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18/31

追放者には監視を

出国の日の朝、セラフィーナはいつもと同じ時刻に起きた。


昨夜、王冠が落ちるところまで想像した女とは思えないほど、身支度も朝食も普段通りだった。


怒りが消えたわけではない。


むしろ、もう消す必要がなくなったので、表へ出しておく必要もなくなった。


玄関前には六台の馬車が並んでいた。


人を乗せる二台と、衣類や書籍、当面の生活に必要な物を積んだ四台である。


期限のない国外退去にしては荷物が少ないと、母からは最後まで言われた。


けれど、どのような暮らしになるのかも分からない土地へ、今までの生活を丸ごと運ぶ意味はなかった。


必要な物が出れば送ってもらえばいいし、その土地で買った方が安ければ買えばいい。


セラフィーナは、自分が戻ることを前提に荷物を残したわけではない。


戻らないことを証明するために、わざわざ家を空にする気もなかった。


「書斎はそのままにしておいてくださいませ。必要な本が決まりましたら、題名を指定してお願いします」


エルンストが深く頷いた。


「承知しております。お嬢様がお戻りにならなくとも、本は逃げませんので」


「それは助かりますわね」


隣にいた母が、少しだけ困ったように笑った。


「あなたたち、最後くらいもっと普通の話はできないの?」


「普通のお話ですわ」


「本の話が?」


「大切でしょう?」


母は反論を諦め、セラフィーナの外套の襟を整えた。


もう何度目か分からない。


「着いたら、すぐに手紙をちょうだい」


「ええ。グランデル側の規則を確認して、確実に届く方法で」


「方法なんて後でもいいの。着いたとだけ知らせて」


その程度なら、王家の許可も国際情勢も関係なく、自分の意思だけで守れる。


「約束します」


母の表情が少し和らいだ。


父は王家から付けられた騎士たちを見ていた。


国境までの護衛という名目だが、国外退去が確実に行われたことを確認する役目も兼ねているのだろう。


「向こうで何かあれば連絡しろ」


父が言った。


「必要があれば」


「必要かどうかを一人で決めるな」


セラフィーナは少しだけ眉を上げた。


父はすぐに気づいたらしい。


「……言い方が悪かった。助けが要る時は、頼れと言っている」


「それなら、はい」


本人へ聞く前に答えを決めるな。


数日前なら何とも思わなかった言葉が、今は随分よく耳に残る。


父はその理由までは知らない。


知らなくていい。


セラフィーナは両親へ改めて礼をし、馬車へ乗った。


扉が閉じて、車輪が動き出す。


玄関前には、同行しない使用人たちが並んでいた。


侍女長は母のそばに残る。


エルンストは公爵家の管理を続ける。


同行しない者が忠誠を失ったわけではなく、同行する者だけが特別に忠実なわけでもない。


それぞれが、自分の生活と責任を見た上で選んだ。


それでいい。


門が遠ざかり、見送りの姿が見えなくなるまで、セラフィーナは窓の外を見ていた。


王都へ入る道は混んでいた。


こちらが出ていく日であっても、店は開き、荷馬車は動き、パン屋からは朝の匂いが流れている。


一人の公爵令嬢が国外へ追放される程度では、街の生活は止まらない。


止まらなくてよかった。


通りの人々が公爵家の紋章と王家の護衛を見て、馬車を振り返る。


何を言われているのかまでは聞こえない。


白薔薇。


悪女。


追放された令嬢。


どれであっても、今は訂正しようがなかった。


窓を閉じる理由にもならない。


