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それでも、お供します

翌朝、セラフィーナはいつもと同じ時間に目を覚ました。


昨夜泣いたせいで、目元には僅かに腫れが残っていた。


鏡の前で冷やした布を当てれば、人前へ出られないほどではない。


侍女へ理由を聞かれることもなかった。


長く仕えている者ほど、主人が話したくないことを無理に尋ねない。


その距離感を、セラフィーナは好んでいた。


「今日の予定を」


身支度を終えながら言うと、侍女が手帳を開いた。


「午前中にグランデル側からの返答が届く予定でございます。その後、旦那様より旅程についてお話があると伺っております。午後には使用人の皆へ、お嬢様から直接お話を」


「救護院は?」


「責任者が午後二時に参ります」


「分かりました」


王太子妃教育。


王宮での儀礼。


アドリアンとの予定。


昨日まで手帳の大部分を占めていたものは、もう一つもない。


代わりに並んでいるのは、国外へ出るための手続きと、残していくものについての確認だった。


不思議なくらい実務的だった。


婚約を切られた翌朝でも、服は必要になる。


追放された翌朝でも、人は朝食を食べる。


そして三日後に国を出るなら、泣いている時間より荷造りに使える時間の方が貴重だった。


朝食の席には、両親が先に来ていた。


父の顔は昨日より落ち着いていたが、それが怒りが消えたという意味ではないことは分かる。


母は逆に、普段以上に穏やかな表情をしていた。


この家では、怒りが深いほど静かになる人間が多いらしい。


「グランデルから返事が来た」


父が一通の書簡を差し出した。


セラフィーナは封を確認してから開いた。


レグリエから正式な問い合わせを受け、セラフィーナ・アルディエールの入国と当面の滞在を認める。


ただし、身分を持つ外国貴族であり、なおかつ祖国から期限なく退去を命じられた人物であるため、入国後は一定の監督下に置く。


詳細な条件は到着後に提示する。


簡潔だった。


「まともですわね」


父が眉を上げる。


「監視されるんだぞ」


「当然でしょう?」


自国の王太子との婚約を破棄され、政治的理由で国外へ追放された公爵令嬢が突然入ってくる。


無条件で歓迎する国家の方が信用できない。


「少なくとも、最初から疑わないと約束するような国ではないようです」


「それを褒めるのか」


「ええ。知らない相手を知らないまま信用する人とは、お仕事をしたくありませんもの」


父が何とも言えない顔になる。


「お前は本当に、追放される人間の感想じゃないな」


「では、どのような感想が適切です?」


「知らん」


母が口を挟んだ。


「朝からその話はやめなさい。食事が冷めるわ」


二人とも黙った。


少しだけ、いつもの朝に戻った。


食事を終えた後、父の執務室へ移る。


机には旅程案が広げられていた。


王家は国境までの護衛を用意する。


アルディエール家からも護衛を付ける。


国境を越えてからは、グランデル側の指定した護衛が合流する予定になっている。


「こちらから四人出す」


父が言った。


「多いですわ」


「少ない」


「王家からもおりますでしょう?」


「国境までだ」


「その先はグランデル側が」


「信用できるか分からん」


「だからこそ、最初から大人数を連れて入る方が警戒されます」


父は黙った。


「二人」


「四人」


「三人」


「四人」


交渉になっていない。


セラフィーナは諦めた。


「分かりました。ただし、本人が希望した場合だけにしてくださいませ」


父の眉が寄る。


