↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いを魔法に  作者: 由吉
三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/147

第3章 第25話 古い測定器

 翌日の昼前。


 ルナたちは、再びアステリア中央研究院を訪れていた。


 研究室へ入ると、エリスは机の上に何枚もの書類を広げていた。


「許可、出ました」


「本当ですか?」


「思ったより早かったですね。旧研究区そのものは封鎖されているわけではありませんから」


 エリスは一枚の紙を持ち上げる。


「ただ、現在使っていない設備が多いので、研究院だけでは入れません。安全確認のために、防衛局から一人同行します」


「昨日言ってた人ですね」


「ええ。もう来るはずです」


 その直後、研究室の扉が二度叩かれた。


「来たよ」


 聞き覚えのある声だった。


 扉が開き、ネイが顔を覗かせた。


「あ」


「また会ったね」


「ネイだったんだ」


「私も名前を見て少し驚いた」


 ネイがルナの隣へ視線を移す。


 ユニの頭上には、にゃん吉君が浮いていた。


「ワン」


「あなたも来るんだ」


「ワン」


「……まあ、来るよね」


 ルナが笑うと、エリスが書類をまとめた。


「では行きましょう。歩いて十分ほどです」


「研究院の中じゃないんですか?」


「敷地の端です。今の研究棟が建つ前に使われていた建物が、いくつか残っています」


 旧研究区。


 名前だけ聞くと、何か特別な研究をしていた場所のようにも思える。


 けれど、歩き始めたエリスはあっさり言った。


「普通の古い研究棟ですよ」


「……そうなんですか?」


「何を想像しました?」


「ちょっとだけ、すごい場所なのかなって」


「昔はすごい場所だったと思います。今は、古い測定器と使わなくなった机が多いですが」


「机も残ってるんだ」


「重いので」


 理由はずいぶん現実的だった。


 ネイが小さく笑う。


「私も最初に呼ばれた時は、何か危険な物でもあるのかと思った」


「違ったの?」


「古い設備に、まだ魔力が残ってないか確認する仕事だった」


「それはそれで大事だね」


「大事だけど、魔獣と戦う方が分かりやすい」


 防衛局の仕事にも、いろいろあるらしい。


 やがて一行は、その一棟の前に着いた。


     *


 旧研究区の建物は、新しい研究棟よりずっと低かった。


 大きな窓も、空中に浮かぶ案内表示もない。


 灰色の壁にはところどころ補修の跡があり、入口の横には小さな金属板が残っている。


『第三測定研究棟』


「ここです」


 エリスが足を止めた。


 ネイが先に中を覗く。


「奥の二部屋だけ入らないで。天井の一部が弱くなってるから」


「分かりました」


「にゃん吉君も」


「ワン」


「……分かってる?」


「たぶん」


 ルナが答えると、ネイは少し考えた。


「一番信用できない返事かも」


 建物の中は、思っていたより明るかった。


 細長い窓から昼の光が入り、埃の積もった机や棚を照らしている。


 今の研究院とは、置かれている物もずいぶん違う。


 大きな機械。


 太い線で繋がれた測定盤。


 壁一面に並ぶ小さな目盛り。


「昔は、こんなのを使ってたんですね」


「ええ」


 エリスが一台の装置へ近づいた。


 人が一人入れそうな円形の台を、半円状の金属枠が囲んでいる。


「これが目的の測定器です」


「動くんですか?」


「動かしません」


「即答ですね」


「今これを動かす研究許可は取っていませんから」


 エリスは装置の横にある棚を開けた。


「欲しいのは機械そのものではなく、この装置が身体のどこを、どう区切って記録していたのかが分かる資料です」


 中には、薄い冊子や束ねられた紙が詰まっていた。


「……全部見るんですか?」


「全部は見ません」


「よかった」


「必要なところだけ探します」


「分かるんですか?」


「たぶん」


 今度はエリスが言った。


 ネイがルナを見る。


「一番信用できない返事だったね」


「言いましたね?」


「言った」


 ルナも棚の前へ座った。


     *


 探していたのは、古い測定方式の記号表だった。


 今の測定器では、身体の位置や反応が図として表示される。


 けれど、昔の装置は違った。


 身体をいくつもの区画に分け、それぞれを数字と記号で記録していたらしい。


『C-4』


『D-2』


『E-1』


「これだけ見ても、全然分からないですね」


「当時の研究者には分かったんでしょう」


「エリスさんは?」


「今から分かるようになります」


「強い」


 エリスが別の冊子を引き抜く。


 しばらくページをめくっていた手が止まった。


「ありました」


「何ですか?」


「対応表です」


 古びた紙には、人の身体を前と横から見た簡単な図が描かれていた。


 その周囲に、先ほどの記号が書き込まれている。


「頭部。胸部。腹部……測定位置をこう分けていたんですね」