西門を抜けたところで、セラフィーナは一度だけ王都を振り返った。


アドリアンは来なかった。


それもまた、今は都合がよかった。


話したいことがない。


正確には、話してやりたいことがなかった。


王家へも。


ノルディアへも。


アドリアンへも。


彼らがまだ知らないことを、自分から親切に教える必要はない。


馬車はそのまま西へ向かった。


国境へ到着したのは二日目の午後だった。


レグリエとグランデルの間には幅の広くない川が流れ、その上へ古い石橋が架かっている。


橋の中央近くには二国の境を示す標柱があり、両岸にはそれぞれの詰所が置かれていた。


レグリエ側では、王家の騎士が国外退去命令書を役人へ渡した。


封印を確認し、同行者の人数を照合したあと、役人が大きな帳簿を開く。


セラフィーナの名前が記され、その隣へ出国理由が書き加えられた。


王命による国外退去。


帰国には王室の許可を要する。


数日前、大広間であれほど多くの人間が集まり、長い言葉を重ねて決めたことが、帳簿の上ではわずか二行だった。


妙なものだと思った。


「手続きは以上です」


役人が帳簿を閉じた。


「今後レグリエ王国へ戻られる場合は、王室発行の許可証が必要となります」


「承知しております」


「お持ちの爵位、個人資産について国境で追加の処分はございません」


「ありがとうございます」


形式的な確認が終わる。


役人は一瞬だけ言葉を迷い、それから声を少し落とした。


「道中、お気をつけください」


セラフィーナはその言葉まで王家の意思として受け取るほど、物事を雑には分けなかった。


この役人は、自分を追放すると決めた人間ではない。


「ありがとうございます」


普通に礼を返した。


馬車が石橋へ進む。


標柱を越えても、川の音も風の匂いも変わらなかった。


それでも対岸へ車輪が乗れば、自分はもうレグリエの外にいる。


昨日までなら、その事実に別の痛みがあったかもしれない。


今は少し違う。


追い出されたことは変わらない。


ただし、その結果として自分が何をするのかまで、追い出した側へ決めさせるつもりはなかった。


グランデル側の国境詰所には、歓迎の花も楽団もなかった。


待っていたのは国境警備兵と入国担当の役人、それから灰色の上着を着た一人の男だった。


三十代半ばほどに見える。


剣より書類の方が似合う男だったが、姿勢や周囲への視線に隙はない。


馬車を降りたセラフィーナへ近づく前に、同行人数と荷馬車の数まで確認していた。


「セラフィーナ・アルディエール公爵令嬢でお間違いありませんか」


「はい」


「グランデル王室監察局所属、アルノー・ベルティエと申します。当面、令嬢の滞在について監察を担当いたします」


歓迎の挨拶より先に、監視すると告げられた。


その方が信用できた。


「よろしくお願いいたします」


アルノーの視線が僅かに止まったが、すぐに戻る。


「入国前に条件をご説明します。同行者にも関係する事項がありますので、代表者お二人まで同席をお願いします」


セラフィーナは護衛一人とマルタを選んだ。


案内された応接室は狭く、机と椅子以外には壁掛けの地図くらいしかない。


セラフィーナ側の三人が座ると、アルノーは数枚の書類を机へ置いた。


「まず確認いたします。グランデル王国は、令嬢を刑事犯として受け入れるものではありません。レグリエ王国から提供された記録にも、有罪判決は存在しないと明記されています」


「はい」


「ただし、隣国の王太子との婚約を解消された直後、国家間の問題を理由として期限なく国外退去を命じられた高位貴族を、一般の旅行者と同じ条件で受け入れることもできません」