「護衛だぞ」


「ええ」


「命じればいい」


「嫌ですわ」


即答した。


父がこちらを見る。


「今回、わたくしはいつ帰れるか分かりません」


グランデルへ数日出張するわけではない。


数か月か。


一年か。


もっと長いか。


まだ誰にも分からない。


「家族がいる方もいます。王都に生活がある方もいる。わたくしが追放されたからといって、その方たちまで一緒に人生を変えなければならない理由はありません」


「だが、お前の安全も」


「必要な護衛が集まらなければ、その時に改めて条件を提示して雇います」


人材は必要だ。


忠誠心だけでは道中を守れない。


だから能力のある護衛は欲しい。


それでも、


自分のためだから来て当然。


とは思わなかった。


父はしばらく娘を見ていた。


やがて椅子へ背中を預ける。


「好きにしろ」


「ありがとうございます」


「ただし、必要人数が足りなければ俺が選ぶ」


「その場合は相談してくださいませ」


「そこまでか」


「ええ」


昨日。


アドリアンはセラフィーナならどうするか分かると言った。


王家はそれを使った。


本人へ聞く前に。


もう十分だった。


少なくとも自分は、同じことをする気になれなかった。


午後。


アルディエール公爵邸の使用人大広間へ、勤務中の者たちが集められた。


厨房。


馬車。


庭園。


清掃。


事務。


護衛。


侍女。


長年この家にいる者もいれば、雇われて一年に満たない者もいる。


領地勤務の者まで急に呼び寄せることはしなかった。


今日話す必要があるのは、自分の追放によって直接仕事が変わる可能性のある人間だけだった。


セラフィーナが前へ出ると、静かになった。


視線の中には不安がある。


王宮の発表を聞いていない者はいない。


悪女。


その言葉も、すでに使用人の耳まで届いているだろう。


「皆さんもご存じの通り、わたくしは三日後にレグリエを出ます」


言いにくそうにする必要はなかった。


隠しても意味がない。


「滞在先はグランデル王国となりました。帰国時期は決まっておりません」


何人かの使用人が視線を落とす。


「最初に、一番大切なことから申し上げます」


一度全員を見る。


「わたくしについて来る義務はありません」


空気が動いた。


「今回の王命は、わたくし個人へ出されたものです。アルディエール公爵家は存続しますし、皆さんの雇用もそのままです。これまでわたくし個人の仕事を担当していた方については、公爵家内で配置を変更してもらいます」


前列にいる若い侍女が、少し驚いた顔をした。


「また、今回のことで別の勤め先へ移りたい方がいる場合には、希望者へ推薦状を出します。退職を選んだからといって、不利益な評価にはいたしません」


一人の使用人が、ためらいながら手を挙げた。


「お嬢様」


「どうぞ」


「その……私どもが残りましても、お嬢様は」


言葉を探している。


「薄情だとは思わないか、ということ?」


使用人が申し訳なさそうに頷いた。


「思いませんわ」


セラフィーナはすぐ答えた。


「ここには皆さんの生活がありますもの。家族も、仕事も、友人もあるでしょう。それを捨てなければ忠義ではない、という方がわたくしには理解できません」


誰も話さない。


「逆に、同行を希望する方がいるなら、今日の夕方までにエルンストか侍女長へ申し出てください。ただし、今ここで決めないでくださいませ」


何人かが顔を上げた。


「国外へ行けば、いつ戻れるか分かりません。ご家族がいるなら、まず話してください。わたくしは当面の給金を保証できますが、今と全く同じ仕事や生活が続くとは約束できません」


