↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いを魔法に  作者: 由吉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/57

第1章 第6話 リーネの外へ

 翌朝。

 ルナは、いつもより少し早く目を覚ました。

「……朝」

 見慣れた天井。見慣れた部屋。窓から差し込む朝の光。

 今日で、この部屋ともしばらくお別れだ。

「……本当に今日なんだ」

 昨夜、何度も確認した荷物が置いてある。

 ルナはベッドから起き上がり、胸元のペンダントへ触れた。母からもらった石が朝の光を受け、淡い水色から薄い紫へ色を変える。

「よし」

 着替えを済ませ、荷物を背負う。

 着火用の魔道具、予備の火口箱、地図、食料、水、毛布、薬。必要なものは昨夜確認した。

 最後に、壁へ立てかけていた長杖を手に取る。

 歩く時の支えであり、危険な相手との距離を作るための護身具でもある。

「……大丈夫」

「はい」

「わっ!」

 振り返ると、いつの間にかユニが立っていた。

「ユニちゃん、急に出てこないでよ」

「先ほどからいました」

「声をかけてよ」

「確認していたので」

「何を?」

「ルナが忘れ物をしないかです」

「信用ないなあ」

「三回確認していましたから」

「慎重って言って」

「慎重ですね」

「なんか違う」

「ワン」

 ユニの頭の上では、にゃん吉君が尻尾を揺らしている。

「にゃん吉君も準備できた?」

「ワン」

「何も持ってないけどね」

「ワン」

「……まあ、にゃん吉君だし」

 ルナは笑った。

「行こうか」

「はい」


     *


 階段を下りると、父と母はすでに玄関で待っていた。

 ルナの足が少しだけ止まる。

 昨日、誕生日を祝ってもらった。旅の話もした。

 それでも、本当にこの瞬間が来ると、思っていたのとは少し違った。

 ルナは、背負った荷物の肩紐を握った。

「お父さん」

「ん?」

「……行ってくるね」

「ああ。行ってこい」

 父はいつものように笑った。

「たまには手紙を寄越せ」

「たまにでいいの?」

「できれば、たくさん寄越せ」

「分かった」

 父の笑い声も、今日からしばらく聞けなくなる。

 そう思うと、少しだけ寂しかった。

「ルナ」

 母が歩み寄り、胸元のペンダントへ触れた。

 淡い色の石が朝の光を受けて、小さく輝く。

「ちゃんと似合ってる」

「昨日も言ってたよ」

「今日も言いたかったの」

「そっか」

 母が笑い、ルナの頭を撫でた。

 子どもの頃から、何度もされたことだった。

 けれど、今日は少しだけ違って感じる。

「行ってらっしゃい、ルナ」

「……うん」

 ルナは笑った。

「行ってきます」

 玄関の扉を開け、一歩外へ出る。ユニも続いた。

 数歩進んだところで、ルナは足を止めて振り返る。

 父と母は、まだ玄関に立っていた。

「行ってきます!」

 今度は、大きな声で言った。

「ああ!」

「行ってらっしゃい!」

 二人が手を振る。

 ルナも大きく手を振り、それから前を向いた。


     *


 ユニと並んで、リーネの大通りを歩く。

 店を開ける人、荷物を運ぶ人、学校へ向かう子どもたち。

 昨日までと変わらない朝だった。

「……変な感じ」

「何がですか?」

「町はいつもと同じなのに、私だけ違うことをしてる」

「旅に出ますから」

「そうなんだけどね」

 ルナは少し笑った。

 手にした長杖が、石畳を小さく叩く。

 半年間、何度も練習した。

 けれど、護身具として使わなければならない場面には、できれば出会いたくない。

 戦うより先に逃げること。

 危険へ、自分から近づかないこと。

 ルナは長杖を握り直した。

「どうしました?」

「ちゃんと持ってるなって確認しただけ」

「はい」

 町の門が近づいてきた。

 その時だった。

「ルナ!」

「え?」

 後ろから、聞き慣れた声がした。

 振り返ると、ニーナが息を切らしながら走ってくる。

「ニーナ!?」

「待って……間に合った……!」

 ルナのところまで来ると、ニーナは膝へ手をついて息を整えた。

「どうしたの?」

「どうしたのって……見送りに決まってるでしょ」

「来てくれたの?」

「当たり前じゃん」

 ニーナの視線が、ルナの背中の荷物へ向く。次に、手にした長杖と胸元のペンダントを見た。

「……本当に行くんだね」

「うん」

「なんか、まだ実感が湧かない」

「私も。さっき家を出たばっかりなのに、もうちょっと寂しい」

「じゃあ帰る?」

「帰らない」

「即答じゃん」

 二人で笑った。

 学校では毎日のように顔を合わせた。一緒に授業を受け、放課後には同じ道を歩いた。

 明日も会うことが当たり前だった。

 けれど、今日は違う。

「無茶しないでよ」

「うん」

「あと、変なものを拾わないでよ」

「拾わないよ」

「ルナなら、綺麗な石を見つけたら拾いそう」

「石くらいならいいでしょ」

「そういうところ!」

