第1章 第7話 写真の少女
初めての野営を終えたあとも、ルナたちは街道を歩き続けた。
途中でもう一度、町の外で夜を越した。旅立ったばかりの頃より、野営場所を決めるのも、火を起こすのも少しだけ早くなった。
そして、アルネを出て二日目の昼過ぎ。
「あ……!」
ルナが足を止めた。
街道の先に、大きな外壁が見える。
「あれ、もしかして」
「ローデンです」
「……着いた!」
思わず声が大きくなった。
リーネよりも、ココラよりも、アルネよりも大きい。遠くから見ても、町の規模が違うことが分かる。
「大きい……」
「王都へ向かう人が多く通る町です」
「そっか」
ローデンから王都までは、あと二日ほど。
「お姉ちゃん、元気かな」
「手紙では元気そうでした」
「うん」
ルナは遠くに見える町を眺めた。
「行こう」
「はい」
ルナたちはローデンへ向かった。
*
町の門をくぐった途端、ルナは目を丸くした。
「……わあ」
大通りには荷馬車が行き交い、旅人や商人、武器を持った冒険者たちが歩いている。道の両側には店や宿が並び、客を呼び込む声があちこちから聞こえてきた。
「すごい……」
「人にぶつからないようにしてください」
「分かってるよ」
そう答えた直後、前から来た男とぶつかりそうになった。
「わっ」
ルナは慌てて道の端へ避ける。
「今のは、ぶつかってないからね」
「はい」
「その顔、絶対何か言いたそう」
「いつもの顔です」
「そうだけど」
ルナは苦笑した。
「まず、どうしますか?」
「私が決めるの?」
「はい」
宿を探す。食料と水を補充する。町の様子を見る。
やることはいくつもある。
けれど、ルナには、この町で試してみたいことがあった。
「……冒険者ギルドへ行きたい」
「はい」
「私、十五歳になったから」
冒険者として登録できる年齢になった。
リーネにも小さなギルドはあった。父と魔石を換金しに行ったこともある。
けれど、ルナ自身が冒険者として登録したことはない。
「ここなら大きそうだし、登録してみようかな」
「いいと思います」
「よし。にゃん吉君も行く?」
「ワン」
「そこは聞かなくても来るよね」
にゃん吉君は、いつもどおりユニの頭の上にいた。
*
冒険者ギルドは、大通りに面した大きな建物だった。
入口の上には、冒険者ギルドの紋章が掲げられている。
「ここだ……」
ルナは少し緊張しながら扉を開けた。
中には、いくつもの受付が並んでいた。壁には大量の依頼書が貼られ、その隣には魔物の注意情報や、各地の街道についての知らせが掲示されている。
剣を持った人。弓を背負った人。杖を手にした人。
若い冒険者もいれば、ルナの父より年上に見える者もいる。
「リーネと全然違う……」
「規模が違いますから」
「うん」
ルナは長杖を握り直し、受付へ向かった。
「こんにちは」
受付の女性が笑顔を向ける。
「本日はどうされましたか?」
「あの……冒険者登録をしたいんですけど」
「新規登録ですね。年齢を確認してもよろしいですか?」
「十五歳です」
「それでしたら登録できます」
「よかった……」
受付の女性が用紙を差し出した。
「こちらに、お名前と出身地をお願いします」
「はい」
ルナはペンを受け取った。
名前の欄に、ルナ。
出身地の欄に、リーネ。
そのほかの必要な項目も書き、受付へ返した。
「ありがとうございます。冒険者登録は初めてですね?」
「はい」
「では、登録が終わるまでに簡単な説明をしますね」
「お願いします」
ルナは姿勢を正した。
「冒険者にはランクがあります。新しく登録した方は、全員Eランクから始まります」
「Eランク……」
「最初は、町の中や近郊で行える比較的安全な依頼が中心です。実績を重ねればD、C、B、Aと上がっていきます」
「Aが一番上ですか?」
「通常のランクではそうなります。その上に、特別な功績と実力を認められたSランクがあります」
「Sランク……」
ルナも名前だけは聞いたことがある。
国の枠を越えて知られるような、ごく一部の冒険者。
「現在、世界に十二人しかいません」
「十二人……」
思っていたより、ずっと少ない。
「ただし、冒険者のランクが高ければ、どんな魔物にも勝てるという意味ではありません」
「違うんですか?」
「はい。魔物には個体差があります。同じ種類でも、数や場所、周囲の状況によって危険性は変わります。ランクだけで安全だと判断しないでください」
「分かりました」
「Eランクのうちは、まず町の手伝いや採取などから経験を積むことをおすすめします」
