第2章 19話 同行の条件
「それで、どうするの?」
アメリアさんが、ユニちゃんを見る。
戦いが終わっても、まだ答えは出ていなかった。
アメリアさんは、九十九階層にいる魔物を倒すために、ユニちゃんの力を求めている。
でも、ユニちゃんはアメリアさんの代わりに戦うために、ここへ来たわけではない。
「先に、条件を伝えます」
ユニちゃんが言った。
「私は、アメリアの代わりには戦いません。あの魔物も倒しません」
アメリアさんの眉が動く。
「それじゃあ、何をしに来るのよ」
「帰るためです」
「帰る?」
「はい。アメリアが戦い続けると決めたなら、私はその戦いを奪いません。でも、帰ると決めた時は、道を残します」
勝つためではない。
戦いを終えた後、全員で帰るため。
「つまり、危なくなったら助けるってこと?」
「死なせません」
ユニちゃんは、はっきりと答えた。
「ですが、勝ちは渡しません」
助けることと、代わりに倒すことは違う。
ユニちゃんが魔物を倒してしまえば、アメリアさんは生きて帰れる。
でも、それではアメリアさんが二年間追い続けてきたものまで、ユニちゃんが奪ってしまう。
アメリアさんは、しばらく何も言わなかった。
「……勝手ね」
「はい」
「そこは否定しなさいよ」
「できません」
アメリアさんがため息をつく。
でも、断らなかった。
「分かったわ。その条件でいい」
その言葉を聞いて、私は口を開いた。
「私も行きます」
アメリアさんが、すぐに私を見る。
「駄目よ」
考える時間もなかった。
最初から答えを決めていたみたいに、強い声だった。
「九十九階層へ行くのよ。遠足じゃないわ」
「分かっています」
「分かってない。魔法も使えないあなたが来ても、自分の身を守れないでしょう」
「消魔鋼があります」
私は長杖を握る。
片方には、魔法を消す消魔鋼。
反対側には、逃げるための時間を作る蓄魔珠。
「それで何でも防げるわけじゃない」
「それも分かっています」
「なら、どうして来るなんて言えるのよ」
アメリアさんの言葉は厳しい。
でも、私を弱いと笑っているわけではなかった。
危険な場所から遠ざけようとしている。
二年前、お姉さんはみんなを帰すために残った。
アメリアさんが同じ場所へ向かうなら、一人で背負うことだけが強さではないはずだ。
「私に何ができるのか、まだ全部は分かりません」
「だったら――」
「だから、その間に確かめてください」
アメリアさんの言葉が止まる。
「いきなり九十九階層へ連れていってほしいとは言いません。準備の間、一緒にダンジョンへ入ってください」
「私と?」
「はい。最初は浅い階層から。私がどこまで行けるのか、何ができるのか、アメリアさんが見てください」
一度で認めてもらえるとは思っていない。
浅い階層から、少しずつ奥へ進む。
私が危険を見つけられるのか。
自分で逃げられるのか。
誰かの邪魔をせずに動けるのか。
その全部を、アメリアさんに確かめてもらう。
「それでも無理だと思ったら、その時は?」
「理由を聞きます」
「聞くだけ?」
「納得できたら、行きません」
言いたくない答えだった。
それでも、私が行きたいという気持ちだけで、みんなを危険にすることはできない。
アメリアさんが私を見る。
長杖を持つ手。
靴。
鞄。
それから、私の顔。
「本当に分かってる?」
「怖い場所だということは、分かっています」
「怖くても動ける?」
「分かりません」
私は正直に答えた。
「でも、確かめたいです」
アメリアさんが、また黙る。
「ルナ一人を守れない人が、Sランクでは困ります」
ユニちゃんが言った。
「はあ!?」
「どやです?」
ユニちゃんが、少しだけ胸を張る。
「今のどこに胸を張るところがあったのよ!」
アメリアさんが怒鳴った。
にゃん吉君が、ユニちゃんの頭の上で鳴く。
「ワン」
「にゃん吉君もそう思いますよね」
「何に同意したのよ!」
「ワン」
アメリアさんが額を押さえる。
怒っている。
でも、さっきまでより少しだけ、声の力が抜けていた。
「……分かったわ」
アメリアさんが、私を見る。
「ただし、私が無理だと判断したら、九十九階層には連れていかない」
「はい」
「途中で甘くするつもりもないわ。浅い階層で問題がなければ、次はもう少し深い場所へ行く。そこで駄目なら終わりよ」
「分かりました」
「まだ認めたわけじゃないから」
「はい」
認めてもらったわけではない。
確かめてもらうための機会をもらっただけ。
それで十分だった。
「九十九階層へ行くのは、いつですか?」
私が聞くと、アメリアさんは少し考えた。