守れない約束はしない。


「グランデル側から監視を受ける可能性もあります。行動の自由が制限される場合もあるでしょう。そこまで聞いた上で、ご自分で決めてくださいませ」


侍女長が静かにセラフィーナを見ている。


「以上です」


そう言って下がろうとすると、


「お嬢様」


と呼び止められた。


侍女長だった。


「はい?」


「私は残ります」


何人かの使用人が驚いて彼女を見る。


侍女長はまっすぐ立ったまま、続けた。


「旦那様と奥様がおられます。お嬢様が国を出られた後、この屋敷まで落ち着かなくなれば、余計な隙を作ります」


セラフィーナは黙って聞く。


「私はここを守ります。お嬢様のお部屋も、そのままにしておきます」


胸の奥に、少しだけ重いものが落ちた。


戻るつもりはない。


少なくとも。


アドリアンのところへ戻るつもりは、もうなかった。


それでも。


帰れる部屋を残すと言われることが、嫌ではなかった。


「ありがとうございます」


セラフィーナは頭を下げるほどではなく、けれど普段より丁寧に礼を返した。


「お母様をお願いします」


「承知いたしました」


ついてこない。


それでも忠誠だった。


むしろ、その方がこの家には価値がある。


大広間を出ると、エルンストが後ろからついてきた。


「お嬢様」


「あなたも残ってくださいませ」


彼が口を開く前に言った。


「まだ何も申し上げておりません」


「ご一緒したいのでしょう?」


「なぜ分かるのです」


「その顔で分からない方が難しいですわ」


家令は小さく息を吐いた。


「旦那様と奥様には十分な者がおります」


「あなたほど公爵家の金と契約と領地事情を把握している人が?」


「それは」


「いないでしょう?」


エルンストは黙る。


「わたくし一人のために、アルディエール家全体の管理を弱くする方が損です」


「損、ですか」


「ええ」


言葉を飾る必要はない。


「それに、お父様をお願いします」


エルンストが少し笑った。


「旦那様は子供ではございません」


「昨日、机を殴っておりましたわ」


「……残ります」


判断が早かった。


「お願いします」


「ただし」


「何でしょう」


「必要なものがあれば、必ずこちらへお申し付けください。国外へ出たからといって、アルディエール家までお嬢様を追放したわけではございません」


セラフィーナは一瞬だけ答えられなかった。


王家から追放された。


婚約者から切られた。


だからといって、自分が積み上げてきたもの全てが同時に消えるわけではないらしい。


「ええ」


短く答える。


「覚えておきますわ」


夕方までに、同行を希望した者は五人いた。


古参の護衛が二人。


若い書記のノアン・ベルクール。


身の回りを担当していた侍女が一人。


そしてマルタ。


人数を聞いた時、セラフィーナは少し意外に思った。


少ないという意味ではない。


多かった。


それぞれと個別に話すことにした。


最初の護衛には妻と幼い子供がいた。


「ご家族はご存じなの?」


「はい。妻に相談しました」


「反対されなかった?」


「逆でした」


護衛は苦笑する。


「行ってこい、と」


「なぜ?」


「以前、私が脚を折った時のことを覚えております」


三年前の話だった。


馬車警護中に落馬して骨折し、しばらく勤務できなかった。


解雇して新人を雇うより、訓練済みの護衛を治して戻す方が合理的だったので、療養期間中も一定の給金を保障した。


復帰後もしばらくは屋敷警備へ回し、身体を慣らしてから遠距離警護へ戻した。


セラフィーナにとっては、それだけの判断だった。


「妻は、あの時お嬢様に助けていただいたと申しております」


「あなたを失う方が高かっただけですわよ」


「妻にもそう伝えました」


護衛が笑った。


「それでも行け、と言われました」


本人がそれでいいなら止める理由はない。


ただし一つだけ条件を加えた。


「半年ごとに、ご家族と今後について話してくださいませ。戻る必要が出たなら辞めても構いません」


「よろしいのですか」


「家族を捨てることまで契約した覚えはありませんもの」


「承知いたしました」


もう一人の護衛は独身だった。


理由を聞くと、


「私はアルディエール家から給金をいただいております」


とだけ答えた。


「それで?」


「お嬢様もアルディエール家の方です」


「わたくしは追放されましたけれど」


「名字まで取り上げられておりませんでしょう?」


実に分かりやすい。


セラフィーナは少し笑った。


「採用します」


次に入ってきたのは、ノアン・ベルクールだった。


灰褐色の髪を仕事の邪魔にならないよう整えた、細身の青年である。


まだ十八歳ほどで、公爵家では書記見習いとして働いていた。


王都には家族がいる。


そのため、同行希望者の名簿に彼の名前を見つけた時、セラフィーナは少し意外に思っていた。


「ご家族とは話しましたの?」


