↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いを魔法に  作者: 由吉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/51

第2章  第21話 足りないもの

翌朝。


屋敷の中庭に、私の荷物が並べられていた。


着替え。水筒。干し肉。固いパン。薬。包帯。縄。地図。魔道灯。雨具。それから、新しくなった長杖。


アメリアさんは、一つずつ確かめていく。


今日のアメリアさんは、腰に二本の剣を下げていた。


以前、ユニちゃんと戦った時に使っていた練習用の剣ではない。鞘にも柄にも細かな傷があり、長く使われていることが分かる。


その一方で、持っている荷物は小さな腰鞄だけだった。


「アメリアさんの荷物、それだけですか?」


「ほとんどは収納魔法の中よ」


アメリアさんが右手を動かす。


足元に置かれていた毛布が、一瞬で消えた。


「水も食料も、予備の武器も入っているわ」


「便利ですね……」


同じダンジョンへ入るのに、私の背中には大きな鞄。


アメリアさんは、腰鞄だけ。


並べて見ると、違いがよく分かる。


私はユニちゃんを見る。


「ユニちゃんも、荷物をしまえる?」


「はい」


「それなら、私の荷物も――」


言いかけて、止まる。


ユニちゃんは断らなかった。


ただ、私を見ている。


「ルナは、どうしたいですか?」


どうしたいのか。


持ってもらえれば楽になる。階段も歩きやすい。疲れにくくなる。


でも、それでいいのだろうか。


「ユニが持つこと自体は簡単よ」


アメリアさんが、並べた荷物から予備の服を持ち上げた。


「ただし、ユニとはぐれたら取り出せない。収納魔法が使えない場所へ入っても同じよ」


私は、消魔鋼があった場所を思い出す。


魔道灯が消え、周りの魔法が使えなくなった、結晶の区画。


あの時、必要な物を全部ユニちゃんへ預けていたら。


私は何も持たないまま、亀に似た大きな魔獣の前へ立つことになっていた。


「自分が生きるために必要な物は、自分で持っていなさい」


アメリアさんはそう言うと、予備の服を別の場所へ置いた。


「でも、何でも持てばいいわけでもない。今日は日帰りよ。着替えは一組でいい。食料も半分に減らす。雨具も天気を見れば必要ないわ」


「縄は?」


「残す。水と薬も必要。地図と魔道灯は、すぐ取り出せる場所へ移して」


厳しい言い方ではない。


必要な物と、今はいらない物。


アメリアさんは理由をつけて分けていく。


「収納魔法が使える私も、水と薬だけは腰鞄へ入れているわ。魔法は、いつでも使えるとは限らないから」


収納魔法が使えても、全部を預けているわけではないらしい。


私は減らした荷物を、もう一度鞄へ入れた。


最初より軽くなった。


それでも、背負えば肩へ重さがかかる。


「ユニちゃん」


「はい」


「これは、自分で持つ」


「分かりました」


ユニちゃんが、少しだけ笑う。


アメリアさんも何も言わなかった。


ただ、鞄の紐がねじれているのを直してくれた。



向かったのは、街の南側にあるダンジョンだった。


最下層は二十五階。


魔法都市の近くにあるダンジョンの中では、比較的危険が少ない場所らしい。


入口でアメリアさんが立ち止まる。


「今日は魔物を倒すことが目的ではないわ」


「はい」


「歩き方。周りの見方。荷物を持った状態で、どこまで動けるか。それを確かめる」


「分かりました」


「危険だと思ったら、私が止める。だからといって、何も考えなくていいわけではないわよ」


「はい」


ダンジョンへ入ろうとした時、ユニちゃんの頭にいたにゃん吉くんが浮かび上がった。


白い身体が、ゆっくり私の方へ飛んでくる。


そのまま、私の頭の上へ降りた。


重さは感じない。


それどころか、少しだけ身体が軽くなったような気がした。


「今日はこっちなの?」


「ワン」


私たちは、ダンジョンの中へ入った。



一階には、魔物がいなかった。


石でできた道が、緩やかに下へ続いている。


壁には魔道灯が取り付けられ、一定の間隔で白い光を放っていた。


先頭はアメリアさん。


真ん中を私が歩き、最後をユニちゃんがついてくる。


「ルナ。曲がり角へ近づいた時、最初に何を見る?」


「魔物がいないか、ですか?」


「それもある。でも、足元が先よ」


アメリアさんが道の端を指す。


薄い土の上に、小さな足跡が残っていた。