アルノーは淡々と続けた。


「そのため、一定期間、滞在場所、長距離移動、国外通信、政治的接触及び一定規模以上の資産移動について監察対象となっていただきます」


書類を差し出される。


セラフィーナは最初から読んだ。


当面の住所を届け出る。


行政区域を越えて数日滞在する場合は事前申告する。


外国政府関係者や高位貴族と政治目的で面会する場合、その相手と日時を記録する。


通常の書簡は禁止しないが、身元を隠す通信や即時魔術通信を使用する場合は登録する。


土地取得、軍需関連取引、大口の資金移動についても事前申告する。


厳しくはある。


けれど、理由は理解できた。


セラフィーナは最初に期限を探した。


「監察条件の見直し時期は?」


「三か月後です」


アルノーは即答した。


「終了を保証するものではありませんが、継続の必要性と範囲を再審査します」


「誰が?」


「王室監察局と滞在地域の行政庁です。必要に応じて外務部門も参加します」


セラフィーナは頷いた。


期限のない監視ではない。


少なくとも、期限のないまま同じ条件が固定される制度でもない。


次に移動の項目を見る。


「ここに『事前申告』とありますが、許可が下りるまで移動できないという意味でしょうか」


「違います。申告後は原則自由です」


「監察官だけの判断で止められます?」


「緊急時に一時停止を求めることはできます。ただし継続して禁止する場合は、行政庁または王室の命令が必要です」


見る権限と、止める権限を分けている。


そこは悪くない。


面会についての条文へ進む。


『政治的影響を有する者との接触』


その表現で手が止まった。


「これは広すぎますわね」


アルノーが書面を見る。


「どのあたりが?」


「例えば大商会の主人は政治的影響を持つでしょう。でも、わたくしが布を買うために店へ行くたび、政治的接触として記録するのですか?」


「いいえ。取引だけなら対象外です」


「文面では区別できません」


反論ではなく事実だった。


「政治目的の面会、大規模契約へ直接つながる交渉、外国政府関係者との接触。この程度まで具体化していただけますか?」


アルノーはすぐには頷かなかった。


「それでは狭すぎます。治安上の確認が必要な相手との面会まで外れます」


「では、それも加えればよろしいのでは?」


「『監察局が治安上の懸念を具体的に通知した人物』との面会」


「事前に対象者を示してくださるなら、それで」


アルノーは隣の役人を見る。


役人が文章を書き換えた。


一方的に要求が通ったわけではない。


監察側が必要な範囲は残し、セラフィーナが曖昧だと指摘した部分だけが狭くなった。


その方がいい。


何でも譲る監察官より、ずっと使える規則になる。


「次に、滞在先への立ち入りについて」


セラフィーナが別の条文を指す。


「監察上必要と判断した場合、訪問できるとあります。私室や使用人の部屋まで無条件に入れるという意味ですか?」


アルノーの返答は早かった。


「いいえ。共有部分への訪問と聞き取りまでです。私室、金庫、書庫、封印された荷物を調べる場合には別途令状が必要になります」


「では、それも書面に」


「追記します。ただし、事前連絡なしの訪問を禁止することには同意できません」


そこはセラフィーナが求める前に言われた。


「監察である以上、毎回事前に日時を知らせていては意味がありません」


正しい。


セラフィーナは頷いた。


「それは結構ですわ。ただ、立ち入り可能な範囲だけ明記してくださいませ」


「それなら問題ありません」


また書き加えられる。


最後に条件変更について確認した。


「今後、監察条件を変更する場合は、書面で通知していただけますか」


「原則として」


「原則では困ります」


アルノーが目を上げる。


セラフィーナは続けた。


「緊急時に口頭で一時的な命令を出す必要があることは理解します。ただ、それをいつまでも口頭のまま有効にされては、後から何を守ればよいか確認できません」


アルノーは少し考えた。


「緊急命令は翌営業日までに書面化する。それでよろしいですか」


「十分です」


これも追記された。


セラフィーナは改めて全文を読む。


見直し時期がある。


申告と許可が分かれている。


監察官だけで長期の移動禁止はできない。


面会の記録対象は明文化された。


私的空間への立ち入りには令状が要る。


条件変更は記録に残る。


監視そのものは消えていない。


けれど、どこまでが監視で、どこからが自由なのかはかなり明確になった。


「他にございますか」


アルノーが尋ねる。


セラフィーナは最後の頁を閉じた。


「いいえ。これなら署名できます」


「監察そのものを外してほしいとは?」


「申し上げません」


今度はアルノーの方が少し黙った。


「理由を伺っても?」


「わたくしがグランデル側なら、監視しますもの」


それだけで十分だった。


自国の王太子と婚約を解消され、政治問題の中心として国外へ追放された大貴族が突然入ってくる。


資産も人脈もある。


何をするか分からない。


それを何も確認せず自由にする国の方が心配だった。