「はい。母とも話しました。兄夫婦と暮らしておりますので、生活については心配しなくてよいと言われました」


「それでも、今の職場なら安定しておりますわ」


アルディエール家へ残れば、仕事はある。


配置換えもできる。


必要なら別の勤め先への推薦状も出せる。


ノアンは一度だけ考えてから尋ねた。


「セラフィーナ様には、もう仕事がないのですか?」


思わぬ問いだった。


「いいえ」


財産管理。


新しい国での生活。


情報収集。


契約。


何を始めるにしても、書類を扱える人間は必要になる。


「ございますわね」


「でしたら、私にも仕事があります」


良い答えだった。


しかし、それだけならアルディエール家にも仕事はある。


セラフィーナは少しだけ問いを足した。


「王都では、わたくしを悪女と呼ぶ方もいるようですけれど」


ノアンの肩が僅かに強張った。


高位貴族を前にして平然としていられるほど、場数を踏んではいない。


それでも目を逸らさなかった。


「それでも、わたくしについて来るの?」


「私には、王宮で何が正しかったのかまでは分かりません」


答えはすぐには出なかった。


けれど、分からないことを分かったように言わないのは悪くない。


「ですが、私はここで帳簿を書いてきました」


ノアンは続けた。


「分からない数字を、分かったことにして埋めろと言われたことはありません。私が間違えた時にも、私だけではなく、誰が何を指示したのかまで確認されました」


セラフィーナは黙って聞く。


「後から都合よく記録を書き換えろと言われたこともありません」


まだ若い書記見習いだった。


公爵家全体の事情を知っているわけではない。


政治の正しさを判断できるとも思っていない。


だからこそ、ノアンが言えるのは、自分が実際に見てきた範囲だけなのだろう。


「ですから」


ノアンは少しだけ言葉を探した。


「王都で何と呼ばれているからといって、私まで、自分が見てきた仕事を違ったことにはしたくありません」


なるほど。


忠誠を誓う。


無実を信じる。


そういう答えではない。


自分が記録した事実まで捨てたくない。


書記らしい理由だった。


「わたくしが正しいとは言わないのね」


「そこまでは、私には分かりません」


ノアンは正直に答えた。


「ただ、私が知っていることはございます」


セラフィーナは僅かに口元を緩めた。


「結構です」


「では」


「採用しますわ、ノアン」


一瞬、彼の顔が明るくなる。


「ありがとうございます」


「ただし、グランデルでは今より仕事が増える可能性があります」


「はい」


「知らない制度も多いでしょう」


「調べます」


「分からない時は?」


ノアンが少し考える。


「分からないと記録して、確認いたします」


「よろしいですわ」


今のところ、それで十分だった。


侍女はさらに簡潔だった。


「グランデルのお衣装を覚えてみたいので」


「それだけ?」


「お嬢様について行きたい、というのもございます」


「どちらが大きいの?」


「半分ずつということで」


少し笑ってしまった。


「では、半分ずつでお願いします」


最後がマルタだった。


夜。


セラフィーナの部屋へ入ってきたマルタは、少し緊張していた。


二人きりにはしない。


侍女長が部屋の端にいる。


マルタが寝返ってからも、そこは変えていなかった。


机の上には、ノルディアから届いた命令書がある。


『対象がレグリエ国外へ移動する場合、可能な限り同行せよ』


さらにその下。


『滞在先、面会者、書簡、現地での活動について報告を継続すること』


セラフィーナは紙を一度見てから、マルタを見る。


「同行を希望したそうね」


「はい」


「先に確認します」


「はい」


「ノルディアから命令されたから?」


マルタはすぐに首を振った。


「違います」


「少し考えてから答えてもよろしいのよ」


「考えました」


以前より、ずっとはっきりした声だった。


「では、ご家族のことも?」


「はい」


マルタの父も兄も、ノルディアにいる。


寝返りが露見すれば、本人だけの問題では済まない可能性がある。


今はまだ、ノルディア側は彼女を自国の情報員だと思っている。


今回の同行命令は、その誤認を維持するには都合がいい。


けれど。


それは同行する本当の理由にはならない。


「もし、この命令がなかったとしても?」


セラフィーナが尋ねる。


マルタは迷わなかった。


「行きます」


「どうして?」


そこで初めて、少しだけ考えた。


正しい答えを探している様子ではない。


自分の言葉を探している。


「私が以前、ここで働きたいと申し上げた時」


「ええ」


「レグリエで働きたい、と申し上げたつもりではありませんでした」


セラフィーナは黙る。


「アルディエール公爵家で働きたい、と申し上げたつもりでもありません」


マルタがまっすぐこちらを見る。


「セラフィーナ様のところで働きたいと申し上げました」


胸の奥へ、昨夜とは別のものが入ってきた。