「前だけを見ていると、誰かが通った跡を見落とす。足跡、血、壊れた物。そこに何がいるか分からなくても、何がいたかは分かることがあるわ」


私は地図へ、足跡を見つけた場所を書き込んだ。


二階にも、魔物はいなかった。


その代わり、いくつも道が分かれていた。


「右だと思います」


「理由は?」


「右の道だけ、魔道灯の下に埃が積もっていません。誰かが最近通っています」


「正解。ただし、人とは限らないわよ」


「はい」


進む前に止まる。


見る。


音を聞く。


通ってきた道を振り返る。


アメリアさんに言われたことを、一つずつ確かめた。


三階へ下りた頃には、鞄の紐が肩へ食い込んでいた。


足も少し重い。


歩けないほどではない。


でも、一階へ入った時と同じ速さでは進めなくなっている。


「休みますか?」


ユニちゃんが聞く。


「まだ大丈夫」


そう答えると、アメリアさんが振り返った。


「まだ大丈夫、は信用しないわ」


「え?」


「動けなくなるまで歩く人は、みんなそう言うもの」


アメリアさんは壁際へ移動した。


「五分休憩。水は少しずつ飲みなさい」


私は鞄を下ろした。


肩が急に軽くなる。


頭の上のにゃん吉くんが、私の髪を前足で押さえた。


「ワン」


「にゃん吉くんも疲れた?」


「ワン」


たぶん、疲れてはいない。


アメリアさんは地図を見ながら言う。


「自分がどれくらい疲れているか。それを知るのも探索よ。帰る分の力まで使ったら、奥へ進めても意味がないわ」


「帰れなくなるから?」


「そういうこと」


私は水を一口だけ飲んだ。


休む前は重かった足が、少しずつ戻っていく。


疲れたら休む。


簡単なことなのに、自分だけだと、もう少し歩けると思ってしまう。


五分後。


私たちは再び歩き始めた。


三階にも、魔物はいなかった。


静かな道が続く。


何も起きていない。


それでも、荷物を持って歩くだけで少しずつ疲れていく。


これがもっと深い階まで続いたら。


魔物と戦った後にも、同じ道を戻らなければならなかったら。


私が思っていたより、ダンジョンの探索は長い。



四階へ下りて、少し進んだ時だった。


アメリアさんが片手を上げた。


私はすぐに足を止める。


頭の上で、にゃん吉くんも動かなくなった。


前から、何かを引きずる音が聞こえる。


それから、小さな話し声。


人の言葉には聞こえない。


曲がり角の向こうから、三つの影が現れた。


緑色の肌。


尖った耳。


私より小さな身体。


一匹は錆びた剣を持っている。もう一匹は棍棒。最後の一匹は、先端に濁った魔石がついた杖を持っていた。


「ゴブリンよ」


アメリアさんが、小さな声で言う。


三匹のゴブリンが、私たちに気づいた。


杖を持ったゴブリンが声を上げる。


残りの二匹が、武器を構えた。


胸の奥が、強く鳴った。


怖くないわけではない。


武器を持った魔物を見るのは怖い。


でも。


亀に似た、あの大きな魔獣よりは小さい。


あの時は、魔法も使えない場所で追いかけられた。


地面が揺れるほどの巨体が、すぐ後ろまで迫っていた。


それでも、私は帰る方法を考えた。


息の仕方も、知っている。


ゆっくり吐く。


肩に入った力を抜く。


三匹。


正面に二匹。後ろに一匹。


杖を持っているものが、魔法を使うかもしれない。


後ろを振り返る。


階段までの道に、魔物はいない。


戻れる。


「ルナ。どうする?」


アメリアさんが聞く。


答えを教える声ではなかった。


私に決めさせる声だった。


「戻ります」


「理由は?」


「三匹います。奥にまだいるかもしれません。ここで戦う必要はないと思います」


「分かった。では、下がりなさい」


私はゴブリンから目を離さず、一歩ずつ後ろへ下がる。


二匹のゴブリンが走り出した。


杖を持った一匹が、何かを叫ぶ。


濁った魔石の周りへ、赤い光が集まった。


「魔法が来ます」


ユニちゃんの声が聞こえる。


「うん」


私は長杖を握り、消魔鋼のついた方を前へ向けた。


赤い光が、火の玉になって飛んでくる。


速い。


でも、見えている。


私は長杖を両手で支えた。


消魔鋼の先端が、火の玉へ触れる。


赤い光が崩れた。


熱が広がる前に、火の玉が細かな光へ変わって消えていく。


「消えた!」


立ち止まってはいけない。


前から、剣と棍棒を持ったゴブリンが近づいてくる。