それ以上を話す必要はない。


昨日までに何を考えたのか。


王家をどう思っているのか。


ノルディアへ何を返したいのか。


監察条件のどこにも、胸の中の怒りを申告せよとは書かれていない。


アルノーがそれを見抜けないから無能なのでもない。


言葉にも行動にもしていない意思は、観測材料にならない。


「分かりました」


アルノーは署名欄を開いた。


「ただし、令嬢が規則を守る人物だと現時点で判断したわけではありません」


「当然ですわ」


「今後の行動を見て判断します」


「そのための監察でしょう?」


そこで初めて、アルノーの口元がほんの僅かに動いた。


セラフィーナは署名する。


同じ内容の控えを受け取り、追記箇所まで一致していることを確かめてからマルタへ渡した。


「保管してくださいませ」


「はい」


その後は同行者の確認へ移った。


名前。


役割。


所持している武器。


出生地。


国外との家族関係。


質問は細かいが、必要性は理解できるものばかりだった。


マルタの順番になると、アルノーの視線が書面の一箇所で止まった。


「ノルディア王国の生まれですね」


「はい」


マルタの声に僅かな緊張が混じった。


「現在もご家族が?」


「父と兄がおります」


「連絡を取る予定はありますか」


一瞬だけ間があった。


それでもマルタはセラフィーナを見なかった。


「可能であれば、手紙を送りたいと思っています」


「通常郵便は禁止していません。国外宛てであることは発送記録へ残りますが、内容を常時開封することもありません」


「承知しました」


アルノーはそれ以上追及しなかった。


ノルディア人だから間諜だと決めつけることもなく、出身地を理由に確認を省くこともない。


まず事実を取る。


それも評価できた。


すべての確認が終わると、アルノーは書類を閉じた。


「本日は王国側が用意した滞在先までご案内します。明日以降、町へ出ること自体に許可は必要ありません。先ほどの対象行為だけ申告してください」


「分かりました」


「監察官または補佐官が訪問する場合があります」


「書面通りなら問題ありません」


セラフィーナが立ち上がる。


そこでアルノーが呼び止めた。


「一つだけよろしいですか」


「どうぞ」


「令嬢は、我々がレグリエ側からどのような資料を受け取っているか、確認なさらないのですね」


セラフィーナは少し考えた。


「見せていただけるのですか?」


「いいえ。現時点では」


「でしたら、尋ねる意味がありませんわ」


アルノーが目を細める。


「気にならない?」


「気にはなります。でも、今のわたくしに必要なのは、あなた方がわたくしをどう呼んでいるかより、どの行動が許され、どこからが規則違反になるのかですもの」


危険な女。


悪女。


政情不安の原因。


何と書かれていても、それ自体は今変えられない。


変えられないものを聞き出そうとするより、自分の自由をどこまで確保できるかを先に決める方が価値がある。


アルノーは数秒だけ黙った。


「承知しました」


それ以上は聞かなかった。


グランデル側の手続きが終わると、レグリエから同行していた王家の騎士たちは帰国の準備を始めた。


隊長が最後に礼をする。


「我々の任務はここまでとなります」


「二日間、ありがとうございました」


「……ご無事をお祈りいたします」


「皆様もお気をつけて」


それだけだった。


騎士たちは橋を戻る。


セラフィーナたちは、グランデル側の馬車へ乗る。


二つの進路が分かれていくのを窓から見ながら、セラフィーナは何も言わなかった。


マルタが小さく息を吐いた。


「緊張しました」


「アルノー様が?」


「監察されることが、です」


「それがお仕事ですもの」


「セラフィーナ様は平気なのですか」


平気かどうか。


少し考える。


「好きではありませんわ」


マルタが意外そうな顔をした。


「嫌なのですか?」


「監視されることを喜ぶ趣味はございませんもの。でも、嫌いだからなくなるわけでもないでしょう?」


だから、嫌だと騒ぐ代わりに範囲を決めた。


自分が守れる規則へ変えた。


相手が必要とする監察まで奪おうとはしなかった。


それが一番安い。


「ノルディアへの通信は、いったん止めましょう」


セラフィーナが続けると、マルタの表情が引き締まった。


「やはり、先ほどの条件に」


「これまで使っていた方法は、送信元を隠す通信に当たるでしょう?」


「はい」


「登録せずに続ければ、入国したその日に違反です。そこまでして送る価値のある情報はございません」


ノルディアは報告を求めている。


それでも、だからグランデルの規則を破る、とはならない。


「向こうから疑われませんか」


「監察付きで入国したことは事実です。通信方法の確認が必要になったと説明すればよろしいでしょう」


嘘ではない。


むしろ、その程度で疑うなら、それもまた情報になる。


「通常郵便で送れる内容なら後で考えましょう。魔術通信を登録して使う方法が認められるなら、それも確認してからです」


「分かりました」


マルタは頷いた。


セラフィーナは窓の外へ視線を向ける。


