↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いを魔法に  作者: 由吉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/80

第3章 第7話「帰る場所の灯り」

 町へ入って最初に気づいたのは、やはり灯りだった。


 まだ空には夕暮れの明るさが残っている。それなのに、通りに並ぶ家々の軒先には、小さな灯りがひとつ、またひとつとともり始めていた。


 ランプに似ている。けれど、普段使う照明とは少し違うようだった。


 店の入口にも、宿の窓辺にも。家によっては二つ、三つと並べているところもある。


「やっぱり、いっぱいあるね」


「ありますね」


「ワン」


 ルナは歩きながら辺りを見回した。


 ラウベルでは、町のあちこちから湯気が立っていた。この町には、それがない。


 代わりに目につくのは、冬を迎える準備だった。


 軒下に薪を積んでいる家。窓の隙間を塞いでいる人。店先では厚手の外套や手袋が売られ、別の店では瓶詰めや干した肉、野菜など、保存のきく食べ物が並んでいる。


 駅の方からは、金属を打つ音まで聞こえてきた。


「ずいぶん忙しそう」


「冬が近いからでしょうか」


「たぶん」


 ルナは自分の外套の襟元を少しだけ寄せた。


 昼間より、明らかに冷えている。


「そろそろ宿を探した方がいいかな」


「はい」


「今日は焼き芋も食べたし」


「大事です」


「そこなんだ」


「ワン」


 どうやら二人にとっては、それでいいらしい。


 通りを少し進んだところで、ルナは一軒の宿を見つけた。


 派手ではないが、二階建てのしっかりした建物だった。入口の横にも、例の小さな灯りが置かれている。


「ここにしてみようか」


「はい」


 三人が中へ入ると、暖かな空気が迎えてくれた。


「いらっしゃい」


 受付の奥から出てきたのは、四十代くらいの女性だった。


「泊まりかい?」


「はい。一晩、お願いしたいんですけど」


「もちろん。二人だね」


「はい」


「ワン」


 女性の視線が、ユニちゃんの頭の上へ動いた。


「……その子も泊まる?」


「泊まります」


「ワン」


「じゃあ三人だ」


 ルナが少し笑った。


 にゃん吉君も、ちゃんと一人に数えられたらしい。


 宿帳を書き、部屋の説明を聞く。その間にも、ルナは窓辺に置かれた灯りが気になっていた。


「あの」


「ん?」


「外にもたくさんあるんですけど、この灯りって何なんですか?」


「ああ。知らないってことは、旅の子か」


「はい」


「明日が冬迎えの日なんだよ」


「冬迎え?」


「この辺じゃ昔からやってるものでね。本格的な冬が来る前に、家の前に灯りを置くんだ」


 女性は窓辺へ目を向けた。


「昔は今みたいに街道も整ってなかったし、駅なんて当然なかった。冬になる前に山や別の町へ出た人が、暗くなっても自分の家へ帰ってこられるように、灯りを置いたのが始まりだって聞いてるよ」


