第4章 第9話 硝子の市
車を降りたとき、ルナの靴の上へ青い光が落ちた。
水溜まりかと思って足を引く。
だが、石畳は乾いていた。
軒先に吊られた色硝子が、風で揺れている。青の隣には黄色があり、重なったところだけ緑色になっていた。
「綺麗……」
町の通りには、同じような光がいくつも揺れていた。
窓。吊り看板。噴水の縁。
夕方の低い日差しが差し込むたび、建物の影まで色がつく。
ユニが自分の袖を光の下へ入れた。
「青の上に青ですね」
「何か変わる?」
「少し濃くなりました」
にゃん吉君が間を横切ると、白い身体に黄色い丸ができた。
ルナが笑う前に、丸はもう石畳へ戻っていた。
*
翌朝、二人は荷物を宿へ置いて市へ出た。
今日の車に乗れば先へ進めたが、一日だけ、この町を歩くことにしたのだ。
売られているものは、飾りばかりではなかった。
厚い窓硝子。薬を入れる小瓶。眼鏡の部品らしい、丸く磨かれた板。
店ごとに並べ方も違う。
細い首の瓶を見ていると、奥から熱い空気が流れてきた。
「見ていくかい?」
革の前掛けをした女性が手招きした。
工房の真ん中には炉がある。別の職人が長い棒を回し、その先の赤く光る塊を少しずつ膨らませていた。
丸くなった塊が、やがて瓶の形になる。
「あれ、息で?」
「そう。魔法で温度を整える職人もいるけど、形は手の仕事だよ。火と仲良くならないと、思ったとおりにならない」
女性はルナの長杖を見た。
「旅の途中?」
「はい。西の港へ向かっています」
「じゃあ、壊れ物は勧めにくいね」
「見るだけでもいいですか?」
「もちろん。割らなきゃね」
ルナは棚から少し離れた。
女性が笑って、別の机へ案内した。
*
机の上には、小さな色硝子と、水を張った浅い皿が並んでいた。
「こっちは飾り作り。切るところと穴を開けるところは、こっちでやる。好きな形を描いてくれればいいよ」
ルナは紙を一枚受け取った。
しばらく考えて、葉の形を描く。
ラウネの白い森に、どんな葉がついていたのか思い出そうとしたが、幹ばかりが浮かんだ。
結局、町へ来る道で見かけた、先の丸い葉にした。
ユニは色硝子を見てから、女性へ尋ねた。
「小皿を作っていただくこともできますか?」
「皿なら、こっちで焼き直さないとね。今日のうちには持ち帰れないよ」
ユニは頷いた。
「では、出来上がっているものを見せてください。お菓子を載せたいので」
女性が棚の奥を指した。
「売り物の小皿ならある。模様を選ぶ?」
ユニは顔を上げた。
*
ルナの葉は、青緑の硝子から切り出された。
その縁を、水で濡らした砥石に当てる。
「一か所だけ削ると、そこがへこむ。少しずつ向きを変えて」
「こうですか?」
「そう。急がなくていい」
ざり、ざりと、小さな音が続いた。
最初は均等に動かせず、葉の片側だけ丸くなった。女性が持ち方を直してくれ、ルナはもう一度続けた。
ユニは買った小皿を布に包んでいた。縁に、細い赤い線が一本入っている。
「その柄にしたんだ」
「食べ物がよく見えますので」
なるほど、とルナは思った。
皿を見るためではなく、載せるものを見るために選ぶ。
出来上がった葉を光へかざすと、机に青緑の影が落ちた。
形は、見本ほど綺麗ではない。
だが、ルナにはどこを自分が削ったのか分かった。
「穴に紐を通せば、鞄にも吊れるよ。ぶつけないようにね」
女性が細い紐を渡してくれた。
ルナは代金を払い、出来上がった葉を布へ包んだ。
「ありがとうございました」
「次に来たら、もう少し難しいのも作っていきな」
その言葉を聞いて、長杖の二色の紐が目に入った。
また来たい町が、一つ増えた。
*
午後は市で食べ物を買い、通りの端の階段へ座った。
ユニは新しい皿を取り出し、そこへ焼き菓子を二つ載せた。
「もう使うんだね」
「はい」
差し出された一つを、ルナが受け取る。
にゃん吉君は皿の向こうから顔を近づけた。
ユニは残りの一つを割り、小さな方を差し出した。
通りでは、職人たちが大きな窓硝子を運んでいた。光がその板を通り抜け、働く人の影が幾重にも重なる。
ルナは菓子を食べながら、それを眺めた。
知りたいことを聞くために立ち寄った町ではない。
けれど、今日ここで見た色は、きっと長く覚えていると思った。
明日の車の時刻を確かめたら、今日は宿へ帰ろう。
ルナは包んだ硝子を、割れないよう収納バッグへしまった。




