第4章 第7話 風の中の灯火
太鼓の音は、橋を渡るたびに違って聞こえた。
こちらの岸では速く、向こうではゆっくり。踊りの輪へ入ったルナは、ヘナに手を引かれながら足を運んだ。
「次、回るよ!」
「こっち?」
「そう!」
輪がほどけ、またつながる。
知らない人の手を取り、向かい合って笑ううちに、一曲が終わっていた。
ユニも輪の端から戻ってきた。にゃん吉君は太鼓のそばに浮かび、最後の一打が鳴ると、遅れて一度だけ上下した。
「もう終わりだよ」
ルナが言うと、白い顔がこちらを向いた。
「ワン」
橋の上から、サジが手を振っている。
「灯籠、見に来て!」
*
大灯籠は、まだ橋の台に載っていた。
青と赤の紙が、夕方の光を透かしている。祖父が綱を確かめ、係の人たちが両側で待っていた。
「昨日より高くするの?」
ヘナが尋ねると、サジは上の横木を見た。
「少しだけ。向こうの広場からも見えるように」
祖父は綱を引きかけた。
そのとき、川上の旗が大きく膨らんだ。
橋へ吹き込んだ風が、灯籠の紙を鳴らす。
「待て」
祖父が手を止めた。
次の風で、大灯籠が台の上をわずかに動いた。
係の一人が枠を押さえる。ユニも反対側へ手を添えた。
「火は、まだ入れない方がよさそうです」
「ああ。いったん綱を緩めてくれ」
祖父の声で、作業が止まった。
ルナは近くにいたヘナを連れ、橋のたもとへ下がった。
向こう岸でも、屋台の布が大きく揺れている。ヴェラが柱を押さえる間に、店主が布を巻き取っていた。
しばらく待っても、旗は落ち着かなかった。
「今日は上げられんな」
祖父が言った。
サジは横木を見上げたまま、唇を結んだ。
*
「広場に置いたらどうだ」
係の男が、片方の岸を指した。
「あそこなら風も弱い」
「でも、それじゃ向こうから見えないだろう」
別の男が答えた。
「両岸の火を持ってくる灯籠だぞ。こっちの祭りにしてどうする」
「火は運べるだろう。橋の上で燃やすよりいい」
「だからって、勝手に場所を決めるなよ」
サジが二人の間を見た。
ヘナはルナの袖を掴んでいる。
昨日、縫い物の女性から聞いた話を思い出した。
向こう岸へ踊りに行くことさえ、止められた時代があったという。
今は一緒に祭りをしている。それでも、灯籠をどちらへ置くかで、声の大きさが変わった。
「おじいちゃん」
サジが言った。
「低くても、灯せない?」
祖父は灯籠の底を確かめた。
「置く台があればな。橋の上では人が詰まる」
ルナは欄干から下を見た。
河原の石段へ、人が何人か腰を下ろしている。その先には、平らな場所があった。
「あそこはどうですか?」
指すと、祖父が隣へ来た。
「河原か」
「向こうの岸から、見えるでしょうか」
ルナには分からなかった。
ヘナがすぐに顔を上げた。
「見てくる!」
「走らないでね」
ユニが声をかけた。
ヘナは頷き、橋を渡っていった。
*
ミレアと係の人が、河原の足場を確かめた。
水際から離れたところなら、板を置ける。橋より風も弱かった。
ルナが灯籠の代わりに自分の小さな木枠を持ち上げると、向こう岸でヘナが両手を上げた。
「見えるよ!」
その横に、先ほど広場を勧めた男も立っていた。
男は橋へ戻ってくると、河原を指した。
「あの石の上なら、向こうの店からも見えた」
「下りてくる道は狭いぞ」
「火を運ぶ人を先に通せばいい。見物はあとだ」
話す声が、少しずつ変わっていった。
どちらへ置くかではなく、どう置くかを相談している。
祖父が工具袋を開いた。
「台は私が作る。板を四枚、借りてきてくれ」
「うちの屋台にある」
男が応じた。
サジはもう、階段へ向かっていた。
ルナもあとを追おうとして、灯籠を振り返った。
「でも、橋の真ん中から移しても、お祭りとして大丈夫なんですか?」
祖父は綱をまとめながら答えた。
「両方の火を、一つの灯籠へ入れる。そこは変わらん」
それからサジを見た。
「高くなくても、見てもらえそうだな」
サジは少し照れたように頷いた。
*
大灯籠は、四人が木枠を持って運んだ。
ユニは階段の下で枠を支え、足を置く場所を知らせた。ルナとヘナは、その先にいる人たちへ道を空けてもらう。
にゃん吉君が灯籠の横をついていくと、見物していた子供も立ち上がった。
「どこへ持っていくの?」
「河原で灯すんだって」
人から人へ、声が渡っていった。
台へ載せると、大灯籠は思っていたより大きかった。
橋の上では見上げるだけだった紙の継ぎ目が、目の前にある。
サジが願いの紙を結び直した。
「ここなら、読めるね」
ヘナがしゃがみ込む。
ルナも自分の灯籠を置いた。
昨日、少し膨らんでしまったところを、ヘナが指でつついた。
「これは、直さないの?」
「これでいいの」
「そっか」
ヘナは笑った。
*
暗くなる頃、両岸から火が運ばれてきた。
橋を渡る列と、河原へ下りる列。
祖父は二つの灯りを受け取り、係の人と大灯籠の中へ移した。
青い紙が明るくなる。
続いて、赤い方にも光が広がった。
拍手が起こった。
向こう岸からも、手を叩く音が聞こえる。
ルナは、自分の小さな灯籠へ火を入れてもらった。
薄い紙の向こうに、昨日書いた字が浮かんだ。
また、ここへ来られますように。
その横へ、ヘナが灯籠を置く。
ほかの人たちも、少しずつ間を空けて並べ始めた。河原の石の上に、小さな灯りが増えていく。
サジの祖父が腰を下ろすと、ヘナとサジが、その両側へ座った。
「来年は、最初からここでもいいね」
「来年の話は、明日にしろ」
祖父はそう言ったが、大灯籠を見て笑っていた。
太鼓が鳴り始めた。
今度は向こう岸の音を待ってから、こちらの音が続く。
ヘナが立ち上がり、ルナへ手を差し出した。
「もう一回、踊ろう」
「少し休んでから」
「さっき休んだよ」
ルナがユニを見ると、ユニは先に立ち上がっていた。
「今度は、こちらの踊りですね」
「右からだよね」
「はい」
ルナは灯籠を倒れない場所へ寄せ、差し出された手を取った。
にゃん吉君も、明るい輪の方へついてくる。
川の向こうで、誰かがこちらへ手を振っていた。
ルナも振り返した。
昼間よりずっとたくさんの、知っている顔があった。




