白薔薇を見に来た人々
招待状が届いたのは、定期市へ出かけた翌朝だった。
差出人は、この地域に屋敷を持つ伯爵夫人。
季節の茶会へぜひ。
そう書かれている。
文章そのものは、ごく普通の社交上の招待だった。
ただし、招待客の一覧も同封されていた。
セラフィーナは一度目を通し、マルタへ渡す。
「ベルティエ様へもお願いします。政治的な会合というほどではございませんけれど、わたくしが外国の高位貴族であることに変わりはありませんもの」
「承知しました」
マルタが受け取る。
若い書記は、向かい側から招待状を見ていた。
「お知り合いですか?」
「いいえ」
「では、なぜ急に?」
セラフィーナは返事をする前に、同封されている客名簿へもう一度目を落とした。
主催者の伯爵夫人。
地元の有力貴族家へ嫁いだ年嵩の夫人。
市場に大きな店を持つ商会主の妻。
比較的若い子爵夫人。
ほかにも数名。
全員女性である。
王宮で行われるような大きな社交ではない。
しかし単なる近所付き合いとも言い切れない。
「市場で少し目立ちましたから、そのせいかもしれませんわね」
「比較重量のことで?」
「それも含めて」
追放された外国の公爵令嬢。
王太子の元婚約者。
レグリエで悪女と呼ばれた女。
グランデルへ来て早々、なぜか市場の帳票を変え、空だった荷車へ帰り荷を載せ、倉庫では魔術秤まで調べた女。
見に来たくなる理由なら十分にある。
「断られますか?」
「なぜ?」
「その……興味本位かもしれません」
「でしょうね」
若い書記が瞬きをする。
セラフィーナは招待状を畳んだ。
「興味を持たれるのは、悪いことではございませんわ」
好奇心を持たれている。
それ自体は敵意ではない。
むしろ何も知らないまま、
危険らしい。
悪女らしい。
と決められる方が面倒だった。
見たいなら見ればいい。
もちろん、見せる必要のないものまで見せるつもりはない。
「お受けします」
茶会の日、セラフィーナは派手すぎないドレスを選んだ。
レグリエ王宮にいた頃なら、格に相応しい装いそのものが政治的な意味を持った。
今日は違う。
公爵令嬢として礼を失わず、相手を圧迫しすぎない程度で十分だった。
同行はマルタと護衛一人。
アルノーも来るが、茶席へ座るわけではない。
監察対象の社交訪問として到着と退出、参加者だけ確認し、必要なら別室にいる。
屋敷へ着くと、主催者の伯爵夫人が玄関近くまで迎えに出ていた。
年齢はセラフィーナの母より少し下だろうか。
笑顔は自然だったが、最初の挨拶から距離の測り方が丁寧だった。
「ようこそお越しくださいました、アルディエール公爵令嬢。急なお誘いをお受けくださって嬉しく思います」
「こちらこそ、お招きありがとうございます。グランデルの方々とゆっくりお話しする機会は、まだあまりございませんでしたもの」
嘘ではない。
市場では多くの人間と話したが、ほとんどが仕事だった。
案内された客間には、すでに六人ほど集まっている。
一歩入った時点で、視線が集中した。
すぐ逸らす者。
そのまま見る者。
一度セラフィーナを見たあと、後ろのマルタへ視線を移す者。
開いた扉の向こう、廊下側に残ったアルノーを確認する者。
面白い。
そう思ったが、顔には出さない。
紹介を受け、席へ着く。
主催者の右には年嵩の貴族夫人。
左には商会主の妻。
若い子爵夫人は少し離れた位置。
ほかの客も、おおよそ身分と親しさに沿って配置されている。
ただし、セラフィーナの席だけが少し特徴的だった。
主催者と正面に近く、誰からも顔が見える。
名誉席と呼べなくもない。
同時に、
皆が観察しやすい席。
とも呼べる。
歓迎と見物。
両方。
セラフィーナは少しだけ楽しくなった。
最初は天候の話だった。
次に定期市。
季節の菓子。
街道沿いの景色。
ごく無難な会話が続く。
年嵩の夫人が先に話題を出し、主催者が広げる。
若い子爵夫人はよく笑うものの、自分から大きな話題は出さない。
