第3章 第29話 同じ光
翌日。
研究室へ入ったルナは、測定器の前に並んだ椅子を見て足を止めた。
「……多い」
測定器の前には、待つための椅子が五つ並び、四つにはすでに人が座っている。
白衣を着た若い研究員に、少し年上に見える女性。眼鏡をかけた男性と、研究院の職員。
「集まりました」
エリスが端末を確認しながら言った。
「本当に一日で?」
「昨日のうちに声をかけました」
「早い」
「誰が無理と言いました?」
「覚えてたんですね」
「私が言ったことですから」
ルナが笑う。
その横をユニが通り、にゃん吉君もいつものように頭上で浮いていた。
エリスは測定器の状態を確認すると、四人へ手順を伝えた。
使うのは、全員同じ簡単な光の魔法。
同じ測定用の椅子へ座り、同じ術式を使い、発動する前から終わったあとまでを測る。
「では、一人目から始めます」
ルナは空いている待機用の椅子へ座った。
自分の番は、四人のあとだった。
*
一人目の掌に、小さな白い光が浮かんだ。
数秒ほど残って、消える。
二人目は、それより少し明るかった。
三人目は発動までが早く、四人目は逆に少し時間がかかった。
「同じ魔法なのに、結構違う」
「個人差です」
エリスは測定が終わるたびに結果を保存していく。
最後の光が消えた。
「これで四人ですね」
「はい」
「見てもいいですか?」
「どうぞ」
エリスが端末を机へ置いた。
四つの記録が並ぶ。
「……形は全然違う」
「そうですね」
線の高さも、動き方も違う。
けれど、順番に見ているうちにルナの指が止まった。
「ここ」
魔法が現れる少し前。
四人とも、形は違うのに記録が動き始めている。
「それから、光ってる間も続いてる」
「はい」
光が消えたあとには、それぞれ少しずつ落ち着いていく。
「同じじゃないけど……似てる」
エリスは四つの記録を確認した。
「少なくとも今回測定した四人には、発動前から発動中にかけて継続した変化が記録されています」
「前に測った人たちにもありましたよね」
「形は違いますが、似た傾向はありました」
ルナは頷いた。
今回は、使う魔法も揃えた。
「じゃあ、次は私ですね」
*
ルナが測定用の椅子へ座った。
術式も手順も、さっきの四人と同じ。
「準備は?」
「大丈夫です」
「では始めます」
ルナは小さく息を吐いた。
簡単な光の魔法。
これまで何度か試したことがある。
一度も光ったことはない。
光ってほしい。
使えたら、もちろん嬉しい。
でも今日は、それだけを見に来たわけではない。
「始めてください」
「はい」
術式を思い出し、他の四人と同じように魔法を使おうとする。
掌に意識を向ける。
光は出なかった。
見慣れた自分の手があるだけだ。
ルナは途中でやめず、決められた手順が終わるまでそのまま待った。
「……終わりです」
エリスの声がして、ようやく手を下ろす。
「出なかった」
「はい」
「ちょっとは残念です」
正直に言う。
「そうですか」
「でも、見せてください」
エリスが端末を操作した。
五つ目の記録が、四人の隣に表示される。
「……見えない」
四人の記録にあった、発動前から続く変化。
同じような流れが、自分の記録には見えない。
代わりに途中で一度だけ、線が小さく乱れていた。
「あ」
「出ていますね」
以前にも見た、短い表示だった。
「また出た」
「はい」
「前と同じですか?」
「似ています。検査の日で数えれば、これで三日分です」
ルナは五つの記録を並べて見る。
「魔法を使えた四人には、同じような流れが見えた。私には、その流れが見えなかった」
「はい」
「その代わり、こっちが出た」
一瞬の反応を指す。
「その通りです」
「エリスさん」
「はい」
「この四人には、魔法を使う時に何か共通して起きていて、私にはそれが同じように起きてない可能性があるってことですか?」
エリスは五つの記録を見比べてから答えた。
「可能性として考えることはできます」
「でも、何が違うかは分からない」
「はい」
エリスは指を折った。
「魔力を取り込む過程なのか。保持する過程なのか。魔法へ変える過程なのか」
そこで手を下ろす。
「あるいは、そのどれでもないのか。今の記録だけでは決められません」
「……まだいっぱいある」
「何がですか?」
「分からないこと」
エリスが少し笑った。
「昨日より増えましたか?」
ルナはしばらく考えてから、首を振った。
「ううん。昨日より、分かれた感じです」
「分かれた?」
「はい」
「前より、聞きたいことをちゃんと聞けるようになった気がします」
エリスは少しだけ頷いた。
*
測定を手伝ってくれた四人が帰ると、研究室は静かになった。
机には今日の記録と、それまでに集めた資料が残っている。
「これからどうしますか?」
ルナが聞く。
「今日の記録は、こちらでも整理します」
「まだ調べられることはあります?」
「ありますよ。人数を増やしてもいい。別の魔法を使ってもいい。装置を変える方法もあります」
「やっぱり終わらない」
「研究はそういうものです」
エリスは端末を閉じた。
「ただ、同じ測定を繰り返せば急に答えが出る、というものでもありません」
「そっか」
「今ここで確かめたかったことは、一度確かめられたと思います」
ルナは五つの記録をもう一度見た。
それから、少し離れた椅子で待っていたユニへ顔を向ける。
「ユニちゃん」
「はい」
「終わったよ」
「はい」
「長かった?」
「いいえ」
「ずっと待ってたのに?」
「ルナが確かめたかったことですので」
ルナは少しだけ笑う。
「ありがと」
「はい」
「ワン」
「にゃん吉君もね」
「ワン」
エリスが資料をまとめ始めた。
「今日の結果は保管しておきます。何か分かれば記録にも残します」
「お願いします」
窓の外では、今日もアステリアの魔法の光が街に浮かんでいた。
ルナはしばらく、その光を見た。