国境から最初の町へ続く道には荷馬車が多かった。


畑も広い。


遠くには森林が見える。


事前に読んだ資料では、グランデルはレグリエより経済力で劣る。


けれど、目の前に物がないわけではない。


だからといって、一時間も走っていない街道を見ただけで何かを理解した気になるほど、セラフィーナは自分の頭を信用していなかった。


今のところ分かるのは、荷馬車が走っていること。


畑が使われていること。


道路の補修状態が場所によって違うこと。


それだけだった。


理由はまだ分からない。


分からないものは、分からないままでいい。


グランデル側が用意した滞在先へ着いたのは、日が傾き始める頃だった。


二階建ての屋敷で、豪華ではないが、同行者全員が暮らすには十分な広さがある。


門と小さな庭があり、裏には厩舎もある。


荷物を運び込ませる前に、セラフィーナは建物の中を一度歩いた。


裏口。


階段。


井戸。


厨房。


使用人部屋。


火を使う場所。


「何か問題が?」


同行した侍女が尋ねる。


「いいえ。何がどこにあるかを見ているだけですわ」


新しい場所なら確認する。


火事が起きた時の出口も知らずに寝る方が危険だった。


一階の執務室には、監察局から一枚の書面が届いていた。


申告上の滞在先。


監察担当者。


通常の届け出窓口。


緊急時の連絡先。


そして昼間に確定した監察条件の写し。


追記部分も同じだった。


「早いですね」


若い書記が感心したように言う。


「決めたことを当日中に文書へ反映する程度なら、行政として普通であってほしいところですわね」


「レグリエでは?」


言ってから、書記が失敗した顔をした。


セラフィーナは怒らなかった。


「出来る部署も多いですわ」


祖国を無能な国へ変える気はない。


レグリエは十分に優秀だった。


優秀な国が、優秀なまま自分を切ったから腹が立つのだ。


セラフィーナは書面を保管箱へ入れた。


王家から受け取った追放命令とは分ける。


同じように自由を狭める文書でも、意味は違った。


レグリエでは、本人が何を言うかに関係なく処遇を決めた後で呼ばれた。


グランデルでは、監視すると最初に告げられ、条件を読ませ、質問へ答え、曖昧な部分をその場で直した。


だからグランデルを信用したわけではない。


まして好きになったわけでもない。


今日分かったのは、少なくとも最初の手続きがまともだったということだけだった。


それ以上の評価は、まだ要らない。


窓から門の外を見ると、少し離れた場所にアルノーの姿があった。


部下と話している。


こちらの警備について確認しているのか、今日の報告をまとめているのかは分からない。


セラフィーナはすぐに窓から離れた。


監視されている。


その事実そのものに、不都合はなかった。


誰に会ったか。


何を買ったか。


どこへ行ったか。


どれだけ金を動かしたか。


必要なら全部見ればいい。


そのどれも、今後わざわざ隠して行う必要はなかった。


昨日の夜、セラフィーナが何を決めたのかまで、監察条件には含まれていない。


王家を許さないことも。


ノルディアを許さないことも。


アドリアンが思い描いている未来を壊したいことも。


思っているだけなら、記録には残らない。


そして今は、それを行動へ変えるには情報が足りなかった。


グランデルの人を知らない。


市場も知らない。


政治も知らない。


この国が何を欲し、何を恐れ、どこまで伸びる国なのかも知らない。


ならば、まだ何もしない。


怒りに任せて最初に見つけた武器へ飛びつくほど、セラフィーナは親切ではなかった。


使うのなら、何が最もよく切れるのかを理解してからでいい。


それまでに、レグリエもノルディアも彼女が何を考えているか分からないままなら、その方が都合がいい。


「セラフィーナ様」


マルタが荷ほどきの途中で声をかけた。


「明日はどうなさいます?」


セラフィーナは机の上へ置かれたグランデルの地図を見る。


まだ、ただの地図だった。


どこへ行けば何が見えるかも知らない。


「まず、町を見ましょう」


「お買い物ですか?」


「それも必要でしょうね」


特別なことは言わなかった。


復讐の第一歩だとも。


国を変えるためだとも。


そんなことは、まだセラフィーナ自身にも分からない。


ただ、この国で生きるのなら、知る必要がある。


自分の暮らしを良くするためにも。


誰と付き合うべきか決めるためにも。


その結果として、何が見つかるかは後の話だった。


セラフィーナは窓の外に広がる、見知らぬ町の屋根を眺めた。


追放された女には、監視が付いた。


それで構わなかった。


アルノーたちは、これから彼女の行動を一つずつ見ることになる。


セラフィーナもまた、この国を一つずつ見る。


その先で何を見つけ、誰が何を失うことになるのかは、まだ彼女自身にも分からない。


ただ、自分を国外へ捨てた者たちが何一つ失わずに終わる未来だけは、もう考える必要がなかった。


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