商会主の妻は、話には参加しているが、定期市の話へ移った時だけ反応が少し違った。
「昨日は市場へいらしたそうですね」
主催者が尋ねる。
「ええ。とても賑やかでしたわ」
「何かお気に召したものは?」
「果実と木の実を包んだ焼き菓子を。二つもいただいてしまいました」
少し意外だったらしい。
若い子爵夫人が、
「二つ?」
と聞き返した。
「ええ」
「もっと、その……」
そこで止まる。
セラフィーナは待った。
若い夫人は少し困ったあと、言い直した。
「食事にも厳格な方なのかと」
「どうしてでしょう?」
「レグリエの白薔薇といえば、とても規律正しい方だと伺っておりましたから」
白薔薇。
ようやく出た。
セラフィーナは茶器を置いた。
「規律正しいことと、菓子を二つ食べることは両立いたしますわ」
年嵩の夫人が小さく笑う。
張っていた空気が少し緩んだ。
主催者も笑った。
「それは確かに」
話題は再び食べ物へ戻る。
けれどセラフィーナは、今ので一つ分かった。
最初に踏み込む役を任されているのは、若い子爵夫人ではない。
彼女は好奇心が強いだけだ。
不用意に口を滑らせる可能性があるため、むしろ周囲が少し警戒している。
年嵩の夫人は、若い子爵夫人が話し始めるたびに僅かに視線を向けている。
主催者は止めない。
つまり、聞きたいことはある。
ただし自分から最初に聞きたくはない。
そして商会主の妻は、セラフィーナが白薔薇と呼ばれた話より、定期市の話に入った時の方が熱心だった。
彼女が知りたいのは、たぶん別。
もう一つ。
若い子爵夫人は、セラフィーナへ質問した直後、廊下側へ一度目を向けた。
アルノーがいる方向。
外国人と親しく話したことで、自分まで監察対象にならないか気にしている。
少なくとも、
この女と話して大丈夫なのか。
という不安はある。
茶会に来た理由が一つではないことだけは、もう十分だった。
白薔薇を見たい。
危険人物なのか確かめたい。
市場で何をしているのか知りたい。
それぞれ別。
なら同じ答えを全員へ与える必要もない。
菓子が一巡した頃、商会主の妻が口を開いた。
「市場のお話を伺ってもよろしいでしょうか」
「もちろん」
「夫のところにも、比較重量という欄を使った帳票が回ってきました」
やはり。
「ご迷惑でした?」
「いえ。むしろ逆です。ただ、最初は何のためか分からなかったそうです」
「そうでしょうね」
「遠方との見積もりでは便利だと」
セラフィーナは頷く。
「使える場面では、お使いくださればよいと思いますわ」
「公爵令嬢が考案された制度だ、と聞いておりますが」
「制度ではございませんわ」
少し強めに訂正した。
商会主の妻が目を瞬く。
「今のところ、帳簿へ一列加えて試しているだけです。地方の正式な単位も、税も、契約も変えておりません」
「では、広げるよう王家へ提案なさるつもりでは?」
「少なくとも、今すぐは」
「なぜです?」
「一つの市場で便利だったからといって、別の土地でも同じとは限りませんもの」
商会主の妻は少し黙る。
その後、
「夫も似たことを申しておりました」
と答えた。
「乾燥品なら使いやすいが、商品によっては重量だけ比べても意味がない、と」
「ご主人のおっしゃる通りですわ」
ここでも驚かれた。
反論されると思っていたらしい。
自分の案なのだから、
使えます。
広げるべきです。
と押す女だと考えていたのかもしれない。
それなら訂正しておく方がよい。
市場を自分の玩具として扱う外国人だと思われるのは、何の利益もない。
「商人の方が、商品についてはわたくしよりお詳しいですもの。使える物へ使って、使えない物には使わなければよろしいのでは?」
商会主の妻はゆっくり頷いた。
彼女が茶器を置く。
先ほどまでより肩の力が少し抜けていた。
一人。
次は若い子爵夫人だった。
「ベルティエ様は、いつもご一緒なのですか?」
今度は予想通りだった。