「はい」
ルナは掲示板に並ぶ依頼書へ目を向けた。
荷物運び。店の手伝い。町の近くでの薬草採取。
今の自分にも、できそうなものがある。
「焦らず、一つずつ経験してください」
「はい。頑張ります」
受付の女性は頷き、登録作業を始めた。
*
登録を待つ間、ルナはギルドの中を見て回った。
依頼書。街道情報。魔物についての注意書き。
今まで知らなかった土地の名前も、いくつもある。
その中で、一枚の大きな紙が目に留まった。
「あれ……」
ほかの掲示物とは少し違う。
大きな見出し。
その下には、一枚の写真。
「王都日報……?」
王都や各地で起きた大きな出来事を、冒険者や旅人へ伝えるための新聞らしい。
ルナは、見出しの中に知っている言葉を見つけた。
『王都近郊の黒龍事件――白銀の少女、奪われた幼龍を親元へ返す』
「……黒龍」
姉から届いた手紙に書かれていた事件だ。
親の黒龍が巣を離れている間に、何者かが幼い黒龍を連れ去った。戻ってきた黒龍は子供を捜して暴れ、多くの騎士や魔法使いにも止められなかった。
その事件を、一人の少女が終わらせた。
手紙を読んだのは、ユニと出会う前の日だった。
「これ、あの事件だ……」
ルナは記事へ近づいた。
少女は、誰にも見つけられなかった幼い黒龍を捜し出し、親元へ返した。
黒龍は少女を襲わず、子供とともに去った。
手紙に書かれていた話と同じだ。
けれど、記事には、手紙になかったものが載っていた。
少女の写真。
そして、その名前。
「…………え?」
ルナの動きが止まった。
白銀の髪。
青い服。
エメラルドグリーンの瞳。
見間違えるはずがない。
半年間、ほとんど毎日のように一緒にいた。
今もすぐ近くにいる。
ルナは、ゆっくりと振り返った。
ユニが、いつもどおりにゃん吉君を頭へ乗せて立っている。
もう一度、新聞を見る。
写真を見る。
ユニを見る。
「……ユニちゃん?」
「はい」
「ちょっと来て」
「はい」
ユニがルナの隣へ来る。
ルナは新聞の写真を指した。
「これ」
「はい」
「ユニちゃんだよね?」
「はい」
ルナはしばらく動けなかった。
「……え?」
「はい」
「ええっ!?」
大きな声が出た。
ギルドにいた何人かが、何事かと振り返る。
「ちょ、ちょっと待って!」
「はい」
「これ、お姉ちゃんの手紙に書いてあった黒龍の事件だよ!?」
「そうですね」
「この子供を親元へ返した女の子って……」
「私です」
「ユニちゃんだったの!?」
「はい」
「聞いてない!」
「聞かれませんでした」
「聞かないよ! 聞けるわけないでしょ!」
「そうですか?」
「そうだよ!」
「ワン」
「にゃん吉君も知ってたの?」
「ワン」
「二人とも普通にしてるし……」
ルナは額に手を当て、大きく息を吐いた。
橋で初めて出会った時。
青い服。
白銀の髪。
エメラルドグリーンの瞳。
姉の手紙に書かれていた少女と同じだと思った。
けれど、まさか本人ではないと、自分で否定した。
「……本当にユニちゃんなんだ」
「はい」
「黒龍の子供を見つけたの?」
「はい」
「それで、親のところへ返した?」
「はい」
「怖くなかったの?」
「子供を返しに行っただけですから」
「それを普通の人は怖いって言うんだよ……」
ルナはもう一度、記事へ目を落とした。
その下にも、別の見出しがある。
『黒龍事件を終結させた白銀の少女ユニ――Sランク昇格特別試験の候補者へ』
「…………」
ルナは、一度読んだ。
意味が頭へ入ってこなかった。
もう一度、最初から読む。
「Sランク昇格特別試験……?」
つい先ほど、受付の女性から聞いたばかりだ。
世界に十二人しかいないSランク。
その候補者。
ルナは新聞を見る。
ユニを見る。
もう一度、新聞を見る。
「……ユニちゃん」
「はい」
「この、Sランク試験の候補者って」
「はい」
「ユニちゃんのこと?」
「そうみたいです」
「そうみたいって……」
「私の名前が書いてあります」
「それは見れば分かるよ!」
ルナは新聞を指さした。
「試験を受けるの?」
「そのようです」
「知らなかったの?」
「今、知りました」
「本人なのに!?」
「はい」
「はい、じゃないよ!」
世界に十二人しかいないSランク。
その十三人目になれるかもしれない少女が、半年も前から当たり前のように隣にいた。
しかも本人は、新聞を読むまで試験のことすら知らなかった。
ルナは、何も言えなくなった。
その沈黙の中で、にゃん吉君だけが、いつもと変わらない声で鳴いた。
「ワン」