私は杖を持ち替える。


消魔鋼を後ろへ。


蓄魔珠を前へ。


背中の鞄が動き、身体が少しだけ横へ傾いた。


それでも、杖を離さない。


蓄魔珠の先端を地面へつける。


「離れて!」


淡い橙色の光が、足元から広がった。


次の瞬間。


思っていたよりも大きな音が響いた。


空気が強く弾ける。


「きゃっ!」


長杖を握っていた私の腕まで押し戻された。


身体が後ろへ傾き、鞄に引かれる。


私は片足を下げ、どうにか転ばずに踏みとどまった。


二匹のゴブリンも、衝撃を受けて後ろへ倒れている。


でも、どのくらいの力が出るのか、私は分かっていなかった。


逃げるための道は空いた。


「今なら戻れます!」


私は足元を確かめ、階段の方向を見る。


倒すためではない。


距離を作るための力。


目的は果たせた。


けれど、自分まで体勢を崩していた。


もっと近くで使っていたら。


後ろに壁があったら。


今と同じようには、いかなかったかもしれない。


「もう十分よ」


アメリアさんが、私の横を通り過ぎた。


鞘から二本の剣が抜かれる。


次の瞬間には、アメリアさんの姿がゴブリンの前にあった。


右の剣が、起き上がろうとした一匹を倒す。


左の剣が、棍棒を弾いた。


杖を持ったゴブリンが、もう一度魔法を使おうとする。


アメリアさんが床を蹴った。


振り下ろされた剣が、杖ごと魔法を断ち切る。


三匹のゴブリンが光へ変わった。


光が消えた場所に、小さな魔石が三つ落ちる。


静かになった。


アメリアさんが剣を鞘へ戻す。


「終わりよ」


私は息を吐いた。


手は少し震えている。


でも、長杖を落としてはいない。


逃げる道も、最後まで見失わなかった。


頭の上から、にゃん吉くんの前足が下りてくる。


私の額を、二回ほど叩いた。


「ワン」


「大丈夫だよ」


「ワン」


ユニちゃんが私の隣へ来る。


私の顔を見た後、アメリアさんへ向き直った。


「ルナは、前より強くなっています」


ユニちゃんが、少しだけ胸を張る。


「どやです?」


「どうしてユニが得意そうなのよ」


アメリアさんは呆れたように言った。


けれど、否定はしなかった。


「……そうね。魔物を見ても止まらなかった。数と退路を確認して、戦わないことを選んだ。そこまでは悪くないわ」


アメリアさんが、私の長杖を見る。


「ただし、持ち替えは遅い。蓄魔珠の力も読み違えた。自分まで体勢を崩したでしょう?」


「はい……」


「次も同じように逃げられるとは限らないわ」


できたことはある。


でも、足りないこともある。


亀の魔獣と出会う前の私なら、ゴブリンを見ただけで動けなくなっていたかもしれない。


今は、逃げるために動けた。


それでも、道具を思いどおりに使えたわけではない。


「今日はここまでにするわ」


「もう戻るんですか?」


「戻る力が残っているうちに戻るの。確かめたいことは確かめたわ」


アメリアさんは魔石を拾い、収納魔法の中へ入れた。


私たちは、来た道を戻り始めた。



ダンジョンの外へ出る頃には、足が重くなっていた。


行きよりも、帰りの階段の方が長く感じる。


外の光が見えた時、私はようやく肩の力を抜いた。


入口の近くにある長椅子へ座り、鞄を下ろす。


アメリアさんは私の前へ立った。


「今日の判断は悪くなかったわ」


「本当ですか?」


「ゴブリンを見ても怯えて動けなくなると思っていた」


「少しは怖かったです」


「怖くても動ければいいのよ。怖さを感じない人より、自分が怖がっていると分かる人の方が、引く判断は早いこともあるわ」


私は長杖を見る。


消魔鋼で魔法を消すことはできた。


蓄魔珠で距離を作ることもできた。


でも、荷物を背負ったまま杖を持ち替える時、身体が傾いた。


蓄魔珠を使った時も、出る力を分かっていなかった。


帰り道では、何度も足が遅くなった。


「足りないのは、体力ね」


アメリアさんが言う。


「それから、荷物を持った状態での足運び。杖の持ち替えも、考えてからでは遅い。身体が先に動くくらい繰り返す必要があるわ」


「一か月でできますか?」


屋敷で聞いた言葉を思い出す。


アメリアさんは、私を一か月で鍛えると言っていた。


けれど、すぐには答えなかった。


私の鞄と、長杖。


それから、私の顔を見る。


「無理ね」


胸の奥が、少しだけ沈んだ。


「一か月で仕上げると言ったのは私よ。私の見積もりが甘かった」