セラフィーナは廊下側へ視線を向けない。
「監察条件上、必要な外出や面会については把握していただいております」
「それは……窮屈では?」
「わたくしがグランデル側でも監察を付けますわ」
子爵夫人が目を丸くする。
「嫌ではないのですか?」
「必要なことと、好きなことは別ですもの」
少し考え、
「ただ、どこまでが監察官の権限で、どこからがわたくしの権利なのかは、最初に書面で確認いたしました」
と続ける。
「では、今日ここへ来た私たちまで、何か記録されるのでしょうか」
やはり、そこだった。
「参加者名は把握なさっています」
子爵夫人の顔が少し固くなる。
「ですが、茶会へ出席しただけで何か問題になるとは伺っておりません。もしそれだけで皆様へ不利益が出る条件でしたら、わたくしも先に確認しておりますわ」
嘘ではない。
自分の社交相手まで萎縮させる監察条件なら、受け入れた時点で範囲を詰めている。
子爵夫人は安堵したように息を吐いた。
「そうなのですね」
二人。
残る一番大きなものは、まだ誰も触れていない。
主催者が一度、年嵩の夫人を見る。
夫人は視線だけで返す。
セラフィーナは茶を一口飲んだ。
そろそろだろう。
年嵩の夫人が静かに言った。
「アルディエール公爵令嬢。一つ、失礼なことを伺っても?」
「内容によりますわね」
場が僅かに緊張した。
セラフィーナは微笑む。
「どうぞ」
夫人は言葉を選んだ。
「レグリエであなたが国外へ出られることになった理由について、こちらにもいくつか異なる話が届いております」
主催者は止めない。
商会主の妻も、今度はセラフィーナを見ている。
若い子爵夫人は、完全に興味を隠せていない。
これが本題だった。
「ノルディアの公爵令嬢へ繰り返し敵意を示した、とも聞きましたし、王太子殿下との間で何か重大な問題があったとも。中には……犯罪に近いことをなさったのではないか、という話まで」
「まあ」
セラフィーナは驚かなかった。
国を越える噂など、そんなものだろう。
距離が伸びるほど、事実より物語の方が運びやすい。
「どれが本当なのでしょう?」
真正面から来た。
悪くない。
遠回しに探られるより安い。
セラフィーナは数秒だけ考えた。
何を隠すかではない。
何を答えれば、今ここで必要な誤認だけを取り除けるか。
全部を説明する必要はない。
エステルが何をしたか。
ノルディアが何を狙ったか。
王家がどこまで迷ったか。
アドリアンが父王へ何を保証したか。
それらはこの席で話すことではない。
必要なのは、もっと簡単な事実だった。
「まず、わたくしはレグリエで犯罪の認定を受けておりません」
誰も口を挟まなかった。
「ノルディアのオルセーヌ公爵令嬢へ危害を加えたという認定もございませんし、その件で刑罰を受けたわけでもありません」
年嵩の夫人が少しだけ身を乗り出す。
「では、国外へ出されたのは?」
「外交上の措置ですわ」
短く答える。
「レグリエとノルディアの関係を安定させるため、わたくしと王太子殿下の婚約を解消し、わたくしを王宮政治と対ノルディア外交から外した上で、期限を定めず国外へ出す方がよいと王家が判断いたしました」
静かになった。
予想していた答えと違ったのだろう。
もっと、
誤解です。
陥れられました。
わたくしは何もしていません。
という弁明を期待していた者もいるはずだ。
セラフィーナはそれをしなかった。
自分が負けたことまで隠す理由はない。
年嵩の夫人が尋ねる。
「では、王太子殿下は……」
一度言葉を止める。
「その決定へ反対なさらなかった?」
「最終的には賛成なさいましたわ」
今度こそ、若い子爵夫人が表情を隠せなかった。
セラフィーナは少し可笑しくなる。
恋愛の話になると、やはり反応が早い。
「それでも、王太子殿下からお手紙が届いていると……」
誰から聞いたのか。
セラフィーナはそちらを見る。
尋ねたのは主催者だった。
