第4章 第10話 同じ道の旅人
翌朝、ルナは乗合車の停留所へ急いでいた。
収納バッグには、昨日作った青緑の硝子の葉が入っている。割れないよう布で包んで、奥へしまっておいた。
にゃん吉君が、乗合車の方へふわふわと飛んでいく。
「出るぞ。乗る人はいるか?」
「乗ります!」
ルナは手を上げた。
御者が待ってくれる間に、踏み台へ足を掛ける。前の席に座っていた男が、荷物を引き上げてくれた。高く伸びた角を、屋根にぶつけないよう屈んでいる。
「ありがとうございます」
「奥が空いてるよ」
ユニも乗り込み、にゃん吉君を窓の内側へ呼んだ。荷物から小さな包みを出すと、ルナへ見せる。
「硝子は大丈夫ですか?」
「うん。お皿は?」
「こちらも」
二人が包みを確かめていると、男が笑った。
「この町で、荷物が増えたらしいな」
「少しだけ。ルナです」
「カイルだ。西へ?」
「はい。港まで行くつもりです」
カイルは後ろの荷台を見た。
「俺は谷の向こうまで。あの荷を運んでる」
布の隙間から、乾いた葉の束がのぞいている。
「薬ですか?」
「薬草と軟膏の材料。しばらくは同じ道だな」
車が動き始めた。
町の門をくぐる直前、軒先の硝子が朝日を返した。ルナは収納バッグを膝へ引き寄せたまま、その光を見送った。
*
街道が低い岩山の間へ入ると、御者が鈴を一度鳴らした。
「揺れるぞ。荷を押さえてくれ」
カイルは近くの籠へ手を添え、揺れに合わせて身体を動かした。
ルナは窓の外を見る。
茶色い小さな塊が、岩の上で丸くなっていた。車が近づくと頭だけを上げ、また眠る。
「あれも、魔獣ですか?」
「ああ。積荷の果実を盗む。ここで干した実を食べるなら、窓を閉めた方がいい」
カイルは、向かいの乗客の籠を指した。
女性が布をめくると、中には石のように硬そうな木の実が詰まっていた。
「こいつは盗られないよ。あの歯じゃ割れないから」
「どうやって食べるんですか?」
「煮てから割る。殻は染め物に使うんだ」
ルナはもう一度、岩の上を見た。
こちらを追ってくる様子はない。
道のそばに魔獣がいても、御者も乗客も慌てなかった。籠の布を掛け直し、それぞれ元の姿勢へ戻っている。
谷へ入る少し手前で、車は木陰に停まった。
大きな村には見えない。井戸と屋根のある腰掛け、その脇に木札が一つ立っているだけだった。
カイルが腰を上げる。
「一つ、渡してくる」
荷台から取り出した小箱を、待っていた年配の男性へ渡した。
「頼んでた留め金だ。数を見てくれ」
「先にこっちを持っていってくれ。婆さんが、また空で帰すなって」
男性は大きな籠を差し出した。
蓋から、丸いパンが三つもはみ出している。
「多くないか?」
「車に人が乗ってるだろ」
カイルは振り返り、御者へ籠を持ち上げて見せた。
「休憩、少し延ばせるか?」
「家畜も水を飲んでる。食べるくらいなら」
乗客が一人ずつ車を降り始めた。
*
パンには、細かく刻んだ香草が入っていた。
ルナは一つ受け取り、ユニとにゃん吉君の分もあることを確かめて腰掛けへ座った。
カイルは籠の底に残った布を丁寧に畳んでいる。
「留め金と交換なんですか?」
「いや、金はもらった。これは別だ」
彼は通りの先にある、小さな家を指した。
「前は、あそこで車を待つ婆さんがパンを売ってたんだ。最近は店を畳んだんだけど、焼く量だけ、まだ昔のままらしい」
家の戸口から、一人の女性が顔を出した。
カイルが手を振る。
「旨いよ!」
「知ってるよ!」
向かいの腰掛けで、乗客が吹き出した。
ユニも一口食べ、顔を上げる。
「中にも香草が入っていますね」
「刻んで練り込んでるんだ。生地がまだ柔らかいうちにな」
女性は近くへ来ると、ユニの質問に答えた。にゃん吉君が小さく割ったパンを食べるところも、しばらく見ていた。
「その子も、食べられるんだね」
「はい。もう一切れ、いただいてもいいですか?」
「どうぞ。残ったら持っていっておくれ」
ユニは礼を言い、三人で持っていける分を包んだ。
ルナはカイルの荷へ目を向けた。
「薬も、いつも同じ場所へ届けるんですか?」
「診療所が注文してくる。けど、荷はそのたびに違うよ。冬の前は咳の薬が増えるしな」
「待ってる人がいるんですね」
「ああ。俺は作れないから、運ぶ方だ」
カイルは小箱を入れていた場所へ、空の籠を収めた。
「帰りにはこれも返す。今度こそ、空でな」
戸口の女性が、聞こえていたらしく手を振った。
「帰る前に知らせな!」
「また焼く気だろ!」
ルナも笑った。
地図には、小さな停留所の印があるだけだろう。けれど、次にここを通ったら、あの戸口を探してしまう気がした。
*
午後の車内では、包みに残った香草の匂いがしていた。
カイルは手元の帳面を閉じ、西の山を見た。
「次の町で、一度道を聞いておくかな」
「何かあったんですか?」
「谷の方が騒がしいと、さっき聞いた。普段は上にいる大きな獣が、街道へ降りてるらしい」
ルナは窓の外を見た。
赤い岩山の間へ、道が細く続いている。
夕方、町の停留所に着いた御者は、待っていた係の男に呼び止められた。
短く言葉を交わしたあと、二人で西行きの札を外している。
カイルが荷台へ手を掛けた。
「……やっぱり、聞いてこよう」
ルナは膝の収納バッグを抱き直した。
今度は、次の車を選ぶだけでは先へ進めないらしかった




