第4章 第8話 橋を渡って西へ
祭りの翌朝、ルナは少し足を引きずっていた。
怪我ではない。
夜になってから、もう一度踊りの輪へ入ったせいだった。
「昨日は、あんなに動けたのに」
「昨日、動いたからだと思います」
ユニはいつもの歩き方をしている。
ルナは階段を一段ずつ下りた。
宿の入口では、ヘナとサジが待っていた。
「今日、行っちゃうの?」
ヘナの手には、赤と青の短い紐があった。
「うん。西の町も見てみたいんだ」
「じゃあ、これ」
二色を編み合わせた紐を渡される。
「灯籠は大きいから、持っていけないでしょ」
ルナは受け取って、長杖の握りの下へ結んだ。
「これでいい?」
「ちょっと曲がってる」
「また?」
ヘナが笑いながら結び目を直した。
サジは、にゃん吉君を見上げてからユニへ向き直った。
「昨日、運ぶのを手伝ってくれてありがとう。おじいちゃんも言ってた」
「無事に灯せて、よかったです」
「来年は、低いところでも綺麗に見えるのを作る。下の方にも、模様を入れて」
「見てみたいです」
サジは少し照れて、橋の方へ顔を向けた。
*
ミレアとヴェラは、その橋で待っていた。
飾りの柱は外され、荷車がいつもどおり通れるようになっている。
河原の大灯籠は、まだ台の上にあった。店主たちが片づけの合間に立ち止まり、願いの紙を読んでいた。
「いい祭りだったな」
ヴェラが言った。
「灯す場所を変えることになるとは、思いませんでした」
「私もだ。あの爺さんが、あんなに低く置くのを認めるとはな」
ルナは河原を見た。
朝の光の中でも、赤と青の大灯籠がよく見える。
「ヴェラさんが言えば、もっと早く決まったんでしょうか」
「決まったかもしれん。だが、昨日あそこに置けると確かめたのは、お前たちだろう」
ヴェラは欄干へ腕を置いた。
「来年、私がいなくても、あいつらは相談できる」
河原ではサジの祖父が、台の寸法を測っていた。
昨日は明日にしろと言っていたのに、もう来年のことを考えているらしい。
ルナは橋の欄干へ手を置いた。
「昔は、本当にここを渡れなかったんですね」
「渡れば捕まる時代もあった。種族ごとに住む場所を分ければ、争いがなくなると思った奴らがいたんだ」
ヴェラは川の向こうを見る。
「実際には、畑も水も、線を引いたとおりには分けられなかった。親戚や商売相手が向こうにいる奴もいた」
ルナは、昨夜二人の子供が祖父の両側へ座ったところを思い出した。
「今は、一緒に灯りを持ってきてました」
「そうなるまでに、いろいろあったんだろうな」
通りかかった女性が、ヴェラへ紙袋を渡した。
「昨日、屋台の布を片づけるのを手伝ってくれたお礼」
「飯代くらい払うぞ」
「それは次から。冷める前に食べな」
ヴェラは素直に受け取った。
ルナはもう一つだけ尋ねた。
「ヴェラさんが知ってる昔にも、ダンジョンはあったんですか?」
ヴェラの目が戻ってくる。
「私が暮らしていた範囲には、今みたいなものはなかった」
「……なかった?」
「ああ。少なくとも、冒険者が何層も潜って魔石を持ち帰るような場所はな」
ルナは、通ってきたダンジョンを思い出した。
どこの町でも聞く名前だった。いつからあるのか、考えたことがなかった。
「いつできたんでしょう」
「それは、土地ごとの記録を見ないとな。私の知らない場所にまで、なかったとは言えん」
ミレアが荷車を避け、歩道へ寄った。
「その手の昔話を聞くと、私はすぐ仕事を増やしたくなる」
「もう十分増えてるだろ。貸した本も返ってこないしな」
「帰ったら探す」
「まず、探すところからか」
ヴェラは紙袋を開けた。ミレアは地図の筒を抱え直し、先に歩き始めた。
*
西へ向かう乗合車は、昼前に出る予定だった。
ミレアは停留所で地図を広げた。
「今日は硝子の市がある町までだ。そこから先は、着いた町の乗り場で次の便を聞くといい」
「はい」
「急いで乗り継げば数日で港へ出られる。だが、祭りを見るような旅をするなら、もっと日を使ってもいい」
ルナは地図の町の印を見た。
ラウネへ戻る道は、ユニが知っている。
今日これから進む道には、まだ知らない町が並んでいた。
「私、もう少し魔大陸を見ていきます」
ミレアが顔を上げた。
「そうか」
「道のことも気になります。でも、また来るときに、橋のお祭りの話もできるようになったから」
うまく言えているか分からなかった。
ただ、左の道を通った理由を解くためだけに、この町へ来たことにしたくなかった。
ヴェラが長杖の紐へ目を向ける。
「よく似合ってるぞ」
「ヘナちゃんにもらいました」
「じゃあ、失くすなよ」
ユニが車の荷台を覗いた。ルナも乗車券をしまい、荷物を預ける。
出発を知らせる声がした。
「ミレアさん、ヴェラさん。ありがとうございました」
ミレアは手を上げた。
「変わったものを見たら、今度はその話を聞かせてくれ」
「はい」
ルナはヴェラを見た。
「また会うところも、見えていますか?」
「今は見えてないな」
一瞬、残念に思った。
だが、ヴェラは笑って続けた。
「来る日が決まったら、普通に知らせろ。私も出かけてるかもしれんからな」
ルナも笑った。
「分かりました。また来ます」
車が動き始めた。
町の門の向こうで、二色の旗が揺れている。
ルナは見えなくなるまで手を振り、それから西の道へ顔を向けた。