熱くはない。


痛くもない。


それでも無視できなかった。


「ですから、セラフィーナ様がグランデルへ行かれるなら、私が働く場所もグランデルになるだけです」


「ノルディアからの命令がなくても?」


「はい」


「危険でも?」


「はい」


「今なら、この家へ残れるのよ」


「知っています」


「別の勤め先への推薦状も出せます」


「それも知っています」


選択肢を全部見せても。


答えは変わらない。


「それでも?」


マルタは、小さく息を吸った。


「それでも、お供します」


静かな声だった。


大げさな忠誠の誓いではない。


涙もない。


命を捧げるとも言わない。


ただ、自分で決めたことを口にした。


それだけだった。


なのに。


昨日から今日にかけて聞いたどんな言葉より、ずっとまっすぐだった。


アドリアンは、


セラフィーナならこうする。


と言った。


王家は、


ならばそう扱える。


と決めた。


ノルディアも、


彼女は強硬に抵抗しない。


と計算した。


誰も。


最初にセラフィーナへ尋ねなかった。


けれどマルタは。


セラフィーナから選択肢を渡され。


自分で考え。


自分の口で答えた。


それだけの違いだった。


随分と大きな違いに思えた。


「分かりました」


セラフィーナは頷く。


「同行を認めます」


マルタの顔が明るくなる。


「ありがとうございます」


「ただし、今まで通り制限は残します」


一瞬で表情が引き締まった。


「はい」


「グランデルへ行ったからといって、機密文書を自由に扱わせるつもりはありません。ノルディアとの連絡も、引き続き一人では行わないこと」


「承知しております」


「ご家族についても確認を続けます」


「ありがとうございます」


マルタが深く頭を下げる。


セラフィーナは机上の命令書へ視線を移した。


「それにしても」


「はい?」


「これは便利ですわね」


マルタが同じ紙を見る。


少しして、意味を理解した。


「私がお嬢様について行っても、ノルディアからは不自然に見えない」


「ええ」


ノルディア側から見れば、


潜入させていた情報員が命令通り監視対象へ同行する。


それだけ。


離反した使用人が主人への忠誠から祖国を出るとは考えない。


少なくとも、今のところは。


「報告は続けますか?」


「向こうが望む間は」


「何を?」


「これまでと同じです。あなたが本当に見たことのうち、知られて困らないものだけ」


嘘を重ねれば、いつか矛盾する。


事実だけなら長く使える。


「ノルディアがわたくしの何を知りたがるのか、その質問も含めて見せていただきましょう」


それ以上は言わなかった。


マルタも尋ねなかった。


深夜になる前。


同行者五人の名前が、旅程表へ正式に加えられた。


父は一覧を見て、


「五人だけか」


と言った。


セラフィーナは逆に、


「五人も、ですわ」


と答えた。


大勢である必要はない。


屋敷へ残る者の方が遥かに多い。


それでいい。


侍女長は母を守る。


エルンストは公爵家を守る。


救護院は、セラフィーナがいなくても運営を続ける。


商人との契約も残る。


同行しないことは、背信ではなかった。


逆に、ついてくる者も。


可哀想だからではない。


命じられたからでもない。


他に行く場所がないからでもない。


一人一人。


自分で選んだ。


セラフィーナは旅程表を閉じた。


そこへノックの音がした。


入ってきたのはマルタだった。


「新しい連絡が届きました」


先ほど定期報告を送ったばかりだった。


返答が早い。


通信薬液を使う。


文字が浮かぶ。


『同行許可取得を確認。対象と共にグランデルへ入れ』


その下に、新しい指示があった。


『対象はレグリエ王家及び王太子に強い怨恨を抱いている可能性がある。否定せず聴取せよ』


マルタが息を止める。


さらに一行。


『適切な時期に、ノルディアは対象個人を敵視していない旨を伝達する準備あり』


セラフィーナは、そこまで読んで紙を机へ置いた。


追放させた翌日に。


今度は自分たちが拾えると思っているらしい。


「セラフィーナ様」


「何かしら?」


「怒っていらっしゃいますか」


質問されて。


少し考えた。


昨夜ほど、熱くはない。


けれど怒りが消えたわけでもない。


むしろ、形を持ち始めている。


「ええ」


穏やかに答えた。


「とても」


マルタの顔が僅かに強張った。


セラフィーナは命令書を畳む。


「でも今夜は、荷造りの方が先ですわ」


三日後には国を出る。


その先で何をするかは、まだ決めなくていい。


ただ。


レグリエも。


ノルディアも。


自分が次に何を選ぶのかを、ずいぶん簡単に決めたつもりでいるらしい。


そのことだけは。


忘れないでおこうと思った。


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