「帰ってくる人のために……」


「まあ、今じゃ道に迷って家へ帰れないなんてことは滅多にないけどね。それでも毎年やってる」


「ずっと?」


「ずっと」


 女性が笑う。


「うちなんか、私が子供の頃にもやってたし、母さんが子供の頃にもやってた。その前は知らないけど、たぶんやってたんじゃないかね」


 ルナはもう一度、窓辺の灯りを見る。


「家によって、数が違いました」


「よく見てるね」


「二つとか三つ置いてある家もあって」


「あれは家によるよ。ひとつだけ置くところもあれば、今は町を離れてる家族の分まで置くところもある。決まりってほどじゃないんだ」


「町を離れてる人……」


「うちも二つ置くよ」


「二つ?」


「息子が王都にいる」


「王都に?」


「ああ。鉄道関係の仕事をしててね。今年は帰ってこないって手紙が来たよ」


 女性はそう言いながらも、寂しそうには見えなかった。


「帰ってこないのに、灯すんですか?」


「帰ってこないからって、帰る場所がなくなるわけじゃないだろ?」


「…………」


「来年帰ってくるかもしれない。もっと先かもしれない。別に帰ってこなくてもいいんだよ。元気にやってるならね」


 女性は肩をすくめた。


「こっちが勝手に灯してるだけさ」


 ルナは少しだけ黙った。


 リーネの家が浮かんだ。


 父と母。姉。ミーナ。


 もう半年以上になる。


 手紙は出している。元気だということも伝えている。


 そして、旅に出てから出会った人の顔も浮かんだ。


 西の魔法都市に残ったアメリア。


 今頃、何をしているのだろう。


「お父さんとお母さん、今頃どうしてるかな……」


 小さく口にすると、隣から声がした。


「帰りたくなりましたか?」


 ユニちゃんだった。


 ルナは少し考えた。


「……会いたくはなった」


「はい」


「アメリアさんにも、また会いたい」


「はい」


「でも、まだ帰らない」


「はい」


「まだ知らないところ、いっぱいあるから」


「そうですね」


「ワン」


 女性が三人を見ていた。


「長い旅なのかい?」


「半年以上です」


「そりゃ長いねえ。じゃあ明日はあんたたちの分も灯しな」


「私たちの?」


「旅人だって灯していいんだよ」


「でも、ここは私たちの家じゃ……」


「細かいことはいいんだ」


 女性は笑った。


「明日までこの町にいるなら、明日はこの町にいる人だろ?」


「……そういうものなんですか?」


「そういうものにしときな」


 なんだか、ラウベルで会った人たちにも似た言い方だった。


 土地が違っても、こういう人はいるらしい。


「ありがとうございます」


「夕飯はもうすぐできるよ。部屋に荷物を置いておいで」


「はい」


 三人は二階へ向かった。



 翌朝。


 町は昨日よりも、さらに慌ただしくなっていた。


「こっち、もう一本持ってきてくれ!」


「薪なら裏にもあるぞ!」


「それは駅に持ってく分だって!」


 通りのあちこちから声が聞こえる。


 祭り――というほど華やかではない。大きな飾りもなければ、楽器を鳴らして歩く人もいない。


 ただ、町全体が冬を迎えるために動いていた。


 ルナたちは朝食を終えると、町を歩いてみることにした。


「昨日とは全然違うね」


「人が多いです」


「ワン」


 広場では、何人もの人が薪を束ねていた。少し離れた場所では、子供たちが小さな灯りを並べている。


「そこ曲がってる!」


「曲がってないよ!」


「曲がってる!」


「じゃあ自分でやってよ!」


 喧嘩なのか遊んでいるのか、よく分からない。


 その横では老人が椅子に座り、二人を眺めていた。


「毎年ああなんだ」


 ルナが声の方を見る。


 老人が笑っている。


「灯りを置くだけなのに?」


「子供にとっちゃ大仕事なんだよ」


「なるほど……」


「姉ちゃんたちは旅人か?」


「はい」


「なら今夜までいな。暗くなると綺麗だぞ」


「そんなにたくさん灯すんですか?」


「町中でやるからな」


 老人は通りの先を指した。


「駅にも行ってみるといい。あそこは帰ってくる連中が一番最初に見る灯りだから、毎年張り切るんだ」


「駅……」


 ルナたちはそのまま駅へ向かった。


 昨日遠くから見た駅舎の周りでは、作業員たちが忙しく動いている。


 線路を確認する人。屋根の上を点検する人。雪を除けるための道具を運ぶ人。


 そして駅舎の入口には、他より少し大きな灯りがいくつも準備されていた。


「冬になると、列車も大変なんだね」


「雪が降りますからね」


「ラウベルに向かう途中の列車は故障だったけど」


「止まっていました」


「列車も止まりたい時があるって言ってたよね」


「はい」


「故障だからね?」


「そうでした」


「ワン」


 駅の掲示板には、王都方面へ向かう列車の時刻も書かれている。


 ルナはしばらくそれを見た。