この人は、噂だけではなく、国外郵便が届いた程度のことまでは知っている。
政治的監察対象の郵便到着そのものは完全な秘密ではない。
どこかから話が回ったのだろう。
内容まで知っている様子はない。
「届いております」
「では、仲違いをされたわけではない?」
随分便利な言葉だった。
仲違い。
婚約者が本人の意向を聞かず国外退去へ賛成した結果を、そこまで小さくできる。
悪意はないのだろう。
知らないだけ。
「どうでしょう」
セラフィーナは茶器へ指を添えた。
「少なくとも、婚約は解消されておりますわね」
主催者が少し困った顔をする。
「お怒りではないのですか?」
聞くのか。
セラフィーナは一瞬だけ迷い、それから素直に答えた。
「怒っておりますわよ」
全員が止まった。
セラフィーナは笑う。
「婚約者に、本人へ相談もなく国外へ出す決定へ賛成されて、喜べるほど物分かりのよい女ではございませんもの」
年嵩の夫人の口元が、ほんの僅かに緩んだ。
若い子爵夫人は、むしろほっとしたように見える。
人間らしい答えを聞いたからだろう。
ここで、
恨んでいません。
すべて国のためです。
などと言えば、美談にはなったかもしれない。
しかし嘘になる。
信用を買うために、不要な嘘を使うほど安くない。
「ただ」
セラフィーナは続けた。
「その不満を、グランデルの皆様へ背負っていただく理由もございませんわ」
主催者がこちらを見る。
「レグリエで何があったかと、今わたくしがグランデルで何をするかは、別のお話でしょう?」
誰もすぐには答えなかった。
最初に頷いたのは商会主の妻だった。
「それは、そうですわね」
主催者も続く。
「ええ」
空気が変わった。
劇的ではない。
先ほどまで全員の中にあった警戒が消えたわけでもない。
だが、
王太子に捨てられた危険な悪女。
という一つの物語だけでセラフィーナを見ることが難しくなった。
犯罪者ではない。
外交措置だった。
王太子も決定へ賛成した。
本人は普通に怒っている。
しかしその怒りをグランデルへ持ち込んで暴れようとはしていない。
少なくとも、今この席で確認できる事実はそこまで。
それで十分だった。
話題はやがて市場へ戻った。
今度は主催者の方から尋ねる。
「比較重量のお話、もし別の市場でも試すことになれば、こちらの商人も参加できますでしょうか」
「わたくしへ許可を求める必要はございませんわ」
「そうなのですか?」
「市場役と、実際に使う商人の方々がお決めになることですもの」
「でも、あなたが始められたのでしょう?」
「始めたことと、所有していることは別でしょう?」
主催者が少し考える。
その隣で商会主の妻が笑った。
「夫が喜びそうなお話です」
「なぜです?」
「自分たちの商売へ公爵令嬢が口を出し続けることになるのかと、少し心配しておりましたから」
率直でよい。
セラフィーナも笑った。
「それはわたくしも嫌ですわ。毎朝、皆様の帳簿を確認して歩くのは大変ですもの」
今度は何人かが声を立てて笑った。
茶会が終わる予定だった時刻を、少し過ぎた。
それでも主催者は席を立たなかった。
代わりに、来月行われる小規模な慈善市の話を始めた。
貧しい家庭へ冬物を回すため、各家が余剰品や寄付を持ち寄るという。
「もしご迷惑でなければ、その時にもお声をかけてよろしいでしょうか」
最初の招待状とは意味が少し違う。
今日は、
噂の女を見たい。
という理由が混じっていた。
次は、
この女ともう一度同じ席で話してもよい。
に変わっている。
セラフィーナはすぐには答えなかった。
予定を知らないからだ。
「日程を頂けます?予定が合えば、ぜひ」
「もちろんです」
約束できる範囲だけ答える。
若い子爵夫人も続けた。
「わたくしも、今度おすすめのお菓子をご紹介しても?」
「嬉しいですわ」
「甘いものがお好きなのでしょう?」
「昨日から、そのようです」
また笑いが起きた。
帰りの馬車で、マルタが向かいに座っていた。
