色がどこから運ばれてくるのかを見るだけだった。


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