 二人で話しているうちに、町の門へ着いた。

 ニーナの足が止まる。

「……私はここまで」

「うん」

 少しだけ、二人とも黙った。

 先に口を開いたのは、ニーナだった。

「帰ってきたら、パン屋に行こう」

「また?」

「また。新しい焼き菓子、絶対食べよう」

「まだ出てないでしょ」

「帰ってくる頃には、出てるかもしれないじゃん」

「そっか」

 ルナは笑った。

「じゃあ、約束」

「うん。約束」

 二人は手を重ねた。

「気をつけてね、ルナ」

「ニーナも元気でね」

「そっちは旅する人が言う台詞でしょ」

「いいじゃん」

 ルナは門へ向かって歩き出した。

「ルナ!」

 呼ばれて振り返る。

 ニーナが大きく手を振っていた。

「またね!」

 ルナも手を上げる。

「うん! またね!」

 門をくぐる。

 もう一度だけ振り返ると、ニーナはまだそこにいた。

 ルナはもう一度手を振り、前を向いた。


     *


 リーネを出ても、何かが劇的に変わったわけではなかった。

 空は同じように青く、道もそのまま先へ続いている。振り返れば、まだリーネの門が見えた。

「……なんか、まだ旅って感じがしない」

「そうですか?」

「だって、まだリーネが見えてるし」

「では、見えなくなるまで歩けばいいです」

「そういうことじゃないんだけどなあ」

「ワン」

「にゃん吉君は分かってくれる?」

「ワン」

「……分かってなさそう」

 ルナは笑い、街道を歩き始めた。

 しばらくすると、リーネの姿は見えなくなった。

 町の中とは違い、街道には馬車の車輪で深く削れた場所や、石が転がっている場所がある。森の近くでは、木の根が道の端まで伸びていた。

「街道って、もっと歩きやすいと思ってた」

「人や馬車が通る道というだけですから」

「なるほど……」

 足元を見ながら進む。

 半年間、荷物を背負って歩く練習をしてきた。

 それでも、本当の旅は練習とは少し違う。

 しばらく歩いたところで、ルナは自分から足を止めた。

「少し休もう」

「はい」

 街道脇の木陰へ移動し、荷物を下ろす。

「はあ……軽い」

「荷物を下ろしましたから」

「分かってるよ」

 水筒から少しだけ水を飲み、残りを確認する。パンを食べながら地図を広げた。

「今は……この辺?」

「もう少し先です」

「じゃあ、ここ?」

「はい」

「よし」

 地図の上では、ただの一本の線。

 けれど、実際の道は丘を避け、森を迂回し、川を渡れる場所まで遠回りしている。

「地図で見ると、すぐそこなのになあ」

「実際に歩けば違います」

「これも覚えておかないとね」

 ルナは地図を畳んだ。

 少し身体を休めてから、また歩き出した。


     *


 午後、街道の先に町が見えてきた。

「あ! ココラ!」

「はい」

 リーネの隣町。家族と何度も訪れたことのある場所だった。

「着いた……」

 知っている町を見ただけで、少し安心した。

「今日はここに泊まりますか?」

 ユニが尋ねる。

 ルナは空を見上げた。まだ日は高く、身体にも少し余裕がある。

「まだ歩けるし、もう少し進みたい」

「分かりました」

「知ってる町で一日目が終わるのも、旅に出た感じがしないし」

「では、補給だけしていきましょう」

「うん」

 水を補充し、減った食料を買い足す。

 必要以上には持たない。荷物が増えれば、それだけ歩くのが大変になる。

 それも、旅立つ前に覚えたことだった。

「これくらい?」

「十分です」

「じゃあ行こう」

 ルナたちは、ココラには長居せず、再び街道へ出た。


     *


 日が傾き始める前、街道沿いに小さな休憩所を見つけた。

 屋根と簡単な腰掛けがあり、旅人が夜を越せる程度の場所だった。すでに何人かの旅人が休んでいる。

 ルナたちが入ると、先にいた旅人が腰掛けの端へ荷物を寄せてくれた。

「ありがとうございます」

 旅人は軽く頷いた。

 近くには人の声があり、誰かが起こした火もある。

 家でも宿でもない。

 それでも、今夜は自分たちだけではなかった。

「今日はここまでにしよう」

「はい」

 無理をして暗くなるまで歩かない。

 それも、練習してきたことの一つだった。

 ルナは荷物を下ろした。

「今日はここで寝るの?」

「屋根があります」

「完全な野宿ではないんだね」

「はい」

 簡単な食事を取り、身体を休める。

 初日の疲れは、思っていたより大きかった。

「明日、筋肉痛になりそう……」

「なるかもしれません」

「嫌なことを普通に言うね」

「嘘を言う必要はありませんから」

「そうだけど」

 ルナは毛布に包まった。

 知らない旅人たちの話し声。遠くで聞こえる虫の音。

 いつもの部屋とは、何もかも違う。

 それでも、近くに誰かがいるだけで少し安心できた。

「……一日目、終わったんだ」

「はい」

「ちゃんと歩けたね」

「はい」

 思っていたより疲れた。

 それでも、旅の一日目を、自分の足で進むことができた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。