 ここから列車に乗れば、王都へ近づいていく。


 けれど、今日はまだ乗らなくてもいい。


「今日はここにいようか」


「はい」


「せっかく冬迎えの日なんだし」


「はい」


「夜の灯り、見たいから」


「私も見たいです」


「ユニちゃんも?」


「はい」


「そっか」


 少し嬉しくなった。



 昼を過ぎる頃には、町のあちこちに食べ物の匂いが漂い始めた。


 家ごとに料理を作っているらしい。


 店先でも温かいスープや焼いたパンが売られ、通りを歩く人の手には紙袋や籠がある。


 誰かが帰ってくる。


 誰かは帰ってこない。


 今年初めてこの町で冬を迎える人もいれば、何十回目か分からない人もいる。


 駅前で、ルナは一組の親子を見かけた。


 小さな男の子が、何度も線路の向こうを見ている。


「まだ?」


「まだよ」


「もう来る?」


「あと少し」


「あと少しってどれくらい?」


「さっきから五回聞いてるわよ」


「だって父さん帰ってくるんだもん」


 母親が困ったように笑っていた。


 しばらくすると列車が入ってきた。


 扉が開く。


 男の子が走り出す。


「父さーん!」


 大きな荷物を持った男性が驚き、それから笑って男の子を抱き上げた。


 ルナは少し離れたところから、その様子を見ていた。


「帰ってきたね」


「はい」


 別の場所では、灯りを一つ買っている年配の女性がいた。


「誰か帰ってくるんですか?」


 店の人が尋ねる。


「いいや。今年は誰も」


「じゃあ一つ?」


「娘が南にいるからね。あの子の分」


「今年も?」


「今年も」


 そんな会話が聞こえてくる。


 帰ってくる人だけのためではない。


 帰ってこない人のためにも、灯りはともる。


 ルナは、それが少し不思議で。


 でも、なんとなく好きだと思った。



 夕方。


 宿へ戻ると、昨日の女性が三人を待っていた。


「ほら」


 差し出されたのは、小さな灯りだった。


「本当にいいんですか?」


「言っただろ。旅人だって灯していいって」


「ありがとうございます」


 ルナは両手で受け取った。


「どこに置けばいいですか?」


「好きなところでいいよ。うちの前でも、駅でも。気に入った場所に置きな」


 ルナはユニちゃんを見る。


「どうする?」


「ルナが決めてください」


「うーん……」


 少し考える。


「駅にしようか」


「はい」


「ワン」


 三人は灯りを持って駅へ向かった。



 日が沈む。


 空が青から紺へ変わっていく。


 その頃、町のあちこちで小さな灯りがともり始めた。


 一つ。また一つ。


 昨日見た時よりも、ずっと多い。


 家の前。窓辺。店先。通り。そして駅。


「……綺麗」


 ルナは思わず呟いた。


 派手な光ではない。一つ一つは、本当に小さい。


 それでも町中に並ぶと、暗くなり始めた道を優しく照らしていた。


 ルナも、駅の入口近くに灯りを置いた。


 ユニちゃんとにゃん吉君が隣にいる。


「これでいいかな」


「はい」


「誰かの帰る場所じゃないけど」


「ルナが置いた場所です」


「……うん」


 ルナは灯りを見る。


 リーネの家を思い出した。


 父と母。姉。ミーナ。


 そして、西の魔法都市に残ったアメリア。


 旅に出る前から自分を知っている人たちと、旅に出たから出会えた人。


 今は、みんな別々の場所にいる。


「ユニちゃん」


「はい」


「いつかは帰ろうね」


「はい」


「でも――」


 ルナは駅の向こうへ続く線路を見る。


「もう少し、先に行きたい」


「はい」


 ユニちゃんは、それ以上何も言わなかった。


「ワン」


 駅へ列車が入ってくる。


 降りてきた人を迎える声が聞こえる。


 抱き合う人。手を振る人。荷物を受け取る人。


 その向こうで、いくつもの灯りが揺れている。


 帰ってくる人がいる。


 帰る場所を離れて暮らす人もいる。


 そして、まだ帰らず、先へ進む人もいる。


 ルナは隣を見る。


 ユニちゃん。


 その頭の上の、にゃん吉君。


 三人でここまで来た。


「今日は、もう一泊しようか」


「はい」


「せっかくだし、この灯りが消えるまで見ていたい」


「はい」


「ワン」


 ルナは笑った。


 この町に着いたのは昨日の夕方。


 そして今夜、二度目の夜をここで過ごす。


「明日は、また出発だね」


「はい」


「次はどこに行こうか」


「ルナが行きたいところへ」


「……うん」


 今夜は、この町に灯りがともっている。


 明日になれば、また知らない道を歩く。


 帰る場所を忘れたわけではない。


 帰る場所があるからこそ。


 もう少しだけ――知らない世界を見てみたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。