「早くても一か月後。それより延びるかもしれないわ」
「そんなに?」
「二年前と同じ失敗はしない。食料、回復薬、装備、階層ごとの経路。調べ直すものはいくらでもある」
急いで向かうつもりはないらしい。
二年間待ったからこそ、今度は準備を間違えない。
その一か月が、私に与えられた時間でもある。
「明日から始めるわよ」
「はい」
「まずは浅い階層。あなたが何を見て、どう動くのか確かめる」
アメリアさんは私にそう告げてから、ユニちゃんへ顔を向けた。
「あなたも来るのよね?」
「はい」
「だったら、あなたにも働いてもらうわ」
「帰り道は任せてください」
「その前に、もう一つよ」
アメリアさんが、腰に残った剣へ手を置いた。
ユニちゃんとの戦いで、双剣の片方は壊れている。
それでも、もう一本は鞘に収まったまま残っていた。
「どうして私の攻撃を全部読めたの?」
「見ていたからです」
「それで答えたつもり?」
「はい」
「私の速さを、目で追っただけじゃないでしょう」
アメリアさんが一歩近づく。
「私が動く前から、避けていた」
「アメリアは、攻撃する前に教えてくれます」
「教えた覚えなんてないわよ」
「誰を狙うか。いつ動くか。どこへ魔法を放つか。殺気が、先に教えています」
「殺気……」
「視線、呼吸、身体の力、魔力の流れ。その全部が、攻撃より先に動いています」
それは特別な魔法ではない。
アメリアさんの魔力を測っているわけでもない。
ユニちゃんは、戦う相手が動く前に現れる小さな変化を見ている。
私には見つけられないものを、いくつも重ねて読んでいる。
「私は、戦う前から自分の攻撃を教えていたってこと?」
「はい」
アメリアさんの顔が引きつる。
「だったら、殺気を消せばいいのね」
「簡単ではありません」
「やってみなきゃ分からないでしょ」
「では、確かめますか?」
「ええ」
ユニちゃんとアメリアさんが、向かい合う。
アメリアさんが、残った剣を抜いた。
折れていない一本を正面へ構える。
ユニちゃんは動かない。
両手を下ろしたまま、いつもと変わらない顔で立っている。
「始めます」
「いつでも来なさい」
次の瞬間。
空気が変わった。
息が止まる。
ユニちゃんは動いていない。
それなのに、何かがアメリアさんへ向けられている。
見えない。
音もない。
それでも、次にユニちゃんが何かをするのだと分かった。
アメリアさんが大きく後ろへ跳ぶ。
剣を構え直し、ユニちゃんを睨んだ。
「今、私が動くと思いましたか?」
「当たり前でしょ。あれだけ殺気を向けられたら――」
ふっと、空気が元に戻った。
さっきまで感じていたものが、全部消える。
ユニちゃんは、まだ同じ場所に立っている。
攻撃する様子はない。
アメリアさんの剣先が、ほんの少しだけ下がった。
その瞬間。
ぽか。
ユニちゃんの手が、アメリアさんの頭へ落ちた。
「なっ……!?」
アメリアさんが頭を押さえ、一歩下がる。
ユニちゃんは、いつの間にか手を元の位置へ戻していた。
「今は、殺気を出していません」
「いつ動いたのよ!」
「今です」
「分かるわけないでしょう!」
「だから、殺気だけに頼ってはいけません」
「あなたが消しすぎなのよ!」
「どやです?」
「何がよ!」
にゃん吉君が、ユニちゃんの頭の上で鳴いた。
「ワン」
アメリアさんは、しばらくユニちゃんを睨んでいた。
それから剣を鞘へ戻す。
「……いいわ。今度は私がやる」
「どうぞ」
アメリアさんが、もう一度ユニちゃんの前に立つ。
剣には手を伸ばさない。
ただ、右手を上げる。
その手に、赤金色の光が集まり始めた。
「これを消せばいいのね」
「殺気だけではありません」
「分かってるわよ。視線も、呼吸も、身体の力も、魔力の流れもでしょう」
「はい」
「全部まとめて消してやるわ」
アメリアさんは目を閉じ、一度だけ深く息を吐いた。
赤金色の光は、まだ手の中にある。
でも、次に何をするのかは、私にも分かってしまう。
ユニちゃんは何も言わない。
「……まだ駄目?」
「はい」
「即答しないで!」
赤金色の光が消えた。
「明日から、これもやるわ」
「はい」
「絶対に一発当てるから」
「楽しみにしています」
アメリアさんは悔しそうだった。
でも、帰ろうとはしなかった。
明日から、私たちは一緒にダンジョンへ入る。
アメリアさんは、私に何ができるのかを確かめる。
私は、自分がどこまで進めるのかを確かめる。
そしてアメリアさんも、自分の戦い方を変えようとしている。
九十九階層へ向かうまでの時間は、もう始まっていた。