「これが分かると、何か変わるんですか?」


「史料院で見た記録を覚えていますか?」


「覚えてます」


「昨日、史料院に確認して、該当箇所の写しを借りました」


 エリスが鞄から一枚の紙を取り出した。


 古い記録を転写したものだった。


 専門的な数字の横に、測定位置の欄があった。


 そこに、『D-3』と記されている。


「これ」


「はい」


 エリスは対応表を見る。


 それから、現在の測定方式で描かれた人体図を端末へ表示した。


「位置をそのまま合わせることはできません。測定方式が違いますから」


「はい」


「でも、おおよその範囲なら分かります」


 指が止まる。


 身体の内側に対応する範囲の、ごく一部。


 ルナは画面を見る。


 自分の測定で、短い表示が出た場所。


「……近い?」


「近く見えます」


「同じじゃなくて?」


「同じとは言えません」


 エリスは対応表へ目を戻した。


「昔の測定器は今より範囲が粗いです。この一つの記号だけで、現在のどこに対応するかを正確には決められません」


「そっか」


 ルナは古い記号と、自分の記録を見比べる。


「じゃあ、意味ないですか?」


「いいえ」


 エリスは首を振った。


「昨日までは、古い記録とあなたを位置で比べる方法がありませんでした」


 対応表を軽く持ち上げる。


「今日は、その材料が見つかりました」


「……一個進んだ?」


「半歩くらいでしょうか」


「半歩なんだ」


 ルナは笑った。


「この人、そのあとも調べたのかな」


 エリスがページをめくる。


「それを探してみましょう」


 それからしばらく、二人で棚を調べた。


 同じ研究者の名前。


 同じ測定器。


 同じ時期。


 いくつかの記録が見つかった。


 けれど、原因が分かったという記述はなかった。


 最後まで、


『取り込みの段階に差異がある可能性』


『保持過程に問題がある可能性』


 その二つが並んでいる。


「やっぱり分からなかったんですね」


「そうみたいですね」


「でも、調べ続けてたんだ」


 ルナは古い文字を見つめた。


 名前も顔も知らない。


 自分と同じだったかどうかも分からない。


 それでも、少しだけ近く感じた。


     *


 旧研究区を出ると、外の光がまぶしかった。


 建物の中に長くいたせいか、もう午後になっている。


「ありがとうございました」


 ルナがネイへ頭を下げる。


「私は付いてきただけだよ」


「でも、入るのに必要だったんでしょう?」


「仕事だから」


「それでも」


 ネイは少し困ったような顔をした。


「じゃあ、どういたしまして」


「うん」


 エリスは持ち帰る資料の確認があるらしく、そのまま研究棟へ戻っていった。


 ルナたちは、旧研究区から続く道を歩く。


 少しして、ネイが呼んだ。


「ルナ」


「ん?」


「調べたいことは見つかった?」


 ルナは少し考えた。


「D-3が、今の測定だとどの辺りになるのかは分かった」


「そっか」


「まだ粗いみたいだけどね」


 ネイはそれ以上聞かなかった。


 代わりに、隣を歩くユニへ目を向ける。


「じゃあ、一つ頼んでもいい?」


「何ですか?」


「昨日から考えてた。あなたのこと」


 ネイは歩きながら言った。


「新聞にはいろいろ書いてあった。黒龍のことも、Sランク特別認定試験も、アメリアのことも」


「蒸し風呂もです」


「それは今はいい」


「そうですか」


「うん。今はいい」


 ネイは一度息を吐き、ユニを見る。


「でも、実際に会ったら、余計に分からなくなった。三番の時、あなたはほとんど動かなかった」


「はい」


「にゃん吉君がいたから動かなかったのか。それとも、あなた自身が、動く必要がないくらいだったのか」


 ユニは何も言わない。


「新聞じゃ分からない。だから、自分で確かめたい」


 ネイが足を止めた。


「明日の朝、私と戦ってほしい」


 ユニはネイを見た。


 それから、ルナへ視線を向ける。


「ルナ」


「私?」


「明日の朝は、何か予定がありますか?」


「ううん。調べたいものも、見られたし」


「そうですか」


 ユニはネイへ向き直った。


「ネイが確かめたいのでしたら、構いません」


 ネイの目が少しだけ開く。


「いいの?」


「はい」


「もっと断られると思ってた」


「ルナの予定が空いていますので」


「やっぱりそこは確認するんだ」


「はい」


 ネイは少し黙ったあと、口元を上げた。


「じゃあ、場所を取る」


「どこで?」


「防衛局の訓練場。市街地でやったら怒られるから」


「それはそうだね」


「……緊張とかしないの?」


「しません」


「そう。なら、私だけしておく」


「そうしてください」


 ルナは、ネイとユニを交互に見る。


 昨日、三番の変化を三十秒だけ止めてみせたネイ。


 そのネイが、明日の朝、ユニと戦う。


 どんな勝負になるのか、ルナにはまるで想像できなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。