しばらく黙っていたが、屋敷が見え始めた頃に口を開く。
「皆様、最初と最後で随分違いました」
「そう?」
「はい。最初は、セラフィーナ様が何を言うか待っているようでした。でも最後は、普通に次のお誘いをされていました」
セラフィーナは窓の外を見る。
「実際に会えば、噂以外の材料が増えますもの」
「最初から、それを狙ってお受けになったのですか?」
「候補の一つではございましたわ」
マルタが少し笑う。
「候補」
「ただお茶を飲んで終わる可能性もございましたもの」
それでも損は小さい。
地元の人間と顔を合わせる。
何を聞かれているか知る。
自分について、どんな噂が届いているか分かる。
逆に何も聞かれなければ、それも情報。
危険な賭けではない。
「ですが」
セラフィーナは少し考えた。
「思っていたより楽しかったですわね」
昨日の市場とは違う。
今日は人を見た。
人にも見られた。
互いに完全には信用していない。
それでも会話は成立した。
それでよい。
屋敷へ戻ると、アルノーが玄関近くで簡単な確認をした。
「政治的な協議は?」
「ございません」
「レグリエ王家についての発言は?」
「国外退去が刑罰ではなく外交措置だったことと、婚約解消及び国外退去へ王太子殿下も最終的に賛成なさったことはお話ししました」
アルノーの筆が止まる。
「そこまで?」
「聞かれましたので」
「感情については?」
「怒っている、と」
アルノーが顔を上げた。
「正直ですね」
「嘘をつく必要がございます?」
「いいえ」
彼はまた記録へ目を落とした。
「その後、レグリエへ敵対する発言は?」
「しておりません」
「グランデルへ協力を求める発言は?」
「しておりません」
「王太子への報復を示唆する発言は?」
「それも」
アルノーは数行書いた。
やがて紙を閉じる。
存在した事実だけが残る。
それでよかった。
夕方、主催者の屋敷から早くも一通の礼状が届いた。
若い書記が持ってくる。
「随分早いですね」
「社交上のお礼でしょう」
封を開く。
茶会へ来てくれたことへの礼。
市場について聞けたこと。
グランデルの菓子を気に入ってくれたことへの喜び。
そして最後に、
来月の慈善市について正式な日程が決まり次第、改めて招待したい。
とある。
セラフィーナは読み終えて、若い書記へ渡した。
「予定表へ仮置きを」
「はい」
書記が退出しかけてから振り返る。
「白薔薇の噂は、これで消えるのでしょうか」
「まさか」
即答した。
一度広がった噂は、一度の茶会では消えない。
消す必要もない。
悪女だと思う者もいるだろう。
警戒を続ける者もいる。
レグリエから別の話が届く可能性もある。
「では、意味はあったのですか?」
「ええ」
セラフィーナは礼状を見る。
「少なくとも今日いらした方々は、次に何か聞いた時、自分が実際に会ったわたくしと比べられるでしょう?」
噂しか知らない人間は、噂を基準にする。
一度でも本人を知れば、基準が二つになる。
どちらを信じるかは本人が決めればいい。
セラフィーナが決めることではない。
若い書記は納得したように頷いた。
机の上には、昨日市場で買った菓子の包みがまだ一つ残っている。
その隣へ、今日の礼状が置かれた。
グランデルへ来たばかりの頃、自分を知る人間はほとんどいなかった。
知っている者がいても、
レグリエを追い出された女。
白薔薇の悪女。
外交問題を抱えた外国公爵令嬢。
その程度だった。
今日、そこへ少しだけ別の情報が加わった。
普通に怒る女。
菓子を二つ食べる女。
市場へ命令するつもりのない女。
噂について聞けば、弁明ではなく事実を答える女。
そして、また茶へ呼んでもよい女。
大した変化ではない。
それでも信用とは、たいていその程度から始まる。
セラフィーナは礼状を畳む。
白薔薇を見に来た人々は、今日、自分の目で見たものを持ち帰った。
何と思うかは、もう彼女たちの仕事だった。