「私が、弱すぎたからですか?」


「違うわ」


アメリアさんは、はっきりと言った。


「今日の判断は悪くなかった。亀の魔獣と出会った経験も、ちゃんと残っている。問題は、身体と技術がまだ判断についていけないことよ」


アメリアさんが、私の鞄を持ち上げる。


「一か月で無理に身体を作れば、ダンジョンへ入る前に壊れる。少なくとも三か月は必要ね」


「半年です」


ユニちゃんが言った。


「……何が?」


「ルナに必要な時間です」


ユニちゃんは、私の鞄と長杖を見る。


「三か月あれば、体力と筋力は形になります。杖も、今より扱えるようになります」


「なら、三か月でいいでしょう?」


「足りません」


ユニちゃんが、首を横へ振る。


「身体が動くだけでは、ダンジョンを歩けません」


「どういうこと?」


「疲れていても周りを見る。考える。選んだとおりに動く」


ユニちゃんが、私を見る。


「そのために、もう三か月必要です」


体力と筋力をつけるための三か月。


そこから、身体を使いながら考え、選んだとおりに動けるようになるまでの三か月。


合わせて、半年。


「半年……」


アメリアさんが呟いた。


一日でも早く、あの魔物のところへ行きたいはずなのに。


すぐには否定しなかった。


「アメリアさんは、早く行きたいんですよね?」


「ええ」


「それでも、半年待てるんですか?」


「待つんじゃないわ。準備するの」


アメリアさんの声が、少しだけ低くなる。


「私が判断を急いで、同じ失敗を繰り返すつもりはないわ」


同じ失敗。


何のことなのか、私は聞かなかった。


今のアメリアさんは、それ以上話そうとしていない。


私にも、それくらいは分かった。


アメリアさんが私を見る。


「最初の三か月で、身体と杖の扱いを鍛える。その後の三か月で、実際にダンジョンを歩きながら判断と動きを合わせる」


「はい」


「半年後、私たちと一緒に動けるかを確かめる。そこで無理だと判断したら、あなたは連れていかない」


まだ、認められたわけではない。


半年が過ぎれば、必ず一緒に行けるわけでもない。


「分かりました」


私は答えた。


「それでも、やります」


アメリアさんは、しばらく私を見る。


「そう」


返ってきたのは、それだけだった。


「頑張ります」


「頑張るだけではだめよ。休むことも覚えなさい」


「はい」


「それから、私の指示を聞くだけではなく、自分でも考えること」


「自分でも?」


「今朝、荷物を自分で持つと決めたでしょう。ダンジョンの中では、誰かに言われてから考えていたら間に合わないこともあるわ」


「分かりました」


「では、決まりね。明日から半年の訓練を始めるわ」


「明日からですか?」


「当然よ」


やっぱり、少し厳しい。


その時、ユニちゃんが手を上げた。


「アメリアにも、訓練が必要です」


「どうして私まで?」


「アメリアは、気配が大きいです」


「大きい?」


アメリアさんの眉が動く。


「歩く音ではありません。いると分かります」


「それは魔力のせい?」


「違います」


ユニちゃんは、アメリアさんをまっすぐ見る。


「気配の消し方。殺気の抑え方。それから、気を感じる方法を覚えた方がいいです」


「気?」


「魔力とは違うものです」


「そんなものまで使えるの?」


「はい」


ユニちゃんが、少しだけ胸を張った。


「どやです?」


「二度目はいいわよ」


アメリアさんはそう言いながら、口元を少しだけ上げた。


「教えられるものなら、教えてもらうわ」


「はい」


「ただし、一か月で覚える」


「無理をしてはいけません」


「やってみなければ分からないでしょう?」


「さっき、ルナには無理をさせないと言いました」


「私はいいのよ」


「よくありません」


二人の言い合いが始まる。


私はそれを見ながら、鞄を背負い直した。


足りないものがあるのは、私だけではないらしい。


私はアメリアさんから、ダンジョンを歩くための力を教わる。


アメリアさんはユニちゃんから、気配や気について教わる。


半年の後、私が一緒に行けるかは、まだ分からない。


だから、確かめてもらわなければならない。


私が、どこまで進めるのか。


頭の上で、にゃん吉くんが小さく鳴いた。


「ワン」


半年の訓練が、始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。