第3章 第28話 残った問い
翌朝。
宿の食堂へ下りたルナは、入口近くの新聞台の前で足を止めた。
「……載ってる」
一番上に置かれた新聞には、昨日の訓練場を写した写真と、大きな見出しが載っていた。
『防衛局ネイ・オルディス、十三人目のSランクと模擬戦』
記事には、ネイが《零刻領域》を使ったこと、その術が続いている最中にユニが一歩前へ出たことが書かれていた。
どうして動けたのかについては、確認できていないともある。
写真の端には、小さな白いものまで写っていた。
「にゃん吉君もいる」
「ワン」
本人はユニの頭上で鳴いた。
「やっぱり目立つね」
「白いですので」
「そういう問題かな」
ユニは新聞より朝食のパンを見ている。
そのパンを、にゃん吉君も見ていた。
「ワン」
「これは私のです」
「ワン」
「駄目です」
昨日あれだけ大勢に見られていたのに、二人ともいつも通りだった。
ルナはもう一度だけ記事へ目を落とす。
『詳細は不明』
「ユニちゃん」
「はい」
「今日、研究院に行こう」
「はい」
「もう一回だけ、ちゃんと整理したい」
「何をですか?」
ルナは少し考えてから答えた。
「今、何が分かってないのか」
「分かりました」
*
「ずいぶん増えましたね」
アステリア中央研究院の机の上には、これまでの記録がまとめて置かれていた。
精密検査で現れた短い表示。魔法を使える人たちと比べた記録。それから、旧研究区で調べた古い測定記号。
「増えたのは記録ですけどね」
エリスが眼鏡を直す。
「答えではなく?」
「はい」
「そこは変わりませんね」
「変わりません」
「即答する」
「ないものを出すわけにはいきませんから」
ルナが笑う。
エリスは机の上から一枚の紙を取り出した。
「そういえば、昨日もう一度古い記録を確認していて、気づいたことがあります」
「何ですか?」
「この記号です」
エリスが『D-3』の部分を指した。
「アステリアだけで使われていたものではありません」
「そうなんですか?」
「完全に同じ形式かどうかは、まだ確認が必要です。ただ、この時代に似た記録方法を使っていた地域は他にもあります」
「じゃあ、他の場所にも記録が残ってるかもしれない?」
「可能性はあります」
「どこですか?」
エリスは少し考えてから答えた。
「海の向こうに、古い魔法関係の記録を多く残している街があります」
「海の向こう?」
「はい。エルフが多く暮らしていることで知られている街です」
ルナは身を乗り出した。
「エルフ……」
「長く残されている文書が多いんです。今では使われなくなった測定方法や、古い研究記録も保存されていると聞いています」
「そこなら、これと似た記録も?」
「可能性はあります。ただ、それがルナの答えにつながるとは限りません」
「それでも、見てみたい」
自然に言葉が出た。
エリスがルナを見る。
「その街へ?」
「はい。すぐ行くかは、まだ決めてないですけど」
「遠いですよ」
「それでも行ってみたいです」
少し離れた椅子に座っていたユニが、静かにこちらを見ている。
ルナはその視線に気づいて笑った。
「まだ決めることいっぱいあるけどね」
「はい」
にゃん吉君が頭上で鳴く。
「ワン」
「にゃん吉君も行く?」
「ワン」
「まあ、行くよね」
エリスが資料をまとめ始める。
その手元を見ながら、ルナはふと口を開いた。
「エリスさん」
「何ですか?」
「その前に、もう一個だけ試してもいいですか?」
エリスの手が止まった。
「何をですか?」
「前に、魔法を使える人と私を比べましたよね」
「はい」
「でも、使った魔法がみんな違いました」
「そうですね」
「じゃあ、今度は同じ魔法にしたらどうですか?」
エリスの目が少し変わる。
「同じくらいの簡単な魔法を何人かに使ってもらって、使う前から終わるまで測る。それで私も、同じようにやってみる」
エリスは少し考える。
「人が違えば、魔力量も身体も違います。完全に同じにはできません」
「あ」
「ただ、同じ術式、同じ装置、同じ手順に揃える意味はあります」
「できます?」
「簡単な光の魔法なら」
「私が前に試したやつ?」
「はい」
エリスは端末を手に取った。
「何人か必要ですね」
「明日できます?」
「急ですね」
「無理ですか?」
エリスの指が動き始める。
「誰が無理と言いました?」
ルナは思わず笑った。
「やっぱりちょっと楽しんでません?」
「研究です」
「楽しんでる顔です」
「気のせいです」
ユニがこちらを見る。
「決まりましたか?」
「うん」
ルナは頷いた。
「明日、もう一回だけ比べてみる」
「はい」
ルナはユニの頭上を見る。
「にゃん吉君も明日測る?」
「ワン」
「やめておきましょう」
エリスが即答した。
「何でですか?」
「比較対象として扱える自信がありません」
「それはそうかも」
「ワン」
にゃん吉君だけは、何も気にしていないようだった。




