第3章 第24話 比べてみたい
第二市民演習場を出る頃には、太陽はだいぶ高くなっていた。
通りへ戻ると、昨日の騒ぎが嘘だったように街は動いている。
店先では魔道具が光り、荷物を載せた台が地面から少し浮いたまま通りを進んでいた。道の脇に立つ供給柱も、今日は何事もなかったように淡い光を灯している。
「三番、大丈夫かな」
「設備の人たちが調べています」
「うん」
三番の処置は、もう設備班へ引き継がれている。
ルナはしばらく歩いてから、ユニを見た。
「ユニちゃん」
「はい」
「あの検査のことなんだけど」
ユニがルナを見る。
「私のところに、一瞬だけ何か出たでしょう?」
「はい」
「エリスさん、まだ意味は分からないって言ってたよね」
「言っていました」
通りの向こうでは、小さな男の子が母親に手を引かれて歩いていた。
指先に小さな光を浮かべ、何度も消したり灯したりしている。
ルナは少し足を緩めた。
「魔法を使える人って、あの機械で測ったらどうなるんだろう」
ユニも同じ方を見る。
「エリスさんの記録は見せてもらったけど……魔法を使ってる時は、また違うのかな」
ルナは男の子の指先から消えた光を見る。
「私の結果だけ見ても分からないなら、使える人の方も見てみたい」
「行きますか?」
「うん」
ルナは研究院のある方角へ目を向けた。
「聞いてみよう」
「はい」
*
「比較したい?」
エリスは眼鏡の奥で二度瞬きをした。
「はい」
ルナは椅子に座ったまま頷く。
「私じゃなくて、魔法を使える人が、魔法を使ってる時にどうなるのか見てみたいんです」
「私の測定記録は見せましたね」
「はい。でも、あれは魔法を使ってる時じゃなかったですよね」
ルナは自分の長杖へ目を落とした。
「魔法を使う前と、使ってる時で変わるなら、それと比べてみたいなって」
エリスは端末へ視線を落とし、指先で机を二度叩いた。
「分かりました。比較するなら、条件を揃えましょう」
「条件?」
「まず、魔法を使える人を複数人測ります。同じ装置を使い、発動する前から、魔法を使い終えたあとまで記録します」
「何人か見るんですね」
「はい。一人だけでは、その人固有の変化かどうか判断できません。年齢や魔力量、得意な魔法も違う人を見て、共通する部分があるか確かめます」
ルナは頷いた。
「そのあと、私も?」
「同じ手順で測ります。ただし、あなたは魔法を発動できないので、魔法を使おうとするところまでです」
「それでも比べられますか?」
「完全に同じ条件にはなりません。それでも、今ある記録より比較できるものは増えます」
「やってみたいです」
「では準備します」
エリスは端末を開いた。
「仕事、増えません?」
「増えます」
「いいんですか?」
「必要な比較ですから」
そう答えてから、エリスは少しだけ口元を緩めた。
「それに、気になります」
ルナはユニを見る。
ユニもルナを見る。
「……研究する人って、こういう感じなのかな」
「どうでしょう」
「聞こえていますよ」
エリスが端末を持ったまま立ち上がった。
「すみません」
「否定はしません」
*
最初に測ったのはエリスだった。
前回と同じ椅子へ座り、装置を起動する。
「今回は魔法も使うんですよね?」
「ええ。危険のないものだけです」
エリスが片手を上げた。
指先に、小さな光が灯る。
ルナは表示板を見る。
並んだ線のうち一本が、光が生まれる少し前からゆっくりと動き始めた。
「あ」
「見えました?」
「はい」
光が消える。
少し遅れて、線も元の位置へ戻っていった。
「魔法を使う前から動いてた」
「そうですね」
次は、水の魔法を使う若い研究員だった。
同じ椅子へ座り、掌の上に小さな水球を作る。
また線が動く。
エリスの時とは高さも形も違っていた。
三人目は年配の女性。
机の上の紙を、風で少しだけ浮かせる。
同じ位置に、また変化が出た。
三人とも、線の形も大きさも違う。
けれど、魔法が生まれる前から動き始め、魔法が消えたあとに戻っていく部分があった。
「ここ、三人とも動いてますよね」
「ええ。形や大きさは違いますが、今の三人には共通しています」
「私の時は?」
エリスが前回の記録を呼び出した。
ルナの画面。
ほとんど動かない線の途中に、一瞬だけ現れた小さな変化。
測定結果が並べられる。
「……近い?」
「位置だけなら、近く見えます」
エリスは画面を拡大した。
「ただ、これは何もせずに測った時の記録です。次は、魔法を使おうとした状態で比べます」
「分かりました」
ルナは長杖へ手を伸ばしかける。
「その杖は置いてください」
「消魔晶があるから?」
「はい。今回は余計な条件を入れたくありません」
ルナは長杖を壁際へ立てかけた。
*
前回と同じ椅子へ座る。
装置が起動し、床の水晶が淡く光った。
使おうとするのは、子どもの頃から何度も練習した光の魔法。
手のひらに、小さな光を灯すだけ。
「準備できました」
エリスの声が聞こえた。
ルナは右手を開く。
小さな光を思い浮かべる。
何度もやってきた通りに。
何も起きない。
手のひらは暗いままだった。
それでも、そのまま続ける。
「……終わりました」
エリスの声で、ルナは力を抜いた。
「やっぱり駄目だったね」
椅子から立ち上がる。
エリスは答えなかった。
「エリスさん?」
「待ってください」
端末を見たまま、指を動かしている。
「前回の記録を出します」
二つの記録が並ぶ。
一度目の精密検査。
そして今。
エリスが画面を見比べる。
「あります」
「え?」
「今回も、ごく短い表示が出ています」
ルナも画面を覗き込んだ。
本当に小さな変化だった。
「前にも出たのと同じ?」
「検査をした日で数えれば、まだ二日分です」
エリスは二つの位置を確認する。
「同じものだとは、まだ決められません。ただ、魔法を使おうとした条件でも短い表示が出た。これは記録しておきます」
「うん」
エリスは、先ほど測った三人分の記録も画面へ並べた。
魔法を使える三人。
そして、自分。
線の形は違う。
けれど、比べられるものが増えている。
「もっと見てみたいです」
ルナが言った。
「比較する人を?」
「それも。昔の記録も、今の記録も」
エリスは少し考えてから、机の端に積まれた資料へ目を向けた。
「一つ、確認してみたいものがあります」
「何ですか?」
「今の測定方式になる前の、測定器そのものの資料です」
「古い記録?」
「測定結果ではなく、当時の装置が何を、どう測っていたのか。そこを確かめたいんです」
エリスは端末を閉じた。
「残っているなら、旧研究区の保管庫です」
「そこへ行けば見られますか?」
「許可が必要です。現在は通常の研究区域として使われていませんし、古い術式や設備も残っています」
「そっか……」
「申請は出します」
ルナが顔を上げる。
「いいんですか?」
「私も確認したいので」
「お願いします」
「許可が出た場合でも、案内役が必要です」
「案内役?」
「旧研究区の安全管理は、研究院だけでは担当していません。防衛局にも話を通します」
「防衛局……」
今朝会ったネイの顔が浮かんだ。
「知り合いでも?」
「今日、一人だけ」
エリスは小さく頷き、端末へ何かを入力した。
ルナは並んだ測定記録をもう一度見る。
次に確かめるのは、昔の装置が身体のどこを、どう区切って記録していたのか。
その資料が残っているなら、見てみたかった。




