第3章 第22話 届かせない
演習場は、夕暮れの薄暗さに沈んでいた。
薄暗がりの中、にゃん吉君が三番の周りを滑るように移動する。
三番は止まってはいない。
けれど、白い身体を追い、人のいる場所からは離れたままだった。
操作盤から、短い警告音が続けて鳴った。
「また上がったぞ」
盤面を見ていた係員が身を乗り出す。
「何が?」
「出力だ。さっきより高い」
「外からの供給は切ってるんだろ?」
「切ってる。内部の残量も見てる」
「それで訓練時の上限を越えてるのか?」
「そこがおかしい」
もう一人の係員が表示を覗き込む。
「間違いない。上限を越えてる」
ルナはユニの隣で、三番から目を離さなかった。
やがて、三番の動きが止まる。
頭がゆっくりと持ち上がった。
口が開く。
その奥に、小さな青白い光が灯った。
「攻撃術式が立ち上がってる!」
操作盤の前から声が飛ぶ。
「射撃制限は?」
「入ってる!」
「だったら止めろ!」
「止まらないんだよ!」
昼間にも、三番が魔法を使うところは見ている。
あの時は、防御の訓練に使えるよう威力を抑えた光弾だった。
今、口の奥に集まっている光は膨らみ続け、中心が白く輝いていた。
「全員もっと下がれ!」
係員が柵の外へ声を張る。
「通路まで離れて! ここに残らないでください!」
「街の管理にも連絡しろ! 周辺の供給を止められるか確認してくれ!」
「分かった!」
残っていた人たちが後退していく。
「ルナ」
「分かってる。下がる」
ルナはさらに距離を取った。
けれど、にゃん吉君は逃げなかった。
三番の正面。
地面から少し浮いたまま、白い身体が三番を見ている。
「ワン」
次の瞬間。
三番の口から、青白い光が放たれた。
視界が白く染まる。
轟音とともに砂が巻き上がり、ルナは反射的に腕で顔を庇った。
やがて光が細くなり、消える。
舞い上がった砂が落ちていく。
ルナは腕を下ろした。
「……にゃん吉君?」
白い身体が浮いていた。
さっきと同じ場所だった。
「ワン」
操作盤から、再び警告音が鳴る。
「まだ上がるぞ!」
三番の胸が、もう一度強く光った。
首が動く。
今度は、にゃん吉君を見ていない。
「……あれ?」
三番の頭が右へ向いていく。
その先には係員たちがいる。
さらに奥には演習場の出口。
避難している人たちも、まだ完全には離れきっていなかった。
三番が口を開く。
また光が集まり始める。
「ユニちゃん」
ルナは三番と、その先を見比べた。
「三番の向き、変わってる」
ユニの視線が動く。
三番の口元で光が膨らむ。
「そっちに撃つ!」
ルナの声が響いた時には、にゃん吉君はもう動いていた。
白い身体が低く滑り、三番の腹の下へ潜り込む。
地面すれすれで止まる。
「ワン」
小さな足が、三番の腹へ触れた。
次の瞬間。
三番の巨体が、真上へ飛んだ。
「……え?」
灰色の身体が演習場の屋根を越え、さらに上へ上がっていく。
前脚側が跳ね上がり、口先が空へ向いた。
四本の脚を宙へ投げ出したまま、三番は夕空の中を遠ざかった。
口元には、まだ青白い光が残っている。
「あっ、まだ――!」
光が放たれた。
真上へ。
青白い筋が夕空を貫き、低く流れていた雲を白く照らした。
少し遅れて、低い音が落ちてくる。
ルナは空を見上げた。
「三番が落ちてくる!」
係員の叫びが響く。
上昇を終えた三番が傾き、地上へ向かって落ち始めていた。
「下に入るな!」
にゃん吉君だけが高度を上げた。
白い身体が、落下してくる三番の下へ回り込む。
三番の灰色の巨体と比べれば、小さな白い点にしか見えない。
そのまま三番が落ちてくる。
白い身体と重なった。
落下が止まった。
地面から高い場所で、三番の真下ににゃん吉君が浮いている。
そのまま、ゆっくり高度を下げていく。
やがて三番の四本の脚が砂地へ触れた。
大きな衝撃音はなかった。
砂が少し沈んだだけだった。
にゃん吉君は三番の下から抜け、横へ移る。
「ワン」
その時、三番の胸がまた青白く瞬いた。
「まだ動く!」
係員たちがすぐに操作盤へ戻る。
「街側から返事は!?」
「来た! 演習場を含む周辺系統、短時間なら落とせる!」
「やってくれ!」
「周囲には連絡済み!」
「全員、三番から離れろ!」
人が一斉に距離を取った。
ルナもユニと一緒に後ろへ下がる。
ほどなくして、演習場の周りに残っていた魔道灯が一斉に消えた。
柵の向こうに見えていた案内板の光も消える。
三番の胸で、魔石が強く明滅した。
一度。
少し間を置いて、もう一度。
次の光は弱かった。
四本の脚から力が抜ける。
首もゆっくりと下がっていった。
最後に魔石の奥で小さな光が揺れ、それも消えた。
操作盤を見ていた係員が、長く息を吐く。
「……停止を確認」
係員たちは声を掛け合いながら、慎重に三番の周囲へ機材を運び始めた。
暗くなった演習場に、携帯用の灯りが一つ、また一つと増えていく。
にゃん吉君は三番をしばらく見ていた。
それから、ふわりと上昇する。
ユニの頭上へ戻った。
「ワン」
ルナもようやく息を吐く。
「ルナ、大丈夫ですか?」
「うん。びっくりしたけど、大丈夫」
もう一度、三番を見る。
胸の魔石は暗いままだった。
どうして停止命令を受けつけなかったのか。
なぜ訓練時の上限を越える出力が出たのか。
それは、まだ分からない。
ただ。
今夜、三番が放ったものは、誰にも届かなかった。




