第4章 第6話 二色の旗の下で
木枠は、思っていたより軽かった。
薄く削った木を曲げ、紐で結んである。ルナが持ったものは、まだ紙が貼られていなかった。
「灯籠にするの?」
「うん。橋まで持っていくやつ。私はヘナ」
「ルナ。こっちはユニちゃん」
ヘナは後ろの白い身体を見上げた。
「それも灯籠?」
「にゃん吉君だよ」
「ワン」
ヘナはびくっとして、それから笑った。
「声がついてる!」
「灯籠じゃないんだけどね」
橋のたもとでは、年配の女性が旗を縫っていた。ヘナが木枠を下ろすと、女性はルナたちへ礼を言い、空いた椅子を示した。
「見物に来たのに、使われちゃったね」
「まだ見物を始めたばかりです」
「なら、ちょうどいい。手伝うと祭りがよく分かるよ」
渡された刷毛には、薄い糊がついていた。
*
灯籠の紙を貼るのは、見ているほど簡単ではなかった。
引っ張りすぎると破れ、緩めると皺になる。ルナの一つ目は、下の方だけ妙に膨らんだ。
「風が入ったみたい」
ヘナが笑う。
「これはこれで、飛びそうだよ」
「飛ばしたら駄目なやつだよね?」
「うん。ちゃんと持ってて」
ユニの木枠には、青い紙がぴたりと張られていた。
ルナは自分の刷毛を見て、もう一度糊を薄く伸ばした。
橋の向こうから、長い耳の少年が駆けてきた。
「ヘナ! 大きいの、吊れた!」
ヘナが椅子から飛び降りる。
川の上には、丸い大灯籠が吊られていた。赤と青の紙を半分ずつ貼り、下には小さな紙片が何本も垂れている。
「サジのおじいちゃんが、骨を組んだんだよ」
「僕も組んだ!」
少年が言い返した。
ヘナは気にせず、下の紙片を指す。
「あそこに、みんなの願いを書くの。橋の真ん中で明かりをつけるんだ」
ルナは紙片の一つを見た。
畑の実り。商売。家族の健康。
文字の形も大きさも、揃っていない。
「お願いするお祭りなの?」
「それもあるけど、もとは川の両方から火を持ってくる日だったんだって」
縫い物の女性が、膝の布を畳んだ。
「昔は、この川を越えてはいけない時代があったのさ。青い旗の村と、赤い旗の村がね」
ルナは橋の両端を見た。
今は行商人や子供たちが、止められることなく行き来している。
「同じ町じゃなかったんですか?」
「最初から今の形だったわけじゃない。行き来を始めてからも、祭りは別々。うちの母親は、向こうの踊りを覚えて帰ると叱られたそうだよ」
「踊っただけで?」
「それでも、覚えてた。私にも教えてくれたからね」
女性は足先で、小さく拍子を取った。
ヘナも隣で同じように踏む。
それを見て、ルナはようやく少し分かった気がした。
旗の色が二つある理由は、ただ目立つからではなかった。
*
午後、試しに灯籠を上げる作業が始まった。
滑車を回すと、赤と青の丸い影が橋の真ん中へ動く。子供たちが声を上げた。
「もっと上!」
「それ以上は駄目だ」
低い声がした。
片手に工具を持った老人が、サジの横で綱を止めている。
「風に取られる。飾りも下げすぎだ」
「でも、去年より大きくするって……」
「大きくはした。高くするとは言ってない」
サジは口を尖らせた。
ヘナも灯籠を見上げ、紙片が重なるところを指した。
「このままだと、後ろの願いが見えないよ」
老人はすぐには答えなかった。川上の空を見て、片方の綱を張り直した。
ルナは、さっき糊を塗った小さな灯籠へ目を落とした。
「小さい方にも書いたらどうかな」
二人が振り返る。
「大きいのは遠くから見えるけど、手に持ってる方なら、隣の人に読んでもらえるよ」
ヘナが自分の灯籠を持ち上げた。
「それ、いいかも」
「でも、みんなのを一つにするから意味があるんだよ」
サジは大灯籠から目を離さなかった。
ルナは頷いた。そこを決めるのは、自分ではない。
「そっか。じゃあ、これは私の分に書こうかな」
女性に筆を借りると、ヘナが隣から覗き込んできた。
「何をお願いするの?」
ルナは少し考えた。
魔法を使えるようになりたい。
いつもの願いが、最初に浮かんだ。
けれど、知らない町で、今一緒にいる人たちの顔も浮かんだ。
「……また、ここへ来られますように」
文字にしてから、少し照れた。
「来年も手伝ってね」
ヘナが当たり前のように言った。
明日のお祭りもまだなのに。
ルナは笑い、乾かす場所へ灯籠を並べた。
*
宿へ帰る頃、橋の綱は二本増えていた。
サジの祖父が最後の結び目を確かめ、少年へ何か説明している。
ルナは二人へ手を振った。
「明日、見に来ます!」
サジは一度だけ頷いた。
ユニがルナの袖へ目を向ける。
「糊がついています」
「え、どこ?」
「そこと、そこです」
ルナは袖を持ち上げた。乾いた糊が、白い模様になっている。
「……私まで飾りつけちゃった」
ルナとユニが笑い合う。そのそばを、にゃん吉君がふわふわと浮いていた。
三人の後ろで、赤と青の灯籠が夕風に揺れていた。




